第200話 とあるあの人の事情
200話です。長いこと続いて書いている本人もびっくりだぜ!
「いよっし。これから先輩の家、先輩のYEAR!」
スマホをカバンに仕舞いながら興奮しつつ歩を進める。
30歳を超えてから同級生が我先にと結婚しているなかマイペースできたけれども今年34歳になってふと気付く。あれ? 同い年の友人で結婚してないの私だけじゃない……と。
そもそも結婚する気がなかったのではなく相手にその気が……というか私が勝手にあの人に片思いを続けていただけなのであって未だ告白すらしていないのだけれどもちょっとは気付いて欲しいかなって……一体何を言ってるんだ私は。
私があの人を好きになったのは中学の時。部活の後輩として指導してくれたのがあの人だった。
私は他の皆と違って器量がいい訳でもないし何処にでもいるモブみたいな感じである。指導する相手は先輩後輩マンツーマンで行われるのだがやはりというか私が最後に余ってしまった。いつものことだよねと顧問の先生にでも聞こうかなんて考えていたら校舎のほうから慌てて走ってくる人影が見える。
「御免、御免、担任にちょいと呼ばれてて遅れた。ってもう編成決まってるのか。悪いな、遅れて。んじゃ始めようか」
あの人もイケメンには程遠く教える仕草も結構ぎこちない。それでも自分の習ってきたことを真剣に伝えてくれているのがよく分かった。あとからその日のことを聞いたら『女の子に教えるなんて聞いてなかったんだよ。俺はそんな付き合ったこととかないからどう教えたらいいか本当に困ってたんだ』と言いながら顔を真っ赤にしていたっけ。
なんだろうね。あんまり女の子扱いされて来なかったからそれでなんとなく好きかもって思うようになったんだ。我ながらチョロインだと思うよ。決してヒロインとかにはなれそうにないけれども。
そんなこんなであの人との付き合いは友人関係を保ったままずっと続いていた。同級生には『まだ付き合ってなかったの?』って突っ込まれたけれどぬるま湯みたいな関係が心地よかったのですよ。意気地なしと笑わば笑えい。
ずるずると来ちゃったけれどもそんな関係に少しずつ変化をもたらしたのは三年前。丁度その日、私の用事であの人にも隣の町まで付き合ってもらった。
そしてその日、悲劇が襲う。大地が揺れ視界に写る景色が姿を変える。アスファルトは歪み建物は崩れ立っていることさえ困難だった。幸いにして休憩するために自販機の前で車を止めていたことから怪我ひとつなかったけれどそれだけにしっかりと事の成り行きを目で捉えることになる。
私たちの故郷は大きな地震と波に襲われ大きく姿を変えてしまった。
道路の陥没などで車で身動きが取れないことから私たちは自分の足で家を目指して歩く。一昼夜掛けて辿り着いた先には……夥しいほどの瓦礫の山。自然豊かな田舎が汚泥と流されてきたゴミや砕けた家屋、車や船などに塗りつぶされ悪夢のような有様だった。両親が既に他界していた私はアパートに一人暮らしだったものだから財産のことはあれどもまだ冷静でいられたんだ。でも……あの人は違った。
「親父ぃぃ! お袋ぉぉ! ばっちゃぁぁぁん!」
先輩は叫びながら両親と祖母の姿を賢明に探す。
「雅信ぅぅ! 香奈さぁぁん! 陽菜ぁぁぁぁ!」
その日自宅に泊まりに来ていた弟夫妻、そして産まれたばかりの姪を探し歩き回る。両親たちは姪御さんの顔見せとお祝いを兼ねて街中で昼食会をしていたらしい。あの人も私との用事が終わった後、合流する予定だったようだ。
「どこだ! 返事をしてくれぇぇぇぇ!」
着の身着のまま、食べることも眠ることも放棄して彷徨うように周囲を探し回った。瓦礫に足をとられ転んでも破片が体を傷つけようとも私や近所の人の制止も振り切って一週間後に倒れるまで止まる事はなかったんだ。
それから残された一軒家で暮らすうちに何度も何度も他の避難先を見て回り時には見付かった遺体の顔を照らし合わせていた。結果的に一人として見つけ出すことができなかったと嘆くあの人の顔が忘れられない。
数ヶ月がたって捜索等は打ち切られ遺体と対面することも諦めざるを得ない現状にもう大丈夫だとぎこちない笑顔を浮かべるも未だに引きずっているのがよく分かる。放っておけない、支えてあげたい。同情心かもしれない。それでも一緒にいたいと素直に思えたのはその時だった。
新しい仕事に就き悲しみを仕舞い込んで生活するうちにもとのようなぬるま湯の関係は続く。これでもいいかなとずっと思っていた。けど……。
それでも。
それでも!
三年の月日のおかげで前のように笑えるようになってきたあの人に今日は、今日こそは大胆にアプローチするのですよ! 辛気臭いのはもうぽーーーい!! さらっと長居した挙句、終電を逃したよ、……、あとは責任とってね大作戦開始なのです。
長居するために時間を忘れて視聴できるであろうDVDも色々と借りてきた。
『俺の名は! ~かつて兄と呼んだ男~』
『毒物図鑑 ~濃いいの見つけました~』
『アースドラゴンの歌 回鍋肉強壮局』
『タマゴンクエスト惨 ~間引かれしモノたち~』
面白そうなのを借りてきたけれどチョイスを間違えたかもしれない……。そこはもう私の女の魅力で……ぺたぺたぺたーんな胸やその他を見下ろしてなかったことにする。ほふぅ、気を取り直してと。
メイクよし! 勝負下着よし! 穴の開いたゴムさんよし!
完璧なのです! 計画的犯行なのですよ!!
いざ行かん、女は度胸なのです。
駅から歩いて十数分。男に間違われることの多い私は襲われたことなどありません。とっとこ歩いていくと見えました先輩の自宅です。電気メーターがしっかり回っているのでちゃんとご帰宅されていますね。
さ、いざ出陣なのですよ。
カッ!
そう思って足を踏み出した瞬間、周囲が真っ白な光に包まれた。アスファルト一面に文字のような文様が浮かび上がり溢れ出る光が目に痛い。あれ? なんか体が……。
体中から力が抜けてとさりと地面へ倒れこむ。顔だけ動かしてみればちらほらと見えていた道行く人たちも皆同じように倒れこんでいた。どんどんと光が強くなる中、力が、命が吸われていくような気がしてもう死んでしまうんじゃないかという考えが頭に浮かんでくる。視界の隅にいた犬が消え去ったような気がしたけれどそれを考えることすらつらい。
(やだよ、まだ、先輩に伝えてないことが……。会いたい、会いたいよぉ……会って、今度こそ想いを伝え……るん……だ)
指先すら動かせ無くなる頃、そんな思いを最後に……私の意識は途切れてしまった。
ふよんふよんふよん
何か浮遊するような感覚が支配しています。あれ? ここはどこ? 私は? 思い出せません。
真っ暗な周りにはふよふよと浮かぶおぼろ気な球体が無数にあります。もしかしたら自分も同じようなものなんでしょうか?
しばらくそんな事を考えつつ浮いていると周りの球体が一斉に前進を始めましたよ? ビックリしつつも遅ればせながら私も進むとはるか遠くになにやら光る扉らしきものがります。他の球体は皆そこを目指しているようですね。
でも……なんででしょう。あそこに行っちゃいけない気がしますよ。私が求めるもの、それが何かすら思い出せないけれどあっちには無いような何故だかそんな風に感じます。
私は球体たちの向かう道から逸れてふよふよと彷徨うことにしました。目的地すら定まらずいたずらに進むことしばし。周囲が真っ暗なものだからどれくらいの間、進んだのかすら分からないけれどなんとなく突き進んだ先に小さな、本当に小さな割れ目のようなものを見つけました。
迷いつつもそこへと入り込むと景色は一変しキラキラ光る空間が広がります。その中に薄い膜のようなものに包まれた一際大きな球体が見えますね。
「おやおや、こんな所に迷い込むなんてキミはどこから来たんだい?」
球体を慈しむような柔らかな瞳で見つめていた光るモノがそこにいました。なんででしょう。すごく懐かしいような、それでいて会いたかったようで違うような気がして混乱してきました。
「ふむ、ああ、そこに亀裂が入っていたのか。予想以上に力を使ったから綻びができたんだね」
――あの、ここはどこなんでしょう?
「ここかい? ここは現在であり過去であり未来でもある時が交差する時空。魂と命が混在となった空間だね。今まさに新しい世界が産声をあげた場所でもある」
――なんだか凄いところなんですね。勝手にお邪魔してすいません。
「いや、構わないよ。ふむ、キミは……」
光る手を私にかざした光るモノは喜びと悲しみがごっちゃになったような表情を浮かべるとしばし考え込んでいます。
――どうかしたのですか?
「申し訳ないと思ったがキミのことを読み取らせてもらったよ。どうやら私も無関係ではないようだ」
――ええ!? 光るあなたに関係が!? いえ、すいません、お名前も知らないものですから。
「ああ、私には名前がないのだよ。ただ皆からは創造神と呼ばれていたね」
――神様なんですか!? ははぁ、平にご容赦を~。
「いやいや、土下座っぽくしなくても別にとって食ったりする訳じゃないから。ところでキミは今の状態をどれくらい理解しているのかな?」
――現状というか思い出せないですが誰かに会って伝えなきゃいけないことがあるっていうことくらいしかないです。
「……ああ、そうだね。その状態になったら記憶が消し去られてしまうのか。たしかあちらの神がそうしていたのだった」
――???
「キミの現状を説明すると元の世界でのキミは死んでしまったんだ。今は魂だけの存在だね。本来ならば記憶などは転生の扉を潜る前に流してしまうのだけれどキミは何の因果か僅かばかりだが残りそれに導かれるように時空の亀裂を超えてここに辿り着いてしまった」
――おおう、何か凄そうなことをやってのけたということでしょうか?
「そうだね。私がこの世界を創ってから初めてのことだよ」
――ふむむう。ところで……私はこれからどうしたらいいのでしょう?
「元の世界には帰れないね。あの亀裂を超えたことでキミの魂は書き換えられてしまった。私が管理するこの世界に転生することならばできるだろう」
――そうなのですかー。
「ただ……キミに残ったその思いを叶えたいのならばもう一つ選択肢を示そう」
――!!?
「私はこれから故あってこの世界から離れないといけない。そこでここを管理する女神を創造しようと思う。そのうちの一人にキミがなってみないかい? 長い、とても長い年月がかかるだろうけれどキミが諦めなければきっとその思いは叶うはずだよ」
――いいのですか? なんか凄くとんでもない事のような。
「うーん、本当は有り得ないことなんだけれどもね。実はキミが死んだ一件はこちらの世界に関係していたことなんだ。この世界が巡る遠い未来、そこで行われた数々の儀式がキミの住んでいた世界に関与したことでキミを含めた多くの命が奪われることになってしまったんだよ。キミの世界から都合のいい人物を呼び出そうとしたけれど力が足りずにそれを補うためキミたちの命を吸い取ったようだ。こちらの世界の不始末だから私は責任を取らないといけない」
理不尽な理由で死んだこと知り僅かな憤りを感じるも心底申し分けなさそうな創造神様を見ているとなんでか意気消沈してしまう。今生まれたばかりのこの世界が私がまだ生きていた頃に関与するというのに実感が沸かなかったけれど創造神様が言っていた現在過去未来が交差するということが関係しているのだろうか?
「どうする? やってみるかい?」
――なります! これは……私の思いを捨てることはできません。思い出せないけれどなぜだかそう感じています。ですから、私にその役目をやらせてください。どうかお願いします。
「うん、それではお願いしよう。キミはこれから成長と才能、そして全ての可能性を司る女神だ。名前は……そうレベリット」
その言葉と共に私の形が世界に形成されたことを感じ球体の体(?)が吸い込まれていく。
「きっとまた会えるよ。それじゃあね……」
意識が暗転し微かにしか聞こえなかったけれど、確かにそう言っている様な気がした。
「あら、また地上を見ていたの?」
「ふんふんふふふ~ん。あ、アメトリス姉様。そうなのですよー」
寝そべりながらノブサダ君の様子を見つめていた私にアメトリス姉様が声をかけてきました。
私たち女神4人はずっと長い間、このエターニアを見守り続けてきたのです。気が遠くなるような年月の間に喜びも悲しみも……そして後悔も味わってきたのですよ。
それだけの長い間の中でなぜか目が離せなくなった存在、それがノブサダ君。どこにでもいるような普通の男性だったのに……いや、始めから随分と飛ばしてましたねー。いきなりミタマちゃんたちにマイサンをご披露したときには思わずお茶噴いちゃいましたし。
それ以降もどこから持ってきたのかお調子者っぷりを発揮してあれよあれよという間にハーレム築いちゃうなんてメーなのですよー。ちょっとだけ胸がずきんとして何か遠い昔を思い出した気がします。思い出せませんけどね。姉様達は女神になる前の記憶がありますが私はそこら辺が一切無いのです。
「それにしてもその子が使徒になってからあなたの神力も随分と回復したわね。いい子を選んだじゃない。時々お供えしてくれるものも美味しいしね」
ノブサダ君がお供えしてくれるものの中には時折姉様方への物も含まれています。なぜかアメトリス姉様の分だけ増量されているのですがなんでですか? 本能的に逆らっちゃいけない女神様っていうのを察知しているのかもしれません。姉様は温厚ですが怒らせたら一番恐ろしいのですよ。
「ふふふー、ノブサダ君は私の自慢の使徒なのです」
姉様に比べたらドラゴンと青大将くらいの差がある胸を精一杯張りそう答えればくすりと笑われてしまいました。これが持つものと持たざるものの差でしょうか。
「いいわねぇ。まぁ私たちの使徒候補だった子たちも彼のスキルに巻き込まれちゃったせいでどんどん強くなっているからありがたいのだけれどもね」
そう言った後、先ほどまでのほにゃっとした笑顔から一転。姉様はキッと真顔になって諭す様に私を見つめてきました。
「でもね、レベリット。この間みたいに無理しちゃだめよ? 折角回復してきた神力を人々に使っちゃったでしょう。あの街の人々が思っていたよりも感謝と信心を捧げてくれたから結果的にプラスになったけれどそうそう上手くいく訳じゃないんですからね。あなたの神力はあれらの力を封印したせいでかなり減っているのだから」
そう、今の私の神力はたいして残っていないのです。本当はノブサダ君を使徒にしたときに目一杯の加護をつけてあげたかったのだけれども加護(小)を授けるのが精一杯でした。
それでもあの時グラマダの民に力を貸せたのはノブサダ君のお供えとグラマダ神殿の経営建て直し、それと色んな人とのふれ合いから僅かずつですが私に対する祈りが増えてきたおかげです。そしてあの時以降グラマダを中心に少しずつそれが広がってました。
ノブダサ君の賭けは見事的中といったところなのです。私も鼻高々なのですよ。うふふ……あ! ノブサダ君ったらセフィロトちゃんの乳を揉んでいやがります。羨ま悔しいですよ!
「あらあら、そっちに気がいっちゃってるのね。まるで……ふふふ、これは言わぬが花かしら。でも私でも目を引かれるし仕方ないわね。既に人の領域に納まらない魔力を使って何をなすのか。レベリットじゃないけれど私もたまに眺めてみようかしら」
むぐぐ、何やら妙なフラグが立った気が! 大好きな姉様ですがノブサダ君は渡しませんよ。あの人は大事な大事な……そう、私の大事な使徒なのですからー。
ノブサダ「あれ? 200話なのに俺の出番あれだけ?」
めんご!




