第202話 約束
シーーーーーン
静寂が部屋の中を支配する。
俺が担ぎ上げられ明らかに場違い感漂うこの場所に連れて来られたのだが非常に気まずい。なんせ明らかに貴族だよって格好の、それもかなり位の高い皆さんが一様にこっちを凝視していらっしゃる。
「やあノブサダ君。疲れているところをすまないね」
いつも通り室内なのにサングラスをかけたクアントロ公爵が気さくに話しかけてきた。この人もブレないな。
「こんな格好で失礼します、公爵様……ところで師匠、そろそろ降ろしてくれませんか?」
おお、すまんすまんと簀巻きのまま立たされた。いや、ちょっと、このまま立たされても困るんですよ。貴族の連中は押し黙ってこちらを値踏みするように見ているんですから。まあ、ここで解かれても困るっていうのはあるんですがね。シャツにトランクスなんですよ、中身。
事情を説明して少々時間をもらいいそいそと着替えさせてもらったよ。その最中なにやら貴族の二人が熱い視線を送ってきたが……。いや、マッチョな方はまだ分かる。なんとなく戦闘力の値踏みっぽいから。青年のほうのがヤヴァイ気がするよ。だって顔が少し赤いし。こっちみんな!
「何でも私に聞きたいことがあるとか」
「ああ、そうなんだ。ポリー、もう一度、エトワールからの報告を頼むよ」
公爵がそう声を掛けた先には見たことのある顔がそこにいた。とはいえすっかり名前を忘れていたんだけれどもね。ローヴェルさん配下の女性騎士の一人である。ずっと控えていたところすっと前に歩み出て敬礼をした。
「はっ、報告させていただきます。エトワール様から公王陛下、宰相閣下とも有意義な会談を行い今後のことも考え今しばらく王都にて滞在する期間を延ばして欲しいと言付けを預かってまいりました」
ほぉう。これはまたどういうことかな。あの公爵のほんのりニヤっとした顔を見るとこの貴族連中の前でどうにかしろってことなんだろうか。公爵にはエト様がこんな報告をするはずがないって確証があるようだ。
今頃、エト様たちは最短のルートを外れ足がつき難い様に迂回してグラマダへと向かっているはずだ。その行軍に彼女も加わっていたはずであり今のような報告は有り得ない。ではここにいるこの人は何者なのか? さてどう攻めようかね。
「すいません。私から質問させていただいてもよろしいですか?」
「うむ、構わないよ。ポリー、答えてあげなさい」
「は、はっ!」
おいおい、明らかにどもったぞ。そもそも同行していたはずの俺の顔を見て反応を示さない時点でおかしいよね。俺の平たい顔がモブってるってことではないはずだ。
「同行していたはずの冒険者ノーヴは元気でしょうか? 私の知り合いなんですよね」
むぐっと口を噤むポリーもどき。非常に言い辛そうに一呼吸あけてから口を開いた。
「ノーヴ殿は……武闘祭の決勝にて勇者様と相対し……決戦の末、帰らぬ人となってしまいました」
ふぅむ、それを知っているってことは間違いなく王都から派遣されたものであるという確信は得た。この話は武闘祭の後、宰相側へと報告したからだ。エト様から直接宰相へとな。それ以外には大っぴらには言っていないから十中八九宰相の手のものだろう。予想では俺たちへの追撃部隊と同時期に出立したんだとみる。エト様たちの戻りが遅くなってもいいように色々と手を打ったと思うべきだろうな。
「そうですか……その時、つけていた兜はこんなのじゃなかったですかね?」
ぐっと握った手をぱっと開くとそこにはボロボロの兜が手品のように姿を現す。それを見る目はくわっと見開かれこの世ならざるものを見るかのように俺へと視線を移した。
「それとノーヴってのは俺が変装した姿なんだがお前さんはどこの誰が変装した姿なんだい?」
俺がそういい終わるとほぼ同時に窓へと向けて駆け出す彼女。この面子からそうそう逃げ切れるとお思いかね?
「アァァトラクション!」
鉄製であろう鎧を着込んだ体が発生した引力によってぶおんと宙を舞い手繰り寄せられる。抗えぬと判断した彼女は体を反転させて俺へと拳を突き出してきた。思い切りのいい判断だが……遅い!
「『乙女傷心爆裂弾』!」
苦し紛れの攻撃を軽くいなしつつカウンターで魔法付の掌底打ちをお見舞いすれば魔力が散らされた体が本来のであろう姿へと戻った。ポリーの姿の時は金髪ショートのCカップだったのだが今はボブショートな茶髪でBカップほどに落ち込んだお胸様だ。恐らく変身かそれに類似する魔道具で姿を変えていたのだろう。識別先生で確認したところそんなスキルは持っていなかったからな。
魔力切れによりドサリと俺に倒れ掛かってきたこの人を師匠に託す。そこら辺の尋問は公爵様の方にお任せしましょう。下手に手を出すと大火傷しそうだしいい感じにこき使われそうな可能性があるからね。
それはさておきすっかり遅れたがエト様の近況を報告せねばなるまい。
「公爵様。エトワール様はすでに王都を脱しこちらへと向かっております。また、話せば長くなるのでこの場では割愛しますが公王様もご一緒です」
俺の報告を聞くや否やガタンと大きな音を立てて立ち上がる貴族の面々。それもそうか。彼らからすれば君主であるのだから。
「宰相との確執から我々が保護しました。今はエレノアさんを筆頭に私の配下50名ほどが護衛しております。それと王都にて迫害されていた獣人たちも一緒に脱出して来た為、総勢100名近くに膨れ上がっていますので少々行軍はゆっくりですが確実にこちらへと向かっているはずです」
俺の言葉に公爵の眉がぴくりとだけ動く。
「100名だと? 少なくともこちらを出る際には30名足らずだったはずだが一体何をしでかしたのやら……。まぁそれは娘が帰ってきたとき改めて聞こうか。うん、確認したかったことは何とかなったようだし助かったよ。ノブサダ君はこれからどうするのかね?」
「グラマダの危機は何とかなりましたので再びエトワール様の元へと戻り護衛の任を全うします。いくら配下がついているとはいえ私が受けた依頼ですから明日の朝にあちらへと戻ると思います」
その答えに満足そうに頷く。
「そうか。娘たちの安全をよろしく頼むよ。それとグラマダを守るために随分と奮戦してくれたことはテムロたちから報告を受けている。領地を預かるものとして礼を言おう。ありがとう、ノブサダ君。戻ってきたら追加の報酬なども考えているから先ほどの件もあわせて一度顔を出してくれたまえ」
「はいっ、それでは私はこれにて失礼いたします」
びしりと敬礼しつつ部屋を抜け出す。というかこの敬礼こっちでも通用したっけか? とりあえず居心地のいまいち良くないこの空間をそそくさと抜け出すのだ。「あ」と誰かが何か言いかけたが脱兎の如く逃げ去るのだよ。あばよ、とっつぁん!
「やれやれ、どうやら彼はこの手の雰囲気が苦手なようだね」
苦笑し肩を竦めながらクアントロ公爵がそう呟けば貴族の青年ヒッコーリ伯爵は疑問を浮かべ問いかけた。
「なぜあの者を抱え込んで戦力としないのですか? 数多くの魔物を屠った件の魔術師なのでしょう」
「彼が魔物を倒したのはこの街にたまたま彼が守るべき家族がいたからだよ。無理に抱え込もうとすれば拘束されるのを良しとせずに逐電されるかもしれない。それならば友好的な関係を築いておき有事の際は手を貸してもらうほうが得策だと思うのだがね」
「ですがあれだけの魔法を使えるものを野放しにしておくのは危険ではありませんか? 寧ろその家族を押さ……」
貴族らしい物騒なことを言い出しかけた伯爵は彼を見つめるマトゥダの視線が怒気を帯びたことで言葉を濁す。それをみてくすりと笑う公爵だがその視線は非常に冷たい。
「ヒッコーリ伯爵。それ以上は言わないほうがいい。彼の家族の中にはこの戦拳も入っているのだよ。そもそもそんな下策を使えば彼はあっさりとこちらを敵と認識するだろう。君は見ていないかもしれないが彼の操る戦略級の魔法を自ら味わいたいかい?」
マトゥダの怒気に臆したかそれともノブサダの魔法の矛先が自らへと向くことを想像したのかぶるりと体を震わせたあと伯爵はそれ以上なにも言えなかった。
「それはそれとしてあやつの申すことが本当なら渡りに船じゃのう。まさか公王様がこちらに自ら向かってこられるとはの。宰相との確執と言うがあのバカタレは一体何を仕出かしたのやら」
宰相のことをバカタレと言い放ったのは老侯爵。
「やれやれ、フオン先生にかかればあいつも未だバカタレ扱いですか」
「仕方あるまい? 道を違えたとはいえお主等の教育係を勤めたんじゃからの。それが暴挙を繰り返すのじゃから皮肉のひとつも言いたくなるわい」
老侯爵はかつての若き頃、公爵家の幼き子息たちに教鞭を振るった。王国による他人種への差別化、そこから生まれた公国の成り立ち、歴史を根底に様々な事を教えてきたのだ。二人ともそれらを理解し家を継ぐ前は優秀な能吏として日々働き研鑽していた。それがおかしくなったのはいつだったかと思いを馳せている。
「十年ほど前からじゃったのう。お主等の決別は」
「フオン先生、今その話ですか……」
「じゃがあやつが何の前触れも無く差別推進派へと鞍替えしたことを思えば何かしらあったと思っても当然じゃろ?」
「その件については私も先生も結局何も掴めませんでしたよね。それと私はまだ決別したとは思っていませんから。今でもあいつのことは友人だと思っていますよ。だからこそ私があいつのやろうとしていることを止めないといけないともね」
そう言った後に公爵派の面々を見渡す。ひとつ大きく息を吸い込み力強く言葉を発した。その視線は揺ぎ無くこれから自らが行うことの責任を全て背負う覚悟が見て取れる。
「公王様をお迎えした後、我々は行動に移る。二ヶ月を目途に部隊を再編成、皆も戦力を纏めておいてほしい。目標は王都、公王様の帰還を名目に国内の宰相派どもと一戦交える。これは私の推測でしかないがおそらく宰相側もそのつもりであろう。やつのことだ背後の帝国、王国への根回しをしているはずだ。こちらも連邦の一勢力とはいえ隣接する地域への不戦協定が結べたことは幸いといったところだろう。逐次情報は集めていくが公王様が不在となればあちらも早々には戦力を纏めきれないと思われる。あちらの手勢も癖のある者が多いからね。それでは各々方、よろしく頼む」
「はっ」「応っ!」「うむ」「はい」
四人が力強くそれに答えそのまま自らの領地へと旅立った。
それを見送った後に公爵は考える。このままいけば建国以来最大規模の内乱となるだろうと。
(できる事ならば避けたくあったが事ここに至っては止むを得まい。ディレン、何でお前がそこまで変わってしまったかは分からんが私が必ず止めてみせる。それが私たちが交わした約束だからね)
公国内に燻り続けた火種は火薬庫のすぐ傍で燃え上がる日を刻一刻と待ち続けているのかもしれない。
ログインしたらポイントが急上昇していて驚きました。ありがとうございます、ありがとうございます。
何より読んでくださっている方がいるとダイレクトに実感できるのが嬉しいです。続きを書く手にも気合が入りますね!




