第214話 公爵、豹変!?
「死んだと思っていた姉上が生きていた。これほど嬉しい事はない」
泣きじゃくりいつもの大人びた姿など霧散してしまったアルティシナが嗚咽混じりにそう呟く。
「姉上、もう何処へも行かないでほしい。これからは余の傍で支えて欲しいのだ」
自らの欲求で人に物を要求することのないアルティシナからの懇願。国のトップという立場ながらあらゆる面で束縛され続けた幼子のそれにシャニアは小さく首を振った。
「アルティ、私も君に会えて嬉しい。けれど、ごめんね。生きていたことを公にする事が出来ない以上ずっと傍にいれないんだよ」
「それは……姉上を利用しようという輩がいるからなのか?」
聡いアルティシナにはそれがなぜだか理解できてしまう。それと同時に理解できてしまう己の聡明さをこの時は悔やんだという。『もう少し愚かであったなら我が侭に姉を引き止めることができた』と後に公爵へ呟いたとか。
「そう。私が表立って動けばそれだけで王家の生き残りという旗印が二つになってしまう。最悪、私を伴侶とすることで公王の権力を狙うものが出ないとも限らない」
俯きながらそう語ったシャニアはぐっと涙を我慢しつつアルティシナに向き直った。その目に迷いは無くいつもの屈託のない笑顔を浮かべている。
「でもね、ずっと傍で支えてあげることは出来ないけれど影でそっと手助けすることは出来る。表立って傍にいるのは姉上にお任せするよ。ね♪」
「ふぇ??」
いきなり話を振られて思わず素っ頓狂な声を上げてしまうエトワール。先ほどまで感動的なご対面だっただけに手に持つハンカチは色々とぐしょぐしょになっていた。突然の指名に戸惑い視線を右往左往させてしまう彼女を誰が責められようか。
「姉上とアルティが結ばれれば多少の差はあれ大手を振って肉親と公言できるよね?」
にんまりと意地の悪い笑みを浮かべつつエトワールの外堀を埋めていくシャニア。
「ふむ。年齢的なところは多少問題視されるかもしれないが貴族の間でならばこれくらいの差はよくある話。私の娘には自由恋愛でも良かったのだが果てさて……」
「お、お父様まで!?」
思わぬ援護射撃に驚きを隠せない彼女は助けを求めるようにアルティシナを見つめる。
「おお、確かにエトワールであれば余も安心だ。気兼ねなく相談事をできるし一緒にいて気疲れもせぬ。自然体でいられるのは他には変えがたい資質であろうな」
アルティシナは恋愛観など皆無な非常にビジネスライクな視点からエトワールを求めているな。まあ、愛には沢山の形があるだろうし、なによりまだ十歳。まだまだ色々と未成熟だもの仕方ないよね。それでも求められているのが満更でもないのかエトワールは頬を赤く染めている。
長女ではあるものの嫁に行ってもシャニアが残る。血筋云々は見る限り公爵の中では問題ないようだ。アルティシナ、エトワールと並んで立たせシャニアがお似合いだと囃し立てる。なんとも微笑ましい光景だ。
ところで俺がこの場にいる意味あるのかね? 敢えて口には出さないけどさ。幸せそうだからいいか。用意されていた紅茶をすする。あー、美味いな。いい茶葉使ってるねぇ。
「あ、ノブサダくん。婿に入れとは言わないから種だけでも仕込んで欲しいかな。ほら姉上が嫁入りしたら私が公爵家を継ぐ訳じゃないか。さっきの兼ね合いもあるしそれが一番だと思うんだよね」
ぶーーーーーーーーーーーーーーーー
マジお茶噴いた。あああ、すいません。今すぐ掃除しますんで。風魔法を応用し吸引力の落ちない掃除魔法を繰り出しつつドライで乾燥させる。シュシュシュと魔法で掃除しながらいけしゃあしゃあと何を言い出しやがったとシャニアを訝しげに見る。
『だめ?』とあざとい可愛らしさを演出しつつ首を傾げるシャニア。なんでいきなりそういうことになるかな。俺は妻帯者ですよ? 思わせぶりなことは今までなかったじゃないか。いや、あったからどうだといった話じゃないが……。
とりあえず首を振ってノーを示す。すると俺の肩にポンと手が置かれた。
「すまないね、ノブサダ君。王都からこれまで随分と骨をおってくれたようだ」
公爵、公爵、目が笑っていません。なんか肩がミシミシいっていますよ? 結構握力ありやがるな、おっさん! 別な意味で骨を折るつもりか!?
「まぁ成り行きとはいえ友と呼んでくれた人たちを見捨てることはできませんから。どちらかというと散々妨害してくれた宰相一派への意趣返しの意味合いが強かったですけどね」
意訳:『友人だから助けました。あ・く・ま・で友人。そんな関係ではありません』
「そうか。思っていた以上に状況は悪いようだ」
意訳:『本当かね? 手を出したりしたら……分かっているだろう??』
下手に言い訳しても泥沼になる事請け合いなのでここはスルーしつつ話題を移すに限る。中に込められた意味は推して知るべし。結果、公爵は俺の表情込みでシャニアの独断専行だと察してくれたようだ。納得したのか肩に置かれた手が離される。それにしてもエト様のときと違って随分と過保護じゃない? そう考えたのだがアルティシナはこの国で一番の玉の輿だと思い至った。
「ねぇねぇ、自分で言うのもなんだけれど額の傷以外は結構自信あるんだけれどもな。ほら、それに私は尽くすタイプだし後腐れない関係でいいからさ♪」
『いいからさ♪』じゃなーい! しなっとポーズを決めて誘うように手招きしない! お前、さっきまでの感動的なのはどこへいった。折角鎮火しかけた公爵にガソリン注ぐんじゃない!
「ノ・ブ・サ・ダ・君? ちょっと倉庫の裏まで逝こうか?」
公爵、なんか字面が違う、違いますぞ。エト様も矛先が変わったからとあからさまにホッしてないで助けてっ。ええい、権力者の暴走とはかくもやり辛いものか!
結局、見かねたアルティシナが公爵を止めたところでやっと暴走が治まった。
そして三人も退室し残るは俺と公爵だけになる。シャニアのこととは別に話したいことがあるからと呼び止められたのだ。話があるという割にはなかなか話を切り出さない公爵に先んじてこれから起こるであろう懸念事項を語る。
「やはり起きますか……戦争は」
「君はそう見るか」
「ええ。これまでの経緯からしてあちらさんはグラマダ、いえ、公爵様の陣営を潰すつもりなのが透けて見えます。エトワール様の身柄を狙ったのも後釜として使うつもりだったのではないかと愚考しました。無論、何らかの処置をした上ででしょうが……」
宝物庫などを荒らした際に見付けたとある物。ことわりを入れた後、マジックポシェットから取り出すふりをして次元収納から黒光りするソレを取り出し公爵へと手渡す。それが何であるか。鑑定持ちの彼には一目で分かっただろう。
「隷属の首輪!? こんなものまで! 落ちるところまで落ちたか、ディレン!」
声量は大きくないものの悔しそうに呟く公爵。歯をギリィっと噛み締めながら俯く公爵の表情は窺えないが色々と思うところがあるのだろう。一頻りそうしたあと顔を上げこちらを見据えてきた。
「ノブサダ君、君の力を借りたい。願わくばこれから起こるであろう戦、私の下で戦ってくれまいか?」
「申し訳ありませんがそれはできません。先約がいるものですから」
ほぼ間髪いれずに即答。眉を顰めて少し不快感を露わにする。考える間を設けてってことも一瞬思ったがここはきっぱりとお断りしておこう。
「それは誰かね? 少なくともあちら側ではないと思うが……」
「アルティシナ公王の私兵として参加すると彼と取り決めております。実質は公爵様の指示で動くことに変わりはないかもしれませんがそこは譲れません」
「ふむう、その意図は?」
なんとなく察していそうだが前もってアルティシナと話していたことを公爵へと説明する。
アルティシナの後見人として公爵が立つのは今後の事を考えて間違いないと考えた。人によっては宰相に代わり今度は公爵が彼を傀儡としようとしているように見えるかもしれない。というか公爵に反感を持つものからすればそう捉える事は必須であろう。下手をすれば内部でも内心はどう考えるものが出る可能性もある。
そこでどこにも属していない俺をアルティシナ個人の私兵として率いてしまえばいくらかでも当人の力と成り得るのではないかと思う。あまり喜ばしくないが妙な二つ名もついたのが少しか役に立つかもしれない。
「それと俺個人だけでなく一緒にここまできた獣人たちの中から希望者を募り数を揃えるつもりです。その指揮などの為に軍略書をお借りしたかったのですよ」
何も言わずに身じろぎ一つせず聞き入っていた公爵は腕を組み一頻り考え込む。
「やれやれ、君は本当にただの冒険者かね。予想以上の答えだ」
納得したのかそう言って頷いた。
その後、いくつか話し合い何かしらの変化が訪れればうちの方へと使いを出すそうだ。これからどうするのかと尋ねられたがダンジョンに潜ってのレベル上げや武具を揃えることで戦力の強化を図ると返答。和泉屋には薬品の増産をお願いしたいとだけは頼まれたのでそこは了承する。今回のことで備蓄していたものは騎士団などでもほぼ使い切ったそうだ。従業員の人数も増えるし増産体制も整えないとだな。
でも『仁義守館』を建てたせいで土地に余裕がなくなったんだよね。公爵、近場にいい土地ないですかね? え? あの近辺にある空き地を使ってもいいですと? ああ、あの二件隣にある百五十坪ほどの空き地は公爵家の土地でしたか。立派な農地になりますけどいいですかね? その分、優先して薬品を卸してくれればいい? 合点承知でがす。
あ、国宝とかどうしようと相談したけれど保管しておく場所も急ぎ準備できないので公爵発注で大き目のマジックリュックのご注文を頂いたよ。それに詰めて後ほどお届けすることに落ち着いた。




