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新説・のぶさん異世界記  作者: ことぶきわたる
第九章 嵐の前の静けさ
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第209話 あんた、背中が煤けてるぜ




 ドルヌコさんとポポト君が涙を流すこと5分ほど。お互いに落ち着いてきたので積もる話もあるだとろうと無事だった応接室で二人きりにしてあげる。俺はといえば弓を加工していたネーネさんのところで先ほどのことを報告していたりする。


「うふうぅぅ、よがっだねぇぇぇ」


 ネーネさんあんたもかい! 涙と鼻水に溢れた彼女にそっとハンカチを差し出せば目元を拭いてそのままチーンと鼻をかんでいた。おふう、まぁすぐに洗濯できるからいいんだけどさ。


「ふう、それにしてもどうしたもんかね。折角、親子の再会がなったってのに店がやばいんじゃねぇ」


 なんですと!? 聞き捨てならないんだが一体何がありましたか??


「それは一体何が?」


「先達ての大氾濫でここを開店する際に金を借りたオーナーが亡くなってしまったのさ。それでうちの借金はそのまま息子が相続することになったんだ。けどその息子がねぇ、所謂……」


 ドガドガドガドガ


 ネーネさんが言葉を続けようとした矢先になにやら店先で大きな音がした。何事かと俺もネーネさんも外へと出てみればそこにはゴテゴテと装飾の着いたお世辞にも趣味がいいとは言えない成金仕様の馬車が停められている。


「ふんっ、まだこの様か!」


 馬車の扉を開けて出てきたそいつは開口一番さも面白くなさそうにそう言い放った。こりゃまた馬車に輪を掛けて趣味の悪い服装ですな。際限なく良く言えば煌びやかな服装の若い男。まぁよくある悪徳成金のような『お金が成功の証で何が悪い』って印象を受けますよ? というか夏にその服は正気を疑うレベルなんだが……。恐らくは耐暑か冷却あたりの付与がされているとは思うんだけれどもさ。


 両脇には強面の真っ黒な服を着込んだでかい男が並ぶ。スーツっぽい服装だが筋肉のせいでぴっちぴちである。彼らの服には付与がかかっていないのかじっとりと汗ばんでいた。


「おい! 借金の返済は目途がついたのか?」


 俺たちに遅れて出てきていたドルヌコさんへと超絶的な上から目線で高圧的に攻め寄る。その態度は部外者の俺もかなりイラっとするのだがここは我慢我慢。現状では俺が口出しすべきではない。だが頼られたなら思いっきりやりましょう、そうしましょうと脳内判決は決定していたりする。


「営業を再開すれば必ずお返ししますのでもうしばらくお待ちいただけないでしょうか?」


 あくまで低姿勢で穏便に済まそうとするドルヌコさんに対して鼻で笑う若い男。


「待てんなぁ。親父が何といって貸し付けたかは知らないがこうやって契約書に『都合のいいときにまとめて支払う』と記載されているのだから俺の都合のいいときに催促してしかるべきだろう?」


「で、ですがニンジョーイ様との契約では……」


 ハンッと大仰に手を広げ首を振る。わざと挑発するかのようにだ。ポポト君、暴走するなよ。少しだけ前のめりになりかけた彼を左手で制する。


「契約が俺のものとなった以上、決めるのは俺、ハクジョーイだ! 支払えるものがなければ……そうだなこの店をそのままそっくり徴収すればギリギリというところか。ありがたく思うんだな。こんな半壊した店に50万マニーもの値をつけるんだからよ」


「そんな契約なんておかしいでしょう! 契約はお互いが交わした約束事の証明となるもの。どちらか一方が勝手に内容をかえるなんて不公平だ!」


 あちゃあ、どうにも我慢できなかったのかポポト君が思わず叫んでしまった。自身も不当な契約結ばされていたから感情的になってしまったのかね。


「ふんっ、その格好は冒険者か? たかが冒険者風情が口を出すな! やれやれドルヌコ。随分と配下の躾がなっていないな。見せしめだ、やれっ!」


 ハクジョーイが黒服に目配せするとそいつは乗馬用の鞭っぽいものを振りかぶる。


 パチィン


 スパァァン!


 小さな音の後に叩きつけるような音が周囲に響き渡った。


 思わず目を瞑ってしまったポポト君の頬には……変わったところはない。黒服も何が起こったか分からず狼狽していた。手に持った鞭の先端は失われ手元の部分しか残っていない。


「ふぐおあおおあおお」


 両手で顔を押さえてのた打ち回るハクジョーイがそこにいた。鞭の先端はなにかに切り飛ばされ勢いよくハクジョーイの顔面を強打したのだ。


 いやいや、不思議なこともあるもんですね。そ知らぬ顔で思わず指を弾いてしまっただけのこと。それで何が起こるなんて誰も知らない知られちゃいけまへん。


「何をするかこの役立たずが!」


 忌々しげに黒服を蹴り上げるもたいして鍛えていないせいか彼らは一向に動じた気配はない。それが尚腹立たしいのか地団太を踏み始める。子供か!


「くそっ、気分を害した! いいか! あと一週間のうちに全額揃わなければこの店の権利書を渡してもらうからな! こっちはあの公爵家とも取引があるんだ。信用と実績が違うのさ! お前ら、帰るぞ!!」


 そう吐き捨てて慌しく馬車に乗り込めば周囲の迷惑を顧みない乱暴な運転でその場を後にしていった。なんとも自分勝手で傍迷惑な輩である。まさに駄目な二代目の見本だな。


「やれやれ噂をした途端に本人がくるとはねぇ。まああれを見たら分かる通りさ」


「ネーネ、ノブサダさんに話したのか……」


「そりゃそうさ。うちとの優先的な取引をしてくれている相手だよ。知る権利はあるはずだろう?」


 そう言われて押し黙ってしまうドルヌコさん。さっきまで気付かなかったのだが目の下には隈があり若干ゲッソリしていた。恐らくこの事で思い悩んでいるのかもしれない。


「それにしてもどうしてまたこんな事に?」


 そう尋ねるとあくまで噂とある程度の情報からの推測でしかありませんがと前置きしてドルヌコさんが事情を説明してくれた。


 何でも大氾濫前の盛況だった売り上げにハクジョーイが目をつけ店ごと傘下に加えてしまおうと画策しているのだとか。あくまでそれはドルヌコさんの手腕でありうちから納入される商品もあってのことなのだが自分ならばもっとうまくやるとあの男に囁いた傘下のものがいたらしい。ハクジョーイはそこから吸いだせる甘い汁に目がくらみ難癖をつけて店を取り上げようというのだ。


 実際のところハクジョーイは昔から黒い噂の絶えない人物だったらしい。父親は義理人情に厚く金貸しというやくざな商売ながら人に慕われていたのだがハクジョーイはそんな父親を甘いと罵りつつもその親の金を使い好き放題をしていた。チンピラどもを金の力で纏め上げマフィア紛いの犯罪行為にも手を出していたとか。裏では人身売買にも手を染め以前に俺がとっちめたボンボンとも繋がりがあったみたいである。似たもの同士というのだろうかね。


 代替わりしてからのこの数日でやつの強硬なやり口のせいで何件かは既に店を畳んでしまったようだ。


 しかしと思う。金貸しを継いだのなら借り手がいなくなるのは愚の骨頂だろう。こんなに悪い噂を振りまいてまで金を回収するのには他に理由があるんじゃないのか? 何かでかいことをやらかすのかそれとも高飛びするのか。そんな疑問も浮かんでしまったのであった。


「それで、これからどうするんですか?」


「本来の営業に戻ってしまえば今年の末に完済となるはずだったんですけれどもね。とにかくもギリギリまで足掻いてみるつもりですよ。幸いにも心の閊えがとれましたのであとは前を見てすすむだけですから」


 口ではそういうもののやはり少し背中が煤けている。今のまま放り出すのも不安だな。……うん、どうせならばポポト君と精のつくものでも食べて少しでもゆっくりしてもらったほうがいいだろう。こっちの指揮はさっきまで指示を出していた人がいるし片づけならば一時間ほど俺が魔法を使って手伝っただけでも随分と違うだろう。


「ポポト君、今日はこれからドルヌコさんと美味しいものでも食べてゆっくり休ませてあげなさい。これ軍資金ね」


 俺はポポト君の手に5,000マニー握らせてそう言った。彼は何かしら言いたそうな顔をしたがここは反論は無しなんだぜ。


「アリナちゃんたちには俺から言っておくよ。『炎の狛』がオススメだ。場所はドルヌコさんが知っていると思う。どうせだから二人でそこに泊まって明日の昼過ぎくらいに帰っておいで。いいね、お父さんと水入らずで話すいい機会だ」


 突然のことに面食らっているドルヌコさんだがネーネさんもそうしなよと後押ししてくれたおかげで二人連れ立って『炎の狛』へと向かっていった。それを見送った後にネーネさんがぽんと俺の肩を軽く叩く。


「助かったよ。あんたがああ言ってくれなきゃあいつは休むことすら躊躇してしまう。昔から不器用なんだよ、あいつは。折角息子が無事に見付かったってのにまた思いつめなきゃいいんだけれども……」


 そう言って離れていくドルヌコさんの後姿を見つめるネーネさんの視線は慈愛を感じさせるものだった。好いてはいるんだろうけれども長い付き合いのせいか放っておけない感が強いのかな? 関係が近すぎて踏み出せないみたいな。あれ? 似たような経験があったような? むぅ、もやっとして思い出せない。


「あたしはいいんだ。この腕一本あればどこでもやっていける自信があるからね。ただあいつは再び自分の確固たる居場所をなくすことになればどうなるか分からないよ。一度目でさえ死にそうなほど思いつめていたからね」


 うーむ、奥さんに裏切られて無一文にされるような目にあったらさもありなんというところだろう。


 商業ギルドに契約の理不尽さを訴えることは出来ないのか聞いたのだが個人的な伝手からの契約であり口出しはできないらしい。


 んー、何かいい手は……ふむ、あー、んー、最悪はそれでいこうかね。


「ネーネさん、ちょっとお耳を拝借」


「ひゃうあ」


 ゴニョゴニョゴーニョゴニョゴニョリータ


「なっ!? それは……。破格の条件だね。あんたはそれでいいのかい? あんたにとっちゃただの取引先のひとつだろう?」


「いいんです。とはいえまだ思いついただけで準備も整っていないんですけどね。たしかに取引先のひとつですが冠に『大事な』が付きます。いいじゃないですか、草臥れた中年が頑張っているのに手を差し伸べる酔狂なやつがいても。とにかくなんとか一週間後までには形にしておきますからドルヌコさんが無理しそうな時は……ね?」


「任された。その時は力ずくでもってことだね?」


 いぐざくとりー。その通りですと言わんばかりにサムズアップ。俺はいざという時は借金を代替する、もしくは従業員全員をまとめて和泉屋へと移籍すると提案した。どちらをとるにせよドルヌコさんが思うままにやってもらってからのことだ。ネーネさんにはいつ伝えてもらっても構わないと言ってある。なんというかこっちに来る前のもっとうだつの上がらない自分の姿を重ねているのかもしれない。だがこれまでの取引でドルヌコさんの人柄、経営手腕は証明済みだ。イレギュラーさえ無ければ十分に繁盛していけると思っている。


 なんせ今の俺には資金が十分あるのだ。最後にローヴェルさんにゴールドインゴットを換金してもらったんだが買い物をしても余りに余って現在俺の手持ちは白金貨20枚ある。なんせ即買取可能な分売り払ったからね。


 おっといけない。ネーネさんと話し込んでいると結構な時間がたっていたようだ。さてさて一時間ばかりお手伝いしましょか。皆様にも味あわせてやる、魔導家事士の恐ろしさをなっ!

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