第207話 あっちの事情、こっちの恥情
コツコツコツ
石造りの廊下を目的地へと向かって進むのは宰相の娘であるキリシア。いつもと変わらない王城の廊下ではあるが一歩進むのが非常に重く感じていた。物理的なものではない。彼女の精神的な問題である。
原因は明らかにあの勇者たる少年。父に命じられるがままに体まで捧げたというのにあの体たらく。ましてあのような様になってから酷くなる暴言の数々。追い詰められた狂人の如きアレに今更何をどうしろというのだろうか。
ここ数日顔を会わせなかった分だけ軽くなっていたはずの心は既に沈みがちだ。
そんなどうしようもない思考を繰り返しているうちに勇者の部屋の前へと着いてしまった。嫌々ながらもドアノブに手をかけた時、扉の向こうから何かが動くような音がする。それにキリシアは首を傾げていた。
先達てまでであればベッドの上でガタガタ震えていただけだったというのに何かがあった? とはいえこのまま外にいたとしても何かが変わるわけでもないということで重厚な扉を押し開けた。
ずるんぐちゃんべとぉぬちゃぬちょ
ヒィっと小さく悲鳴を上げる程度で抑えた彼女の胆力こそ褒めるべきであろう。その目の前には淫靡であり凄惨であり尋常ではない事態が部屋全体で繰り広げられていたのだから。
勇者付きの侍女たち数名が床に横たわり息を荒げている。その肌の上を得体の知れない黄色い粘液が這いずり回り蠢いていた。彼女たちの肌は上気し零れ出る吐息はか細いものの熱を持っている。だがそれに対してその瞳に光は無く皆一様に虚ろで視線の焦点が合っていない。
彼女らの影には鎧の一部だけが見え隠れしている所がある。ほとんどを取り込まれつつある体は様子を見に来た兵士のものだろうか? キリシアが硬直している間にトプンとそれは沈みこむように見えなくなった。
足の踏み場もないような部屋の中を茫然自失となりながら見つめるキリシア。一体何事が? 守備兵で固めているはずの王城になぜこんなものが? どうして中央の彼だけは何事も無いように佇んでいるのか? 思考が目まぐるしく切り替わっていくものの何一つ答えは出ない。
「……アル……ス……様?」
半信半疑ではあったが薄暗い部屋の中央には黄色い粘液に囲まれるように立っている勇者がいた。いや、多分そうだと思うとキリシアの思考は未だ定まらない。何度も肌を重ね見知った顔立ちは彼そのものではあるのだが得も言われぬ違和感がある。空から飛来したあのもののせいで立つことすら間々ならなかったはずなのに今、まさに両の足で立っていた。
何より変化しているのはその目。黒目だったはずのその瞳は金色に輝き薄暗い部屋の中で一際目を引くものとなっていた。そしてキリシアが入ってきたことに気づいているであろう筈なのに声をかけるでもなくボーっと立っているだけ。
いぶかしみながらさらに声をかけるべきか悩むキリシアと勇者(?)の視線がふとした瞬間に交差する。
「あれェ? 君は誰だイ?」
その声が発せられるとキリシアの焦燥は一気に膨れ上がった。明らかにアレは違う。体の奥底から湧き上がる悪寒から冷たい汗を流していたキリシアが話だそうとしたのだがそれを遮るかのようにソレは言葉を続けた。
「マァいいカ。折角のご馳走だし。イタダきまース!」
(何? 何? 何なの?)
確かにあれはアルスの声ではある。だがその無垢な声とは裏腹に底知れぬ恐怖と嫌悪感を感じた彼女は慌てて踵を返しその場を逃げ出そうと試みた。しかし、いつのまにか音も無く這い寄った粘つく何かがキリシアの足を絡めとり瞬く間に部屋の中へと引きずり込んでしまう。それは彼女へと覆いかぶさるように纏わりつくとじわじわと服を溶かしその内側へと侵入しようとしていた。
(いやっ! やめて! あ゛うっ、あああ、私の中に入ってこないでぇぇぇ!)
声にならない声をあげもがくキリシア。口は既に塞がれ身体中の穴という穴から蝕むようにそれは染み込んでいく。痛みは無いものの時間がたつ度に少しずつ体の感覚が消失していくことに気づいた時には絶望を感じていた。やがてその心すらも……。人生というキャンバスに時を重ねて描いてきた絵が端のほうから無残にも黒く、ただただ黒く塗りつぶされていくかのようであった。
(ああう、いやぁ、私が消える……。混じりあって書き換えられて行く。嫌ぁ、一つになろうとしないで。こんなの嫌よぉぉ)
抵抗すらできずに蹂躙されていくその様を満足げに見下ろす勇者だったモノ。どれくらい時間がたっただろう。不意にそのニマニマした顔に陰りが浮かぶ。
「おかしいナ。食べれない部分がある? えーっト、ここかァ。どうしようカナ?」
僅かに考え込むもすぐににんまりと子供のように微笑みながら決断を下した。
「んー、ヨシ、いらないヤ!」
至極あっさりと切捨てを決めるとキリシアの体の中から黒ずんだ水晶のような物が引きずり出され壁へと放り投げられた。水晶はカシャンとあっけなく砕け破片は粉々になり床へと落ちる。
食事に夢中な勇者だったモノは気づいていなかった。その破片の中から今にも消えそうな淡い光の球が浮かび上がり部屋の外へと抜け出ていったことを。
「これでヨシ。あレ? この子、今気づいたけド僕と同じじゃないカ。何で今まで気づかなかったカナ。んー、取り込んでしまうのはもったいないカナ?」
困ったような顔をしつつもソレはいい玩具を与えられた子供のようにはしゃいでいる。そのまま屈み込むと何かしらの作業を始めた。一つのことに没頭するタイプのようであり最早他のことには目もくれていない。入り込む光が煩わしいのかずりずりと粘液が伸びていき扉へと手(?)をかけた。
ギイイ、バタン!
扉は再び閉められる。ほんの僅かに聞こえるのは何かが這いずり回る音だけであった。
◆◆◆
ゴフッ、首を極められてそろそろ墜ちそうでヤバイノブサダです。皆さんも裸絞めにはご注意ください。うごふ、本気でヤバイ。
「フ、フミたん、もう駄目。緩めてお願い……」
絞める腕にタップしつつちょっとだけ涙目で訴えれば絡まった腕はするりと解かれて新鮮な空気が俺の肺へとなだれ込んできた。ふおおお、空気うめぇ。
ここはグラマダまで後半日といったところにある村。明日の昼頃にあちらにつくように今日は早めに泊まり早めに起きての行軍と相成ったのだ。とはいえあんまり早くて寝付くこともできずにいたのでフミたんと軽く手合わせをしていたのだよ。そんで護身術でなにかいいのは無いかという会話になり細腕でもできる絞め落とし方として裸絞めをレクチャーしていたのが先ほどまでの顛末である。
決して密着するフミたんのお胸様を堪能していたら墜ちかけてやばかった訳ではない。そう、あくまでギリギリまで指南に付き合っただけである。隣で座り込んでみているヤツフサよ。何か怪訝そうな顔をしていないかね?
『オヤビン、何で首を絞められていたのにそんなにいい笑顔なんでござんすか?』
当然、ヤツフサからの念話は俺に対する通話のみなのでフミたんには聞こえていない。すまない、ヤツフサ。君のオヤビンは汚れちまっているのだよ。主に欲望にな! 違うんや、あのお胸様が悪いんや。自称オッパイマイスターな俺としてはあれを堪能しないという選択肢は存在しないと断言しよう。あれはいいものだ。
おや? 何か背筋にぞくぞくと寒気が致しますぞ?
「だ・ん・な・さ・ま? 次は私と組み手をお願いしますね? うふふ♪」
いやーん、エレノアさんいつの間に!? ほんの小さな出来心、ワイは傷ついてってか!?
助けと弁明を求めるべくフミたんを捜せばヤツフサの隣に体育座りしていなさる。それは完全に傍観の構えですね。いや、悪気はないんだろうけど観戦する気まんまんです。
ええい、ままよ。ただでやられると思うなかれ。俺だってアーサー、巨菌兵戦を重ねて成長しているのだ。一矢報いる気で立ち向かうんだ!
――レディ、ファイッ!
K.O.!
カンカンカーン
ゴングの音が脳内に響いた頃、俺はエレノアさんの尻に敷かれてギブアップしています。確かに身体能力はがっつりと向上しているものの柔よく剛を制すでしっかりといなされ反撃を貰いました。それでも健闘したと思うのよ。最終的には本人も意図していなかったヒップアタックが止めとなった訳ですわ。ごちそうさまです。しかし、まだまだ対人戦となると経験が足りないな。上がったステータスに振り回されている気がするよ。精進せねば……。
その後、ベッドの上でリベンジを果たしぐっすりと寝付いたのは規定事項なのである。あるのだよ!
てれれてってれ~♪ 色魔のレベルが上がりました。ぷーくすくす。
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