第22話 師匠ができました
目を開けるとそこは宿の天井だった。
体中に熱湯をかけられたかのように上半身が熱くて仕方ない。そして鈍い痛みがこみ上げてくる。
「あー、こりゃ負けちまったのか?」
振り向くのもしんどいが窓の外を見たノブサダの目には三日月がうっすらと輝いている。どう見てもあの騒動からだいぶ時間がたっていた。
「俺ってば全然弱いなぁ……」
しみじみと思う。まったく手も足も出なかった。いや、手は出したし宙を舞ったけども。だが、それだけ。その後はやられ放題だったな。随分と熱いことを口走った記憶があるがそれ以降の記憶が続かない。思い返せば大勢の前でやらかしたかなと顔から火が出そうになる。
それでも自分の信念に従ってけもっ娘を守れたんだ。それに関して後悔はない。
…………
守れたんだよな?
慌てて身を起こし壁を伝いながら階下へと降りていく。
ぐうぁ、痛ってぇ。
あのギアンっての思いっきりやってくれやがって。
移動しながらヒールをかけていく。そういえばいつの間にか手をかざさなくても自分の体にヒールが発動しているのが分かる。怪我の功名だろうが壁につかまっているこの状態ではとても助かる。
食堂へと辿りつくとそこには豪快に酒をあおる総隊長殿とドヌールさん、ぐったりした顔のカイルがいた。
なんでこの人らが? 疑問に思うもそれよりも気になっていることを質問する。
「おっ、やはり若いもんは回復もはやいのぅ。ノブサダよ、気がついたか」
「総隊長殿、あの給仕の娘さんは大丈夫ですか? 俺が倒れた後になにかされてませんでしたか?」
「ふははは、己がことよりあの娘っこのことが心配か。大丈夫じゃ、あの後、あやつらはどこぞへ引き上げていったからな。あの娘っこはちょっと前までお前さんの看病しとったんじゃぞ。今は自室で休んでおるわい」
ふうううう、良かったぁぁ。安心して力が抜けたのかその場にへたり込む。
「ああ、良かった。俺が勝手に喧嘩を買ってしまったくせにあの子になにかあったらと思って慌てて来たんですよ」
「しかしまぁあれだけ殴られていてよく起き上がってこれたのぅ。ノブサダよ、お前、神聖魔法が使えるな?」
その言葉にどきりとしてしまう。だがあの目は確信を持って問いただしている目だと直感的に感じている。隠し様もないと諦めて素直に白状してしまおうか。
「はい、確かに使えます。やっぱり修道士や神官でもないのに使えるのっておかしいですかね?」
「そんなことはないぞ? 複数クラスをもっておるものも僅かながらおるし転職したものなども使えるな。だが専門職に比べればそこまで威力を高めることはできんがな」
ふぅ、懸念は杞憂に終わったようだ。どうやら大っぴらに使っても問題なさそうである。
「それでも異常といえば異常じゃな。なんせ手をかざすことなく纏った魔力の内にヒールを通わせていたんじゃからな」
ええっ!? 俺そんな事してた記憶ないぞ。だからさっきから手をかざさなくても出来るようになってたのか。
「なんじゃ、その顔だと知らず知らずにやっておったようだの。それにしても随分と無茶な戦い方をするものじゃ。丈夫な体に産んでくれた親御さんに感謝するといい」
この場合、グネになってしまうんだろうか? 今回の反省点は山ほどあるけれど『俺が死ぬ』『うさ耳ちゃんが連れて行かれる』など最悪な状況だけは回避できたことにほっと胸を撫で下ろす。
するとそれまで無言を貫いていたドヌールさんがぬっと立ち俺の前に歩いてきた。
強面が真剣な表情でこちらを睨む。そういえば面と向かって話すのって初めてかもしれない。
「ノブサダ。お前がとった行動は一般的には決して褒められたもんじゃない。もう少し穏便な方法もあったはずだ」
ぐっ、そう言われてしまうと何も言えない。咄嗟の事であれ以外思いつかなかったんだけどさ。
「だが、そんな無茶苦茶な行動、嫌いではない。ラコッグらも感謝していた。『あんな風に言ってくれたやつなどいない、娘を守ってくれてありがとう』とな。……そのだな、何が言いたいかというとだ……よくやった」
そう言うとわしわしと俺の頭を不器用に撫でる。ぶっきら棒ながら照れくさそうに感謝を伝えるドヌールさん。なんというか子供じゃないからむず痒いけれど悪い気はしない。
「お、俺が好きでやったことですから。ただ、あいつの態度が気にくわな……」
グーーーーーー
そう言おうとしたらお腹が鳴った。なんて空気を読まない俺の胃だ。
気恥ずかしさで一杯になる。総隊長殿とドヌールさんが顔を見合わせて爆笑する。
「くふ、はははは、体は正直だな。少し待ってろ。今、何か作ってきてやろう。俺の奢りだ」
面白いものを見たとばかりに強面をニコニコさせたドヌールさんが厨房へと入っていく。
そのうちジュージューと調理する音が響いてくる。やばい、いい匂いもしてきた。
そういえばカイルが死んだような目をしてちびちび酒を飲んでいる。あいつに一体何があったのだろう?
あの二人につき合わされたらこうなってしまうのだろうか。俺は下戸だし怪我人だから果実水だけどな。
とりあえずそっとしておこう。かける言葉が見つからない。
「そうそう、ノブサダよ。お前は誰かに武術を習っておったのか?」
総隊長が急に話題を振ってくる。
「いや、我流ですよ。見よう見まねです」
うん、まったくもって我流だな。剣術は剣道もどきだし格闘だって授業や遊びの延長線だ。そう考えると思いっきり無謀だったな、これ。
「そうかそうか。ノブサダ、儂に弟子入りする気はあるか?」
なんと!? 唐突ですな。だけど願ってもない僥倖だ。噂で聞いた話では総隊長はこの国で五指に入る強さを誇るらしい。そんな人に鍛えてもらえるならこれ以上ない経験になるだろう。だけどなんでまた俺なんだろう? 総隊長なら弟子入り志願は山ほどいそうだしさ。俺、結局負けてしまったしでいいとこないよ?
「不思議そうな顔をしているな。お前は勝ってはいないが負けてもいない。結果的に見れば水入りということで引き分けだな」
そうなのか。てっきりボロ負けかと思っていたからね。まぁさほど大差はないけれども。
「お前の何が目にとまったかといえばその諦めの悪さじゃな。昨今の若いもんに欠けているそれが儂の弟子には一番欠かせないものなんじゃ。儂の弟子で大成しとるもんは大概諦めの悪いやつらばかりじゃて」
なんとも複雑な感じである。俺が諦めなかったのってけもっ娘の為だったからだったり……。なんとも欲望に直結していたからなんだよね。
「それと今までにおらんタイプだからというのもあるがな。魔法を使うもんがあれだけ肉弾戦するなどそう無い話じゃからな。そんな珍しいのがどんな風に成長していくのか。それに興味がある。さ、どうする?」
興味本位。だが、それでもこのチャンスは掴もう。今の俺には力も技術もまるで足りていないのは今日痛いほど実感した。それを教えてくれるというのだから幸運だろう。
「お願いします。今のままじゃなんにも守れない。俺を鍛えてください、師匠!」
「師匠か。そう呼ばれたのも久しぶりじゃな。そういえばなんとなくだが儂の最初の弟子に似ておるやもしれん」
「そろそろいいか? やはり出来たてのほうが美味いからな」
いつの間にかドヌールさんが出来上がった料理を持ってきていた。
大きな皿の上にはほかほかと湯気を上げた料理……こ、これはパエリアだと!? 米、米なのか!?
「ド、ドドド、ドヌールさん。これって米ですか!?」
「お、おう。少量だが手に入ってな。これはダンジョンでのレアドロップだからそう手に入らなくて店に出すには全然足りなかったものだ。存分に喰らうといい」
調味液を吸ったお米がほっこりとしておりその上にはエビ、鶏肉、パプリカ、玉ねぎ、色付けのきざんだパセリが乗っている。うああああ、ほんの数日のことなのにすごく久しぶりに感じるお米だ。
スプーンを手に取り無我夢中で口に運ぶ。
う、美味い。やばい、目じりに涙が浮かぶほど美味い。これ、これだよ。噛めば噛むほど米の甘味と調味液、具材のダシが口の中に広がる。ダンジョンのレアドロップっていってたな。絶対、狩ってみせる。俺の食生活のために! またひとつ強くなる必要性が出来た。
エビは尻尾までしっかりと味がついておりバリバリと最後まで噛み締めた。海のない内陸なのにどこでこのエビを手に入れたんだろう?
鶏肉は噛み応えのある固めの、例えるなら軍鶏のような肉質だがこれがまたいい。柔らかな米とのハーモニーがたまらん。
ものの10分ほどで大皿の上に乗っていたパエリアは俺の胃の中へと納められた。
あまりの食の進みように周りの皆もぽかんとしている。
「ご馳走様でした。大満足です」
誰とも無く笑いがおきる。
「ははは、それだけ食えるならもう体調の方は心配するまでも無いな。後は大人しく寝ておけ。明日は……まぁ腫れてどうにもならんだろうから明後日にでも西門の詰め所へ来るといい。儂かカイルがおるから修行の話はそれからじゃ」
「はい!」
師匠の言うとおりに部屋へと帰って休もう。というより満腹になってもはや瞼が重いったらない。去り際に虚ろな目のカイルが見えたけれど冥福を祈りつつ食堂を後にした。




