閑話その22 彼ら彼女らの事情
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PDFファイルが何やら地球を守る軍に見えてくるほど病み始めたことぶきです。時間があいてすいませぬ。閑話ですがここにお届けしますにょ?
追伸:感想にて指摘のありました根本的やばげなところを修正しました。200話のあれです。orz
ノブサダたちが家族会議を開いていた頃、和泉家の裏庭ではタマちゃん、ヤツフサの間で女同士の譲れぬ戦いが始まろうとしていた。
「ワンワンワオーン」
『おれっちがノブサダ一の子分、ヤツフサだぁぶるぁ』
ふるふるふる
『違う、わたし、タマが、一の従魔。それは、譲れない』
屋外にて顔を突きつけながらバチンバチンと火花が飛び交っているかのようだ。ちなみに実況は異魂伝心により互いの感情が完全ではないものの理解できるわかもとサンとウズメでお送りしております。
「グルルルルル、アオン」
『若ぇのは俺っちの散歩、エサの準備、落し物の始末まで全てやってくれたでござんぶるぁ。それに円盤を投げられ持ち帰った時はこれ以上ないほど撫で回してくれたぜごるぁ』
ヤツフサの尻尾はピンと天を突きタマちゃんを威嚇する。一方タマちゃんはヤツフサへの視線上をホバリングし高さを維持していた。表情がないもののいつもよりパタパタと羽を動かし燃える闘魂を露わに……しているのかもしれない。
ふるふるるんふるん
『生まれて、すぐに、主に、拾われた。主、命の恩人、そして最愛の人。この命、果てるまで、あの人のもの』
流石に飼い犬のヤツフサと最初から従魔として拾われたタマちゃんでは覚悟のほどが違った。僅かではあるがヤツフサはその威に怯んでいるようにも見える。そんな彼らとは対照的にゆるーい体勢でそれを見守るわかもとサンとウズメ。
「ん~、若ぇのはなんとも罪作りだねぇ。俺っちも随分と種を仕込んだもんだが若ぇのはそれ以上だぃ」
因みにわかもとサンが仕込んだ種は全て普通のマンドラゴラとなっていた。どうやらわかもとサンという個体が存在する場合、同種が生まれることはないらしい。ナンバーワンよりもオンリーワンなナマモノだったようだ。
「タマたち、気持ちも、分からない、でない。私も、主、好き、だから」
時折、前足で頭をかきつつ両者の様子を見守るウズメ。彼女はタマちゃんたちが無茶をし始めたらいつでも止められるように目を離さない。
「ワウワウワン!!」
『ならば力を示すがいいんだごるぁ。いざ尋常に勝負するんだぜぇ』
ふるふるふるふるるるん!
『是非も、なし。いざ、参る!』
先手はヤツフサ。レベルが上がり飛ばせるようになった風の爪を牽制代わりに抜き打ちで放つ。が、野球のボール程しかないタマちゃんを捉えることは出来ずに天高く消えていった。狙いを定め二発、三発と続けざまに放つもひらりひらりと舞うように避けられている。
お返しとばかりにタマちゃんから複数のコタマが産み出されヤツフサへと投下された。加減しているのか大氾濫の時よりもサイズの小さいコダマである。
ちゅどんちゅどんちゅどん
地表間際で次々弾け飛ぶコタマ。それをヤツフサは駆け出しながら華麗に避ける。そのまま大きく口を広げて噛み付くべく跳び上がった。
ガブッ
白いもち肌に深々と牙が突き刺さる。だが次の瞬間、ボフンとそのもち肌が弾けてとんだ。衝撃と火薬のようなつんざく臭いでヤツフサがギャフンとのた打ち回る。傍から見ているわかもとサン達にも今なにが起きたのか完全には把握できていなかった。
「おおぅ? いってぇ今のはどうなったぃ?」
「はっきり、見えてない。噛み付かれて、ないのは、確か」
そうウズメが言った矢先、中空にスウっとタマちゃんの姿が現れる。タネを明かせば先ほどの爆撃で視覚を遮った際に同サイズのコタマを産み出した。タマちゃん自身は迷彩で空色に溶け込んでいたのだ。その間、僅か一秒ほど。ウズメたちが見逃したのも頷ける早業である。ノブサダと共に巨菌兵を倒し随分とレベルが上昇しているようであった。
足元がふらつくヤツフサであるが再び顔を上げ戦闘態勢をとる。
ふよんふよんふよん
とったのだがそれは身動きすることさえ出来ぬ状況へと陥っていた。ふらついている間にヤツフサの周囲一杯にコタマが浮遊している。悲しげな顔で左右を見渡しヤツフサは己の敗北を悟ったのであった。やはり元々飼い犬であったヤツフサと産まれてすぐにノブサダと共に戦い抜いてきたタマちゃんでは戦闘経験の差が大きかったようである。
「クゥーン、キャイン」
『参りやしたわん。これからは姐御と呼ばせていただきやすん』
ふるふるふる
『わかもと、色々と、適当。タマも、家族と、認め、た?』
ウズメが確認するまでもなくタマちゃんはヤツフサを家族と認めていた。ヤツフサに残るノブサダの残り香の濃さから随分と可愛がられていることを悟ったからである。だが、それは同時にほんの少しの嫉妬を産み出した。タマちゃんにとってそれは初めての感情。人の身ではなくてもノブサダにとって従魔として一番だという自負が己にとっての宝物だったから。
温和なタマちゃんが珍しく譲らずに張り合ったのはそういった理由があった。そんな事情は知らないヤツフサはこれ以降、タマちゃんを姐御と慕いながら共にノブサダを支えるのである。
ところ変わって『仁義守館』の大部屋。荷物の整理も終わり寛いでいた犬人族代表のタマキチとリザード族代表のポチョムキン。そんな二人のもとに石でできた徳利を持つチョノフディ(狼人族代表)がどかりと座り込んだ。
「おう、二人とも。お嬢ちゃんたちからいいものを貰った。何でも大将が試作したんだと」
そう言って石のコップを押し付けトクトクと注ぎ込んでいく。
「こ、これは酒か!?」
「うほう、何年振りざんしょ。初めて見る色合いの酒ざんすな。ん~、ワインと違ってそこまで匂いは強くないざんすが鼻腔を擽るような感じでいいもんざんす」
「大将が何度か出してくれたコメを使って作った酒らしい。んじゃ、乾杯だ」
コンと三人揃ってコップを軽くぶつけ合う。三人とも久しぶりの酒だけにゆっくりと口に含み味わいを楽しんだ後、コクリと飲み込む。言い合わせた訳ではないのにふううと同時に息を吐き出した。
「これは……美味いな。酒精はそこまで強くないが飲み口がスッキリしていていい」
「懐かしい。これほど澄んではいなかったが今は無き故郷で似たような酒を作っていた。我らが御屋形様は謎多き御仁であるがこんなものを作ることまで知っているのだな」
「五臓六腑に染み渡るざんすね。それで? チョノフディは何かあったんざんすか? 改まってくるなんて珍しいざんすね」
そんなに分かりやすいかとばつが悪そうに頭をかきつつ口ごもりつつも話を切り出す。
「いや、なに。明日の大将への返答をおまえらがどうするか気になってな」
「ふっ、お主でも悩むことがあるのだな」
「悪かったな! でもよ、お前らとは長い付き合いじゃねぇか。いくら俺だって気になるもんはなるんだよ」
その言葉に二人とも声を失い少しだけしんみりする。コップを傾けコクリと飲み込む音だけが三人の耳に響いた。ちなみに三人が話し始めてから部屋の連中は気を利かせて外へと出ている。気遣いの出来る獣人たちであった。
「ま、そんなに心配しなくてもユーと同じ答えだと思うざんすよ。他の連中も似たようなもんだと思うざんすがね」
「うむ、お主のことだ。どうせ『俺たちを死にそうなほどこき使ってくれやがったあの連中に一泡吹かせてやる』とでも考えて御屋形様についていくつもりであろう?」
チョノフディはそれを聞いて絶句する。なにせ一言一句間違いなく自分が考えていたこととまるっと当てられたのだから。
「ししししし、その顔だと的中ざんすね。チョノフディは分かりやす過ぎざんすよ」
右手で頭を掻き毟りつつ苦い顔をするチョノフディ。この場で不貞寝してしまいそうになるも二人にどうするかの答えを聞いていないことを思い出し身を乗り出しつつ詰め寄った。
「ちぇ、それよりお前らはどうするんだよ。二人とも子供も無事だったしここで引退か?」
そんなことを言う彼にタマキチとポチョムキンは思わず互いに顔を見合わせ思い切り破顔した。というより思い切り噴出し爆笑している。
「ふぅ、ははは、子供らは御屋形様の下で奉公することに決まっておる。元より我等は戦うことしか出来ぬよ。なんせこの十年、ただそれだけをこなす毎日だったのはお主も同じであろう?」
「そういう事ざんす。そもそも親分に助けてもらった恩を返せていないざんすよ。こんな状況になったから言えることざんすがね、あのまま王都にいたら確実に戦ででも捨て駒にされていたと見るべきざんす。それだけに親分には二重の意味で救われたことになるんざんしょね」
王都の連中が公爵家の令嬢に追っ手を差し向けた。聞いた限りでは護衛も抱き込んで用意周到に。これだけで十分に害意があることになる。公爵家としての報復もあるだろう。下手をすれば全面戦争に発展しかねない。なんてことを思っているのかどうか。そうこうしている間にも杯は進み気付けば徳利の中身は空となっていた。
アルコールも入ったからかその口は饒舌になり会話も小さなことから王都の連中への恨み言などが次々溢れ出る。
グラマダへ向かってくる道中、奴隷となっていた同胞から色々と話を聞いていた。彼らの扱いは三人の想像している以上に酷いものだったようである。
時に見世物として同族同士、女子供、魔物相手に戦わされ、時に歪んだ嗜好の貴族相手に拷問の道具で弄ばれ、時に単なる憂さ晴らしで斬り付けられ死んだものも少なくない。ダンジョン探索組である自分たちの扱いがまだマシなほうだったと感じていた三人。
それ故かそれらの同胞たちのノブサダへの恩義は非常に深く重い。長年、人間扱いされなかった彼らは当初はノブサダが主となろうがさして変わらぬ扱いを受けるものだと思っていた。それが有り余る魔力による傷ついた部位の治療、再生。更には振舞われたノブサダ自ら作った温かい料理。それらは彼らの心と胃袋を鷲掴みにした。トドメがアーサー戦で見せた圧倒的な魔力を用いた空恐ろしいほどの力。全てとは流石に思えないが多くのものたちがノブサダへとついていくだろうと三人は思っていた。
「俺もよ。十年、そう十年だ。お前らと出会う前もずっと穴倉と寝床の往復ばかり。何の楽しみもねえ毎日だった。若ぇ頃にやつらに目を付けられ捕らえられてからずっとだ。それを今更他に何が出来るわけでもねぇ。戦うことしか出来ないからな。あー、くそ、何言ってんだか。俺は学がねぇから小難しいことは分からねぇが大将に付いていけばよ、なんとなくいい夢が見られそうな気がするんだよ」
ほろ酔いもいいところのチョノフディが熱く語るも己の言いっぷりに照れを感じばつが悪そうにしている。狼耳のいい歳をしたおっさんのデレに残りの二人はニヤニヤである。アルコール度数は高くないのだが久しぶりの酒ということで結構効いているようだ。
「言いながら照れているざんす? まぁ言わんとすることはわかるざんすよ。ミーたちだって似たようなものざんすからね」
「御屋形様は獣人どころか魔に連なる亜人すら対等に扱う。あれほどの力をお持ちでそのような心根のお方に出会うなど稀有なことだろう。これ以上ない幸運だったさ」
タマキチとて人の親。我が子の為に危険な冒険者稼業は辞めて安全な暮らしを望まないでもなかった。だがその気持ちを投げ捨てても仕えたい主君に出会えたことが彼の進む道を決定したのだ。犬人族にとって主君と決めたものに仕え殉じることは最高の美徳とされている。彼らの一族は野心とは程遠い忠臣の系譜なのであった。それだけに主君と仰ぐものを見定める目は厳しい。
「知っているか? この館、御屋形様が建てたらしい」
「そりゃあ持ち主ざんすから当然ざんしょ?」
「話はそれだけではない。建てるのに要した時間はたったの数時間らしい。石造りでこのような建造物なぞ見たことが無いからあの童たちに聞いてみたのだ。その答えは一気に魔法で全体を作り上げ細部を削ってできたもののようだ。言われて気づいたが一切の継ぎ目がないのだよ。それとだ。敷地の多くを使ってまでここを建てた理由が我らを受け入れるためだそうな。しかもふんだんに使われている魔道具。これほどの量を使っているのは貴族でもそうないと思うぞ。そんな獣人亜人をそこらの人以上に扱ってくれるあの方が今後一体何を成すのか。見てみたいとは思わぬか?」
始めこそ唖然としていた二人だがタマキチのその言葉に深く頷く。元々覚悟は決まっていたのだがもはや揺るがぬ意思として確立したのはこの時かもしれない。男たちの語らいは深夜まで飽きることなく続いたのであった。『いつまでやってるの!』と奥さんたちからアイアンクローを食らうその時まで……。




