第220話 それは淡々と……。
アタイが20になった年に日々研鑽を積み騎士団において小隊を預かるくらいになってたよ。初めて受け持った部下たち。彼らがアタイの運命を動かすことになるとは思ってもいなかった。
「この度、騎士として第08小隊に配属となりましたサイア・ガイルーです」
「同じく、キイラです」
初々しい新人2名はアタイの前で騎士の敬礼をとっていた。サイアはガイルー子爵家の次男で際立った特徴はなかったけれど堅実な戦い方から防衛線向きだったね。細かい書類仕事が苦手なアタイの補佐として大いに貢献してくれたよ。
キイラは平民出身だったけれど配属されてすぐのあの時点で剣技はその時のアタイに匹敵するほどの天賦の才に恵まれていたよ。それ以外もなんだってそつなくこなす様を見て才能があるとこにはあるんだねぇと感心したもんさ。だけれどほんの時折、影を含ませた表情をするのが気になっていたけれどこの時のアタイはまぁいいかと先送りしていたんだ。
随分と差のある二人だが不思議と馬が合ったのか仲たがいすることなく切磋琢磨していたね。女の隊長だから不貞腐れるんじゃないかと心配したが二人とも文句なく任務に励んでいたよ。
そこに変化が訪れたのは1年程がすぎたある日のことさ。サイアから相談があると持ち掛けられたことに始まるんだ。
「婚約者が最近おかしいんです」
それまで一心不乱に騎士道を邁進してきたアタイにはその手の話題はまったくの畑違いでありなんと答えて良いか分からなかった。あの子が言うには急に態度が余所余所しくなり中々会うこともできないんだそうだ。取りあえず知り合いにそれとなく話を聞いてみようとその婚約者の名を聞いてその場は話しを濁すに留まったよ。
そんなサイアが変死体で発見されたのはその僅か2日後のことさ。あの時、もっとちゃんと話を聞いてやればと心底後悔したねぇ。
上司として葬儀に参列した際に縋りつく様にその遺体の側で涙を流す婚約者であった令嬢フレイラの姿があった。アスタール侯爵の末娘であり上の姉たちが既に他家へと嫁に出ていることから彼女と婚約するものはそのまま侯爵の座に納まるだろうとだろうと言われていたって後から聞いたよ。初めてその姿を見たけれど……なんていうか胡散臭さを感じたねぇ。なぜか彼女の涙が演技にしか見えなかったんだよ。まったく信憑性はないアタイの勘だったんだけれどね。
それから後悔と自責の念から時間を作っては人目を忍んでサイアの足取りを追った。日がたつにつれ見つけ辛くなる痕跡を誰にも気づかれぬ様に探すのは至難の業だったよ。それでも面倒をみていた部下の無念を晴らしてやりたかった。
そして掴んだのさ、僅かな痕跡を。フレイラの嬢ちゃんが婚約者ではない男と人目を忍んで逢瀬を繰り返していたって話しをね。恐らくその相手が犯人ではないかと推測したよ。
そこを糸口に切り込んでいこう、そう思っていた矢先にアタイたちの小隊を含めた極秘任務が言い渡されたんだ。
任務内容は国家転覆を企む過激派の包囲殲滅。中央国南部にあるヘリオマッポ山中腹にそのアジトがあるらしいと情報が入ったことから急遽編成されることになったのさ。アタイたちはサイアを失い補充の兵も来ていないから二人だけだったけどね。
アジトと思われる山小屋へと到着する頃、暗雲が立ち込めゴロゴロと雷鳴が鳴り響く。ザーッと降りしきる雨に任務中断も検討されたが雨音が足音を消すことを考慮しそのまま続行と相成ったんだ。
ドカドカドカ
山小屋へ踏み込むとそこには……。
人っ子一人いないもぬけの殻だった。予期せぬ展開に狼狽しつつも何かしらの痕跡がないか全員での捜索。
アタイも濡れた体のまま山小屋の中を引っ掻き回していたよ。探せども探せども手紙のひとつも見つからぬ中、キイラが何かを見つけたと耳打ちしてきたのさ。
「ティーナ隊長。山小屋から少し離れたところにちょっとおかしい所があるんです。上へ報告する前に隊長に確認してもらいたいと思いまして」
その言葉をうけ言われるがままに後を着いていった。山小屋の裏には崖があり遥か下には川が見える。キイラが指差す先、崖のところに何かが引っかかっているという。視界が悪い雨の中、目を凝らすもキイラの言う何かは見えず、もう一度確認しようと彼へ向けて振り返ろうとした矢先……ドンッと何かに押され、アタイの体は宙に投げ出されたのさ。
今でも忘れられないね。一瞬のことながらゆっくりと感じたあの瞬間、歪んだ笑みを浮かべアタイを見下ろすキイラの顔が。
そして興味が無くなったのか背を向け立ち去るキイラ。
その間もアタイは落下を続けていた。このままでは死ぬ。そう判断した瞬間から、アタイの体は生きるために全速力で働き始めたのさ。壁面にはえていた木へ掴まるも落下速度と装備の重量でへし折れた。それでも幾分速度が和らいだから壁面を転がりつつダンっと両足で蹴りだしたんだ。そのまま落ちれば川じゃなく周りの川原へと落ちる可能性があったからさね。目論見どおり川の中央目指して落ち続ける。そして体を丸めて衝撃に備えたんだ。
ドボォォォォォォン
激しい水飛沫が上がり水面へと打ち付けられ意識が飛びそうになったよ。あそこの深さがもう少し浅ければ今ここにはいなかったろうさ。酷い目にあった嵐だったけれどそれで増水していたから助かったってのは何が幸いするか分からないって見本だよ。まぁ川底へと体はぶち当たっていたから何箇所も骨にヒビが入っていたろうね。
最大の問題は浮かなかったことさ。鎧もそうだけど昔からアタイは水に浮かなかったんだねぇ。どうしたかって? ああ、運よく流れてきたデカイ流木に下から飛びつきしがみついたのさ。グルンとひっくり返ってようやく息をつけた時点で打撲、骨折やヒビによる発熱からの体調悪化で飲んでしまった水を吐き散らし限界だったアタイは意識を飛ばしちまったよ。
アタイが意識を取り戻したのは流れ流れてオルタナ連邦国の領土内だったよ。上手い具合に流木が流れ流れていたんだ。どうやら悪運だけは強いらしい。それから水面に映った自分の姿を見て驚いたねぇ。
元々アタイの髪と肌はこんなじゃなかったんだよ。王虎族の外見的特徴である金髪で白い肌だったんだ、アタイももれなくね。それが何の影響かこんな白髪で褐色の肌になっちまってた。え? 似合っているしいいじゃないかって? ば、馬鹿なことをお言いでないよっ。で、でもアンタがそう言ってくれるなら捨てたもんじゃないかもしれないね。
えーとどこまで話したっけね。そうそう、この変化は予想でしかないけれどアタイの持病が関係しているんじゃないかと思うよ。意識を取り戻すまでの間、短い間だけれど食事がとれなかった。その分の代償で色が取られたんじゃないかってさ。ま、これが後で功をそうしたから人生どうなるか分かったもんじゃないんだけどね。
それから一月あまりの時間をかけて中央国へ戻ったよ。見た目が変わっていたからさほど苦労することなく入国できたのはいいけれど……アタイは国家反逆罪で死んだことになっていた。あの時、捜索に当たった連中は全て過激派扱いされ……皆そこで殺されたのさ。それを仕組んだ連中の手でね。
ガラファウ家は取り潰しになるところ、今までの功績から領地没収と父が隠居し弟に家督を譲ることでなんとか名前だけは残すことができたって街中の噂で聞いたさ。少なくとも命だけは助かっていたことに胸を撫で下ろしたよ。
アタイだって馬鹿じゃない。あまりにもとんとん拍子に進む一連の出来事に誰かが絵図面を書いているのが分かったさ。その人物が誰なのか、それはおおよその当たりはついている。なんせそいつは『平民でありながら国家転覆を狙っていた過激派の連中を一人で討ち果たしたって功績で王直々に勲章を授与された』と街中で噂の絶えない男になっていたからね。そして子供のいないとある貴族へと養子に入りまんまと上流階級の仲間入りを果たしたのさ。アスタール侯爵令嬢との婚約という大々的な慶事付きでね。
平民の希望の星、キイラ。そしてアスタール家。そいつらがアタイの過去の全てを奪った仇さ。
平民から貴族へと成り上がる絵物語が書き起こされ一躍、そして不自然なほどに注目の的となった若き騎士。それを迎え名を馳せるアスタール家。反乱分子として皆殺しにされたアタイの同僚たちにはあの家の政敵だった有力な連中の子息が何人か混じっていた。そいつから罪をでっち上げて一掃したあいつらはまさにわが世の春ってやつだったろうさ。
こちらからすればアタイの人生を無茶苦茶にした連中。おそらくサイアのことも……。いつか必ずこの報いは受けさせると誓い、そのまま国を出たよ。
それから長い時間をかけいくつもの戦場を流れいつかその時のために己を鍛え、手足となる部下を育てていった。それもまぁあの団長の暴発で無に消えちまったんだけどね。
「とまあこんなところさ。たいして面白くもないだろ?」
……ううぅ、ぐす、ひくっ……
小さくすすり泣く声が布団の中から聞こえてくる。いつから起きていたのだろうか。俺の腰にすがりつきながらじわりじわりと涙を流していた。ティーナさんの昔話に自身の過去でも重ね合わせ思い出してしまったのだろうか。
ミタマがティーナさんにムキになって構っていたのはなんとなしに似た空気を感じ取ってのことなのかな。早く馴染みたいけど素直になれない、そんなところだと思う。ある意味歓迎の儀式みたいなもんか。
そっと二人を抱き寄せる。二人ともなされるがままに引き寄せられていた。
「ねぇティーナさん」
「な、なんだい、改まって?」
「しばらくの間、うちで力をつけよう。ティーナさんが俺を信じてくれるならあなたを成長させる術がある。俺についてきてくれるかい?」
若干潤んだ目で俺を見上げるティーナさん。
「この子や他の子もあんたを信じているのがよく分かった。それに、アタイも……アタイを女にしたあんたを信じるよ」
少しの葛藤のあとそのままコクリと小さく頷いた。
異魂伝心発動なのですよ~♪ 今度はロリ巨乳ですか。ノブサダくんの超ド級どすけべぇ~♪
パキン
首筋にあった奴隷紋が魔力の残骸と共に砕け散る。そこに浮き上がってきたのは桜の花びら一枚。その紋様はじんわりと温かな熱をもつらしい。淡く光るそれを愛おしげにさするティーナさん。
「ふふっ、これで名実共にアタイはあんたのもんだ。だから……いい夢見させておくれな。ミタマもこれからよろしくさね」
ずっと話しに耳を傾けていたミタマも「……ん」とティーナさんの言葉に頷いて答えた。
3年以内にどの道あの国にはちょっかいをかけにゃならん俺の都合もある。ティーナさんの人生を無茶苦茶にしたそいつらにも痛い目を見てもらおうじゃないか。因果応報って言葉を教えてやろう。
とはいえまずは足場を固めるためにも力をつけなくちゃな。まずはティーナさんの分も含めておやっさんに装備を依頼しようか。幸いにしてミスリルなど素材に関しては問題ない。これから起きる戦争を生き抜くために全力を持って挑まないとな。
なんて真面目な事を考えていたんだがふと下を見てしまいそれは霧散した。いや、だって白と黒のたわわな果実がそこに揺れていたら仕方がない、そう仕方がないのだ。
……後で非常に後悔したのはそれもまた仕方のないことなのであった。
サイア? きっと眼鏡かけてると思うよ。いい奴ほどあっさり逝くもんですたい。




