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新説・のぶさん異世界記  作者: ことぶきわたる
第八章 グラマダ動乱
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第186話 動乱の始まり②

第185話


「ぜっは、ぜっはぁ。兄者、もうすぐだわいの」


「うむ、そうだな。弟者」


「それにしてもあやつらはおそ『ゴスン』……」


 不意に弟者の声が途切れる。不思議に思って隣を見やればこめかみのあたりからなにか突き出ていた。弟者、いつのまにそんなアクセサリーとつけていたのかと言葉に出そうとした瞬間、ぐらりとその大きな体が前のめりに倒れる。


「弟者!? おまっ『ゴスン』……」


 そんな我の意識も突然の衝撃に途切れることになる。薄れ行く意識の中、なにか白いものが覗き込んでいるような気がした。ああ、ときがみえりゅ……。










 走ると歩くを繰り返しながら進む俺たちはグラマダがもうすぐというところまで迫っていた。よく採取場所として使われるこの小さな森の間道を抜ければ目的地まではほんの僅かだ。もう、やつらは着いているころだろう。早けりゃそれにこしたことはないんだろうが辿り着けなきゃ仕方がない。俺らの能力を考えりゃこの進み方がベストなんだからしゃあない。遅れたのを説明すんのは手馴れたもんだがこの相方が落ち込むだろうなと思いつつ歩を進める。根が真面目だから思いつめなきゃいいんだがな。


「よし、あとはあそこの森を抜ければグラマダだ」


「そうだね。彼らはもう着いている頃かな? 御免ね、ボクが足手まといになったから……」


「気にすんな。俺だって一人じゃとっくに足が止まってる。お前がいるとケツを蹴り上げられそうだからなんとか走ってこれたんだぜ?」


「むううう」


 膨れっ面をあやしながらも尚小走りで進む俺たち。

 そんな俺たちの目の前に転がる黒い物体が目に入る。並んで倒れているのは……やはりあいつらか。見間違いであって欲しかったが。


「おいおい、なんでこいつらが揃って倒れ……ルイス、しゃがめ!!」


 俺の声に反応できずに戸惑うルイスの頭を掴み強引に地面に伏せさせる。先ほどまで俺たちの頭があった場所を何かが通り過ぎていった。愛用の剣を抜き構え息を整える。


 あの二人の頭に刃物が突き立っていることから咄嗟に屈ませたのは間違いじゃなかった。かさりと木陰の草が揺れたと思えば仮面をした奴らが二人いつのまにかその場にいる。ああ、嫌だねぇ。明らかに強そうじゃないか。一人と相対しても勝てるかどうかって感じに思えるな。


「ルイス。俺の合図と共に一気にグラマダまで走り抜けろ、いいな?」


「ちょっと待ってよ。なんでボクだけ」


「声を大きくするな。いいからいけ。俺が残りゃ少しは時間が稼げる。逆ならそうはいかないだろう。なぁにお前さんが救援呼んできてくれるまではなんとか持たせるさ。俺がしぶといのは知っているだろ?」


 涙を滲ませながらも不承不承頷くルイス。よしよし、いい女だ。


「よし行け! 後ろを振り返るな!!」


 その合図と共に一気に駆け出すルイス。仮面たちもそれにあわせて動こうとする。だがそうは問屋がおろさんのよ。バッグから俺は小さな玉を取り出し地面へ叩きつけた。和泉屋印の防犯グッズ。試作品を譲ってもらったんだがこんなところで役にたつとはな。


 パアアアアアアアン


 小さな炸裂音とともに閃光が辺りを覆う。仮面に隠れているとはいえ目を眩ませるにゃ十分だろうさ。


「おおおおおりゃああああああ」


 気合一閃、大きくよろめいているほうへ渾身の一撃をお見舞いする。左手を肩口から大きく切り裂き手に持っていた得物を取り落とす程度の手傷を与えることに成功。だが今のって背中を完全にとらえたと思ったんだがな。予想以上にいい動きをしていやがる。


「さぁさぁご両人。あいつに追いつきたきゃ俺を倒してからにしてもらおうかぁ!!」


 大きく吼えながら挑発をぶちかます。仮面越しでも忌々しげな視線ははっきりと感じ取れるもんだなとどうでもいいことを考えれるくらいは俺も落ち着いているってことでいいのかね。






 ◆◆◆






 息を切らせながらも走り出したルイス。森の街道を抜け小さくだがグラマダの外壁が視界に入る。


(急がないと! すぐにカイルに援軍を出してもらわなきゃ!)


 足がもつれそうになるほど体は疲弊しているが精神がそれを凌駕していた。だが状況は無慈悲にもただグラマダへと向かうことを許してはくれない。


(何か……くる!?)


 背後をちらりと振り向けばそこにはもう一人の白面が追いすがろうとしている。


「ひっ!」


 思わず声が出てしまう。思わず前のめりに倒れてしまいそうになるも足を踏み出し持ちこたえそのまま一心不乱に走り続けた。無論、最早背後など見もせずに。


(逃げなきゃ! 逃げ切らなきゃ! カイルが自分の身を挺して足止めしてくれたのに!!)


 だが無常にも白面のほうが速いようで徐々にその差は縮まっていた。


(早く早く早く! 動いてよ、私の足!!)


 どこかでなにかを振りかぶったような音がするも最早なりふり構ってなどいられなかった。


 ハッハッハッハッ





 グシャアァァァァァァァ


 何かが砕け散る鈍い音がその場に響いた。





 ◇◇◇







 一人は両手に両刃の短剣のようなものを持ちもう一人は片刃の少し短めな片手剣か。無事なほうの手で既に剣を拾い上げていた。左手に片手剣を持ちながら視線を逸らさぬように重心を下げて構える。


 ヒュオっと一足飛びに駆け抜けてくる片刃の仮面。首を切断するべく振るわれた刃を屈んで避けつつウェポンスキルであるアナザースラッシュで反撃しようとするも背後から重なるように攻撃してこようとする両刃の仮面の気配を感じて横っ飛びして回避する。


 ああ、非常に面倒な戦い方をしやがる。なんとか引き離して各個撃破が理想なんだが着かず離れずでいられると厄介だ。このまま戦えば十中八九望ましくない結末になると頭の中で組み立てた俺は覚悟を決めて腰のポシェットに入れておいた小瓶を取り出した。


 とある人物から渡されたこの小瓶。使った後酷い目にあうから最終手段だと警告を受けていたが今こそ使うときだろう。くいっと一気に飲み干し……溢れ出る力で目の前の敵へと駆け寄った。


 いきなり俺が攻勢にでたのと予想以上の力を出し始めたことで仮面の二人は若干の戸惑いを見せる。その隙、有効に使わせてもらおう!


 左手の片手剣を真っ直ぐに構え引き絞られた弓から放たれる矢の如く真っ直ぐに片刃の仮面へと突き立てる。その刃は心臓の辺りへ深々と突き刺さった。同時に俺の関節部分から痛みと共に悲鳴が上がる。実力を超えた動きに筋肉がぶちぶちと切れ始めている感覚がしていた。


 ふうふうと懸命に痛みを我慢して残りの両刃の仮面へと向き直……っていねぇ。どこへいきやがったと思った瞬間、森の中から投げナイフが飛んでくる。片手剣で弾き飛ばすもやつの姿は捉えられん。まずいな、咄嗟の判断だがあいつの勘はとんでもなく当を得ている。今の俺に一番きついのは持久戦だ。薬の効果時間はあと少し。それが切れれば無理矢理動かしているこの体は崩れ落ちるだろう。


 時間にしてほんの僅かの刹那。だがそれは俺には何時間にも及ぶ苦行のように感じられた。そして、ついに痛みに耐えかね膝を折る。


 ヒュオッ


 その時風を切る様な音がした。それに反応するかのように片手剣をその方向へと投げつける。


 ザクッという肉へ刃物が突き刺さる音が二重に重なって聞こえた気がする。両刃の短剣は深々と俺の右胸へと突き刺さっていた。その勢いに押されるがまま俺は背中から地面へと倒れる。同じ頃、少し離れた場所から似たような音が聞こえた気がするが薄れ行く意識ではそれが何か捉えることはできなかった。












「知らない天井だ……」


 気付けば見知らぬ場所で寝かされていた。どうやら手当てしてあるようでなんとか命は繋いでいるようだった。だが体を僅かに動かしただけで激痛が俺の体を襲う。


 ノブサダから貰った試作の薬『本気(マジ)狩るドーピング28号』ってやつの効果は絶大だった。一時的にだが肉体が持つ限界の枷を外し無理矢理使えるようにするとか言っていたが副作用が強すぎて駄目だなこりゃ。僅かな時間使っただけでこの様だもんさ。


 それにしてもここはどこだ? 衛兵隊の詰め所とかそういった場所じゃないようだが……。



「あらぁ。目が覚めたのねぇ。お加減はどうかしらぁ」


 不意に声が掛かったと思えばそこには白衣を着た美女がいた。モノクルをかけた青髪の彼女は……ってノブサダの嫁さんじゃねぇか。ということはここはあいつの家か? なんでここに運び込まれてんだ、俺は。


 その疑問に溢れた表情で悟ったのかノブサダの嫁さん―たしかセフィさんだったか―はゆっくりと話し始めた。


「えぇとね、アナタがここで治療されていたのには理由があってぇ最後にアナタが飲んだ試作の薬品があるでしょ? アレの副作用で神聖魔法なんかが効かない状態だったのよぉ。たまたま本所に薬を卸しにいった私が事情を聞いてこっちに運び込むよう手配したの。ノブちゃんからもしもに備えて中和剤を預かってたからぁ」


 なるほど。どんだけ危険な薬を軽~く手渡してくれたんだ、あいつは! そのおかげで生きてるのも確かなんだがな。


 セフィさんの話ではルイスが駆け込んですぐに俺への救援と防壁への斥候を走らせたらしい。そして見つけたのは倒れ伏した仮面の男二人と息も絶え絶えな俺だった。急ぎ衛兵隊本所へと運び込まれたのだが魔法もポーションも効果を成さないことに一同諦めかけていたようだ。


 そこへたまたま彼女がいたことで一命を取り留めたそうである。中和剤を振りかけ更にポーションを惜しげもなく使ってくれたそうだ。彼女曰く「ノブちゃんのお友達だもの。助けれないときっと後悔するからお金なんて気にしちゃいけないのよぉ」ってことらしい。ったくアイツはいい嫁さんもらったよなぁとため息を少しだけ漏らしたのは仕方ないだろう。


 それともう一つ。衝撃的なことを教えてくれた。薬を使ったこととその後の怪我と失血から以前のようには動けなくなる可能性があると言いにくそうだったが伝えてもらえた。言われて体の違和感の原因がはっきりと分る。何となく漠然とだがもうまともに戦えないような気はしていたんだよな。


 最後に気に掛かっていた報告はちゃんとできたのか、あの後残った皆がどうなったかを聞こうとした時だった。タタタっと何かが駆けて来る音がする。


「セフィロトさん、カイルの様子はどうですか!」


 そこには普段着のルイスの姿があった。そういやこいつの普段着って見たことなかったなぁと思いつつ首だけ上げつつ「いょう」と声をかける。


 それに反応してがばりと俺へと突進してきた。あだだだだだ。まてっルイス、死ぬ、死んでまう!


 声にならぬ叫びを上げ口から泡を吹きつつ必死に訴えかけたところでルイスは己が仕出かしていることに気付いたのだろう。力を緩ませこちらを見つめてくる。ちなみにセフィさんは後はお若いもの同士でと言わんばかりに微笑みながらそそくさとこの場を後にしていた。


「心配したんだからっ。ボクを逃がすためにカイルが死んだらどうしようもないんだからねっ。瀕死の状態で戻ってきてどれだけ心配したとっ、うううあああああ」


 胸に顔を埋めて泣きじゃくる。すっごく痛いが声を出さずに我慢するのは男の甲斐性だ。痛む手をぽふんと頭にのせてゆっくりと撫でてやる。泣きながら俺たちを送り出した後にソウ部隊長たちが一人残らず殉職したことをぽつりぽつりと話してくれた。


 それと俺がこいつを逃がしたがもう一人潜んでいたようで死ぬような思いをしたらしい。だがたまたま通りかかった冒険者達に助けられたようだ。追っ手はその冒険者が投げつけた物に頭を砕かれ絶命したらしいが……。ルイスが持ち上げられない鉄の鈍器……ダンベルって言うらしいがよく放り投げられたな。


 結局、生き残ったのは自分だけだと落ち込んでいたところに瀕死の俺が回収されてきたらしい。こいつが感情的になっても仕方ないか。なんにせよルイスが助かって良かった。俺の判断ミスだわな。ったく凹むわ。


 部隊長達は覚悟の上で戦ったんだろうしその死を悼む気持ちもある。それでも俺は生き残れたことに安堵していた。俺まで死んでいたらこいつがどうなるか分かったもんじゃないしな。


 それとあの白い面に関しては口外無用とのお達しがあったらしい。ルイスにも何がなんだか分からないようだがなんとなく上層部ではその正体が何かある程度見通しがたっているんじゃないかという感じがする。



 やがて落ち着いて今の自分の状況を省みて顔を真っ赤にするルイス。


「御免ね。カイルには恋人もいるのに、こんなことして」


 ん? なんで今そうなる? 思わず首を傾げてしまうとルイスも反応に困ってしまっている。


「ジョイナさんと付き合ってるんでしょ?」


 それって北の部隊にいたあの黒い大女さんのことか? たしか一方的に付き合ってあげてもよろしくてよとか言われた記憶はあるが丁重にお断りしたんだけれどもな。


「いや、付き合ってないよ。ちょっと俺には勿体無いようなひとだったから丁重にお断りしたはずだが」


「そ、そうなの!?」


 衝撃的だったのか目を丸くするルイス。そんな様子がとても愛おしい。なんつうか気持ちが落ち着いてほっこりするな、こいつといると。ああ、なんだ。こんなところにいたじゃないかいい女が。ノブサダが言ってたことが少しだけ分かったような気がする。そのままギュっとルイスを抱きしめると耳元で囁いてやる。


「なぁルイス」


「ひゃ、ひゃい!?」


「結婚しようか。俺、お前のことが大好きみたい」


 突然のことに目を白黒させた後、ボフンと湯気が上がりそうなほど真っ赤になる。あわわわわとじたばたするも僅かな逡巡のあとに消えいりそうな声で返事をくれた。


「はい、不束者ですがずっと傍にいたいでしゅ」


 最後まで噛んでしまうそんなところすら愛おしい。やばいわ、俺かなりやられている。


 さっさと傷を癒したら働き口を探さないといかんなぁ。この体の状態じゃ戦闘は無理そうだから衛兵は務まらないだろう。幸い貯えならあるから一年くらいは無職でもなんとかなるが奥さん迎えるのに無職じゃ様にならん。帳簿付けなら総隊長に押し付けられていくらかできるから多少は働き口があるだろうさ。まぁこれから起こるであろうダンジョンの氾濫を生き残ってからだな。取りあえずはしっかり休んで英気を養おうか。

ベンヌとジョンソンはドーピングにより失格となりました。

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