第167話 武闘祭本戦準決勝②
こちらの攻撃はかわされあちらの攻撃は何とか受け流し魔獣の手甲への傷を増やしながらなんとか凌いでいる。手甲の裏側に仕込んである投げナイフのおかげで突き抜けるほどの衝撃を緩和しているが同時に牽制のために投げることもできやしないよ。
ヤツの速度はエレノアさんと比べて多少遅いくらい。だがそれを避けにくくしているのは緩急のつけ方が非常に分かり辛く特に攻撃の出が判別しにくいのだ。先ほどから観察しているものの付け入る隙が見付からない。こいつぁ参ったね。
自ら科した制限さえ無視すればやりようはあるんだがここは仮想敵のお膝元。態々手の内を明かすのはまさに愚の骨頂である。だから今あるもので何とかするしかない。
キイン、ガイン
「キヒヒ、粘るなぁ。これだけ持ち堪える獲物は北の魔王の配下以来だ」
そういえばオロシナ帝国と北の魔王の間には絶えず戦端が開かれているんだっけか。そこの部隊長なのだから戦闘経験は言わずもがなである。そら獣じみた反応速度を持っていても納得だ。
「そらっ、こいつはどうだ!? ファントムヴィジョン!!」
突如やつの体が分身し三つに分かれる。そしてそれらが一斉に攻撃を仕掛けてきた。これはウェポンスキルか幻術か? よく分からないスキルばっかりだから判断がつかないな。
「ハアッ!」
迫り来る一体からの爪の攻撃を受け止め……。
スカッ
ちぃ、幻だと!?
ザクリッ
馬鹿な、すり抜けたはずの爪が実体化して俺の身体に突き刺さったっていうのか? そこまで深い傷じゃないのがこれ幸いと慌てて距離をとる。一体全体何がどうなっているのか判断に悩むところだ。質量を持った残像とか言うんじゃないだろうな?
「キヒヒッ、さぁどうする? くくくく」
今度は三体同時に動き出した。このままではジリ貧。あの速度の三体を一斉に相手取るのは現状では不可能だ。やむを得ない。ここで一つ手札を切る覚悟を決めた。ただし出来る限りの隠蔽は忘れない!
――星の力よ、彼の者を縛る重石となれ! グラビトンッ!
正しい詠唱を知らなかったためにできなかったのだがアジマルドを模倣することができたため魔力の消費量は上がるものの詠唱なしで発動させることが可能になった。俺を中心に半径10メートルほどの重力場を作り出しやつの動きを制限する。……今度、他の魔法もちゃんとした詠唱学んでおこう……。
「なん、だとっ!? 重力魔法なのか!!?」
まったく意に介さない二体だが残る一体は何かに押さえ込まれたかのように身動きが取れないでいる。それとカランと足元に落ちているのは爪型の投擲武器か? こいつで幻の合間に攻撃していたということか。
重力場の影響で幾分鈍くなっている今のうちが好機! 近づく俺に再び斬りつけてくるも先ほどまでの速度はなくそのまま手首を掴むことができた。そのまま右手で手首を掴んで後ろ手に捻り上げ密着した体勢でぇぇぇぇ!
『サンダァァァバディ!!』
全身から電気を発する姿はどこぞの緑色した格闘家のようではある。それは置いておいて手を掴み身体も密着している今なら十分に効果があると思う。それにしても体全体にサンダーを流したのは初めてだがなんとかなるものだ。少しだけピリピリしているし兜に何らかの反応をしているのか髪が上に向かって引っ張り上げられている感覚があるな。自分じゃよく分からないが超野菜的髪型になっていそうな気がする。
それはともかくこれで決めるべく腕を更にねじ上げる。時折叫び声をあげているししっかりとダメージを与えているはずだ。既に左手はやつの肩を掴み直しこちらからも絶えず電撃を流し込む。ここを逃がせば再び捕まえる自信がないんだよ。
そんな事を考えているときだった。ねじ上げていた腕の感触がカクンと緩む。そしてぐるんと激しく回転したかと思えば俺の掴んでいた手はあっさりと外され……次の瞬間には俺の体が宙を舞っていた。関節を外したのか!? ぬおおおお、なんか錐揉みしつつエライ勢いで投げ出されておる。
こっちにきて良く宙を舞っている気がするが『空気推進』で姿勢制御をし体勢を整えて着地しすぐに構え直す。そしてここにきてやつの固有スキルに思い至った。三位一体っていうのは人格が三つあるんじゃないかと。爪のあいつが引っ込み最後の一人が出てきたってことでいいんだろうかね? それにしても微動だにしないな。
「ふむ」
あ、喋った。
「ふんぬぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
バコオオオオオオオオオオン
予備動作無しで試合場の敷石へと拳を突き入れたと思えばなんとその拳を中心に四方へとヒビが走り会場が割れた。そう、夢でもなんでもなくバッコリと割れております。嘘だろう。
「「「「「か、会場が割れた!?」」」」」
観客席なども含めた誰もが絶句し固唾を呑んで見守っている。これからどうなるのか、一切合財を見逃すまいと……。
「審判。儂の負けだわい。棄権する」
「「「「「は!!??」」」」」
は!?
俺を含め会場全体の意思が重なった瞬間であった。
『な、なんで?』
思わず呟いてしまうほどの衝撃。だが事はそれで収まらなかった。
――坊主。ちぃっと口を開くなよ?
思わずビクっとなってしまったがヤツフサとの念話で慣れていた分理解も早い。目の前のあいつがそれを送ってきたのだとすぐに思い至り動揺せぬよう気をしっかりと持つ。
――疑問は後で話すけんこの場はこれですませておけい。
目が偽りのない真剣なものだと判断しコクリと頷いた。どこまで信じれるかは置いておいてこの場において俺には問題ないと感じたからである。
『し、勝者ノーヴ。まったく予想外の結末となりましたが決勝一番乗りは無名であったグラマダよりの使者ノーヴ選手に決まりましたー!』
未だ疑問符の残る結末ゆえ会場のほうでもパラパラとしか歓声と拍手があがらない。それはごもっとも。でも一番微妙なのは俺なんだぜ。
てってれ~♪ 格闘のレベルが上がりました。
てってれ~♪ 回避のレベルが上がりました。
てってれ~♪ 受け流しのレベルが上がりました。
てってれ~♪ 重力魔法のレベルが上がりました。
てってれ~♪ 暗黒魔法のレベルが上がりました。
微妙な気分でも久々の大盤振る舞い的スキルアップがあったので結構嬉しいけどもさ。
控え室に戻る途中、あいつが話しかけてくる。
「坊主、ちぃっと外へ出んか?」
『分かった』
未だどよめく会場を後にし人気のない裏手に出てどっかりと腰掛て向かい合う。胡坐をかく目の前の男は粗暴なリョ・オウマの時とは違い落ち着き年代を重ねた人格のように思えた。
「坊主は気付いておったが儂らは三つの人格でこの肉体を使うておる。儂が最後の一人、ベン・ケイノーだわ」
名前:ベン・ケイノー 性別:雄 年齢:28 種族:普人族
クラス:求道者Lv36 状態:健康
称号:【求道者】
【スキル】
古式格闘術Lv6 闘気Lv5 身体強化Lv4 頑健Lv5 頑強Lv5 再生Lv3 神聖魔法Lv3 念話 生活魔法
【クラススキル】
チャクラ 心頭滅却
【固有スキル】
三位一体
てってれ~♪ 識別の魔眼のレベルが上がりました。
識別先生のお仕事の結果がこちら。そして先生は昇進したようでございます。それにしても古式格闘術に少し心惹かれますな。
「基本人格はリョ・オウマのやつだがの。儂が最後の砦となる故、こんな衆人環視の前で手の内を明かす訳にはいかなかった。ま、それだけの事だわい。それに本来ならあやつがやられた時点で儂らの負けだしの」
『そうか』
「それにしても……」
顎鬚をこすりつつ言いよどむベン・ケイノー。なんだろうか?
「坊主は主催側になんぞ因縁でもつけられとるのかの?」
!?
「魂石による防護機能は働いておらんようだし逆に儂らのほうには手厚くかかっておった。坊主の電撃で何度か気絶しそうになっておったからな。そこら辺も含めてちぃっと嫌気が差したから早々に抜け出したんだがの」
予想はしていたがそれを遥かに上回るあからさまな贔屓をしていたようだ。たしかに先の戦いは失神K.Oと場外での勝ち上がりだったからそこら辺関係ない勝ち方だった。それとは別に疑問に思っていたことをひとつ片付けておきたい。
『最後の会場割りは一体?』
「ああ、あれはちょっとした八つ当たり兼目覚めたリョ・オウマを黙らせる牽制だわな。起きたら起きたでやかましくての」
そ、そうっすか。なんとも豪快な人である。師匠を髣髴させるからあんまり戦いたくないなぁ。あの場でやりあわずに終わって助かったのかもしれない。
「ま、後はどうなるかは分からんが気をつけてな。儂らはさっさと国に戻るわい。あんまり長いこと空けておくのもマズいでの」
『ありがとう。旅の無事を祈っている』
そんな俺のコメントに豪快に笑い手を振る。
「がっはっは、儂らはそう簡単にやられやせんよ。……そうそう、リョ・オウマのやつが今度は制限無しで再戦したいと言うておるわ。儂らの国に来たら是非寄ってってくれい。それではの、さらばだ」
おおう、最後の最後で爆弾投下ありがとう。できれば御免被りたいです。それにしても自分で枷を嵌めていたことを気付かれているじゃありませんか。なんでああいった連中はそういうのに敏感なんでしょう?
こいつらはきっと北の魔王配下の恐竜っぽいやつとかインベーダーっぽいやつとか鬼っぽいやつとかと争いまくってると思う。




