第218話 和泉屋さんの営業事情
――大地よふかふかに! 雑草よ石よ、砕けて塵と化せ! 燃えよ! 俺は赤い耕運機!
「『開墾の一撃』」
もこもこもこもこぉぉぉ
溢れかえった雑草を巻き込み地面が流動を繰り返しひっくり返る。ガキンボコンと何かが砕けるような音が響きつつ黒い土肌が露わになっていった。更に近所の山から拝借してきた腐葉土をばらばらと撒き散らし再度『開墾の一撃』を加える。
「完成! 和泉屋農園二丁目!」
どやっとした顔を待機していた生産課の面々へ向けたらみんなしてあんぐり口を開けていたりする。開墾開始から僅かに10分ほどで雑草生い茂った空き地が隅々まできっちりと耕された農地へ様変わりしたらこうなっちゃうかね。でもここからは皆さんのお仕事なんだよ? 見慣れているので唯一平然としていたティノちゃんへと目配せする。
「さぁ呆けてないで畝作りからはじめるよ。周囲はぐるっと木を植える予定なのでそのままにしておいてね。畝は全て同じ高さで問題ないの。夕方には一回目の収穫する予定だから皆頑張ってー」
小さな体で先頭きって動き出す。硬直していた面々も我に返り慌てて鍬を持ち出した。夕方に収穫というとんでも発言はするっと聞き逃しているようだ。
なんでティノちゃんが先導しているのかというと彼女には生産課課長の役職が与えられたのである。というか俺が与えた。つまり彼らの上司である。実際に子供なんだが肩書きがあれば多少はなめられる事もないだろうという配慮だ。なんせうちの面子で一番農業に適していて知識も豊富なのは彼女なんだよね。本人もやる気満々だから頑張ってもらおうと思う。
ちなみにティノちゃんが言っていた周りに植える木というのは桃の木である。いつもお世話になっている桃農家さんから若い苗木を譲って貰ったのだ。ここでたてる誓いはまさに農園で桃園な誓いになる訳だね。
「そんじゃ護衛と見張りをよろしく。苗の定植が終わったら連絡してくれ」
「おう、まかしておきな」
『垂直落下式孔明之罠』を使って井戸を掘り終えた俺が茶色い生ものへと声をかける。畑の端のほうにどっこらしょと根を下ろし監督するのはわかもとサン。彼にも課長補佐という役職を与えていたりする。作業が進み次第、俺が転移してきて成長促進魔法『グロウアップ』をかける予定なので連絡役も兼ねているのだ。栄養分を吸い取り過ぎないか心配ではあるがきっと大丈夫なはず……きっと……メイビー。
井戸のほうはあくまで予備だが準備しておくに越したことは無いからね。屋敷の農園では普段はティノちゃんが水魔法で散水していたんだ。エルフ親子も異魂伝心を受け入れてくれたので俺から魔力を供給されてどんどん魔法を使い出していた。主に農作業や家事の面でだけど。だがそれがいい。平和的利用法を色々と考えてくれると今後の役に立つ閃きがあるかもしれない。
「それじゃ俺は次の現場へ行きます。皆さんはティノちゃんとわかもとサンの指示に従ってください。お昼には一旦戻って休憩です。それじゃよろしくね」
「「「「「はい!」」」」」
他の面々から気合の入った返事が飛び交う。この調子なら問題なさそうだ。とりあえず表面上はだがティノちゃんたちの指示に従う姿勢である。生産課に回された人員には戦いに疲れ果てたもの、怪我を放置したまま悪化していたものが数名入っている。それらは俺がある程度治療したのだが完治とまではいかなかった。心の傷はいわずもがな。そこで心機一転命を奪う職業から育てる職業へと転職したらどうだろうと提案した。はじめはできるだろうかと不安そうだったがそこは慣れていけば問題ないと言ってある。
今、鍬を振るう姿を見ていると苦心してはいるものの面接中ちらりと見せた暗い表情は見当たらない。合わなければ部署移動もできるし気長に頑張ってほしいと思う。仕事に疲れて哀愁の色を浮かべるのは経験があるしなぁ。できればみんなで幸せになりたいもんである。さて、俺も次の仕事へいきますかね。
「ほら、そこ! 人間も魔物も変わらないよ。隙を見せたらそこを食い破ってくるんだ! 落ち着いて冷静に対処しな!」
ガンガンゴンギン
木剣と盾、時に鎧が打ち合う音が場内に響く。
和泉屋特設の修練場の中では十名ちょっとがティーナさん指導の下で激しい実戦稽古を行っていた。中にはポポト君のお仲間であるライマン君たちの姿もある。
クラスを変えたてのものや実戦に放り出すには心無いものを鬼ならぬ虎教官のしごきで一人前の戦士に変えるのだ。熊人族の大柄なライマン君をあっさりと吹き飛ばすロリ巨乳。やっぱりティーナさんは強いのだねぇ。
冒険課に配属されたものの内、異魂伝心を受け入れてクラスを変えたものはそれなりにいた。例外を除いて即実戦というわけにもいかずこうして訓練を行っているのだ。でも俺がダンジョンへ入っていたときより厳しいけどな。成仏、もとい上達してくれることを祈ろう。タマちゃんが救護班として待機しているのでそうそう大怪我することはないだろうしな。
例外というのは魔術師、修道士へとクラスチェンジしたものたちである。彼らはフツノさんたち先導の下で既にダンジョン探索に入っている。無論、深い階層ではなく浅いところでの食材巡りだが。元々が前衛職だったために魔力の総量が少ないためレベルアップによる魔力量の増加をしないことには魔法の試すのも間々ならないからだ。魔力の供給も扱える量が少なければ必然的に上限が決まってしまうのだよ。
倒れても倒れても次々と回復されて再び稽古を始める様はとあるゾンビアタックを思い出す。なんとなく懐かしさを覚えつつ俺は次の仕事場へと向かうのであった。
「お待たせ。材料の準備はできてるかな?」
「はぁい。ここにあるのが全部よぉ。これから忙しくなると思うから素材の在庫あるだけ加工してねぇ」
机の上にはもさーんと文字通り山になった薬草や果物。それがいくつも並び部屋の中は圧迫感でいっぱいだ。『フリーズドライ』的な加工は俺ともう一人、マーシュだけが現在行使可能だがどうしても加工した後の質に大きな差がある。行使できる魔力量の差なのかは分からないが製品の質にも大きく影響するため普段は俺が加工したものを使う。マーシュのものは材料の水を濃魔力水に替えれば最終的な品質には問題ないのだがね。なのでそこら辺のストックも十分に溜め込んでおかないといけないな。
しゅぱぱぱぱーん、しゅぱぱぱぱーん
複数の魔法を同時に行使し次々と加工していく。我ながら随分と器用になったもんだ。30分もかからずに全ての加工を終えてマジックリュックへと素材を詰め込む。うむ、これだけあればしばらくもつだろう。というか我が家にあった分の薬草などは全部使ってしまったので収穫するまでお手上げですわい。
素材の加工が終わっても俺の業務は終わらない。
次元収納から鉄蟻素材を取り出す。そして次々と加工を開始した。今作り始めたのは社員章代わりのバングルである。各種耐性を付与した豪華使用にするつもりだ。社員を護るのはオーナーの務めなんですよ。その分、無茶振りもするかもしれないしね。サイズを複数作って合うものを装着してもらう。渡したその場でその人だけ使用可能に制限をかけるしうちを辞める時は返却してもらうつもりだ。そして空間把握のマーキングも打ち込んであるので何かあってもすぐに駆けつけられる仕様となっている。あ、悪用はしないよ?
役職が上に行くほど豪華仕様になっている。とはいえ今のところはワンニャン、じゃなくワンマン経営に等しいから上役は全部身内だけどね。
てってれ~♪ 錬金術のレベルが上がりました。
てってれ~♪ 魔工のレベルが上がりました。




