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新説・のぶさん異世界記  作者: ことぶきわたる
第八章 グラマダ動乱
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第195話 そして私は帰って来た

シリアス先輩は泣きながら逃げ出しました。



 バキィ!


 ブライトンの手に持つ盾に毛むくじゃらの魔物『バーバリアン』の木製棍棒が叩き付けられへし折れる。だが金属製の盾はべっこりへこみガラリとそれを取り落とした。兜の隙間から覗く顔には苦悶の表情が浮かんでいる。ブライトンの手は痺れているだけでなくヒビか骨折しているのだろう。再び持つも構える姿に力が見えない。


「させるかぁ!」


 アフロの持つ宝剣コアマインダーがブライトンに襲いかかろうとするゴブリンソードマンの首を斬り飛ばす。そのままバーバリアンもと振り向けばそれはすでにウミネコの群れに連れ去られていた。


「ブライトン、下がって。ここは僕が……」


 ちらりと視線を離した一瞬の間を縫ってゴブリンアサシンがその首筋を狙って手を伸ばした。その手には幾人かを屠ったであろう血が滴る短剣が握られている。その短剣が届こうかという刹那、ブオンっと何かが突き抜けていく。


 アフロが気付いたときゴブリンアサシンだけでなく巻き込まれた二匹の魔物の頭を貫いた槍が地面へと突き刺さっていた。まるで魔物の串団子である。


「やれやれ危なっかしいのぉ。戦闘中に気を抜くでない。ここは妾に任せて皆下がるがよいぞ」


 貫いた槍を持ち上げ軽々と一振りすれば刺さっている魔物の死体は地面に叩き付けられまとめて物言わぬ一塊の肉塊になっていた。それを見たアフロたちは若干引きつった顔でコクコクと激しく頷く。


 そして彼女は自分自身、周りの皆を鼓舞し魔物を威圧するかのように声を高らかに叫んだ。


「遠からんものは音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ! 妾はノブサダが妻の一人、鬼人族がカグラなり! ここより先に進みたくば妾を殺していくがいい! ただし、賭けるのは汝らの命じゃがな!!」


 闘気を発しズンと槍の石突を地面へと叩きつけ大きく啖呵をきる。その声量と堂々たる物言いに言葉が通じないはずの魔物も一瞬動きを止めてカグラを凝視した。そして恐怖か獲物と認識したのか不明だが他の人間に目もくれずカグラへと殺到する魔物たち。


 いつの間に持ち替えたのか金棒をその手に持ち力任せに一気に振りぬく。目にも留まらぬ速度で叩きつけられた凶悪な鉄塊は巻き込まれた魔物の体をひしゃげさせその生命活動を停止させる。まるで舞うかのようにひらりと魔物の攻撃をかわしながらその反撃でぐしゃりぐしゃりと叩き潰していく様に悪鬼が狂乱しているかのようであった。


 そしてそんなカグラより朗々と何かを詠みあげる声がする。


「かしこみかしこみ申し上げ奉る。鬼人族が開祖『猛き御雷』の力よ。我らが血に宿りしその力、今この時、この場に現れ出で魔を祓う威と鳴り給え」


 祝詞のようなそれを発するごとにカグラの周りで何かが弾ける音がする。髪を纏めていた紐が弾けとび長い黒髪がぶわりと舞い上がった。


「鬼人族伝創奥義が一つ、『鬼気輝鱗きききりん』!」


 黒かった髪は根元から金色へと染まりあがった。そしてカグラの体には電光がまるで金色の鱗のように纏わりつきその様相を大きく変えている。


 そのまま突貫するカグラは立塞がるゴブリンの槍衾の間を目にも留まらぬ速度ですり抜けゴッゴッゴッと叩き潰せばまるで縦に潰された空き缶のようにへしゃげた。

 その場に殺到するゴブリンたちを片方に槍、もう片方に金棒を持ち蹂躙する。


 カグラの身体能力を大幅に強化したのは鬼人族の奥の手のひとつでありすこぶる相性が良くすこぶる悪いという相反する二つの顔をもつ伝承技であった。


 体の外に溢れ出るほどの電光は生体電流が増幅されたもの。それによって人体の各所にあるツボを刺激し反射速度を加速、更に自己治癒能力を強化する。近接戦闘を得意とする鬼人族からすれば素晴らしい恩恵であった。


 なぜ相性が悪いのかといえば生体電流を増幅するのに使用されるのが魔力だということ。元々魔力保有量の少ない鬼人族にとっては発動させることすら難しいのだ。現在のカグラの素の魔力であれば発動させることは可能だが維持はもって30秒といったところであろう。だがノブサダからの魔力供与があるおかげで魔力切れになることなく大立ち回りができるのだ。


鬼気輝鱗きききりん』を発動してから千切っては投げ千切っては投げの大立ち回りを繰り返している。されど現状を省みれば焼け石に水。戦場全体から見れば微々たるものだった。カグラ自身もそれを理解しているからこそこう叫んだ。


「この場は下がるのじゃ! 左右両翼、下がって門の前にて食い止めねばならぬ!」


 こんな指示を一冒険者の身であるカグラが出していいはずもない、本来ならば。だがカグラを除いて優勢に魔物と戦えているのは極僅かであり騎士、冒険者共に異論はなかった。


「妾がしんがりを務める! 動けるものは支えあい負傷したものを下がらせるのじゃ! 皆のもの、必ず生き残るぞえ!!」


 オオオオオオオ


 消えかかった蝋燭の最後の灯火のようではあるが皆の目には再度火が灯る。


(妾がこんな発破をかけるようになるとは思ってもおらんかったのぅ。心を許せたものなど両の手で足りるほどじゃったというのにの。人間変われば変わるものじゃ……)


 近づく魔物たちを蹴散らしながらふと笑みがこぼれるカグラ。


(傍から見ればたった一人がこちらに来たとてどうなるものでもないと思うじゃろなぁ。じゃが妾たちには確信がある。主殿が来たらなんとかなると)


 ふふふとほほ笑みながら武器を振るう。ノブサダならばこんな状況でも盤上ごとひっくり返す。そんな確信がなぜかカグラにはあった。


「さあさあ、黄泉路に旅立ちたいものからどんどんかかってくるがよい!」


 かくて戦場には両手に持った得物を振りかぶり一人の修羅が暴威を奮う。皆が後方へと撤退する時間を作るために。










「下がれ! 下がれ!! この場は放棄だ。東門前で全部隊合流して立て直すんだ!」


 怒号と言ってもいい指示が各所に飛ぶ。カグラが居た場所以外でも最後の足掻きともいえる背水の陣を敷くために残った戦力を掻き集めていた。


 だが、半ば魔物の波に飲み込まれかけた冒険者たちは撤退することも困難な状況下である。それでも騎士や盾持ちの冒険者が殿となり仲間を後方へと逃がしていた。


 ジェリンドもその中で決死の覚悟を持って魔物の正面に立塞がる。仲間であるナイナたちは既に先に門の前まで辿り着いていた。だが、彼は他の冒険者たちも無事に下がらせるために体中に傷を作りながら剣を振るう。元騎士としての維持か。それとも冒険者としての矜持か。


 はっきりとした事を言いはしないがその背中は大きく見えたと後にナイナは語る。


 トレードマークであるビシリと決めた髪型は既に大きく崩れ血と汗に塗れていた。盾は元の形から大幅に歪みボコボコにへこんでいる。


「冒険者は力だ。力あってこそ全てを守れるんだ!」


 疲労でともすれば倒れそうな体を気合で動かしオークの首を一閃した。


「ほらっ、下がれよ! 後ろは俺が支えてやる。振り向かずに走れっ!」


 足をもつれさせてしまい取り残されていた魔術師の娘を逃がす為に迫りくるオークの突撃を盾で受け止める。ジェリンドの罵声にも似た指示に若干の怯えを見せつつもコクコクと頷きながら一目散に駆け出した。


「そうだ、それでいい。……そしてお前はさっさと逝っておけよ! バウンドスタッブ!」


 僅かに屈め体中のバネを使い狙いすまして跳びはねるように突き入れた切っ先はオークの顎から脳髄へと到達する。そのまま横薙ぎすればオークは絶命しその体躯は地に落ちた。


「おおおおおおおおおおお!」


 叫ぶ声に挑発を乗せ取り残された連中に追いすがるコボルトたちの注意を己に集める。


 水平に持った盾を鳩尾へと叩きつけうずくまった所を思い切りヤクザキックで蹴り飛ばす。巻き込まれ転がるコボルトの首を鉄製のブーツのかかとで踏み折った。ゴキリと鈍い音が鳴りコボルトは絶命する。

 だがジェリンドは気づいていなかった。コボルトの体の陰に隠れる魔物の存在を。


「次だぁ!」


 そう叫んだ瞬間、白刃が彼を襲う。突き出されたのは槍。小柄な体からは信じられないほどの跳躍力でジェリンド目掛けて飛び出してきたのはドヴェルグ。堕ちたドワーフとも呼ばれるそれはコボルトの影から醜悪な笑みを浮かべつつジェリンドに隙ができるのを窺っていたのだ。


 風を裂く音で気付いた時には槍はもう目の前に迫っていた。反射的に仰け反るジェリンド。飛来した槍は辛先ほどまで顔のあった場所を突き抜ける。辛うじて直撃を避けたもののジェリンドは顎から額に掛けて一直線に切り裂かれていた。


「グアァッ」


 そう、直線状にある左目は槍の餌食となり激痛とともに視界を奪われたことを悟る。それでもアドレナリンがどばどばでているせいか痛みに怯むことなくドヴェルグの首を一刀の元に切り刎ねた。


 しかし、そこで思わず膝をつく。消して少なくない量の血が溢れるように流れそれに伴なう血圧の低下からの立ちくらみであった。懐からポーションを取り出し振り掛け傷口が徐々に塞がっていくも失った血が戻るわけではないので眩暈は治まらない。そして斬られた眼球も元に戻ることはなくその目は光を失っていた。


「くっ、それでも……それでもだ! 命を賭してでも押し留める!」


 ナイナに一緒にまた酒が飲めなくて悪いなと心の中で詫びながらジェリンドは迫りくる魔物の前に立ち上がる。震える膝を無理矢理動かしボロボロの盾を構え……。



 ボゴン!


 それは突然のことだった。ジェリンドまであと少しというところまで近づいてきていた魔物がずっぽりと地面に飲み込まれる。あまりのことに一瞬彼の思考は停止するも何事かと視線を地面へと向けた。


「おいおい、坊主。若ぇ身空でそんなことを言っちゃぁいけねぇ。何より若ぇのはお前さんに期待してるんだからこんなところで死なす訳にゃあいかねぇや」


 土の中から珍妙なナマモノがぬうっと顔を出し手を振っていたのだ。あまりのことに幻覚でも見ているのかと自分の頭を疑ったがよくよく見れば和泉屋にてちらりと目にしたことがある気がする。最も喋るとなると知性ある魔物なはずでありそれがあそこに生息しているというのは色々と問題がある気が……と戦場にあってそれを忘れるほどの衝撃をうけているようだ。


「それにその傷は放っておいていいもんじゃあねぇぜ。野郎共、坊主を運んでいきな!」


「「サーイエッサー」」


 素敵ナマ物がそう声を掛けるとジェリンドの背後から声がする。彼らは気配を感じさせない動きで手際よくジェリンドを担ぎ上げた。


 縞模様の緑の服で統一された彼らはこの戦場において突如現れ傷ついたものたちをいつの間にか治療所まで運ぶという行動を繰り返していた。統一されたマスクが非常に妖しさをかもし出している。時折彼らに指示を出すナマモノが確認されていることから誰が呼んだか『わかもとマスクドメロン部隊』の呼名がついている。


 実のところ彼らの行動は元々和泉屋へと忍び込んだ犯罪者のせんの……教育の結果だったりする。潜入任務が得意であり素早さもあるシーフなどが主体で構成されておりツーマンセルによる救助活動の指示をわかもとサンから受けている。因みにトレードマークの服などはわかもとサンの個人資金から出されていた。主な収入源はわかもとサンの漬け汁をノブサダに売却して稼いでいる。


「まてっ、俺はまだやれる!」


「坊主、ここで無理して死んだら悲しむ人がいるんだろう? それにほれ、そろそろ本命がやってくる」


 わかもとサンの一言で言葉に詰まるジェリンド。そして指し示されたのは東の空。そこになにがあるのか? 片目で凝視するも小さく見えるのは遠くにいる空中の魔物だけ。


 いや、その魔物が何かに叩き落されている!? 思わず己の残った目を擦った時、戦場に爆音が響き渡った!


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドゴーン


 魔物のいる後方から順に多数の弾け飛ぶ火球が視認されていた。同時に魔物の体が爆発四散しぽっかりと巨大な空白が生まれている。


 キイイイイイン


 空からつんざくような飛行音が東より聞こえてきた。


「アァァァァァァァァトラクショォォォォォォォン!!」


 空中から誰かが叫ぶ声がする。その声と同時に下がることのできなかった冒険者たちの体が何かに引っ張られるかのように宙を舞う。そのまま外壁まで一気に引かれふわりと地面へと降ろされた。突然のことに魔物の新しい攻撃かと疑うものが続出するほどだ。


「リパルション!!!」


 門の近くまで押し込んでいた魔物たちが先ほどの冒険者たちとは真逆でその場から引き剥がされるかのように乱暴に後方へと弾き飛ばされた。グラマダ東門の前は先ほどまでと打って変わりぽっかりと空白地帯が広がる。


 誰かが気付く。グラマダの上空、地面のないそこにひとつの姿があることを。


「鳥か!?」


「魔物か!?」


「ちゃう、あれは!」


 空中で腕を組み仁王立ちする黒髪の男。溢れ出る魔力をもはや隠すことなく魔物を威圧するように発しながら睨みつけていた。


「ノブ君や!」「主殿じゃ!」


 フツノとカグラが声を揃えて彼を呼ぶ。それに応えるかのように声を張り上げ詠唱を開始するノブサダ。


「我は創り上げる。大地より生み出されし魔を阻む巨大な防壁を! 万里に届け、せり上がれ! 『万里守護防壁ガーディアンウォール』!」


 練り上げられた魔力が解き放たれ地震にも似た揺れがその場に起こる。次の瞬間、冒険者たちの目と鼻の先から厚さ1メートルはあろうかという石壁が外壁を越えるほどの高さへとせり上がった。しかもその長さたるや遠目に見ても終わりが見えない。グラマダの東門前を除きUの字に数キロの距離にまでそれは及んでいた。 


 創り上げられた石壁の上に降り立ったノブサダ。


「親しき友を! 大切な家族を! 愛する妻を護るため! グラマダよ! 私は帰ってきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 右手を跳ね上げそう宣言すればあまりのことに言葉を失っていた一同も我に返る。たった一人きりの援軍。されど伝説上の英雄の如き凄まじき魔法を行使する彼の到着に一縷の望みを見出し釣られるように声を張り上げる。


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 グラマダ防衛戦三日目。事態は終盤へと差しかかろうとしていた。


【悲報】アガトーさん【あの台詞は言えません】


使っちゃったしね。

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