第212話 初めての夜会
そこにはいつもとは違いドレスに身を包んだ仮面の公爵家次女シャニア・アズベルが立っていた。
「やあ、迎えに来たよ……ってあれ? 連絡行ってなかったかい? 普段着そのままだけれども」
いや、連絡は確かに来ていたがてっきり報告だけで普通の格好でいいと思っていたんだが。そうは思いつつもシャニアの格好に釘付けである。こうやって着飾れば公爵家令嬢って言われても納得のビジュアルだ。それでもやっぱり仮面があるから彼女らしいと言えば彼女らしいのか。
「一応聞いてはいたが何故にドレス? 舞踏会でもあるのか?」
「ええっ!? おかしいな、公王様が来るということでアズベル公爵家の寄子や有力者を集めての夜会があるから正装で出席するよう伝えたはずなんだけど」
うぇぇえい、まったく聞いてないぞ。伝令が悪いのかそれを聞いたはずのユキトーさんが悪いのか。予想できるはずなのに気にしていなかった、それもすっかりと忘れていた俺が一番悪いですね、はい。どうやら俺が再びグラマダを発ってから通達が回り今日という日にあわせて味方とはっきりしている者を集めて夜会を開く駆け引きになっていたようだ。公王ここにありと喧伝することで味方の結束を深めるといったところなのだろう。
「と、とにかくその服装だとちょっと困るかな。正装持っているかい? どうしよう、貸し服屋もこの時間じゃ開いてないし……」
「とりあえず落ち着いてくれ。すぐに着替えてくるからそれで大丈夫か確認してほしい。なんせ俺はそんな経験ないからね」
「う、うん、分かったよ」
ちょいと引っ込んで次元収納から前もって仕立ててあった礼服を取り出す。実は王都へ旅立つ前にマニワさんにオーダーメイドしてあったんだ。何があってもいいように備えてはいたのだよ。まったく使う機会はなかったけどな!
完全にお任せで頼んだものだが現代のスーツに近いタキシードに仕立ててある為、俺でも着易いものになっている。流石マニワさんいい仕事してますねぇ。手早く着替えを済ませるべくスパァンと脱衣する。おっと勢い余ってすっぽんぽんになってしまった。まぁこの際だから全部着替えてしまおうか。
「どうかな?」
ビシっと着こなした……とは思えない。なんせ背が足りないから少年の背伸びにも見えなくもないからだ。少しだけ切なくなりつつも着替えも終了したので玄関先へと戻った次第である。
「…………」
あれ? おーい、シャニアさんや。やっぱりなんかおかしいかい? 一言も発せられないと非常に不安なんですが。
「いや、いい、いいと思うよ。そういった格好をすると映えるね、ノブサダ君」
おお思ったよりも好感触? とうわけで皆には出かけてくる旨を伝えた。伝えたんだが食事に夢中であんまり聞いていなかったのがちょっとだけ悲しかったりする。『いっへらっひゃーい』と口にもごもごしたままお見送りされたし。いつもはクールなフミたんでさえ口いっぱいに頬張っていたし気合入れて作りすぎたかとほんのり後悔。とほほん。
ふう、気を取り直してシャニアに続いて馬車へと乗り込んだ。あれ、そういえばご婦人と一緒の馬車に乗り込んじゃってもいいものなんだっけか? 公爵家の馬車だけに黒塗りのご立派な代物なんだが小窓を開けないと御者から中は見えない。そんなのに未婚の女性が俺なんかと乗ってもいいのかとシャニアに聞けばノブサダ君を信用しているから大丈夫だってさ。そりゃ何かするつもりはさらさらないけど外聞的にどうなんだろう。
「今回、私が迎えに来たのには訳があってね。出来れば相談に乗って欲しいことがあるんだ」
馬車が走り出して程なくするとシャニアが徐に話を切り出した。
「幼い頃に生き別れになった姉弟が急に目の前に現れたら君ならどうするかな?」
ああ、ストレートなご質問ですね。散々悩んで結局答えが出なかったか。ならば俺に言えることは決まっている。
「会えるならば会っておく。名乗れるならば名乗っておくほうが良い。いつ何時何があるか分からないのが人生だ。ほんの一日会うことが出来なかっただけで今生の別れになる事だってあるんだよ。俺が言えるのはそれくらいかな」
「ノブサダ君……」
いつもよりも真剣な俺の表情に何かを感じ取ったのかそれ以降シャニアは押し黙って考え込んでいた。悩みたまえ若人よ。やらずに後悔することほど後を引くことはない。やることやって後悔するならばいくらかは諦めがつくのだ。
今、俺も諦めていることがある。夜会ってことはダンスかなんかするのよね。俺はばっちゃんと一緒にいった老人相手の社交ダンスくらいしかやったことがないんだ。まぁ、なるようになれだな。
やがて馬車は公爵家の屋敷へと辿り着く。屋敷は魔道具により夜でも爛々と輝いていた。数多くの馬車が停められており参加者の多さを物語っている。
馬車中で大雑把に聞いたマナーでシャニアをおっかなびっくりエスコートし会場へと足を踏み入れればそこは正に別世界。煌びやかな装飾品に彩られた蝶たちが舞い踊る社交場。俺にはまったく縁のない世界がいままさに目の前にあった。うむ、場違い感が半端ない。シャニアを伴なって現れたことで否応無く注目を集めているしな。
――あれは……アズベル公のご息女か?
――隣にいるのはどなたかしら? 見たことのない男性ね。
――滅多に表に出てこないと噂ですが本日は何かあるのでしょうか?
――噂の通り仮面をしているのだな。傷があるということだが勿体無い。
囁く声が所々から聞こえてくる。何気に聴力も上がってるのか? ぐるりと見渡せば見たことのある顔もいくつかあった。先達て顔を会わせたばかりの貴族連中がいる。鍛冶ギルドからはギルド長たるピーティアさんが冒険者ギルドからはサブマスターが来ているしな。そういえば名前知らないや。仕事はできるそうだが存在感は非常に希薄らしい。アミラルさんは未だ事後処理に忙しいのかな。夜会とか苦手そうだしいい口実とかかもしれんが。
今のところ表立って近づくものはいない。どうにも距離を測りかねているといったところか。こちらとしてもボロを出さずに済むからありがたいっちゃありがたいんだがね。
ざわ……ざわ……ざわ……
お、何やらざわつき始めた。するとホールの段上からアルティシナを伴なった公爵とエト様が降りてくる。貴人らしく着飾ってはいるがゴテゴテしているわけではなくシンプルな中に上品さをかもし出していた。公爵、センスいいなぁ。
「皆さん、遠いところよくぞ来てくれたね。今宵は公王様が秘密裏に来訪してくれた。公王様、是非、お言葉を頂戴したく存じます」
「皆のもの。余は現公王アルティシナ・タイクーンである。此度は急な来訪にも関わらずこのように大勢が集まってくれたこと嬉しく思う。どうか今日は楽しんでいってほしい」
短い挨拶を終え彼らが席に着くと再び皆が動き出す。果たして彼らはどう思っただろうか。耳ざといものならほぼ落ち延びたようなものだという情報は仕入れているだろう。脇に控えるアズベル公の辣腕に期待といったところか? いや、まったく当てずっぽうなんだけどね。
そんな俺は何をしているかといえばシャニアと一緒に料理をぱくついていたりします。どいつもこいつも腹に一物抱えていそうで下手につつくと蛇どころかヤマタノオロチでも飛び出してきそうなんだもの。
それにしてもシャニアってばあっちのホスト側と違うの?
まあ突っ込みはさておき公爵家のお抱え料理人だけに料理美味いな。鴨のローストとか濃い目のソースで箸が進む。これ血を使ったソースなのかね。俺にはよう作れんわ。わさび醤油とかでも美味しそうだがそこは料理長の顔を潰す行為なのでやりませんよ。まだわさびを見付けてないしね。あ、このマッシュポテトっぽいのも美味いわー。こっちはナスキノコのアヒージョか、やるなシェフ!
そんな俺を見て眉を顰める上流階級の皆様もおりましたがそこは空気を読まずに完全スルーです。中には化粧水などでお得意様もいるかもしれないが店主として顔出ししてないからほとんど認知されていないのさ。ぶっちゃけ公爵様くらいだと思うよ、知っているの。
といった具合に社交性の無さを炸裂し殆ど顔つなぎするでもなく夜会は終了する。時刻にしてPM9:00といったところか。客はすでに帰り各々が泊まる宿へと引き上げた。
使用人たちが片付けに追われる中、俺たちは屋敷の一室にて一堂に会していた。部屋には公爵、エトワール、シャニア、エレノアさんにティーナさん、そしてアルティシナと俺がいる。外にはテムロさんたちも待機しており部屋の警備は万全であった。というか中にはいないことに随分と信用されているものかと思う次第。それもまたちょっと重いかね?
「さて慣れない夜会で緊張したかな? まさかシャニアまで一緒になってずっと食べているとは思わなかったが」
うん、しっかりと見られていたようだ。何かしら言い含められていたようだが完全に忘れていたのかね、シャニア君?
キノコのアヒージョって美味しいですよね。




