第171話 断罪の塔潜入作戦②
地下から這い出した先も石造りの塔の中。深夜なので辺りの人影もない。足音を立てないよう『空気浮揚』ですいーっと真っ直ぐ進めば大きな扉が立塞がる。横には螺旋階段が上へと繋がっていた。ってことはこの正面の扉が本来の入り口であろう。何かあってこいつが開けばわんさかと増援が入ってくるのは間違いない。ということでがっつりと開かないよう仕掛けを施すしかあるまいて。
「それは日の照りし光を閉じ込めし封印の扉。踊る巫女が来たりても決して開く事なかれ。『天岩戸』」
小声でボソボソと詠唱し開かぬようシールを改変した施錠の魔法で開かないようにした。ここはコレでよしっと。後は上だがどうやら螺旋階段を昇った先に一部屋あり皆がそこに詰めているようだ。横たわっているのもいることから仮眠施設も兼ねているようでまともに動いているのは3人ってところだ。ふむう、距離があるからスリープミストは使えないか。
……思考中……
ポコン
サァーーーー
500円玉ほどの穴を開けてそこから風に乗せてアレを流し込む。久々登場のネムリタケの粉でございます。10分ほど流し込めばガタンと倒れこむ音が3回響いた。罠がない事を確認し中へと踏み込めば地べたとキスする男達がいる。皆昏睡中となっていることを識別先生で確認して近づき『悪夢襲来』で深い眠りへと誘ったら机に突っ伏す格好にしておいた。武器のほうは特に目立ったものもないしそのまま放置。何事もなければ3時間ほどは目覚めないだろう。寝ても寝ても目的地に着かない地獄の深夜バスならぬ馬車の旅の夢でも見てもらっている。精々、尻の肉が取れる思いをするがいいさ。
この部屋を抜ければ上の階まではずっと螺旋階段である。これ足を滑らせたら高い確率で即死でない? まあ、中央の空間を一気に飛んでいくんだけどな。
スタっと降り立ったそこには一つの扉。こちらも罠がない事を確認すればガチャりと開く。中にはもう一つ扉があるがこれはこれまでのものとは格の違う良い造りのそれなりに豪華な扉である。噂に会った貴族、王族が捕らわれる塔ってのもあながち間違いじゃないのかもしれない。さて、どうしようかと思ったのだがここで下手に小細工するよりも正面から行こうか。アレの情報どおりならショタっ子が居る筈なのだから。
コンコン
現在時刻は夜の11時くらい。俺の腹時計が正確ならばであるが。流石に寝ているかと不安になるも中からガサゴソと音がした。
「誰か」
凜とした声がする。どこかで聞いた事のある声だ。
「女神の依頼により参上しました。それで分かりますか?」
「ほ、本当か!? 余の祈りが届いたというのだな!」
OH、やっぱりこの声、公王様じゃないか。違っていて欲しいとは思いつつそうじゃないかなーとは感じていたけどさ。
「部屋へ入ってもよろしいですか?」
「扉に封印が施されておる。余は10の歳を迎えるまでこの部屋より出れぬのだ」
あれ? でも闘技場へ姿を現していたよね? 立体映像かなんかかな??
ふむ、識別先生によれば扉自体が封印されているようだ。シールの魔法かな。ディスペルカースにシールを組み合わせて改変して試してみるか。
「ディスペルシール!」
パキイイイイイイイン
ガラスが割れたかのような破砕音が鳴った。特に変化があるようには思えないが扉を確認してみれば封印の表示は消えている。おお、上手いこといったらしい。
ガチャリ
扉を開けた先には豪奢な部屋の中に小さな人影がある。あの開会式で見えた孤独な公王様そのものだ。
「お初にお目にかかります。私は女神レベリットの使徒。グラマダより来ましたノブサダと申します」
「間に合ってくれて良かった。女神様より聞いておるかもしれぬが余がこの国の公王アルティシナ・タイクーンである」
改めて見れば随分と聡明そうな子供だ。それにしてもあの駄女神に言われるまま来たもののなにをすればいいんだろうか。そこら辺ちゃんと説明してもらってないぞ。
「ノブサダがどれだけ女神様より聞いておるか分からぬ故、最初から説明させて貰おう。こちらに腰掛けるといい」
おお、それは助かりますがな。促されるまま座るけどいいのかね? 俺、マナーなんてまったく知らないからさ。
「それでは失礼します」
「うむ、ゆったりして聞いて欲しい。ちと長い話になる故な。余はとある事情から夜な夜な女神様へと祈っていた。我が血筋たるタイクーン家の家系の中でその昔、女神様の使徒となった者がいたのだ。そしてその者はとあるスキルに覚醒した。それが我が血筋に連なるものに稀に現れる『王錠生耶』という名のスキルである」
ふむむ、隔世遺伝かなんかで発現するのかね。色々な発現条件あるな。確か何かしらの鍵を作り出すってスキルだったか。
「そのスキルが発現したものは体内で長い時間を掛けて魔力を溜め込み一つの鍵を生成する。それだけのスキルなのだがその鍵が非常に問題のある代物なのだ。生成された鍵は世界のどこかにある神の元へと至る扉を開けると言われておる。だが本来ならばこの鍵は人生を掛けてやっと生成できるか否かというほど魔力が必要らしくたとえスキルが発現しても鍵の生成にまで至らぬ場合がほとんどだったらしい」
どんどんキナ臭くなってないか? 嫌な予感がヒシヒシと致します。
「本来ならばだ。だが余は6つの時からこの塔へと閉じ込められた。表向きは生死不明になった姉のように襲撃されぬようということらしいが実際のところは違うらしい。心ある家臣が何度もお忍びでこちらを尋ねてきては色々と教えてくれたのだがこの塔は王都に住む者から微量な魔力を集めて余に流し込むための巨大な術式を施されたものなのだそうだ。その者は先達て隠居の形で政より遠ざけられここの扉も封印されてしまっていた。他に訪れるものは教育係などだがこちらは宰相が用意したもののため余計な話はしてくれなんだ。そして政務として挨拶のみが余の仕事となったがここの魔法陣より姿映しを通して皆へと語りかけるだけになっていたのだ」
なんとも言えぬ監禁生活。それでよく操り人形にならないもんだ。宰相のことだから都合のいいような教育すると思うのだけどな。
「話が逸れた。宰相は余にアーレス神かオルディス神の洗礼を受けさせたのち鍵を作り出させるであろう。そしてかの神へと至る扉を開かせ軍事利用するつもりではないかと思う。以前に作り出したものの逸話では洗礼を受けた神の扉専用の鍵とある。宰相の思うがまま事を成せばこの国は戦乱へと突き進むであろう。それは余の望むところではない。戦を起こせば多くの血が流れる。ましてや神の力などを借りればその量は計り知れぬであろう。それ故、余は女神様へと祈った。先んじてかの女神様方いずれかの洗礼を受けてしまえば男神から受けることは出来ぬからな」
なるほどね。駄女神に会っても……うん、そう言った方面では一切の恩恵はないだろうな。公王の一念駄女神をおし通すといったところか。
その他にも色々と話してくれた。この小さな公王様は今の政策である亜人排斥には反対らしい。そもそもはるか昔に亜人を排斥しようとした中央国へと反対した初代公王が離反したのがこの国の興りであるから国としての理念に反するというのだ。その様な教育を宰相が施すとは思えないのだが種を明かせば王族の遺品の中に古い日記のようなものがあったらしい。その中には例の『王錠生耶』に関する記述もあった。そこから色々と学びここに出入りしていたものからも政治や考え方についてを吸収したのだ。それ以外にもあるそうだがそれは個人の事情となるため秘密だといわれてしまえばそれまでである。
「そういうわけで日が変わってすぐ余に洗礼を施してはくれぬだろうか。使徒ともあればそれも可能なのであろう?」
それは可能なのだがいいのだろうか? 勝手にそういうことをすればこの幼い公王へ宰相がどのような手段をとるか分からない。
「勝手な洗礼などしてしまえば公王様の御身が危なくなるのではないのでしょうか?」
「それも覚悟の上である。昔とある出来事で会ったことのある者に言われ感銘を受けた言葉があるのだ。『王たるもの臣下が誤った方向へ進むのを見過ごしてはならない。それを諭し導くのが王の役目』とな。余はそれから貪る様に学んだ。故に幼き身なれど宰相たちが道を間違えているのを見過ごすわけにはいかぬ。たとえ我が身が危うくなろうとてな。でなければ余は王ではなくただの傀儡でしかない」
これが本当に9歳なのか。おっちゃん、こんな良い子が幽閉されたり殺されたりするのは忍びないぞ。間違いなく名君の器ってやつだと思うのだよ。




