第211話 ノブサダの野望 核心
「いやはや物騒なところに目をつけたものじゃの。主殿、そこを指定したのには訳があるのかえ?」
カグラさんから飛び出た質問はご尤もなご意見です。これから話す事は絶対に外部へ洩らさないようにと口止めをして説明しましょう。
とある情報筋からここにダンジョンが生成される可能性が高いことを聞いたことが一つ目。勢力に隣接しているといっても互いの主要な勢力圏からは遠く離れた外地であるため敵意に曝される可能性は低いことが二つ目。無論、大きくなればなるほどその限りではないけれどね。普人族、獣人、亜人拘らずに住民とするため後々人を集めるならお誂え向きの場所だということが三つ目。
「今回獣人の皆さんを引き連れてきたのはいずれ移住する際になったとき住民として募りやすいからっていうのもあるんだ。気が早いかもしれないけれど人と人との関係ってそんな簡単に構築できるもんじゃないから今のうちから積み重ねていこうかと思ったんだよ」
「……なるほど。でもダンジョンがあってもそれを制御する方法って知らないよね? それだと街の中にダンジョンがあるって危険じゃない??」
「それならもう知っているから大丈夫。とはいえ俺もやったことはないからぶっつけ本番になるだろうけど……」
「なるほどのぉ。随分と遠くまで見据えてのことなのじゃな。それに関して妾は諸手を挙げて賛同しよう。しかしじゃ、戦功を上げるということじゃが主殿が活躍するほど無駄にやっかみを買ったりせんかの? 特に個人的に大きな力を持つ主殿だけにのぅ」
カグラさんの言うことは俺も考えた。大きすぎる力ではあるしいつ排除に向けて動かれるか分かったものじゃないしな。
「だからこそアルティシナの私兵として傭兵団のように雇ってもらう形にしてもらうつもりだ。団としての功績とすることで少しはマシになるんじゃないかと期待してね。面子は残ってくれた獣人亜人の中から選ぼうと思う。また留守にしなきゃいけないけれどこっちのことは頼むよ」
「……駄目!」
そう言ったら否が飛び出した。それもミタマからである。ミタマがこんなにはっきりと否を唱えるのは初めてかな。ちょっと吃驚している。
「……私たちも行く」
「いや、しかし……」
「……行くの。私たちの心配をしてくれるのは嬉しい。だけどノブに守られてばかりじゃ駄目なの。隣で支えるように私たちもついていくから。未だ未熟なのは自分で良く分かってる。でもそれまでに強くなるから。だから一緒に連れていって!」
訴えるような瞳は真剣そのもの。後ろの皆も同意見のようだ。血生臭い戦場に連れて行くのを躊躇ったというのは当然だ。好き好んで愛する奥さんを血みどろの戦いに同道させたいとは思わないだろう? それでも皆の真摯な思いを無下にすることは……俺には出来そうにない。
「うちらもミタマと同じやで。結婚式で誓ったやん。嬉しいときも辛いときも家族みんなで分け合うんよ。せやから置いてきぼりは無しやで」
「うむ、その通りじゃ。何、あと一月もあればまた一皮向けて強くなってみせる。主殿が驚くぐらいにの」
「そうよぉ、それに今後は私も一緒にいくからぁ。こっちはディリットやあの子たちに任せて平気でしょ。マーシュとティノの二人がいれば薬品の製造も何とかなるでしょうしねぇ」
やばいわぁ、めっちゃ嬉しくて涙が出そうだよ。本当俺には勿体無いくらいのできた奥さんたちだ。涙腺が緩くなっている気がするが泣くな、男だろう、俺よ。
それと同時に恥じ入るばかりだ。やはり急激な成長からかそれとも巨大な敵を制したからか、どこか驕っていたところがあったようである。何でも自分ひとりで出来ると勘違いしていたと思う。本当に何でも出来るのならば大氾濫自体を未然に防ぎ家族を危険な目に合わせる事などなかったのだ。取り返しのつかない間違いを犯す前に気づけたのは幸いだろう。自戒せねばね。
「分かった。明日以降、編成と準備をしていこう。武器、防具などの予備もおやっさんに発注したいしね」
具体的に何をするという目標を提示した訳だが反対はでなかった。各々気付いたことなどがあれば随時報告し臨機応変に対応していくことに落ち着き、それで会議終了……となるところだったのだがそこでフツノさんから質問が飛び出した。
「ところでずっと気になってたんやけどこの人はどちら様?」
その視線の先にはフミたんがいた。最初からちょっとだけ居心地悪そうに隅っこにいたんだ。紹介しようと思ってすっかり忘れていたなどとは言えない。
「うん、紹介しておこうと思って来てもらってたんだ。こちらはフミルヌ。愛称はフミたんだ。彼女を筆頭に蝙蝠人族20名が俺に協力してくれることになっている」
もうフミたんを訂正することを諦めたようでスルーです。ずっと言ってたしね。そのフミたんはといえばビシッと直立し敬礼した。
「お初にお目にかかります、奥方様。この度、御屋形様へと仕えさせていただくフミルヌと申します。以後お見知りおきを」
流れるような動作で丁寧にお辞儀をする。僅かに身構えていたようなミタマの表情は少し和らいだ気がした。なんでそんなに険しい顔をしていたのかね。俺と視線が合うとちょっとだけ口を尖らせながらフイっと目を逸らした。ミタマさん勘違いしてませんか。フミたんとはそんな関係ではないのですよ?
「これからどれくらいの規模になるか分からないけれど多くの人を束ねていかないといけない。フミたんには今まで欠けていたそういった頭脳戦を頑張ってもらおうと思う。勿論今から色々と学んでもらう訳なんだけれどもね。冒険者として活動していくだけなら俺たちだけでなんとかなると思うんだけどやっぱりそれ以上となるとそういった人がいないと問題が出てくると思うんだ」
フミたん本人には道中でそういった面を期待していることは話してある。当初は役目の大きさに戸惑っていたもののこれから学んでいけばいいとなんとか押し切った。うちの面子は考える前に行動するような人が大半だからな。特に俺が! フォローしてくれる人の確保は最優先なのです。
「非才の身ではありますが是よりよく学び皆様のお力となれるよう努力する所存でございます。お手数を煩わせることもあると思いますがどうか宜しくお願い致します」
すいーーーーっ、もにゅん!
そんな真面目な挨拶をしているフミたんの背後に忍び寄る影がある。それは背後から気配を殺して近づき……がばりと胸部を揉み上げゆさゆさと揺すりだした。ふぉぉぉぉ。
「固い、めっさ固いわぁ。フミたん、もっと柔く考えてええんよ。このおっぱいみたくね」
もにゅんもにゅんの揺すられるたびに形を変えるそれに目が釘づけになってしまうのは男のサガなので仕方がない。ミタマさんわき腹を抓るのは御止めください。でも目はあっちを追ってしまうのですがね。
「ひゃううあ」
さして抵抗も出来ずに揉まれるままのフミたん。それに調子に乗ったフツノさんは『ええか、これがええのんか~』とどこのおっさんだよと言わんばかりのセクハラを繰り返す。それはカグラさんから鉄拳を落とされるまで続いた。時間にして僅かの間だと思うのだが俺の記憶フォルダにはしっかりとその光景が刻み込まれる。うむ、大事に梱包して仕舞っておこう。ちなみに未だミタマさんの抓りは止まらない。
お返しとばかりにミタマの耳とモフりあげる。するっと根元から撫で上げたりさすさすと摩ってみたり。あれよあれよという間に抓る手も離れて目を細めてご満悦な表情となる。やばいな、久しぶりにモフると手が止まらない。はぁ気持ちええ。
もふもふもふもふ
おっといけない。これ以上続けると視線が痛いんだぜ。涙目のフツノさんまでが気付く前にここらで止めておこう。
「あたたた、カグラ本気で叩くなんて酷いわぁ。うちは良かれと思って……」
痛みから頭頂部を抑えつつ屈んで涙目になっているフツノさん。それを嗜めるようにカグラさんが口を開く。
「それでもやりすぎじゃ。フミルヌが涙を浮かべて耐えておったのに気付かんか? まったくお調子者じゃのう。すまんな、これでもお主がこの場に馴染めるように考えてやったことなんじゃ。許しておくれ」
「いえ、こちらこそ申し訳ございません。ですがこの喋り方はもう体に染み付いていますのでご容赦の程を。決して奥方様たちへ壁を作っているのではなく……」
僅かに頬が赤く染まったフミたんが懸命に弁明をする。そうだね、フミたんがあの固い喋り方じゃないときは本当に切羽詰ってテンパッた時だったもんな。
「まぁ、そういう訳で彼女も今日から家の一員ということでよろしく頼むよ。特に蝙蝠人族の皆には情報収集の任に就いてもらうからこれから鍛えるのは最優先でいく。皆にも手伝ってもらうからお願いね」
『はい!』
全員が頷いたところで難しい話は御仕舞い。今日は豪勢に振舞いましょうぞ。そこで親睦を深めようじゃないか。
厨房にて八面六臂の大活躍を繰り広げたらテーブルの上にはずらりと料理の山が並んでいる。ミタマ達が獲って来た海産物も沢山あったので腕の振るい甲斐があったぜ。
『仁義守館』へ手伝いに行っていた面々も戻ってきてエレノアさんを除いた和泉屋のフルメンバー揃っての夕食である。
山盛りにされたアジの素揚げにミタマとフミたんの視線は釘付けであり食事の開始を今か今かと待ち望んでいた。
フツノさんとカグラさん、セフィさんは旅の間に仕込んでおいた試作の酒に興味津々である。極辛口の『剣刃夢想 義輝』、まろやかさのなかにもキリっとした鋭さのある『雅上等 藤孝閣下』、甘口で飲みやすく杯が止まらない『平蜘蛛 爆弾正』の三品。銘柄はあくまで仮。なんとなくイメージが湧いたのをつけてみましたよ。数十樽仕込みのやり方を変えて試した中での成功品である。今回は中瓶程度だけ出したのは深酒防止のためだな。
ガーナたちも唐揚げ、刺身の盛り合わせ、ピザにグラタンと見たことのあるものからBIGバケツプリンアラモードという初出のものまであるので涎を流しつつキラキラと目を輝かせていた。君たちちゃんと野菜も食べなさいよ?
『いただきます!!』
その言葉と共にその場は戦場の様相となる。サクサクサクサクとまるでリスのように小刻みに噛み締めるミタマたち二人はなぜか非常に可愛らしい。酔っ払い共は一人一本ずつ抱え込んで飲み始めた。呑み比べて感想を聞きたかったのだけどもね……まぁしゃーないか。
あれ? そういえば何か忘れてなかったっけ??
ドカドカドカ
なにやら玄関先に馬車の停まる音。
あ゛! 夜に公爵家から迎えがくるっていってたじゃないの。すっかり忘れていたよ。
「たのもーう。アズベル公爵家からお迎えにあがりました。ノブサダ殿はいらっしゃいますか?」
扉越しにかけられる言葉に慌てて玄関先へと向かう。扉を開けたその先には……。
なんであなたが直々に来てるのさ、シャニア。
そこにはいつもとは違いドレスに身を包んだ仮面の公爵家次女シャニア・アズベルが立っていた。
某歴史SLGは天道まではやりました。




