第208話 ただいま
グラマダよ! 再び私は帰って……三度目はもういいですね、ノブサダです。
俺たちが到着したのは昼も間近という時間帯。すでに朝一で早馬を飛ばしていたものだから門の前には騎士団を含めた皆が整列していた。だよねぇ、だって公王様もいるって言ってしまったものね。
テムロさんたちに護られるようにアズベル公爵も待ち構えている。いつもの足取り軽そうなフラットな服装ではなく公用のご立派様なものだ。いや、ご立派なものだ。様が着いただけで卑猥に感じてしまうのは某電子な悪魔物語の影響であろうか。
少し離れたところで一度全体は停止しエト様用馬車とお供の騎士たちが進み出ていく。俺? 俺は後ろの白米号にひっそりこっそりと待機してますよ? 念のため空間把握を展開しつつ警戒ですな。なにかあれば即座に転移できるように遠目から事態を見守っているのです。
馬車が止まり扉が開けばまず降りてきたのはエレノアさん。次いでエト様、アルティシナと続く。彼が降り立ったとき騎士団の連中からも生唾を飲み込む音が漏れ出たような気がするのは俺だけではないだろう。それほどの緊張感が見て取れた。
「クアントロ公爵、何年ぶりだろうか、久しいな。すまぬが世話になる」
「勿体無きお言葉。不肖、クアントロ・アズベル。公爵家を預かるものとして陛下のお力となるべく誠心誠意努めさせていただきます。長旅でお疲れでしょう。まずは我が屋敷にて体を御休めください」
「うむ、有難う。公爵の心遣いに感謝する」
そのまま再び馬車へと乗り込むと屋敷へと向けて進んでいった。その場に取り残された俺たちではあるがこれから街へと入る手続きをせねばならない。それもあり騎士団、衛兵隊が結構な人数残っていた。少しでも円滑に進めるための師匠あたりの心遣いだろうか? いや、それはないな。きっとテムロさんかユキトーさんあたりの配慮だろう。師匠だったらあっさりとそのまま通してかまわんよとか言いそうだし。
そういえばティーナさんたちと裏切りの連中はテムロさんと一緒に公爵様の屋敷へと連れられていった。やはり傭兵ギルドとしての落とし前があるんだろうか? どうか味方だった人らに罰はないといいんだがいざとなったら……いや、合法的な手でなんとかすることから考えよう。
「ああ、すいませんね。こちらの一団の代表者はノブサダ君で構わなかったですかね?」
そんなことを考えている間に誰かがというか聞いたことのある声がする。荷台から顔を覗かせるとそこには師匠の下で貧乏くじを引かされている苦労性の補佐官ユキトーさんがいた。
「あ、どうもユキトーさん。そうです、一応俺が代表みたいになってますよ」
「そうですか。とりあえず全員分かれて並んでもらいチェックを受けてもらいますね。ノブサダ君には彼らの事情を話してもらいますので。ほとんどが獣人や亜人ってことですし色々とあるんでしょう?」
流石に色々な事態に遭遇しているだけに話が早い。フミたんに獣人たちへの説明と誘導を頼んで俺は先に東の詰め所にてユキトーさんへと事情を説明することとなった。
半数は弾圧の続く王都からの亡命でありもう半数はのっぴきならない事情から俺の奴隷となっていることを話した時点でユキトーさんがこめかみを押さえる。
「この人数ですか……。ノブサダ君は彼らをどうするつもりで?」
「全てではないですが望むものは奴隷から解放しようかと。一応、仕事としてはうちの作業に従事してもらったりそれ以外でも知り合いに紹介したりと投げっぱなしにはしないつもりです。残ったものに関しては冒険者の団体としてしばらくは食料や素材の調達が主な仕事になるかと思いますよ」
少しだけ安心したようでその表情が和らぐ。
「ちゃんと考えてくれているようで安心しました。実のところ大氾濫の爪跡は拭い去れていません。街の治安はやはり落ち込んでいます。そこへこの人数ですからどうしても神経質にならざるをえないのですよ。ですが冒険者たちの損害も馬鹿にならない現状で人手が増えるというのはありがたいことです。我々も眼を光らせておきますが代表者としてくれぐれも手綱を握っておいてくださいね」
非常に真面目なご意見ありがとうございます。それではと席を立とうとしたところで外からなにやら衛兵が一人走ってきた。なにやら伝言を受け取ったようだが……。
「ああ、ノブサダ君。落ち着いたら冒険者ギルドへ顔を出すようにとアミラルさんからの伝言です。恐らく今晩公爵家から呼び出しがかかると思われますのでそこで依頼完了の割符を受け取ってください。明日の午後からならばアミラルさんの方の予定は空いているそうです」
なるほど。そういえばまだ完了の証を貰っていなかったよ。承りましたと返事をした後、皆の審査が終わるまで少しだけ門の外をぶらつく。ずらっと並ぶ騎士団に目を奪われて先ほどは見ていなかったが改めて見渡すと随分と復興は進んでいるようだ。でこぼこだった道(俺の魔法の影響が非常に大きい)もすっかり均されて行き来には問題なく使える。埋め尽くすほどあった魔物の死体も綺麗さっぱり無くなっていた。もうすでに解体されて素材となったりしているのだろう。そういえば俺が倒した魔物は全部素材もくそもなかったな。みんなマグマへと消えたし巨菌兵に至っては何も残さなかった。次元収納にかき集めた大量の魂石が残っているのでギルドに顔出した時にでも見てもらおうか。
特に問題も起きず審査は通り俺が先導する形で和泉屋へと案内していく。この規模の移動でありその殆どが獣人、亜人とあって道行く人々の視線が釘付けになってはいるものの気にしたら負けである。
というわけで我が家へフェェェェェェドォォイン!
家族、従業員総出でお出迎えしてくれました。
馬車の台数が結構な数なものというのは言っておいたので前もってお隣さんの空き地をレンタルして借りている。馬たちはうちの敷地内に突貫で作った馬小屋で寛いでもらおう。折角だから『うまのふん』は肥料として確保するのだぜ。なぜか知らないがわかもとサンが嬉々として担当に立候補していたのは植物のサガなのだろうか?
100名から入るように突貫で作った宿泊施設『仁義守館』は空いている場所をフルに使った二階建ての石の館である。中央をしっかりと支える大黒柱『みしゃぐじ様』は拝むとご利益があったりなかったりするのだ。大事な部分は天井の中に埋め込んであるがな! いや、黒くて大きくて丈夫な柱っていったら、ね。勢いに任せてやった、今は反省している。
1階は6つの大部屋で構成されており独身男性などは悪いが共同生活をしてもらう。大部屋の一つは装備やなんかの保管庫になる予定だ。
2階は中部屋が複数と小部屋が少々。中部屋は家族連れを小部屋は親のいない子供たちに割り振る。計算ではある程度余裕を持って入れるはずなんだが念のためポポト君のお仲間たちは母屋の客室をしばらく使ってもらうことにしようか。
「はーい、全員注目! 今日はこの後は休暇となります。ですがこの施設内に留まっていて下さいね。食事のほうはこちらで用意しますから安心してください。それと重要なことがあります。明日の朝から各自面談をします。今後どうするかということ考えていましたよね。それの最終確認です」
皆を見渡して一呼吸おく。うん、全員真剣に聞いてくれているようだ。
「前にも話しましたがこれは皆さんの意思を尊重します。強制はしません。またここも再度説明しますが勤め先に関しても口利きできそうなところはいくつか心当たりがあります。現在復興中なので食料調達の冒険者、建物を直す大工、服飾のお仕事、その他にも石工、料理人など需要は多いと思われますよ。ここを出て独り立ちしていただくのもまったく構いません。ここはあくまで仮の宿泊施設ですから。流石に武器防具は返却してもらいますが裸一貫で放り出すようなことはないと言っておきます。勿論、俺の指揮下で働いていただくのも大歓迎ですよ。それじゃあとはうちの従業員が部屋を割り振りしますので指示に従ってください」
甘い、かな?
それでもね。助け出したあとに勢いに流されたという人もいるだろう。それでもここまでついて来てくれた彼らを無碍にするのは忍びない。ずっと同じようなことを続けるのならいつか飽和しそうだが余裕がある今だけならなんとかなる。それに回り回って後々助けになるかもしれないしな。
ジャパネやタタカが先導して皆々を案内していく。どちらかというと独身男性のほうが多いので少々手狭になってしまうが我慢してもらおう。男だしな!
サーラさんは獣人の女性陣と共に食事の準備に取り掛かっている。おかげで俺はおさんどんから解放されて助かったよ。とうわけでこっちはこっちで大事な用件を済ませようか。ミタマ達にちゃんとしたただいまをするのはもうちょい先になりそうだ。
「ポポト君。ちょっといいかな? まだ日も高いし先にあっちに挨拶しておいたほうがいいと思うのだが心の準備はいいかい?」
アリナちゃんたちを含め母屋の客室へと荷物を運び込んでいたポポト君を呼びとめ一番大事な案件を伝える。
「はい! これまでの道中ずっとどうするか考えてきました。俺は……俺は仲間と共にノブサダさんの下で冒険者として活動したいです。だから父にも会ったらはっきりとそれを伝えるつもりです」
嬉しいこと言ってくれるじゃないの。苦労はさせるかもしれないがそれに報いるように俺も頑張ろう。それじゃちょいと行ってこようか。アリナちゃんたちの表情が若干くもったのはやはりドルヌコさんのもとに残るって言うかもしれない不安があるのかな。それに気付いてしっかり帰ってくるのはみんなのところだよとフォローを入れるポポト君がイイ男すぎる。若いのにしっかりとしているねぇ。おっちゃんも見習わないと。
ドルヌコさんのところまでは徒歩で移動することにした。折角なのでグラマダの中を少し歩くのもいいと思ったのだ。俺の馴染みの店などを説明したりしつつてくてくと歩いていく。やがて半壊しているが従業員たちが忙しなく動いている『猫の目』が目に入った。そしてその中で誰よりも働いている中年の男性、ドルヌコさんが声を張り上げていた。
「ドルヌコさん!」
俺が声を掛けると汗だくで振り向くドルヌコさん。おおう、しぶきが飛び散るほど汗だくですな。
それはそうか。秋は近いとはいえまだまだ暑い。が、湿気の多い日本の夏よりは遥かに過ごしやすいけれどもね。
「おお、ノブサダさんお帰りでしたか。そちらの……まさか! ポポト、ポポトなのかい!!」
おお、結構風貌が変わっているとポポト君本人も言っていたのに一発で認識しますか。これが親の目なのかね。
「はい、父さん。俺はポポトです。ノブサダさんのおかげでこうしてここまで来れました」
目尻に涙を浮かべながらそう言ったポポト君の体を抱きしめる汗だくのドルヌコさん。折角の再会シーンにちょっとだけ駄目だしをしてしまう俺は駄目人間。うまくはないな。
「ボボドォォォォォ、生ぎで、生ぎでいでぐれだのだなぁぁぁぁぁぁ」
顔中から涙、鼻水、汗、あらゆる体液を出しながらポポト君を抱きしめる。
「と、父さん」
「よがっだ、よがっだよおおおお」
「どうざんーーー」
こうしてみると親子そっくりだ。顔面がもう液体まみれである。道行く人の目もあるのでこっそり二人を囲むように空間迷彩を張っておいたのは内緒である。思う存分再会を喜ぶといいと思うのだよ、ずびっ。おっといけない目から汗が出てきたぞ。




