第179話 追うもの、待つもの
さーーーーーーー
日も明けきらぬ頃、昨日までの晴天が嘘のように霧に覆われた王都。
ざわ ざわ ざわ ざわ
その王都の西門から一際異彩を放つ部隊が今出撃しようとしていた。その数、100名ほど。二匹の馬に引かれて行く荷台には鉄の檻で囲まれており手に持つ武器は手入れが行き届いているどころか所々錆びているものがありその色も赤黒い。血糊が付きカピカピに乾ききっており錆も含めてこれで切り付けられれば破傷風やその他の感染症になる確率ははね上がるだろう。射程や強度を度外視すればある意味とんでもない武器である。
それを装備している半数ほどは獣人や魔族と蔑まれるものたち。ある者は耳がある者は尻尾がある者は翼や角が切り落とされ痛々しい跡として残っている。その目には覇気が無く虚ろで虚空を見つめていた。胸に刻まれた奴隷紋によって感情すら封じられているのだ。今の彼らは部隊の指揮を執る正規兵の命令を聞くだけの人形のようなものである。
残りの半数は見るからに荒くれた普人族。所謂、犯罪奴隷というものたちである。ある程度制限は掛けているが彼らは感情などはそのまま残っていた。彼らには任務遂行すれば恩赦が与えられると伝えられているため士気はそれなりに高かった。
ぬかるんできた道をかの部隊はひた走る。通常の行軍では考えられない速度で休憩もとることなくだ。奴隷達を引く馬も特別な調整がされていた。心肺機能などを薬物で限界まで強化し目標へと追いつくための片道切符でがあるが……。正規兵のみが知っていることだが帰りは彼らだけの予定なので問題はないのだ。
二日間僅かな休憩のみでひた走り辿り着いた村で一度大きく休みをとる一行。
「隊長。宿の主からの情報から推測するに一両日中には追いつけそうです」
「うむ、奴隷の連中にもある程度の食料を振舞っておけ。いよいよ、暴れさせるのだからな」
「はっ」
部下へと命じたあと武具の手入れをする隊長。その間もしとしとと雨は降り続いていた。
ぐちゃぐちゃと馬に引かれる馬車の車輪が嫌な音を立てて進んでいく。すると軽く揺れがあったと思えばズズズンと何かが崩れ落ちるような音が前方より木霊する。
部隊は一時停止。隊長は前方の様子を探るべく斥候を放った。たしかここより先は谷間を下っていく渓谷があったはずである。周囲が小高い丘のため迂回する道がない為、どうしても通らねばならぬ道だ。
数分後、斥候が戻り報告を受けた隊長は眉をしかめた。
「土砂崩れだと!?」
「はっ、この先の峡谷の両脇より崩れ落ちておりこのままでは通り抜けるのは不可能です。土砂の高さは私の身長を超えておりました」
「迂回路がない以上撤去するしかあるまい。奴隷共を檻から出し作業を急がせよ! こうしている間にも目標は先んじておるのだからな」
「「「はっ!!」」」
部下達が順次檻の鍵を開けていく。指示を与えるまではまったく動きもしなかった者たちが指示を与えた途端ロボットのように順々に動き出した。ぞろぞろと動き出した奴隷達が錆びた大剣をスコップ代わりに土砂を掻き出しボロ布と棒の切れ端を使った簡易の籠モドキで運び出していく。
そんな中も雨は尚降り続く。それどころか雨足は次第に強まりしとしとからザーっと音をたてて肌を打ちつけていた。泥濘が足元をおぼつかなくさせるほどに振った頃、突如後方から大きな音が響き渡る。轟音を上げ崩れ落ちる土砂。後方がまったく見えなくなるほどに積みあがり完全に埋まってしまっていた。
「なっ! これは不味いぞ。急げ! これ以上崩れる前に進まねばならん!」
「はっ」
100人からがせっせと濡れた泥と化した土砂を掻き出す。その重さはどんどん増していき皆々に疲労が蓄積されていく。どれだけ疲れていようとも奴隷紋のせいで逆らうこともできず只ひたすらに手足を動かしていた。
ズノン!
この場で魔法を使えるものがいればその異常に気付いただろう。いや、正確にはいるのだが奴隷紋のせいで反応できずにいた。周囲一体の魔素が途轍もない勢いで一点に集中したかと思えば弾ける様に魔法が行使されたのだ。
変化は唐突に訪れた。
奴隷の一人が足を踏み込んだ瞬間、ズポンと胸の辺りまで地面へと沈み込んだのである。両手まで沈んだ後、身動きの一つも取れないでいた。そんな状態でも命令を遂行すべく必死に身じろぎしている。
それは次々と伝播し当たり一面胸まで沈んだ者達ばかりになっていた。なにせ後ずさりしただけでも同様に沈むのである。隊長を含め正規兵も例外ではなく皆とともに泥の中にいた。
「一体これはなんなんだぁぁぁぁ」
思わず叫んでしまったがそれに答えるものは……真上より降り立った。
◆◆◆
おーおー、ぞろぞろと連れて来てまぁ。姿を隠しつつ真上から眺めているがまるで蟻の様にひたすら愚直に撤去作業を繰り返しているな。
「ノブサダ様、後続はいないようです」
スタンと小脇に跪くフミたん。しゅるんと翼が背中に引っ込みどういった原理か分からないが収納されたようだ。その為、フミたんの服は背中側に切れ目が入っている。ちょっとだけセクシーであるよ。まあ、どうでもいい情報だが。
情報といえばこの場所を指定し後から追撃してくる部隊の詳細まで調べてきてくれたのはフミたんを筆頭とした彼らだ。戦闘能力はいまいちだが情報戦は強いのだね。特にフミたんは作戦立案もこなせそうで今後が期待される。頑張って俺の軍師さんになってほしいものだ。あとで何らかの扇でもあげようかしら。知力100を目指してくれ。
追っ手はここにいるので全てか。フミたん達と様子を伺い体力が消耗するのを待つ。正面の土砂が半ばまで無くなった所で仕掛けておいた『機人片塵爆雷』で土砂崩れを起こしてやる。撤退する道が断たれて狼狽する一同。進むしかないと覚悟を決めて作業を急がせているところで〆の魔法をおみまいだ。
――沈め沈め深々と。ざわざわと喚こうとも嵌れば抜けられぬ非情なる沼となれ。 博徒沈没!!
大地に手をつけてその在りように干渉する。放たれた魔法は渓谷の底を逃げ場のない沼の牢獄と化す。ズポンズポンと次々沈み込んでいく様はホラー映画のようだ。スイカ割で埋められた人みたいな感じもするけれども。奴隷を足場にして沈み込まないように踏ん張っていた者もいるがフミたん達の投石により仰向けに倒れ顔だけ浮かべて沈んでしまった。指宿の砂蒸しも真っ青である。ただただぬかるんで気持ち悪いだけだろうがね。人様を足蹴にして助かろうとしたものの末路である。
こうして一帯には肩口から上だけが飛び出たドキッ生首だらけの湿地帯ポロリもあるよっていう状態になったわけだ。なんて嫌な光景だろう。やったのは俺だけど。
「貴様っ! 栄光あるディレン閣下の特務隊に対してこのような所業をしてただですむと思うなよ!!」
人様を足蹴にして助かろうとした顔のみの輩が声高らかに叫んでいる。うん、隊長ですな。非常に鬱陶しいのでかかとを落としておいた。
「いいか。今お前さんらの命は俺が握っているってことを忘れるな。俺が魔力を流せば首すらずっぷりと沈み込むんだからな」
「なっ!?」「ひっ!」「いやだぁぁぁ」
なんというか正規兵が率先して叫び声あげてるんだが? 先ほどまでの威勢はどこへいったのかと言いたい。他の連中は……ふむ、亜人の皆様は叫びたくても叫べない状況か。犯罪奴隷のほうはよく分からんな。とりあえず亜人のほうだけでも奴隷紋を書き換えておこうかね。色々と聞きだしたいこともあるしね。
隷属魔法で浮かび上がる奴隷紋の中には主人を示す鍵となる部分がある。奴隷紋自体は魔法を使うものによって形が違うのだが必ずその部分が含まれているのだ。しかし通常それがどこでどうなっているかなどは判断がつかない。
だがレベルアップした識別先生はそれがしっかりと細部まで見えちゃうんですよ。すごくスケスケです。先生から教授辺りに呼び方変えたほうがいいかね。鍵さえ見えてしまえばあとはそこへ俺の魔力を思い切り流し込んでやればオーバーフローで鍵は消滅してしまうという荒業です。やってることは力押しじゃないかって? そうですがなにか? いえ、本当は綺麗に解除できたらいいんだけれどそれをやってる時間も技量もないんだこれが。なんせ50人居るんだもの。
犯罪奴隷のほうはどうでもいい。称号やスキルが物語っているが心底救えないやつばかりだったからだ。なんだよ、【快楽殺人者】とか【髑王】とか【ペドマイスター】とかやばい称号は。こんな奴ら野に放つんじゃないよ。ちなみに見たことのないスキルに横領ってあったけどこんなスキルもあるんだね。持ってたの隊長だけどな! だからこの部隊率いらされてたのかしら。
そんなことを考えつつもせっせと亜人の奴隷紋を上書きしていくこと一時間ほど。彼らだけ魔法を解除し沼から解放する。はーい、ぜんたーいせいれーつ。きをつけー。れい! あ、最後のはいらぬ。
むう、俺のせいだが泥だらけってのはちょっと酷いか。雨も降っているし酷いことになっておる。
ここはストーンウォールをドーム型に作り出してっと。雨を遮った所で床も石畳にしておこうか。あとは彼らの汚れか。
「クリア!」
一言唱えれば亜人のみなさん全員綺麗さっぱり泥や汚れが落ちております。おおおと声があがる。そうそう、理不尽な誓約は全部解除してあるから声は出せるんだよ。それに気付いた皆が久々に声を出したのか打ち震えておりますな。
「声だ。久々に聞く自分の声だ!」
「おおおお、忘れそうだったよ。そうだ俺の声ってこんなだったなぁ」
「体が自由に動かせる。あんたがやってくれたのか!?」
おおう、その言葉と共に一斉に俺のほうへ視線が向いたぞ。50からの視線を一気に受けるとちょっとだけ身じろぎしちゃうな。
「あー、すまない。取りあえずまだ奴隷のままだっていうことだけは伝えておこう。俺の名はノブサダ。あなた方に刻まれていた奴隷紋を書き換えて所持者を俺に変更させてもらったよ。とはいえ無体な命令をするとかはしない。さし当たって声や行動を無理矢理制限していたのを解除したことで少しは信用してもらえると助かる」
皆一様に無言になる。そらそうだ。いきなり今から俺があんたらのご主人様ですよって言われても納得いかないだろうしな。俺だったらきっとキレる。
「これからグラマダへと向かう。ついでに向かう途中あなた方がどうして奴隷になったのかを聞き取りさせてもらうよ。場合によってはあちらでそのまま解放することも考えているから嘘偽りなく話してくれると後が楽になる」
「一ついいだろうか?」
そんななか一人の青年が前へ進み出てきた。その姿は異形。本来ならば四本腕があるのだろうが一本は切り落とされたのか肘の辺りから無くなっていた。もうひとつ、その顔には赤い瞳が四つ並んでいるが二つは酷い傷跡で潰れている。体中にはいくつもの傷跡があり激しい戦いを生き抜いてきたことを匂わせる。




