第203話 げに恐ろしきは満ち足りぬことなり
ふう、太陽が黄色いとしみじみ思うノブサダです。非常に腰を酷使した翌朝、エレノアさんたちの元へと飛ぶ前に家族みんなとひと時の別れを惜しんでいますの。
「……ノブ、いってらっしゃい」
「聞いた話じゃ随分とキナ臭い故、主殿も油断するでないぞ」
「ほんまは付いて行きたいところやねんけどこっちも復旧がおっつかへんからしゃあないね。帰ってくる頃にはキリシュナ姐やんのところも終わってると思うねんけど」
「こっちはノブちゃんの依頼どおり準備しておくわぁ。だから安心していってらっしゃい」
「ご主人様♪ お情け頂いてご馳走様でしたん♪」
笑顔を浮かべてお見送りをしてくれている奥さんと従業員たち。中でも奥さん+一名はお肌もツヤツヤであり非常に満足気である。俺は目の下にクマつくってるけども。それとレコ君、それ今言うことかい?
にゃんにゃんする前に突貫でドーム状の施設を作ってたっていうこともあるんだけどね。ストーンウォールを使っての一枚石による簡易宿泊施設だ。これから大人数を引っ張ってくるので申し訳ないがセフィさん以下従業員の皆様に色々と準備をお願いしたのである。ちなみにドーム内部に井戸まで掘ったり色々と手を入れている。どこが簡易なのかとフツノさん達に首を傾げられてしまったね。
師匠たちにも挨拶してから行こうと思ったのだが衛兵隊総隊長としてグラマダの復興が急務であり構わんと言ってたそうだ。書類は投げ出して現場で精を出しているらしいけども……。ユキトーさんの胃の荒れ具合とストレスによる抜け毛が心配です。
「時空宝玉も設置し直したし何かあればすぐに戻ってくるから! それじゃ行ってきます」
『空間転移』を発動すると刹那の浮遊感の後、瞬時に景色が切り替わる。
ドタン、バタン!
どうやら馬車の荷台のようだけれども。なんだ? ドッタンバッタン五月蝿いな。
音の根源へと振り向いてみればそこにはエレノアさんとティーナさんがくんずほぐれつのキャットファイト中じゃありませんか。幌付きの馬車だからまだいいようなものの余人には見せられないあられもない姿になっておりますよ。具体的に言うと服が肌蹴て片乳でちゃったりしてますのん。
じーっと思わずガン見しちゃってるんだが押し倒されているエレノアさんがどうやら俺に気付いたらしい。だって顔が茹蛸のように真っ赤になっていってるからね。そろそろ止めないとまずいかな? 後で鉄拳制裁くらいそうだし……おや? ティーナさんの様子が……止まった? 止まったんだがなんでかこっちを見てニイッと凄く淫靡な笑みを浮かべてませんかね。
ガバッ!
のわぁぁぁぁ!?
流石虎の獣人、予想以上の速度で飛び掛ってきた。抵抗らしい抵抗もできずになすがままのマウントポジションである。
れろーん
ティーナさんが圧し掛かるように体を押し付けて俺の頬を舐めてきた。うひいい、本当に猫みたいにザラっとしている。背筋がなにやらゾクっとしたぞ。これは本当にヤバイ。一体彼女に何が起きてるんだ? さっきから俺の頬を舐めたり指をしゃぶったり顔は上気してやたらと艶っぽいし。
「御屋形様が置いていかれた手料理が底を突いてから時折そのような状態になっております」
あれ? フミたん、いつからそこに? というかあれだけ置いていったのになくなったのか。
「ずっと御者をしておりますよ。そちらに夢中だったためお声を掛けるのも憚られましたので静かにしておりました」
しっかりと見られておりましたか。というかこっちの考えを読んで的確な答えを!?
「今日の御屋形様は非常にお顔に出ておりますので……」
でもそんなフミたんも後ろのキャットファイトには色々と思う所があった模様。だって無表情を装ってはいるが頬の辺りがうっすらとピンク色に染まっているのだよ。相変わらず嘘の吐き難い体だのぅ。こう言うとなんかヤラシイよね。というかいつの間に御屋形様って呼び出しているんだ。俺はどこぞの戦国大名じゃないんだがな。それがフミたんなりの敬愛を示してるんだとは思うのだけれども。
ガブッ!
ッアーーーーーーー!
ティーナさんが噛んだ。あたたた、俺の頬をガブリと噛んでおります。ただ噛むだけじゃなく味を確かめるかのようにはむはむと甘噛みまでしてますわよ。どう考えても美味しくないんで勘弁してください。ちょ! どこ触ってんの! 駄目駄目そこは駄目、それは私のおいなりさんだ! 噛んだらもげる!
流石にこの状況は色々と宜しくない(主に青少年の教育上)ので何とかしよう。幸い対処法はフミたんがヒントをくれたしね。
右手に次元収納からずんだまんじゅうを取り出せば鼻をヒクヒクさせた後、瞬時に齧り付いた。うん、俺の手ごと!!
痛いわーーーー!
咀嚼の瞬間、一瞬だけ緩んだところを引き抜いたけれども彼女の歯型がくっきりと手についております。これは二人のキャットファイトを鼻の下を伸ばして見ていた罰でしょうか、ぐすん。
というか涙を流している余裕すら無さそうだ。なんせ味を占めた一匹の獣がゆらぁりと立ち上がったからである。次のエサはどこだと言わんばかりに唸りをあげているよ。再び噛まれるのは流石に勘弁なので出来あいシリーズでこの場を凌ぐしかあるまい!
そぉい、カツ丼!
ガツガツガツガツガツ
はらしょー、天丼!
ガツガツガツガツガツ
びゅりほー、鰻丼!
ガツガツガツガツガツ
ふぁんたすてぃっくだ、鉄火丼!
ガツガツガツガツガツ
ええい、ティーナさんの胃袋は化物か! いや、嫁にも同類がいるからそんなに驚きはしないんだけれどノリってやつです。
次から次へと食事を取り出すこと三十分ほど。食べに食べたりティーナさん。まるで妊娠したんじゃないかってくらいお腹がぽっこり膨らんでおります。ふぅと一息つきつつもデザートのタルトをはむはむしてるんですがね。まさに腹ごなしに喰うってやつだな、ふ○やん!
よくもまあこんなに入るもんだ。フミたんはちらっと見ていただけで胸焼けしたのか口元押さえているもの。
………………
さて、腹も落ち着き冷静になったのか自らの所業を思い出して土下座して平謝りしているティーナさんがこちらになります。
「エレノアもノブサダもすまなかった。まさかここまで前後不覚になるとはあたいにも思いもよらなかったよ」
「しかし、何でこんなことに?」
ひょこっと顔だけ上げてばつが悪そうに口を尖らせる。
「ノブサダがいけないんだよ。あたいをあんたなしじゃいられないような体にするからっ!」
その言葉に馬車内がピキリと固まった。室内温度が5℃ほど下がった気がする。は、背後のエレノアさんが怖くて振り向けません。違うんや、誤解なんやでー。ティーナさんそのセリフ前も言って場を凍りつかせませんでしたかね!?
「ちょっと待ったぁ! 何でそんなに如何わしげな言い回しをするんですか! 俺何もしてませんよね? ただティーナさんが俺の料理を気に入ったってだけですよね。それをなんか肉体関係でもあるような言い方して……」
俺の指摘にボッっという擬音が目に見えるほど一瞬で顔が真っ赤になり一気に挙動不審者と化すティーナさん。明らかに動揺しうろたえており目が泳いでいた。
「な、ななななな。あ、あたいはまだそんな経験ないよ!」
そういえば『姐御に萌え隊』の連中が言ってたっけ。姐御はそういった経験が皆無で奴らが猥談し始めるといつの間にか姿を消していたと。実は可愛い物や恋愛小説などが大好きで夢見る乙女チックなところがあるらしい。年齢的にはトウが立っているけれども見た目がロリだけに問題はないんだけれどもさ。
真っ赤な顔であたふたと狼狽しているティーナさんの純情っぷりにエレノアさんの勘違いも収まったようだ。後ろからの怒気が消滅したことを感じた俺はとりあえずグラマダの状況を説明して色々と流してしまうことに成功する。師匠やギルドの同僚の皆さんも無事なことを確認してほっと胸を撫で下ろしていた。
嵐が去ったことに俺もほっと胸を撫で下ろしていたけれど。
今日もなんとか更新完了!




