第173話 無事に帰ってまいりました。
「クーネル様っ!」
「フミルヌ! 皆も無事ですか!」
「「「「「お嬢様ご無事でなによりです」」」」」
蝙蝠人族一同が抱き合い再会を喜んでいる。フミルヌは縋りつく様に抱きしめ大粒の涙を流していた。クーネルもこの時ばかりはわんわんと子供らしく泣きじゃくっていたね。それでいい。感情の発露が小さいうちに出来ないと色々と不器用な人間になりがちな気がする。俺の持論だから信憑性はまったくないけどな。俺も子供の頃は野山を駆け巡ってやんちゃしたものだ。ちょっと懐かしい。
過去を思い出しつつその姿を眺めた後、俺は二階に上がって暖かい食事を出していた。まだ親や同族の安否が気にかかる子供達に見せるのも酷な話だからね。ほれほれたんとお食べ。子供が遠慮なんてするもんじゃない。食べた後はもうお眠である。寄り添いながら幸せそうに眠るその姿にほっこりしたのは内緒だ。近いうちに家族に会わせてやりたいなあ。俺もミタマたちに会いたくなってきちゃったよ。
子供達を寝かしつけた後階下に降りればクーネルもすやすやと眠っていた。起こさないようにそっと子供達の下へ運びここからは大人の時間である。
「ノブサダ様には感謝の言葉もありませぬ。我ら一同これよりあなた様へ忠誠を捧げます」
皆が一様に跪き頭を垂れた。むぐう、なんかむず痒い。
「そんなに畏まらなくていいよ。それとこれからどうする?」
「はっ、願わくばクーネル様はノブサダ様の下で保護していただくわけには参りませぬでしょうか」
「それは構わない。フミたんたちもグラマダへ向かうってことでいいかい?」
「あの、そのフミたんというのは……。いえ、いいです。ノブサダ様たちがご迷惑でなければ同行させていただきたく」
「それじゃ俺からも依頼があるんだ。まず、ノーヴに毒をくらわせたと虚偽の報告をあげてくれ。それと上のあの子達の親や同族が無理矢理従わされているようなら接触してほしい。他のものに気づかれないようにな。明後日の決勝ののち一緒にグラマダへと向かってもらおうと思っている。アズベル公爵令嬢の一団と行動を共にしているんだがあの方に許可を得たら一緒に行動することになるかもしれない」
「報告と接触の件は了解いたしました。それとグラマダへ向かう件ですが我々は移動手段が徒歩なのですが大丈夫でしょうか?」
「そこら辺はなんとかする。接触の後、すぐに行動に移れるよう伝えてくれるか。できるならば俺のほうに人数を教えてくれると助かる。多めに馬車なんかは準備するがこの中に御者ができる者はいるか?」
何人かが手をあげた。うん、これだけ居ればなんとかなるだろう。
襟元を正し真面目に皆の目を見据えた。奴隷紋の解除を宣言すればパキンと尻から音が弾け飛ぶ。他はどうか知らないが俺の場合遠隔でも解除可能なようだ。
「隷属は今解除した。皆にお願いがある。決して命を粗末にしないでほしい。こうなった以上皆で無事にグラマダへと辿り着くつもりだ。俺は強欲だから知り合った者が傷ついたり命を落としたりするのが嫌なんだよ」
その言葉に一同目を丸くしていたがすぐになんか生暖かい目で見られた。そこっ残念な子を見る目をしない!
「くすっ、すごく優しい強欲ですね。ノブサダ様の御心のままに」
皆が再度跪く。なんか納得いかないが彼女らは納得したらしい。
そういえばフミたんの羽根治したもののどうするのかという疑問があったのだがどうやら収納可能らしい。まあそうじゃなかったら室内など不便だもんな。クーネルのは出しっぱなしだが全然邪魔にならないほど小さいから気にしない。
フミたん達と別れ宿へと帰る頃にはもう夜が明けていた。子供達をそのままにしておくわけにはいかなかったのでそこで朝まで仮眠をとっていたからである。起きてからポポト君たちと同じ宿に部屋を取り面倒を見てくれるよう頼んできた。
宿へと戻ればエレノアさんが待っておりすぐにエト様の下へと通される。なんでも「いつでも良いから戻り次第すぐに通すように」と申し付けられていたらしい。
「おはようノブサダ。エレノアから事情は聞きましたわ。それで、捕らえたものから何か聞きだせまして?」
そこでフミたんから聞き出した彼女らの事情、グラマダに関する不穏な動き、公王アルティシナの現状と覚悟、明日俺がやろうとしていること、エト様たちにご了承いただいて動いて欲しいことなど順を追って説明していった。アルティシナのことを話したときに「あの方が……」と顔色を変えていたが公爵令嬢だけに顔を合わせたことがあるのだろうか? 貰ったカフスボタンも本物だと判別していたしね。周りのローヴェルさんを含めた女騎士たちも話を聞いていくうちにどんどん神妙な顔つきになってた。
「俺がやろうとしていることは今までのことを無に帰しエト様の顔に泥を塗る行為となるかもしれません。それにどこまで効果があるかも分からないです。下手をすれば宰相たちに弓を引く行為と見られる場合もあるでしょう。いかがなさいますか?」
事が事だけにエト様らの判断を伺わねばならないだろう。最悪俺一人でも動くつもりではあるがその場合でも彼女らに影響がでないよう考慮しないといけない。エト様も顔を伏せ静かに悩んでいるようだ。
やがて決意したかのように顔を上げる。
「話は分かりましたわ。このカフスボタンは間違いなく公王様のもので間違いないでしょう」
「お、お嬢様。疑うわけではないのですがなぜお嬢様はそれを判別できるのですか?」
ローヴェルさんが少々狼狽しつつエト様へ疑問を投げかける。そういえば確かにそうだ。はっきりと断言するだけの根拠を彼女は持っているということなのか?
「ローヴェルが疑問に思うのも当然でしょう。私がこれを本物だと判別できるのは幼き日にまったく同じものを公王様本人より賜ったことがあるからですわ」
そう言うと首から提げたチェーンの先にはまったく同じカフスボタンがきらりと光っていた。ふむ、ということはもしかして……。
「『王たるもの臣下が誤った方向へ進むのを見過ごしてはならない。それを諭し導くのが王の役目』」
「!?」
びくんと体を跳ね上げ心底驚いた表情になるエト様。
「これを公王様に言ったのはエト様でしたか」
「それを知っているということは本当に対面したのですわね。幼き日に父に連れられて行った王城にて公王様へ贈った言葉ですわ。メイドの獣人を権力にものを言わせて手篭めにしようとした貴族の子息を糾弾した時に丁度公王様がいらっしゃったのです」
ちなみにその子息はエト様に詰め寄ったところを騎士たちに連行されていったらしい。王城でそんなことするほど阿呆だけに後先考えてなかったんだろうな。
「ノブサダ。私は此度の仕儀、あなたに任せます。私を含め近衛も指示に従いましょう。グラマダがどんな状況なのかも気になりますが公王様をお助けするのが臣下の勤めですわ。ですから……あの方を助けてあげてくださいまし」
こくりと頷き早速どう動いてもらうか皆に説明する。一日の猶予はあるものの時間は少ない。一同納得してくれたのかすぐに動き出す。さて俺もやれることをやりますか。
◆◆◆
「補佐官殿、第四部隊ただ今戻りました」
フミルヌが跪き顔を伏せながら報告をする。執務室の奥には書類に囲まれた色白の男が絶えず処理をしていた。
「報告を聞こう。生憎と長官は留守だから僕がこの場の全権を任されている」
「はっ。我々は目標に接触し取り込みに掛かるも相手方の意思は固く決裂。部下の多くが撃退されるも毒を当てることに成功しました。目撃者に関しては目標が結界石を使用したため皆無。毒による昏睡で魔力の供給が遮断されたため結界が切れその場を離脱することができました」
「ふむ」
書類を処理する手が止まることはなく表情も変えずにひとつ頷く。
「戦闘力の低い第四部隊にしてはよくやったというところか。いいだろう、近々大きな動きがあるからすぐに動けるようにしておけ」
「はっ」
労いの言葉どころか見下すような感じの応答。獣人の部隊ということで使い捨ての道具のようにしか見ていないかのように思える。フミルヌがその場を後にしようと扉まで移動したところで不意に声をかけられた。
「そういえば……戦拳の娘とは接触しなくてすんだのか?」
「はっ、当初は接触し同道願う予定でしたが近づこうとすると全て察知されるため目標へ直接接触することに変更した次第です」
「そうか、いやアレが出てきたら第四部隊くらいならあっさりと撲殺されそうだったから気になっただけだ。もう行っていい」
「はっ、失礼します」
務めて無表情を装い部屋を後にする。フミルヌの心臓はトトトトトトトトトとそれはもう小刻みに激しく鼓動していた。ボロが出ないように緊張の極みであったからだ。
フミルヌが去ってから色白の男はメガネをくいっと上げて虚空を睨む。
「ふむ、報告を上げるべきか否か。いや、そんな暇はないか。あの阿呆のせいで書類仕事が減らないからな。どうなろうとあれの自業自得だ。うん、そうしよう」
意味深に呟きつつ再び視線を落とし書類仕事に没頭する。補佐官は働けど働けど一向に減ることのない書類の山に辟易しつつもほんの少しだけ口を吊り上げほくそ笑んでいた。
轟く叫びを耳にして帰ってきたぞ! あの人が!
待たせたな! ヒヨッコ共!!
次回、悲劇のシリアスさん! 君はトキの涙を見る。
そんなわけなーい




