閑話その21 あの時、ポポトは? 後編
殺される? 嫌だ! アリナたちを置いて先に逝くなんて絶対に嫌だ。でもこのままじゃ。
だったら殺せばいい。相手は狂人。殺さなきゃ、殺さなきゃ僕が殺される。そうだ! 殺せばいいんだ!
痛む体に鞭打ち投げナイフを三本取り出す。そしてゲンドーの身体を持ち上げ立たせ……そのまままっしぐらに突っ込んだ。
「あひはあ! 生きていた!? 駄目じゃああないかあ死んでなきゃあああ」
そいつは短剣を取り出して一直線に突っ込んできた。
ドスン
深々とゲンドーの遺体に短剣は突き刺さる。僕は引き抜かれる前に影から回りこみ投げナイフを続けざまに放った。
ドスドス
手とわき腹にナイフは突き刺さりギィエアアアアとやつの絶叫が通路に響いた。
「なになにななだんだあああああああ。ひぐあああああ……かふあ」
叫び錯乱するやつの背後から首筋に向かって短剣を突き立てた。抜けることのないように全体重をかけ喉元へ突き抜けるほど深々と刺さっている。だが僕が出来たのはそこまででまるで全身の力が抜けたかのようにその場に尻餅をついてしまう。
ケハッと血を吐きながらギョロリと僕を睨みつける。口元から血を滴らせながら狂気に歪んだ笑みを見せ……そのまま倒れこんだ。そのままピクリとも動かなくなるまで僕は放心したままだった。今思えば極度の緊張から僕も随分と錯乱していたのだと思う。逃げようじゃなくて殺そうって考えるくらいに。
その後は淡々と彼らの装備のなかでまともに使えそうなポーションを探しあて頭から被って傷を癒した。だけど爛れた頭の皮膚は戻ることなく酷い様相だと思う。リッコさんのものは全部吹き飛んでおり辛うじてゲンドーの冒険者カードなどが割れているものの回収することが出来た。痛む体だがふらつく足を前に出しなんとかダンジョンから脱出すべく歩き出したのだった。
その後の記憶は曖昧だ。その足で冒険者ギルドまでいった僕は受付でゲンドーのカードを出したまま倒れ伏してしまったようでギルド内の診療室で二晩ほど厄介になった。起きてからが大変で事情の説明をし結構長いこと拘束されてしまう。幸いにして職員の中に彼らの内情を知っていたものがいたことから僕のほうに変な追及が来たりはしなかった。
それでもこの件が僕の心に影を落としたのは事実。初めて人を殺すことにもなってしまった。思い出せばもう駄目でもはや胃液がでなくなるまでトイレで吐き続ける羽目になる。もう家族の皆以外は信用できない。吐き続けながらそう思ってしまう。もはやこの傷は元には戻らないだろう。一歩間違えていれば死んでいたかもしれない。こんな目にあうくらいなら最初から馴れ合わなければいい。僕には家族の皆が居ればいい。そうだ、そうしよう。
でも家族にこの傷を見せるのが怖かった。化物と怯えられるかもしれない。
そんな風に考え帰るのすら憚られたのだが結局戻ることにしてしまう。そして戻ってからアリナが僕の頭を抱きかかえ涙を流しながら生きて帰ったことを喜んでくれた。その日、両親に捨てられて以来泣けなかった僕はアリナの胸の中で久々に大声で泣きじゃくってしまう。
数日後、なけなしの金で装備を全部代え顔も何も全てを隠し名前も変えて再登録することとなる。ギルドのほうに頼み込み冒険者ポルポトとして活動しはじめソロで淡々とダンジョン内部で狩り続けた。
それからしばらくして起きたアリナの命に関わる負傷。どんどんと倒れていく仲間達。それでも涙ぐむのを必死に我慢するこの子ら三人。なんとしてでも命を繋ぐため已む無くあの金貸しから借財する羽目になった。その金を持ってしても多少の痛みを和らげるくらいしかできず返済の目途も立っていない。そして持ちかけられた武闘祭における非合法な賭け事。自ら出場し己に賭けること。僕の実力では早々に敗退するのは目に見えていたが相手は無名の冒険者。手持ちの全額を勝利に賭けた。自らの退路を塞ぎ必ず勝つと信じて。
結果惨敗だったけれどそれでノブサダさんに会えたというのはとても運が良かったと思う。あの人に負けてからとんとん拍子に全てが解決していった。まさか失ったはずのアリナの耳や尻尾まで再生できるなんて思いもよらなかったけど。神聖魔法についてほとんど知らない素人の僕にでもあの人がしてくれたことは尋常ではないものだということは理解している。それを事も無げにやってのけた。
そして現在。
ここ王都で数少ない獣人も泊まれる宿へ家族全員で移動していた。宿代から更には身につけるもの、武器防具まで全て揃えてもらったのだけれど一体どれだけ掛かったのだろう。少し想像するのが怖い。ノブサダさんは「君達の将来に投資しただけ。もし少しでも思うところがあるならちょっとだけ恩にきてくれればいいさ」って言っていたけどこれで感謝しないなんてよほどの恩知らずだろう。
ん? 思い出に耽っていたら一人堪え性がない子が早々に飽きてきていた。
「ナオウ、ちゃんと理解しないと後で困るんだよ?」
ナオウは僕らの妹分のうちの一人。猫人族の少女だ。先に質問してきた黒豹族のパンヤ、熊猫族のヤンヤンと共にうちの元気印だ。種族的なものか本人の資質か自由奔放で時々色々とやらかしてしまうけれども持ち前の愛嬌で乗り切ってきた。兄代わりとしてはもう少し落ち着いて欲しいけれどもね。
「ナオウはポポト兄ちゃんたちみたく冒険者になるにゃ。だからこれが出来なくても問題ないにゃん」
「いや出来たほうがいいぞ。報酬を誤魔化されたり分配するときに困ったりしないからな。俺達だって得意ではないから、ほら、こうして一緒になってやっているだろう」
横からライマンが口を挟んできた。クリフ、ムライと違って彼はこういったことが苦手だけれどノブサダさんが作った算数ドリルっていうものを一生懸命解いている。分かりやすくまとめられた解き方とそれを使った問題集で僕はさくさく解き進められた。
「にゅうう」
算数ドリルに突っ伏して観念するナオウ。もう少し奮起するように仕向けようかな。
「それにね……」
「にゃう?」
「ちゃんと勉強しない子にはノブサダさんから預かっているご褒美のお菓子はあげられないかな?」
「い゛、や゛、に゛ゃー!」
突っ伏していた顔を跳ね上げ心の奥底からの叫びが木霊する。
「ナオウ、ちゃんとやるにゃー。ノブサダ兄ちゃんには内緒にして欲しいのにゃ。嫌われたくないのにゃん」
「そんなにノブサダさんの事が気に入ったのかい?」
「ノブサダ兄ちゃんの作る料理となら添い遂げられる自信があるにゃ! 口に入れた瞬間のあの感激は忘れられないにゃん」
どうやら色気より食い気が優先されるお年頃のようだ。まぁそれでやる気がでてくれるなら問題ないのだけれどもね。
改めてノブサダさんには感謝している。ほんの数日前までは希望など持てない絶望と焦燥の中にいた僕たちが今では未来のことを考えられているのだから。
アリナとナオウたちはノブサダさんの経営する店へと勤めさせてもらえるという約束を貰った。その為の計算術でありきっと役立つからとこの計算ドリルを預けられたんだ。仮に苦手な子でも薬品の瓶詰めなど色々と仕事はあるから大丈夫とも言っていたしどれだけ後のことまで考えてくれているのか想像もつかない。本当、これだけの借りを返せるんだろうか。
グラマダに着いたら父さんと相談して決めるつもりではあるけれどやはり僕達は冒険者として活動したいと思う。ライマンたちも同意してくれたしこの4人でパーティを組み自分たちの力で稼いで恩人へと少しでも報いたい。そう、未来へと思いを馳せることができる。これが幸せなんだと切に思った。




