第201話 そしてトキは動き出す。
『俺の名は ~かつて兄と呼んだ男~』
2099年末日ロードショー!
同時上映『ずっと前からヅラでした。 告白執行委員会』
誰か作ってくれないものか……。
「……………………」
カーテンを閉め切った薄暗い部屋のベッドの上で蹲りながら何かをブツブツと呟く者がいる。その顔に生気はなく頬も痩せこけさながら幽鬼のようであった。
「ゆ……いみや……きむ……ほりい……じとり……あきら……ぺぺぺ…………」
親指の爪を噛みながら虚空を見つめ何かを呪文のように呟いているのはタイクーン公国に勇者として召喚された少年アルス。歴とした日本人である。
彼はノブサダからえげつない弱体の呪いを受けてからまともに動くこともできず王城の一室に引き篭もっていた。公王不在という前代未聞の事態が起きている王城にて戦うどころか普通の生活すら間々ならなくなってしまったアルスに勇者としての価値があるのか、放逐すべきではないかという意見すら出始めている。
元より強硬派の面々が強い勢力となり王城の政務を仕切っていた。幾人もの魔術師と多くの亜人たちを生贄として使い行った勇者召喚の儀の結果が最早戦えぬ少年だけというのでは私財を投入した彼らとしても納得がいかないであろう。
軽く存亡の危機であるアルスだがその身に受けた呪いのおかげでなにもできない。軽い段差を落ちただけで生死の境を彷徨うほどだ。有頂天となっていた鼻っ柱はへし折られ肉体的にも精神的にも追い詰められ唯一ベッドの上だけが安息の地となっていたのである。
ゆらぁり
そんな彼の耳元でそっと悪魔が囁いた。
「力が欲しいか?」
腹の底から寒気がするような声にびくりと体を震わせる。
「力が欲しいか? 何を代償としても欲しいのか? 欲しいのなら望め! 望むならばくれてやってもいい。さあ……どうする?」
ぼやけた視界に薄っすらと赤い何かが見えた。奈落へと誘うようなそれはどう考えてもマトモなモノではない。それでも……それでもアルスは迷うことなく飛びついた。自分を蔑むやつらを見返せるのなら何より自分をこんなにしたあいつに恨みを晴らせるのならば……たとえ何であろうと手を取る、そう思い至っていたのである。それがそう思考するよう仕向けられたものとも知らないで……。
「くれ! 僕に力を! 代償ならば何でもいい!」
その言葉にそれは口角の両端を吊り上げた。
「いいだろう。これを飲めば力を得ることができる。……代償は、くくく」
霞のように消える赤いモノ。言葉の最後はもはやアルスの耳へと届いてはいない。彼の目は置かれた小瓶に釘付けだった。中には得体の知れぬどろりとしていそうな黄色いもの。普通ならば僅かなりとも躊躇するであろうが彼は飛びつき一息に飲み干した。
「な、なにも変わらな、ぐ、ぐあああアアアアアアアアアアアアアア!」
一呼吸おいて痛烈な痛みがアルスを襲う。肉体ではない。精神がじわじわと蝕まれていく。己の存在が塗り替えられ何かにゆっくりと喰われて行くのがスローモションで感じられ延々と続く地獄のようだった。肉体のほうは闘気や魔力とも違う何かが光り明滅している。それは両手両足に打ち込まれていたはずの魔力による楔を喰らい消し去っていった。
「言い忘れていたが代償はお前さんの全てだ。くはは、悪いなぁ。だがお前さんの望みは変わりにソレが叶えてくれるだろうさ」
ゆらりと何かがそう告げたが最早彼の耳には届いていない。アルスの精神、いや魂はソレの奥底へと沈められゆっくりじっくりと溶かされていく。ソレは舌で飴玉を転がし楽しむかのように自らの奥底へそれをしまい込んだ。
「ハアアアア、オイシカッタ。コノ体ガあればきっとアイツニ仕返シできるネ。クククク、アハハハハハ」
無邪気な子供のように笑い転げるアルスの肉体。ここに勇者となった異世界人の肉体を持つ何かが生まれ落ちた。
◆◆◆
さて皆の衆、いかがお過ごし? ノブサダさんだよ?
今、俺は簀巻きにされて担がれている。いや何を言ってるだーとお思いだろうが事実だ。自分でも『何でよ?』って思うもの。これはついさっき、師匠が俺の部屋へと殴りこんできたことから始まる。
ドドドドドドドドド、バーーーン
ぬおおう、なんだなんだ!?
すよすよと寝息を立てていたところ突如開け放たれた扉の音で飛び起きた。何事だ! また王都の連中からの襲撃か!?
「ノブサダ! 起きとるか!」
むくりと上半身を起こせば扉を蹴破った師匠が仁王立ちしていた。師匠……扉を蹴破るのは止めてつかあさい。そのうち大工のクラスとかクラスアップされそうです、俺。
「今、起きましたであります。して何事でありますでしょうか?」
寝癖でぼっさぼさのままそのまま敬礼しつつ師匠へお伺いをたてる。
「うむ、今、公爵様の屋敷で貴族連中が集まって今後について会議をしておる。行くぞ!」
ほわっつ!? 師匠、文の前と後が繋がりませんよ。一体なぜにそう繋がるのでありますか!?
すぐにでも飛び出しそうな師匠からなんとか情報を引き出すと次の通りだった。
・俺が『巨菌兵』を倒した時点で大氾濫が終息したと宣言する。
・昨日、各方面の貴族が私兵を引き連れて応援に駆けつけるも終息していたことで宙ぶらりんに。
・折角だからと私兵の大半は帰し今回の騒動について会議が始まった。
・集まった貴族は公爵様と懇意のアズベル派と区分けされている連中で事態の詳細を受け今後どうするかということで話し合っている。
ちなみに各貴族が私兵を率いてくる間の経費の半分は公爵様が負担するということになっているようだ。ダンジョンを抱える領地だからそういった負担もなんとか請け負えるんだろう。そこが今回仇になったわけだけども。
「それで今回の大氾濫が宰相、もしくは王都の連中による人為的なものだという推測のもとに今後どう動くか会議で右往左往していると。なんとも言えない話ですねぇ。まさに会議は踊る、されど進まずってやつですか」
「なに当事者が他人事のように言うておる」
ほわい?
「当事者ですと? 俺、何かしましたっけ??」
「うむ。先ほどエトワール嬢からの伝令としてローヴェル配下の騎士が一人戻って来おった。それについてお前に公爵様が話を聞きたいと仰せなのでな。大人しくついて来い」
師匠、大人しくついて来いと言いつつなぜに俺を簀巻きにするのですか? 有無を言う暇もなく太い腕が俺を簀巻きにして担ぎ上げた。早い、早いよ!
担ぎ上げられる浮遊感に襲われつつそんな事を考えているとそれはもうもんの凄い勢いで外へと駆け出した。いやいやいや、師匠。俺、今下着だけだよ。せめて、せめて準備する時間くらいくださいと抗議することさえ出来ぬまま街を疾走している。強襲的ドナドナされた俺はさっきの話している間に着替えていれば良かったと空を見上げながら後悔していた。
「ではどうすると言うのです? 確かに可能性としては最も高いかもしれませんが確証がなければ如何様にも言い逃れされるでしょう」
まだ若い貴族の青年が冷静にそう言い放つ。
「貴殿の言いたいことも分かる。だがこのまま座して待っているだけでは再び襲われかねんぞ? 戦力を建て直しこちらから攻め入るべきだろう」
熊の如く大きな壮年の貴族が青年へと反論した。
「しかし、あちらには公王様がおる。旗印が無い以上こちらに義がないと周りの貴族共を切り崩すのは難しいじゃろう。何かしらの尻尾を掴まねば動くことはできぬよ」
貴族の老人が鼻息の荒い壮年の貴族をそうたしなめる。
「私も同じ意見です。何よりグラマダの被害も大きく事を起こすよりまず復旧が第一ではないでしょうか」
老貴族に賛同しつつ街の復興を示唆する参加者唯一の女性貴族。
円卓を囲む貴族たちが紛糾する中、中央に座る公爵は微動だにせず話し合いの行方をただ聞いていた。
理知的な青年の貴族はグラマダより北に領地を持つ伯爵『ヒッコーリ家』当主カラバ・ヒッコーリ。
派閥で最も好戦的な肉体派侯爵『ライヴァー家』当主パイルド・ライヴァー。
年の功からまとめ役になる事が多い侯爵『ブラウン家』当主フオン・ブラウン。
女性の身でありながら当主を務め資金力と兵力が公爵に次ぐため派閥内でも一目置かれる女傑伯爵『フォルニア家』当主キャリー・フォルニア。
彼らが主だったメンバーでありその下に数名の男爵がいる。
公国内での勢力比は宰相派が45パーセント、アズベル派が38パーセント。残りの17パーセントがよく言えば中立、的確に言うならば日和見であった。どちらの陣営もあえて敵に回すことはせずに自陣に引き込もうと常日頃から動いているもののどっちつかずで甘い汁を時々吸えることに慣れてしまっている。風見鶏的に動く彼らに頭を悩めており一部を除いて慎重に動こうとなるのも当然の結果であろう。
堂々巡りとなりつつあった会議の中、遠くから何か駆けてくる音が響いてくる。
「来たか」
クアントロ公爵がそう呟くとほぼ同時にバーーーーンと会議室の扉が開け放たれた。
「公爵様、連れてきたぞぃ!」
あまりに乱暴であまりにらしい登場に一同あんぐりと口を開け呆けてしまっている。なんせ簀巻きになった少年を担ぎながら会議室へと乱入してくるのだから。公爵がくすりと笑い、果てさてどうなることやらと笑みを深くしていた。
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