第219話 ネコトラ
並べると派手な意匠を施されたトラックのようだ。
……目の前には挑むべきものがいる。
はくはくはくはく
……なぜだか分からない。でも負けちゃいけない、譲れないと私の中の何かが囁くんだ。
がつがつがつがつ
「……おかわり」
アタイには譲れないものがある。それが例え漠然としていてもそれを見す見す手放すつもりはない。
はぐはぐはぐはぐ
そして勝負を挑まれたからには自ら引くことはない。例え目の前のこいつが自分の半分ほどの年齢でもだ。若さ……くぅ、若さがなんだい! 振り向くものかっての!
ごきゅごきゅがふがふがふ
「こっちもおかわりだよ」
朝に続いて夕飯にも食堂で繰り広げられるある意味意地を賭けた死闘とも言える戦い。普段なら苦言を呈する筈のディリットも口を挟めないでいた。二人の発する迫力に気おされていたからである。
次々と重ねられていく皿。サーラが必死に鍋を振るい料理を作り上げるもあっというまに胃に収められていくものだから半ば悲鳴をあげていた。
周りではどちらが勝つかデザートを賭けていたりする始末。食堂は混沌と化しており誰にも二人を止めることはできない。そんな雰囲気を漂わせていたりした。
スパァァァァァァァァン
「二人とも! 食べ過ぎや! 辺りにソースひとつこぼさないで食べとるのは流石やねんけどものには限度があるんやで!!」
そんな二人の死闘はハリセンを片手に持ったフツノにより中断となる。フツノの言うとおりあれだけの速度で食べまくっていたのにも関わらず辺りには米粒どころか僅かなソースすら飛んでいない。食器はまるで洗った後のようにピカピカになめ尽くされていた。皿の数は全くの同数であり勝負はドローとなる。
ぐにゅうと納得いかない表情のミタマ。普段はそこまで感情を露わにしない彼女がここまでするのは非常に珍しいことである。ちらりと視線を向けた先にいる愛しい人はちょっとだけ苦笑いしつつ温かく見守っていた。ムキになったところに厭きられていないかと少しだけ後悔しつつも女の意地を通させてもらうと振り向かずにティーナへと向き直る。
対するティーナも不完全燃焼の事態に少しだけ唇を尖らせている。本来四十に届こうかといういい年齢の女性がやっても厳しいだけなのだが見た目はロリな彼女がやれば様になるものだ。
「……ならば外で勝負」
「臨むところだよ!」
席を立ち二人は日の沈んだ街中へと歩いていった。
やれやれと言わんばかりに肩を竦めるフツノ。だが二人が意地を張り合い外へ出て行くのは止めることをしなかった。普段は鉄面皮のような妹がここにきてからは表情が賑やかになっている。ライバルのような存在もいていいだろうと母親が包み込むような慈愛で遠ざかる妹を見つめていた。とはいえなぜあそこまであのティーナという新参の女性に拘るのかまでは理解が追いついていなかったのだが……。
ちなみにノブサダは特にティーナへの制限をかけていないため普通に出歩くことができる。
「……まずい、もう一杯!」
ドン!
「アタイにも!」
ドドン
『炎の狛』の小さな一室を借り切って二人の大トラは杯を重ねていた。ミタマは今までさほど酒を飲んだことはないのだが粛々と飲み干している。片やティーナは清々しいほど豪快にグラスを傾けていた。
運んでくる店員は黙々と酒を呷る目の座った二人に対し戦々恐々とした思いを隠せない。
ゴッゴッゴッゴッ
運ばれてきた温いエールを右手に持ち男らしく飲みだす二人。仕草から飲み終わる速度までまったくの同時であった。ドンとグラスを机に置くと互いに顔を見合わせる。そしてまたも同時かと顔を顰めるのだった。
「「もう一杯!」」
「はい、おしまい! 二人して飲みすぎ。明日にも差し支えるからここまで!」
二人からグラスを取り上げたのはノブサダである。いつまでたっても帰ってこないものだからと場所を把握していた彼が迎えに来たのであった。
「ほら、帰るよ。全くなんでこんなに意地の張り『ガシッ!!』あい?」
ノブサダを後ろから羽交い絞めにするミタマ。全く予期せぬ行動に身動きが取れない。そして背後から放たれる酒臭いネコ様の一言は彼を慌てさせるには十分であった。
「……最後の勝負。ノブを満足させたほうが勝ち……」
一瞬だけその言葉に躊躇したものの勢い良く服を脱ぎ去るティーナ。上着を脱いだ反動でぶるんと形の良い大きな胸が弾む。
「ま、負けてなるものかい。ア、アタイだってその気になればこれくらいいくらでもっ」
ミタマよりも小さい体にどいんと迫力の双丘を揺らすティーナがおずおずとノブサダの衣服へと手をかける。流石にこれは不味いと体を捩らせる彼だがミタマの羽交い絞めがなぜか外せない。これは何かの体術なのか? どうにもトンと首筋に置かれた指のせいで体の自由が効かぬ。指先ひとつでダウンか!? 『酔った勢いは不味い、不味いがなぁぁぁ』と叫ぼうとするもその口は大トラにあっさりと塞がれてしまう。もあっとする酒の臭いと僅かに香る女の色香がノブサダの脳髄を焼いた。
「……大丈夫、天井のシミを数えている間に終わるから」
そっと囁くミタマの言葉に『それって普通男女攻守逆だよねぇぇぇ』という魂の叫びは発せられることなく三人の体はベッドへと沈んでいった。
月が真上に昇る頃、ぐったりと気だるい体を起こせば両脇に猫科の肉食獣が横たわってスースーと寝息を立てていた。なんというか全くいいようにあしらわれた感が否めない。体の自由が戻ったあとに失神するまで攻め立てたのは男の意地である。体を起こして月を見上げているともぞもぞとティーナさんが起き上がった。
「ごめん、起こしちゃったかな」
「いや、いいんだよ。すまなかったねぇ。無理矢理襲っちまって」
彼女が話すようにしっかりと襲われてしまった。ティーナさんは初めてがそれってどうなんだろう? しっかりとシーツに赤いシミができていたので間違いないのだが……。
そんな彼女はどういった経緯で傭兵を始め今まで歩んできたのか。肌を重ね合わせたからかついそんな事を聞きたくなった。
「アタイの話かい? あんたも物好きだねぇ。話したくない訳じゃないが聞いたって面白いもんでもないさね。でもいいさ、他ならぬあんただからね」
こてんと寄りかかりながらティーナさんがゆっくりと話し出す。
アタイが生まれたのはこの大陸中央に位置するアレンティア王国さ。そこで領地を持つガラファウ男爵家の長女として生をうけたんだ。え? 貴族だったのかって? 昔の話さ……そいつはこれから話すよ。
話を戻すけれど王国じゃここの公国が独立してからこれ以上の分裂を危ぶんだ重臣たちがそれまでの弾圧方針を捨てて融和政策を取り出したんだ。そこで特に強力な戦闘能力や特殊な固有能力を有する種族からいくつかの家が貴族に取り立てられた時期があったんだよ。その中にアタイたち王虎族もあったんだ。圧倒的な身体能力と優れた嗅覚を使っての索敵能力、天性の直感で戦場を暴れまわる指揮能力が特徴さね。
5つの時に弟である『アルスラン』が生まれ跡継ぎの心配がなくなりアタイは夢を叶えるべく両親へとそれを話した。寝物語でよく話してもらったご先祖様の騎士としての武勇伝。女だてらにそいつに魅せられいつしか目標となっていたのさ。
アタイの体が他の人と違うと気付いたのもその頃だったねぇ。大人顔負けの力を発揮するものの異常ともいえる食欲を持て余しアタイ自身が人とは違う薄気味悪いものに思えて塞ぎ込んだ事もあったよ。それを払拭してくれたのは両親の愛情だった。それと小さな手でぎゅっとアタイの指を握る弟の笑顔。それから家族を守り国を護る騎士になることを目標にしはじめたのさ。
10歳になって『死と運命の女神』であるハディン様の洗礼を受け従騎士として独り立ちしだのさ。
ん? 騎士なら『武と戦の神アーレン』じゃないのかって? アタイの憧れであるご先祖様は死の運命に抗うという意味を込めてハディン様を選んだらしい。それで天寿を全うするまで戦場を駆け抜けたって逸話があるのさ。アタイもそれに倣ったんだよ。
さらにそこから10年。そこである意味運命の出会いってやつが起きたのさ。
若狭、マッカーサー、ベランダ、踏み抜かないことーさー




