第189話 グラマダ防衛戦①
地平の先に見えるのは魔物の群れ。まだ距離があるからかゆっくりとこちらへ向かってくるのだがそれが尚更恐怖心を煽っていた。皆一様に黙り込んでおり構える武器が震えているのは体の震えが伝わったものだったがそれに気付く余裕さえない。
パアアアアアアアアン
両手をあわせ打つ音が一面に響き渡る。皆が皆その発信源に対して意識を向けた。そこに陣取るのはグラマダ防衛最高責任者に就任している老境に差し掛かった男。ピッチリとした黒い革の服に身を包んだ筋骨隆々のその人は目視できる魔物の群れにも一切の恐怖を感じていないどころか嬉々とした表情を浮かべている。
「戦いが始まる前から相手に飲み込まれておるでない! 儂らの背にはグラマダの民の命が掛かっておる。じゃが皆の命を散らして護れと言うておるのではないぞ! 死ぬ気で魔物を倒せ! 死ぬ気で生きろ! 矛盾している? 細けぇこたぁいいんじゃよ! 生き残れば相応の恩賞がでるじゃろう。行きつけの飲み屋の娘さんが惚れてくれるかもしれん。共に戦った戦友同士で愛が芽生えるやもしれん。お主等の未来は定まっておらぬ。どんなに足掻いてでもそれらを手繰り寄せるんじゃ!」
「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」」
非常に俗物的な発破ではあるが聞いているのは冒険者が主な構成である。学の無い者でも分かり易く、そしてシンプルが故に心を掴んだ。
「それとだ。今回はギルドカードが決戦仕様になっておる。大まかに倒した魔物の数をざっくばらんにカウントしていくだけじゃがな。そこでここでお主等がやる気を上げるためにいいことを教えてやろう。最も多く魔物を屠ったものには冒険者ギルドが出来うる限りの願い事を叶えてやるとギルドマスターが言っておる。無論、儂らを除外した中でじゃ。さぁ、気張って仕留めて来い!!」
「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」」
マトゥダからまさかのサプライズにさらに沸き立つ冒険者達。
だがそれとは正反対に影を落とした顔のアミラルがマトゥダに詰め寄った。
「お、おい、マトゥダ、勝手にそんなこと……」
「もう遅いわい。少しでも餌をぶら下げておかんと士気も保てまいて。いざとなったら儂の私財も使って構わんよ。無一文になってもさして困らんしの」
「相変わらず計画性のない……。しかも我々が倒したのは関係なしかね。やれやれ、一体どんな無茶な要求が来るやら」
「だから可能な限りと言っておいたじゃろ。出来んものは出来んと開き直ればいい。いざとなったら拳で黙らすわい」
ぐっと握り締められた子供の頭ほどもある拳を突き出しながらこともなげにそう言いのける悪友にため息を隠せないアミラル。根が真面目なだけにマトゥダの無茶をカバーしてきた回数は数知れない。
そんなアミラルの憂鬱をよそに士気の上がった冒険者の面々は気合の入った顔で迫りくる魔物を待ち各々武具を握り締めていた。
「魔法兵! 詠唱開始!!」
隊長の掛け声にあわせて魔法兵の第一陣が外壁の上にて詠唱を始める。紡ぎ出される詠唱とともに各員の魔力が凝縮され形取られていく。
ザッザッザッザッ
魔物の歩みは止まらない。一歩また一歩と近づくその姿は恐怖心を加速させるであろう。感情を押し殺し今か今かと発動を待つ。効果範囲内に入ったその時、隊長より号令が走る。
「一斉に、ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
ファイアストーム、ファイアウォール、ウィンドストーム、ウィンドウォールが多重に発動され風は火を煽り吹き上がる巨大な壁となり魔物の行く手を塞ぎ更にはその体を朱に染め上げた。のた打ち回る個体がいる中、その屍を越え炎に包まれつつもその進撃は止まらない。燃え盛る紅蓮の壁を突っ切って一匹、二匹と効果範囲を抜け出す。だがそれにあわせて弓兵からの掃射が放たれた。空中より迫り突き刺さる矢は魔物をヤマアラシのような姿へと変えた。
しかし、それでも止まらぬものがある。それら掻い潜ったものたちと剣を携え構える冒険者や騎士達との戦いが始まった。
ザンッ
煌く片手剣がゴブリンを一刀の元に屠り去る。寄せてくるその群れを盾で押し返しつつ次々切り伏せるその姿は背後に護られるものからすれば心強いものだろう。
「おらぁ! 次だ! ここは絶対に通さん。意地でもな!!」
「ジェリンド! 前へ出すぎだよ! その場を維持するんだ」
「あいよ! ナイナ、隣は任せたぜ!」
「ったく、成長したようなそうでないような。まぁ、こいつが終わったらいい酒が飲めそうだからよしとしようかね」
ナイナがジェリンドの横に並び立ち鉈や斬馬刀にも似た片刃の剣を振るう。彼らの装備している武器はノブサダより贈られた特注品でそれなりに自重した付与魔法がかけられている。だがそれでも十分に魔力は込められていた。後ろで二人を補助する仲間のものも同様の品でありそれらを手にグラマダを守るべく意志を固めていた。
「空中の敵は魔法で迎撃するんだ! 弓を使うと下の冒険者を巻き込む恐れがある!」
騎士団の中から指示が飛び各部隊に伝わる。それを確認したあとその指示を出した騎士は部下の一団を引きつれ左翼より飛び出した。
「第一部隊は左から回って切り込むぞ! テムロ、出るっ!!」
手に持つ片手用のジャベリンにモーニングスターである『流星』の柄を接続し一振りすれば馬上でも使える長さの槍と化す。それを手に愛馬を駆り魔物の波の側面へと回り込んだ。一瞬の観察の後、僅かに広がる切れ目を狙いすまし突撃の指示をかける。
「いいか、後ろにも目があるつもりで駆け抜けろ! 逡巡すればそれだけ死が近づく。アルエクス、行くぞ!」
愛馬を鼓舞しテムロは戦場を駆け抜ける。そして彼を先頭に白い鎧で固められた一団が側面より一気に突き刺さった。
「見えた! そこぉ!!」
その槍が振るわれる度に複数の魔物の首が舞い飛び戦場に転がっていく。時折、彼に向かけて狙いを定めた魔法は放たれる前からその存在を確認し石突の部分に当たる鉄球部分で消し飛ばす。避けてもいいのだが背後の誰かに当たらぬように消し去るというくらい余裕を持っての行動である。
その一団は流れる滝の如く魔物を蹂躙しながら右手まで突っ切っていった。無謀かと思われる突撃に対して死者ゼロ、負った傷はかすり傷程度。
「一旦離脱! タイミングを見計らって再び切り込むぞ!」
白き一団は一撃離脱を繰り返し魔物が勢いづかないよう切り崩しを仕掛けていた。そのおかげで隊列の組み替えや負傷者の運び出しなどを行なう時間が取れていたのである。
しかし、それを行なったテムロの顔色は冴えない。漠然とした感覚ではあるが何者かの存在を感じていた。
「誰だ? 誰かがこちらを見ている……」
戦いは騎士・冒険者たちだけのものではなかった。門の前、仮設の治療所で各神殿から派遣された神官たちが次々運び込まれてくる負傷者相手に奮闘している。
「神官様、負傷者がまた運び込まれてきました」
「分かりました。負傷の度合いで布を巻いておいてください。命に関わるものは赤いものを次点のものは黄色を軽症ならポーションを使って代用を。酷いものから順に治療します!」
「「「はっ」」」
ノブサダから話に聞いていた識別救急の考えを各神殿に説明しこの治療部隊の代表に抜擢されていたのはなんとレベリット神殿神官であるベルだった。普段の頼りなさそうな印象はどこへやら目を背けたくなるような惨状にも負けずに指示を出している。この数ヶ月で彼も大きく変わっていた。
ここへ来る前、彼が担当する治療院に来る奥様やご老体の話で皆の子供や孫もこの防衛戦に参加すると知っていたのだ。それが誰かは判別できないが少しでも被害を減らし常日頃からお世話になっている皆の幸せを守るべく力を尽くすと誓っていた。ここがベルの戦場なのだ。
そんな彼の姿勢は他の神殿のものたちにも伝播しその士気は高い。治療の速度も上がり軽傷のものは大量に準備されているポーションのおかげもあり次々に戦線へと復帰していった。
「ふおおおお、改心せし我らの一撃を喰らうがいい」
振るわれる手刀は魔物の首を切り落とす。理屈で説明はつかないのだがギャザンは手刀で短剣のウェポンスキルを使用可能のようである。その抜き手は魔物の心臓を貫き、時には未だ脈を打つ心筋を掴みだすとグシャリと握りつぶした。鈍重に見える筋肉の塊だが目で追えば姿が霞むほどの速度で次々と魔物を屠っていく。改心したとはいえ単に矛先が人から魔物へ向いただけのような気がするのはなぜだろうか。
同様にバスコームは投石で射撃のウェポンスキルを行使していた。
「シッコロ。次々作り出すがいい。はぁっはぁ、唸れ筋肉。喰らえDIEリーグ投石1号!!」
シッコロの魔法で次々作り出される手の平大の石を投げつける度に魔物の頭が破裂したように弾け飛ぶ。足から腰、腰から肩、肩から腕と捻る力をしなやかに流し渾身の力で石弾を投げ出していく。時折、カーブしたり急降下したりぶれて複数に見えたりと多彩な変化が加えられているため避けることが非常に困難になっている。唸りを上げる豪腕は疲れることを知らず弾丸もかくやという投石が次々と放たれていた。
山盛りの石弾を作り出した後、シッコロは独自の魔法を詠唱する。
「大地よ呼応せよ! シッコロ・パルティムスの名において命ずる。現れ出でて我が眼前に広がる愚かなる者達へと筋肉の鉄槌を下せ! 顕現せよ! 地王!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、ムッキィィィィン
轟音を上げ大地が盛り上がりゴーレムらしきものを形どる。その大きさは以前のものよりも縮小し2メートル弱。更にその姿はとんでもなく変化していた。以前は無骨なゴーレムのようだったその体は引き締まった筋肉のように流線型となり細マッチョになっていた。
「墜ちろ、トンボォ!」
同時に駆け出した主従は昆虫型の魔物へ左右の腕を合わせてのツインラリアットをぶちかます。次いで側にいたゴブリンへと主従同時にパワーボム。深々とその体を地面へとめり込ませた後、間に残っていたコボルトへと互いの腕を交差するようにラリアットをぶつけた。ポーーーンと首が千切れ飛びその体から血飛沫が噴水のように吹き上がる。
それが終わったところでゴーレムはザラっと土へと戻った。動きが機敏になった分だけ消費魔力が増えたようで維持するのも大変なようである。先の読めない戦いだけにオンオフの切り替えをこまめにしているのだろう。
それにしても魔導師とはなんなのだろうと悩んでしまいそうな脳筋と化してしまっていた。ヤスゥーダブートキャンプ、心身ともに恐るべき進化(?)を遂げる代物である。もはや彼らに理屈は通じないのかもしれない。
△▼△▼△
グラマダから遠く離れた遠い丘の上で腕を組み佇む赤いローブの男がいる。
「いよいよ始まったか……くはは、いい、いいねぇ。面白いように踊れ。精々楽しませて貰おう」
その丘からは魔物も人も通常ならばゴマ粒程度にしか見えないのだが男にはその様子が手に取るように見えているようだ。それはもう愉快な演劇でも見るかのように楽しげである。
「……サーシェス長官。緊急連絡用の伝令玉が発動し至急王都へ戻るよう指示が出ています」
すぅっといつのまにか白面を被った男が赤ローブの男の前に跪いていた。
「何だと!?」
「どうやら王都にて異変があった模様。ディレン閣下から直々の帰還命令です」
見る見るうちに不機嫌になっていくサーシェス。まるで玩具を取り上げられた子供のようである。
「ちぃ、一体何をやらかしたんだぁあの宰相サマはよ。ったく御大将の話じゃ有能だって話だったはずなんだがなぁ。エリートってな意外なことに弱いのかね。いや、寧ろアレの影響か……?」
鼻の頭を親指で抑えつつ深く考え込む。
「仕方がないか。ここまで持ってこれば少なくともグラマダの戦力は消耗させられるだろう。異常な連中がいるだけに俺が離れる分、完璧とはいかなそうだがな……」
自分の上司だというのに酷い言い様である。上層部への痛烈な批判をしているのだが跪く白面は微動だにしていない。
「今すぐに戻る。お前は事の顛末を見届けてから戻って来い」
「ハッ」
「くくく、故郷がボロボロになる様をな。お前は今回唯一の適合体だ。心を追い詰め潰し壊し砕いて使いやすいようにしないとなぁ、はははは」
邪悪な高笑いを上げ跪く白面を一瞥したサーシェスは懐から手の平ほどの大きさの魂石らしきものを取り出した。それは加工され魔道具となっている。それに魔力を通せば魂石内部に火が灯った様に輝いていく。橙色の粒子が溢れ出しそれはサーシェスの体を包み込んでいった。それが全身を覆ったその瞬間、サーシェスの体はフシュンと消え去る。
残った白面は微動だにせず遠くのグラマダの様子を見つめていた。その首には太陽の光を鈍く反射する金属製の首輪がつけられている。
面がある為にその表情は読めないが一体何を思っているのだろうか……。
~本日の逸品~
砕刺斬槍『流星』
品質:国宝級 封入魔力:143/143
付与:『消魔』
連邦で極秘裏に開発されていた魔法武器。試作78本目にしてやっと成功した魔法を消しさる力を付与された武器。だがその取り扱いの特殊性と発動するタイミングが非常にシビアなことから使いこなせるものが皆無であり研究所の倉庫で死蔵されていた。その後、連邦国内を荒らしまわった盗賊『ナナーミ』がこちらの倉庫に押し入ったことで裏の市場に流れ紆余曲折を経てテムロの手に渡ることとなる。
通常は片手槍とモーニングスターに分離しているが本来の姿は接続して伸びた槍。分離した場合、付与の力を使えるのはモーニングスターのほうだけ。ちなみにメンテナンスはテムロ本人が行なっている。




