第176話 武闘祭本戦決勝②
既に満身創痍といった風体ではあるが未だノブサダは追いすがり立ち上がっていた。
「まだ立つのか。なんでか知らないがお前を見ているとムカつくんだよ。そうだ……」
ふらふらとした足取りで再び立ち上がるノブサダを苦々しく見つめていた勇者がふと表情を変えた。なにかいいことでも思いついたかのように目を細め口角を吊り上げる。
「顔は見えないのが残念だが心底絶望させてやるよ。グラマダから来たってことはあいつらのお仲間だろう? 今からあいつらに向かって最大級の魔法を放つ。お前はそこで守れぬ無力さを噛み締めていればいいさ!」
勇者の手の平に濃密な魔力が収束されていく。そして出来上がった火の玉は徐々に巨大化しやがてノブサダの背丈ほどの大きさとなっていった。
「ははははっ、こいつを放てばちゃちな結界なぞ吹き飛ばしお前のお仲間は消し飛ぶだろうなぁ。宰相閣下から聞いているぞ、あいつらが護衛対象だってさ。たとえ戻れても令嬢を守りきれなかったペナルティはとんでもないだろうね。無様に足掻いて僕の邪魔をするお前の咎だよ。くくく、精々後悔するといい!!」
オレンジ色に燃え上がっていた火の玉は青白くその色を変えていく。異変に気付いたエトワールたちの周囲から腰を浮かせて悲鳴をあげる者さえあった。
「煉獄より出でん、我が裁きの滅炎よ!! インフェルノバーストォォ!!」
放たれた火球は一直線にエレノアたちへと向かっていく。だがその速度はさほど速くなくいかにもノブサダが追いつくのを待っているかのようである。
それでもノブサダは駆け出した。勇者が攻撃を加えてくる可能性を無視し一直線に走っている。聞き取れないほどの声でぼそりと呟けばボロボロの魔獣の手甲が青白くうっすらと光りなにかしらの魔法を纏っていると考えられた。エトワールたちまであと少しというところでノブサダの体が射線上に割り込み火球をがっしりと押さえ込む。受け止められたのだが勇者はその姿を満足気に見ている。
「ははっ! 悪足掻きを。だけどね、それは僕の思惑通りなんだよ。弾けて吹き飛べぇぇ!!」
真っ直ぐに伸ばした手をグッと握る込みながら声高らかにそう言い放つ。勇者のその言葉に応えるかのように火球は一気に収縮した。その次の瞬間!
ドゴオオオオオオオオオオオオン
圧縮された火球はその場で大爆発を起こした。あまりの爆風に結界がビリビリと振るえ観客も言葉を無くしている。
ノブサダの体は大きく打ち上げられ曲線を描きながらそのまま場外の地面へと叩きつけられた。鎧、手甲は砕け右手の指はあらぬ方向へ曲がってへし折れている。最も酷いのは左手。なんと手首の先から消し飛んでいる。傷口は炭化しブスブスと煙を上げていた。
『しょ、しょ、勝者勇者アルス! 圧倒的です。圧倒的な力でノーヴ選手を下しました。栄えある武闘祭優勝は我らが勇者アルス・モヨモトです。皆さん大きな拍手を!!』
流石のアナウンスも動揺しつつ勇者の勝利を宣言。当初はどよめきと動揺に覆われていた会場もそれにあわせて歓声を上げていた。
壇上にて喝采を浴び満足気に笑みを浮かべる勇者。対してノブサダはといえば結界が解除された会場へと乗り込んだエレノアとアジマルドによって担がれ治療室へと向かい運び出されていた。
治療室まで運び込まれるも医療班の治療医には首を振られ我々の魔法では手の施しようがないと匙を投げられる。苦し紛れにポーションを置くも流石に居た堪れなくなったのか席を外す治療医。部屋には三人だけが取り残されていた。
「すまない。俺の神聖魔法じゃこれほどの傷を癒すことはできないんだ」
唇を噛み締め俯くアジマルド。その表情は苦々しく己の無力感を苛んでいるかのようである。
「いえ、旦那様も本望だったと思います」
「本当にすまない。俺はもうこれ以上見てられん。この国に留まるのも今日までなんだ。このまま国に帰るとするよ……」
「はい、旅のご無事をお祈りしています」
「ありがとう」
そのまま力なく部屋を後にしていった。
アジマルドが去って少しした部屋の中。
「良かったのですか?」
呟くエレノア。身動き一つとれなかったノブサダの体がぴくりと動く。
「あ、ばれてた?」
「もう、私だって心臓が止まるかと思ったんですよ」
「ごめん。ちょっと無理した。ふう、取りあえず落ち着かない上に物凄く痛いんで再生するか」
へらへらしているように見えるが兜の下は脂汗で一杯であった。気絶しても激痛で目を覚ますほどではあるのだが鍛えられた打たれ強さを発揮して嫁の居る前での精一杯の強がりで意識を保っている。我慢するために唇を噛み締めすぎたせいで口の中が物凄く鉄の味だけれどな。
本来なら仕込みが終わった段階で早々に負けるつもりだったのだが予想外にあの勇者(笑)が高威力の一撃をお見舞いしてくれやがったせいで予定は狂いに狂ったのだ。
「リジェネーション」
シュウウウウと音をたて逆再生画面を見ているかのように吹き飛んだはずの左手が再生していく。自分自身の体なのか魔力が非常に馴染むためその再生速度はポポトたちの比ではない。ものの五分もたたないうちに左手は元のように戻りグッパグッパと握ったり開いたりを繰り返し感触を確かめていた。痛みもなくなり後遺症のようなものも無いようである。
再生が終わるとボロボロの装備を外し次元収納へと放り込んだ。この一ヶ月ほど僅かの間だが己の体を守ってくれた防具の無残な有様に一瞬悲しげな表情になる。
「話では聞いていましたが予想以上ですね。多才なのは知っていましたがこれほどまでとは」
「んっふっふー。自慢の旦那様でしょう、なんつっんぐぅ」
口をエレノアの唇で塞がれ思わず絶句するノブサダ。
「自慢の旦那様なんですからもう少し自重してくださいね」
「はっ、はひ」
完璧にしてやられうろたえるノブサダである。
「そもそも開始当初からあんなにふらふらして演技がばれたらいかがなさるつもりだったんですか?」
それに関してはまったく言い逃れできそうにもないノブサダ。それでも自分自身大根役者の自覚があるがなんとか演じきったのだから少しばかりは大目に見て欲しいと心の隅で思ったりしていた。ガンフレイムとかいうあいつの魔法には非常に痛い目にあったし大爆発の際には思い切り大声を出してのた打ち回りそうになったのだから。
「それにしても……」
「ん?」
言い出しにくそうにしているが意を決したのか話し始めるエレノア。
「彼、あのままで良かったのですか? 絶対に瀕死だと勘違いしていましたけれども」
「んー、こればっかりは仕方ない。これからのことに巻き込むわけにもいかないからね。そもそも他国の問題絡みだし。今度会ったら謝罪しておくよ。本当にいいやつみたいだし友人になれそうな気がする」
「そうですね。だからこそ少し心苦しいのですけれど」
「うん」
換装の指輪の設定を変えつつ感慨深げに頷くノブサダ。試合終了直後、エレノアと共に一直線に駆け寄ってくるアジマルドの姿を見て僅かながら涙が浮かんでいたのは誰にも言えない秘密である。
「とにかくも仕込みは完了。細工は流流仕上げを御覧じろってやつだ」
元々ノブサダに優勝など目指す気はなかった。対人戦の経験を積むためと師匠の面目を潰さない程度に勝ち上がればいいかなと思っていたくらいである。勝ち上がるたびにエレノアやエトワールが予想以上の喜びようをするものだから調子に乗っていた部分もあるが。そういう訳でわざと負けるのに抵抗はなかった。ここで下手に勝利しようものならば宰相や勇者は警戒心をむき出しにするだろうと判断しこのような芝居をした訳である。エトワールからすれば恥をかかせる訳となるからとそこらへんは事情を説明しつつも色々とぼやかし許可を得た。とはいえわざと負けるその中でも色々と仕込んでいたようだが。
こうして武闘祭は幕を閉じた。だがノブサダたちの、宰相たちの暗躍は終わらない。互いの思惑が絡みつつ時間は進むのであった。
すいません。風邪をひいてしまってノックダウン中です。キリのいいところまでとなんとか書き上げたけれど数日間オヤスミします。仕事はいかにゃならんので少しでも体を休めてから書こうと思いまする。陳謝。




