第162話 世界にゃ戦闘狂が溢れている?
王城の一室。窓の外を眺め微動だにしなかった宰相が眉間の辺りをしかめていた。跪き報告を上げる報告を上げる宮廷魔術師長はやや緊張した顔もちで主の様子を窺っている。
「バイルが敗れたか……」
「申し訳ございません、閣下。我ら宮廷魔術師に準ずる実力を保持していたと思われましたが未だ未熟だったようです」
「なに構わん。やつに期待していたのは特殊魔道具の開発だからな。治療が終わり次第そちらに専念するように伝えろ。近いうちに必要になるだろう」
「御意」
「それにしてもあやつの犬は目障りだな。……まかり間違っても優勝などはさせるなよ?」
「ハッ、決勝までの残り二戦。仮に勝ち上がっても我が手のものが接触する手はずになっております。冒険者ゆえ金か名声で転ぶかと。そこで突っぱねる気概があるのであれば……」
首をかき切るような仕草をすれば満足そうな表情を浮かべる宰相。
「ふむ、それでいい。だが、決勝が不戦勝というのはいただけぬな。試合中の不幸な事故。そうあるべきだと思わんか?」
「御意に。ある程度の怪我もしくは毒くらいが適切ですか。あとはあの勇者様次第と。随分と戦闘意欲旺盛に育ちましたものな」
「あれは私にも予想外であったわ。レベルメタフィンとの相性が良いのであろうな。キリシアにはあれの手綱をうまく取っておけと伝えよ。それと最終日の準備は問題ないか? それとその後もだ」
「ハッ、公王の洗礼にはアーレン、オルディス両神殿の協力の下、大々的に行う予定を組んでおりますし公王がどちらを選ぼうとも問題はないようにしてあります。それと彼の者達ですが道化師からの報告によれば王都出発後、数日のところで動き出す手筈でございます。良き報告ができるよう最善を尽くしておりますのでご安心下さい」
顎に手をやり幾分思案した後、テラーズのほうへと向き直り視線を合わせる。だが一切表情は変わらない。まるで氷の彫像の如く酷く冷たいものである。
「失敗は許されん。この国は一つに纏まるべきなのだ。獣人や魔族なぞ亜種共はいらぬ。普人族だけあればいい。そして亜種を擁護するあやつの存在が最も目障りとなる。全ては我らの国のためだ。行けっ!」
「ハッ」
恭しく頭を下げ執務室をあとにするテラーズ。その背は敬愛する宰相の期待に応えるべく情熱に溢れていた。……だが、それ故に彼方を見ながら宰相が洩らした言葉に気付かないでいた。
「……アイリン、もうすぐだ。もう少しで……」
◆◆◆
ようやっと二回戦を勝った俺は先達ての二の舞を回避すべく次の試合を眺めております。俺のせいで開始がかなり遅れたってのもあり普段着に戻ってお手製のせんべいを貪りつつの観戦でございます。ごめんね、土魔術師の皆さん。
噂の連邦よりきたる魔法剣士アジマルドとなんか騎士道精神ひとーつとか口上を上げまくっている王国からきた若い騎士っぽいのとの戦いだ。ぶっちゃけあんまり参考にならないな。開始から速攻で大技らしき突きを放った若い騎士はアジマルドのカウンターを喰らってあっさりのされていた訳で。
リーチの差があれだけありつつ綺麗なカウンターを決めるって技量は凄いと思ったけれどもね。アジマルドの種族は幼人族。俺より大分背が低い。見た目は普人族の子供だが立派な成人であり一定の年齢からはそのままの外見なのだそうな。どちらかといえば魔力を操ることに長けており実際連邦の魔術師部隊には大勢の幼人族が配属されているらしい。全部、エレノアさんの受け売りだけど。
シャニアも含めエレノアさんたちは以後の試合も観戦するようだ。俺はどうしようかね。情報屋も国外の情報は持ち合わせていないようなことを言っていたしな。一度、ポポト君たちの様子を見に行ったらティーナさんにひとつ稽古をつけてもらおうか。手に持つ武器は一緒だし何かしら得るものがあるだろう。うむ、そうしよう。
「やるやる、アタイもノブサダと一戦交えたかったんだよねぇ。ふふふ、楽しみだよ」
ティーナさんあっさり了承。流石戦闘狂の気がある種族である。嬉々として武具の準備をしているのだが真剣でやるつもりなのか? 当たり前だと一言でいなされてしまったのは言うまでも無い。
さて、場所はどうするかという問題があった。王都の冒険者ギルドなら広めの修練場もあるんだろうなとは思いつつも人目がある為避けたい。そういえば一度も顔出していなかったな。今更だしいいか。
いくらか考えて結局詳しそうな人に聞こうじゃないかと「マザー・パン・ガード」へティーナさんを連れ立って来ている。あわよくばまあ裏庭借りれるかもという考えがあるのは否定できない。アドバイスなんか貰えたら言うことなしである。他力本願ここに極まれり。
「ん? いいよ。ただ閉店したら俺と一戦な」
あっさりOKである。戦闘狂恐るべし。お礼にお昼は俺が作ると言ったら楽しみにしていると爽やかな笑顔を向けられた。イケメンだが爽やかすぎてもげろとは思えないナイスガイである。平たい顔でもエレノアさん達はいいって言ってくれるからいいんだもん。羨ましいなんて思わないんだからねっ!
セシリーナさんの見守る中、裏庭にてティーナさんと鉄蟻素材を伸ばした練習用の棍棒を持って対峙している俺。ティーナさんはフル装備だがな。流石に魔獣装備で相対するのは周りの目があるので却下。一応、知っているのは公爵家一行とエレノアさん、ティーナさん、ポポト君たちだけだからだ。
ぶっちゃけると両手棍はあくまでサブウェポン。格闘のほうがメインなんだよね。今までも土墾杖の発動体になっているだけだしな。果たしてティーナさん相手にどこまでできるか。知り合いの女性を殴るとか気は進まないが癒すことは可能だし本人もまったく気にしていないので心を鬼にして挑もうと思う。
「それじゃいくよぉ!」
ダンっと一足飛びに踏み込んでくる彼女の瞳に容赦というものは無く真剣である片手剣を本気で振りぬいてくる。本当に遠慮ないぞこの人!
予想以上の速度にあっさりと両手棍の範囲の内側へと踏み込まれてしまう。跳ね上げられる盾から仰け反るように身をかわし倒れ込みそうになるところを『空気推進』で体勢を整え反撃とばかりに頭を狙い回し蹴りをお見舞いする。
ガキーーーン
鉄蟻製の脚絆と金属性の盾がぶつかり合うことで甲高い音が響き渡る。が、更にそこから『空気推進』を追加発動することで無理矢理盾ごと押し通る!
顔へ直撃とはいかなかったがその小さな体はズザザザザと数歩分弾き飛ばされ盾を持つ手も幾分痺れているようにも思えた。その隙を狙い屈んだまま足払いを発動。
あわや直撃するかと思われたが飛び上がってかわし両手棍を踏みつけその上を駆けてきた!? ギシリとしなる両手棍をすかさず離し迫るティーナさんを待ち受ける。袈裟切りで切りかかってきたところをバックステップで距離をとり振りぬいたところへ飛び込みつつ正拳突き。それを屈んでかわし今度は彼女が足払いをしてきた、勿論真剣で。下手をすれば足首切断である。
避けるついでに推進力を使って屈む彼女の上を飛びそのまま踏みつけるように落下する。
「ふぎゅっ」
まるでカエルの潰れたような声を発しべちゃりと地面へと突っ伏すティーナさん。すぐに足をどけ離れるもその背には俺の足型がくっきりと残っていた。
土を払いゆっくりと立ち上がる彼女には剣呑な雰囲気が漂っている。
「ふ、ふはははは、やってくれるじゃあないか。いいねぇ、楽しいったらないよっ!」
彼女の猫のような瞳が金色に輝いている。以前、聞いたことがあるのだが気分が高揚するとそうなるのは種族的なものらしい。興奮すればするほど爛々と輝くそうで戦闘意欲の高さを否応なしに窺わせるな。
そこからはひたすら防御に徹する。片手剣の軌道を読みいなし弾き掌底で打ち払う。時折挟んでくるシールドバッシュは体捌きで身をかわす。技量としては明らかにエレノアさんのほうが上だが傭兵らしく様々な手を使って果敢に攻め立ててくるものだから生傷がどんどん増えてしまう。特に目潰しなどの姑息だが有効な手などはもろに喰らってしまい酷い目にあった。お返しにレモン汁を霧散してやったらフギャッともんどりうっていたが。やはり猫科っぽいだけに柑橘系には弱いらしい。
それから2時間みっちりと戦いあう。先日のダンジョン潜行と違い大暴れしているから満足気である。俺ももはや汗だくで正直疲れ果てた。虎獣人おっかないわぁ。称号をカビデストロイヤーに変えてクリアとドライを自身とティーナさんにかけて汚れと殺菌は完璧である。何度か試したのだがこの称号の効果が及ぼすのは俺の魔法などの効果範囲内だけに限定されるので広範囲魔法などを使わなければそう気にすることもない。使い勝手が分かっててよかったよ。




