第157話 今回は特別でね、もう一人来ているんだ。こっそりと。
衝撃と素晴らしいのとクリーム色がお気に入り。
全部敵方だったりする不思議。
その頃、ノブサダはというとヤツフサを伴ない出会う敵を殲滅しつつ奥へと歩を進めていた。
目指すはボス部屋。ただし次の階層へと向かう場所ではなくどちらかといえば宝物の守護をしているサブのボスというべきか。だが倒したところでドロップもほとんどなくさらには次の魔物がすぐに湧くという不人気な場所らしい。周辺に魔物のポップするポイントがあるということで待つにも向かないといった理由も含まれるだろう。
だが突貫でレベルを上げるという目的には丁度いい。今回は上のクラスではなく放置していた下位クラスを一気に上げ身体能力の底上げが主目的になる。ついでにヤツフサのレベル上げもある。そもそも彼女の能力を十分に把握してるとは言えないしレベルも10とさほど高くはない。目的地に向かう間の敵はエアバインドで捕らえ接待プレイでスキルとレベルを上げていった。
――ヤツフサの風の爪だけど使うときに爪で本当に引っかくことを想像しながら使ってみようか。薙ぐだけでなく切り裂くような感じで。
そう指示したのも風の爪、土の牙共に殺傷能力がいまいち無く精々窒息させて息の根を止めるくらいが関の山だったからである。駄犬たち相手ならそれで良かったのかもしれないが魔物相手にはちょっと辛い。すまんが共に血塗られた道を歩んでもらうぞと心の中で謝罪しつつ使い方のイメージを伝えていくノブサダ。
『よっはっほっ。中々難しいものでござんすな。オヤビンできるならば手本をみせてほしいでござんすよ』
ふむと顎を撫でで思案する。風の刃はメジャーではあるがよく考えるとミキサー代わりの魔法でみじん切りにしていたくらいしか使用していなかったな。折角だしこの機会に実践的なものを仕上げてみるか。
九字をきるようにミキサーの元になったウィンドストームを刃状に加工するイメージで撃ちだす。放たれた不可視の風の刃はダンジョンの壁に当たるとブシュンと消え去った。うーん、なんと言うかこう収まりが悪い感じがするとノブサダは納得できないようだ。出会う魔物出会う魔物に只黙々と風の刃を撃ち放ちながら何度も修正を加えていく。妄想と想像と試行錯誤が延々と繰り返せるのがノブサダの強みであろう。そしてヤツフサはそんな姿を見ながら自分のイメージを固めていった。
パッチン!
結局、親指と中指を弾き飛ばす所謂指パッチンをしながら撃ちだすのに落ち着いてしまったノブサダである。とても素晴らしいイメージが沸き起こるのは余談だ。ただイメージがしやすく無詠唱で撃ちだせる為、結構気に入っていたりする。
パチンパチンパッチン!
指が弾けるごとに魔物たちが寸断されていく。今出現している魔物はほとんどが20レベルにも満たないものばかりなので無双状態なのも当然だろう。正面、背面、くるっと回って複合で。舞い踊る姿がなんともいえない。もうこの男ノリノリである。
『オヤビン、オヤビン。あっしもコツを摑みやした。見ていただけますかい?』
マナポーションを飲ませつつ繰り返したヤツフサは早くもイメージが固まったようだ。豊富に持ってきた薬品をガブ飲みしひたすら研鑽を積んでいたから当然といえば当然なのかもしれない。当初は武技と同じように体力を消費するのかと思っていたのだが識別の魔眼で観察していたところヤツフサの今ある二つの技は魔力を消費して行使するものらしい。頻繁にマーキングをしているのは飲みすぎた弊害だろうか。
『いきやすよー! 奥義『次郎長旋風斬り《じろちょうつむじぎり》』でござんすー!』
ググっと前傾姿勢で力を貯めたあと、魔物の横をダッと駆け抜けるヤツフサ。次の瞬間、魔物は三枚におろされ霧散して消えた。接敵する瞬間、前足を振りぬくと同時に発生した三本の風の爪が切り裂いたのだ。射程距離は縮まってしまったが威力は見ての通りである。スキルレベルが上がればいつか飛ばせるようになるかもしれない。
なんてできるお犬様であろうか。これは自分も精進し続けないとあっという間に追い越されてしまうかもしれないなと少し焦るのであった。
『オヤビンどうでした、あっしの新技は? 褒めて欲しいでござんすよー』
わっふわふと自信満々で尻尾を振るヤツフサに自身の焦りも忘れ撫でつつ燻製肉の切れ端を良くできましたと与える。ヤツフサはルイヴィ豚よりオーク肉の燻製のほうがお気に入りらしい。ちょっとしたクセのある味が彼女の胃を掴んだのだろうか。
なんにせよ結果的に戦力は増強されていく。ヤツフサのセカンドクラスやクラスアップが楽しみになるノブサダであった。
そしてノブサダはというとまず後衛クラスを中心にクラスを設定し事に及んでいた。平均で10くらいなもので順調にそのレベルを上昇させていこうとしている。また戦士のようにどこかで限界を迎えるかもしれないなと思いつつ20あたりを目途に切り替えるつもりだ。
それとヤツフサが開眼してからは雄曼酸棍を握りせっせと突きを繰り出し薙ぎ払い叩きつけるを繰り返していた。現在両手棍はレベル3。武技は足払い、連突き、土墾杖の3つ。前二つは非常に分かりやすいのだが特殊なのは土墾杖である。本来の使い方は土地の開墾用であり鍬で使える農家の技だ。打ち込んだ周囲の土地を耕す、只それだけの代物なのだがノブサダはそれに指向性を持たせ隆起する幅を大きくすることで相対する相手の足場を乱すという使い方をしている。土墾杖が魔力を使う系統の武技だから魔力操作を併用してみたらできたらしい。
ノブサダが人気のない方向へとどんどんと進撃していると不意に微かな視線を感じた。それはヤツフサも同様なようで念話で話してくる。
『オヤビン、後ろの角辺りからなにやら気配がしやすが放っておいていいんですかい?』
――気づいちゃったか。うん、まあ誰だかも把握はしているから問題ないといえばないんだ。とはいえ放置することもできないか……。ヤツフサ、そこの角を曲がったら気配を殺して待機するぞ。
合点だとばかりにワォンと一鳴きしてダッっと二人駆けて行く。敵の気配がない事を確認して角を曲がってすぐ背後をうかがう様に待機した。微かにカツカツカツと何者かの足音が近づいてくる。若干の焦りからか先ほどまでより足音が大きくなっている。
足音の主は警戒しつつも早足で歩みノブサダたちから離れぬよう角を曲がる。が、そこで待ち構える人物達の顔を見てばつの悪そうな顔をして頭をぽりぽりと掻いた。まるで悪戯が見付かった子供のようである。
「で? 何でここにいるんですか、シャニア嬢?」
「い、いやぁあっさりバレてしまったようだ。流石、ぱぱっと一回戦を降しただけはあるね」
若干挙動不審になりつつ慌てて言葉を繕うシャニア。ジト目で睨みつけるノブサダにたじたじである。
「シャ・ニ・ア・嬢! 質問に答えてもらっていませんよ? 今はエト様と一緒に闘技場で武闘祭の観戦をしているはずでしょう。なんでここにいるんですか?」
「それなんだけどもね。私が注目していた目ぼしい有力選手も昨日ほとんど試合が終わってしまったんだ。今日の一回戦の残りは例年と比べてどうにも出場者が小粒なような気がしてね。どうせなら君の戦い振りを間近で見よう、あわよくば一緒に戦えないかなーと考えてしまった訳だ」
その言葉にノブサダは自分の嫌な予感が見事的中したと頭を抱えた。この暴れん坊公女はやる気だ、間違いなくやる気で来ていると。彼女がいるならば派手な魔法は使えない。明らかに不利になるのは分かりきっている。
だが考え方を少し変えてみれば一緒に行動することは悪いことではないと思えた。彼女の身に何かあればグラマダにとってひいては和泉屋にも何かしらの影響がでることがあるかもしれない。ここで少しでもレベルを上げておけばその機会を潰せるかもしれない。ましてやこうして同じ釜の飯を食ったというか食わせたのだから少しは情を抱いている。それが友情なのか愛情なのかは定かではないがそんな者を見捨てることはノブサダには出来ないだろう。
「ふぅ、仕方ないですね。俺達が倒してきた後をついてきたってことでしょう。今から一人で帰すわけにもいきません。ただ、一緒に行動するのであればこちらの指示に従ってもらいますよ。それが出来ないのなら今からポートクリスタルまで戻って送り出しますから」
「うん、うん、それでいいよ。それと私のことも呼び捨てで構わないからね。私はこのレイピアとバックラーが主武装なんだ。あとは水魔法を少々かな。そっちのわんちゃんもよろしくね」
姫騎士のレベルは以前会ったときよりも3つ上がり22になっていた。とりあえず彼女にはヤツフサと共に戦ってもらうことにする。両手棍の範囲内に入っていないほうが自由に動けるだろうということと案外一人と一匹の武装の相性が良さげだと判断したからだ。
アォン!
ヤツフサの一声で鹿の頭に馬の胴体を持つ「シカウマ」の足元が泥濘に変わり踏み込もうとしたところ前足をとられ顔から床へと転倒する。そこに首筋の辺りを狙ってシャニアのレイピアが突き刺さる。柔らかな首筋から斜めに突き刺さった刃は脳へと達しビクンビクンと体が痙攣するとやがて光の粒子と消えた。
「そうそう当たるものではないよ!」
柔和な笑みを浮かべる小型イノシシ「マイルドボア」の突進をバックラーで受け流しバランスを崩したところにヤツフサの『次郎長旋風斬り《じろちょうつむじぎり》』が襲い掛かる。実際には武技などではなく風の爪そのままなのだが彼女が気に入っており発動もしているのだからとノブサダは生暖かく見守っていた。前の魔物同様三枚に下ろされたあと消え去り魂石と脂身がほどよくのったイノシシ肉の塊がドロップしている。ヤツフサだけでなくシャニアの目が爛々と輝いている。彼女もノブサダの料理を非常に気に入っているようだ。目が今日のお昼はこれでと語っていたのが良く分かる。
二人が一体を相手にしている間にノブサダは単身で魔物を相手取る。どうにもこのダンジョンの魔物は敵対心をもたれた場合に同種族の魔物が近くに居ると連動して襲ってくるようだ。2匹釣れた場合はそのまま残りを相手にしそれ以上が来た場合は二人が倒しきるまで防御に徹して耐え切る。倒せない訳ではないがこれも復習だと受けの型、返しの型で耐え時に幾らか数を減らしつつ二人を待つ。
そんなこんなで目的地へ到着する。あたりに冒険者の姿はない。空間把握にもひっかかることがないのでよほど人気のない場所なのだろう。着いたところで一休憩とりこれからの予定を説明する。
「これからここのボス部屋へと挑戦しますがやることは一つ。倒して倒して倒しまくること。聞いた話では一戦ごとに部屋から出ることは可能らしいけれども何もない限りは延々と狩り続けます。戦闘方法は今までと変わらずで。何かあればこちらから指示をだします。質問はありますか?」
「えーっと、疲れたらどうするのかな? ほら、疲労したところをつかれると危険じゃないか」
「そういうときはコレを飲んでもらいます。うちの商品で名をリポビタマDX。だいぶ疲労が軽減されますから。それでも辛いときは俺が受け持つので少し休んでてください」
「ノ、ノブサダ君一人でかい? だ、大丈夫なんだろうか」
「はっはっは、師匠と延々と組み手をすることに比べたら余裕ですよ。いざとなれば全員で離脱しますからそこはご安心を」
「そ、そうなのかい。確かに……戦拳と組み手は怖いなぁ」
シャニアはそれを想像してぶるっと身震いしてしまう。あの拳が自分に突き立つと思うと恐ろしいにもほどがある。
先ほど入手したマイルドボアの肉はほどよく脂が乗っており岩盤焼きにして振舞われた。塩、お手製のタレ、同じく手作りのポン酢を用意してある。ヤツフサの分は焼いた後に少し冷ましてからほんのり塩を振っただけのものを準備した。臭みがあると思われたのだが然程のこともなくご飯が進んで仕方ない。これから連戦だというのについつい食べ過ぎてしまったとシャニアが後悔していた。
余裕を持って休憩し夜中まで動くとして残りは半日弱。これよりノブサダズブートキャンプが始まる!




