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新説・のぶさん異世界記  作者: ことぶきわたる
第九章 嵐の前の静けさ
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第213話 二度あることはたんとあーる

肩が! うっ、頭がぁぁ!

ええ、肩こりから来る偏頭痛です。あたたた。




「ノブサダ君。依頼の完遂ご苦労だったね。予想外の結果ではあるがエトワール、シャニア両名を傷一つ無く無事に帰還させてくれたことに礼を言うよ」


 握手をしつつ人好きのする笑顔でそう語るアズベル公爵。


「それにしてもまさか『マハルマリーン』が団長を含め殆どがあちら側に寝返るとは予想外だったよ。グラマダにあってあちらに靡き難いであろう人選をしたつもりだったんだけれどもねぇ」


 若干の苦い顔。彼にとっても完全にこれはイレギュラーだったらしい。まあ、あれだけ離れた王都までに謀略の手が伸びていたら俺も怖いわ。


「『マハルマリーン』の処遇に関してだが……傭兵ギルドの規約により契約違反の罪科が問われることになる。規約では依頼主に対して殺害目的で近づいた時点で全員が奴隷落ちとなっているんだ。厳しいようだがそれくらいしないとギルドとしての面目を保てないのが実情だね」


 むうう、やはりか。

 俺が口を挟もうとしたとき、公爵が手で制し言葉を続ける。


「とはいえ団長以下半数以上を相手に娘たちを守ったことは評価に値する。傭兵ギルドのほうとも話し合った結果、『マハルマリーン』は解散、反乱したものたちは全て犯罪奴隷となる。ただし寝返らず任務を全うしたものたちについて連帯責任はない。だが副団長である彼女は責任をとる必要がある。彼女は通常の戦闘奴隷となることになったよ。無論、これは双方納得の上だね」


 すっと視線をずらしてティーナさんを見れば覚悟の決まった顔をしている。


 犯罪奴隷にはつけた当人でさえ解除できない専用の奴隷紋が刻まれる。そして大半は鉱山や戦場など過酷な場所へと送られるだろう。値段も通常の奴隷と比べるとかなり低い。これは信用の問題で個人での買い手はそうつかないからだそうな。


 犯罪者となった生き残りは全て傭兵ギルドへと連れて行かれしかるべき処置をされてから奴隷商へと引き渡されるらしい。こちら側に残った6人の傭兵達は事情聴取後に自宅にて待機している。これから単独での傭兵家業になるのかそれとも新たにどこかの傭兵団へと所属するのかは彼ら次第だがティーナさんを慕っていただけにどうでるか気になるところだ。


「さてノブサダ君。以前、君に言ったことを覚えているだろうか? 護衛の任務、公王様の救出、そしてグラマダの防衛と君は目覚ましい成果を残した。それに伴なって追加の報酬を用意するとね。さてここで困ったことが一つ。実は復興で結構な資金が飛びそうなんだ。どこかに可哀想な奴隷を報酬代わりに引き受けてくれる心優しい冒険者はいないだろうかね?」


『分かってんだろ?』と言わんばかりにいい笑顔でそう問いかける公爵。ええ他に選択肢はありませんわな。ったく厄介なことにこちらの心情は完全に読まれている。悔しいやら悲しいやら……けどいくつかおまけも頼んでいいですかね?


「それではティーナさんの身柄を引き受けたく存じます。それと出来ればでいいのですが戦術戦略の教本のようなものがあればお借りしたいのですがよろしいでしょうか?」


「ふむ、分かった。彼女についてはこの場で契約を済ませようか。それと教本だが私が若いころに使った物がいくつかある。娘たちが使うこともないだろうからそれらを君に譲るとしよう。それにしてもそういうことに興味があるとは思わなかったよ」


 ほう、といったように片眉を浮かせてこちらの真意を窺うもののあっさりとそれは受け入れられた。まあ、俺がメインで使う訳じゃないんですがね。全部が全部使えるとは限らないしうちの方針に合うとも思えないので一応俺も読んでおくけども。


 ということで至極淡々と交渉は終了。ティーナさんには奴隷紋が刻まれ俺の奴隷となる。そんなに覚悟を決めなくともご無体なことはしませんて。お話はあとで自宅のほうでしましょうと耳打ちしておいた。


 教本のほうは10冊ほど随分と年季の入った代物が包まれて贈られた。一緒に護衛完了の証明書を貰い俺の依頼関係はこれで全部完了だ。元々の報酬はギルドに報告した時点で支払われることからアミラルさんのことを抜きにしても明日に行っておかないとだな。


 ここでティーナさんはエレノアさんと共に部屋を出て行った。このまま和泉屋まで馬車で送迎してくれるそうだ。あれ? なんで俺だけ残されたの??


 そう、部屋の中には俺を含めて5人が残っている。明らかに俺だけ場違いだな。


「アルティシナ様、ここで申し上げておきたいことがございます」


 こくりと言葉なくそれに頷くアルティシナ。雰囲気からこれから話すことの重大さを感じ取ったのだろうか。


「あなた様が断罪の塔へと監禁される前、公王家にて不幸なことが相次ぎました。先代の公王様は突如急逝し王妃様は心労から倒れ帰らぬ人に。姉君であるキャスカ様は崖崩れに巻き込まれ生死不明のまま行方知れずとなってしまいました。それ故、あなた様の安全はこれ以上ないほど厳重なものとなったのです。結果、それが監禁するまでになったのは我々としても予想外でしたが」


 どくんどくんと心臓が高鳴っているのかアルティシナの呼吸が荒い。そして同様に俺の脇にいるシャニアもだ。鼓動の音がもれ聞こえそうなほどの緊張感を醸し出している。


「単刀直入に言いましょう。姉君であるキャスカ様はご存命であらせられます」


「姉上が、姉上が生きているというのか公爵! それで! どこにおられるのだ!! なぜに今まで姿を見せてくれなかったのだ!!」


 これ以上ないほど取り乱し今にも公爵へと飛びつかんばかりの食いつきぶりだ。無礼かもしれないが彼の肩へ手を乗せる。手には冷気が漂っており否応なく彼の体を冷やしていった。手を置いた時点でこちらを振り向いたのだがいくらか落ち着いたのだろう。俺を見てこくりと頷いて見せた。


「それにはいくつか理由があります。一つ目はキャスカ様は何者かによってお命を狙われ崖崩れに巻き込まれたからでございます。その際、同道していた我が手のものが命からがらお助けした次第。ですがその後、意識を取り戻すまでに1年もの間、寝たきりだったのですよ。これが二つ目の理由です。そして3つ目、目を覚ましたキャスカ様は記憶を失っておりました。自らの名前も生まれも全てです。その状態の彼女を暗殺しようとした犯人がいるであろう王都へと戻すことはできませんでした。そんなことをすれば身を守ることもできず今度こそお命がなかったでしょう。そしてその頃には公王様も断罪の塔へと保護の名の下に閉じ込められておられましたから」


 むぐううと唸るように俯くアルティシナ。閉じ込められていたときの事を思い出しているのだろうか? それとも姉の受けた仕打ちに思うところがあるのだろうか? そんな様子を見て一息ついて間を空けた公爵。この人も随分と緊張しているようだ。話の合間に水を口に含む回数が徐々に増えている。


 こほんと一息ついてから再び語り始めた。

 彼女、キャスカは新たな名前を与えられ公爵家の娘として育てられることになる。それはアズベル公爵の独断であり今でも誰にも語っていないことだった。

 家に迎え入れた当初こそ情緒不安定で塞ぎがちだったのだが歳の近い長女の助けもあり徐々に落ち着いていく。育つにつれ持ち前の明るさを発揮し家中でも随一のムードメーカーとなっていった。

 すくすくと育つ彼女に転機が訪れたのは10歳。そう洗礼の時である。

 まるで何かに誘われるかのようにキャスカはとある女神の下へと祈りを捧げた。一部始終を見ていた御付の侍女はこう報告したという。神官様へ光り輝くものが降臨しお嬢様へと祝福を授けたと。それが引き金になったのか彼女は記憶を取り戻す。

 因みにだがこの当時の神官はこの後、巡礼の旅に出てしまう。これがどこでどう捻じ曲がったのか公爵家の不評を買い解任されたという噂の元となる。この数年前よりこの女神への悪い風評がなぜか広がっておりこの件がトドメとなって更に名声を落としてしまった。これが回復するまでに数年のときを有することとなる。


「そして今あなたの目の前にいるこの子こそ……」


 アズベル公爵の傍らに佇んでいたシャニアが一歩前に出る。

 すっと手を頭の後ろへ向けカチャリとその仮面を外した。開かれた瞳はアルティシナと同じ透き通った青。太陽を思わせる金髪は手入れの分シャニアの方が艶やかだが非常に似通っている。顔立ちも中世的なアルティシナとそっくりだ。最も違う部分はそう、額の真ん中から眉間へと刻まれた傷跡。これが記憶を失ったときの怪我の痕なのだろう。個人的には女性としての魅力を損なわせている気がしないが貴族の観点から言えばこれで傷物ということか。


「記憶を取り戻して真っ先に思い浮かんだのは幼い君が私に向けて微笑んでくれている姿だったよ。御免ね、アルティシナには多くのものを背負い込ませてしまった。本来ならば私が請け負うはずだった分まで……。今更、どう顔を逢わせたものかと思い悩んでいたけれど共通の友人からの助言で覚悟が決まったんだ」


 固まり僅かに震えるだけのアルティシナの頭へ優しく抱きとめるように手を回すシャニア。


「今まで寂しい思いをさせて御免よ、アルティ」


「その呼び方。母上と姉上だけが呼んでくれたもの。あ、姉上……。姉上ぇぇぇぇ」


 感極まったアルティシナがシャニアの胸に顔を埋め涙を流す。ちくしょう、今日は本当に目から汗が流れる日だ。俺、こういうの弱いんだって……。

 エト様もハンカチを手に目尻を押さえている。公爵は流石に年の功か涙は見せないもののひどく優しげな瞳で成り行きを見守っていた。

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