第154話 再生
当初は阿修羅ってタイトルだったけれどやめました。エレノアさんは嫁ズの中では一番の良識派ですもの。
さて後顧の憂いは断った。ポポト君のところに戻る前にエレノアさんのほうを尋ねておこうか。この時間ならエト様のダンスパーティー出席の準備で宿にいるはずである。それにしても貴族ってダンスとか好きだよな。俺にはとんと理解できないが……。
そんなことを考えつつ宿へと戻るとそこには!
そこにはっ!!
背中に阿修羅を背負ったエレノアさんがいた。ひいいいい、怒っていらっしゃる。一体何事ですか!
「旦那様! なし崩しにとは言えグラマダの名を背負って戦うという身でありながら次の対戦相手の情報を収集することも無くふらふらとどこかへ消えてしまったのは一体どういった了見ですか!」
ぎゃーす、しまった。あの後すぐにポポト君を追ったからまったく事情説明してなかったんだ。
それにしても恐ろしい。憤怒の怒気というのだろうか、殺気と違う恐ろしさが部屋一杯に広がっている。ティーナさんもヤツフサも部屋の端っこでびくびくしているもの。耳も尻尾も完全に敗北者のように垂れ下がっている。
ここは誠心誠意事情を説明して落ち着いてもらう他に道はない。土下座の構えのまま今日起こったことを順番に説明していきました。ちょっとだけパンツが濡れていたのは誰にも言えない事実です。
マフィアのところ以外は包み隠さず話したせいか怒気も和らぎ阿修羅様は退散なれた模様。それでも青筋は浮いているのですがね。
「それならそうと言ってから行ってください。あの少年と喫茶店に向かう前などに時間があったはずです」
確かにありました。まったく持って申し訳ございません。全面降伏する次第でございます。
「なんでこんなことを言うのかというと大きな番狂わせがあったからです。私達もおそらく旦那様も次の対戦相手はブリフ・トウゴウだと思っていました」
うん、そう思っていましたよ? そして対両手刀戦の経験はしっかりあるもんで対策もエレノアさんから聞いてから戦略を構築してもなんとかなるだろう的な気持ちでしたが。
「ですが予想に反してブリフは負けてしまいました。それも相手は無傷です。あの震陰流相手にですよ?」
なんてこったい!
完全にノーマークというか名前すら知らないよ!
とにかく落ち着いたエレノアさんからその状況を詳しく聞きだした。
ブリフの相手は王都の魔術師ギルドでも若手の天才と呼ばれている男で名をバイルと言う。筋骨隆々の恵まれた肉体を持ちローブは常にパッツンパッツンらしい。ローブの下はタンクトップにズボンという魔術師らしからぬ服装だとか。果たしてこれはいる情報なのだろうかね?
試合はというと開始早々ブリフが斬りかかったのだ。その速度たるや瞬きする間に一足飛び。だが、刃を振りぬいたと思った時には崩れ落ちていたという。エレノアさんの動体視力を持ってしても何が起きたのか理解できなかった。となれば魔術師だけに魔法的ななにかだろうと予測する。ブリフだって相手が魔術師らしき人物なのだからそれは警戒していたはず。それを踏まえてでも一撃で刈り取る気構えで挑んだのではないだろうか。
予測でしかないのでなんともいえないがとりあえずじっくり観察しながら戦うしかないだろうな。俺の二回戦は明後日の第一試合。それまでに色々とありそうな魔法、罠とそれに対抗する術を考察してみましょうかね。最終的に下手な考え休むに似たりになりそうな予感がするのだけども。もし近場にダンジョンがあるのなら底上げのためレベル上げにいってもいいかもしれない。
差し当たってその辺を説明した後、今日はあの子達の様子を見に行かせて欲しいと頼み込んだ。例の頭の言っていたことが事実なら解毒することで残りの子の体調回復が早まるかもしれないんだよ。
「仕方ないですね、本当にもう。旦那様に無理に出場してもらっているのですから今回だけですよ? 今後はちゃんと何処かへ行く前に一声かけてくださいね。それとこれからエト様たちと城のほうへ行ってきますのでティーナさんの食事だけは準備をお願いします」
半ば諦めたようにほぅと溜め息をつきつつも外出を認めてくれるエレノアさんが大好きです。ティーナさんの食事ですネ。それはすでにちゃんちゃん焼きを準備してありますよ。魚介は在庫が残り少ないのであまりだせないんだけどね。
ティーナさんを一人残していくのは気が咎めたがヤツフサがいるから問題ないよね。恐らく王都に居る間中缶詰状態になるのはきっと確定なので諦めてください。あ、食事に目がいってまるで聞いてませんかそうですか。
『オ、オヤビン! あっしも着いてっ、あっ、エレノアの姐さん、尻尾はデリケートでござんす。そんなに顔を埋めちゃ嫌でござんすよぉぉ』
すまん、ヤツフサ。好物の燻製肉置いていくから頑張ってくれっ!
向かう途中、食材、綺麗な布、フリーサイズで使える子供用の服をごっそり購入。面倒を見ると決めたからには全力で面倒を見ましょうぞ。
そして衰弱していた三人は意識を取り戻し壁に背をもたれるようにしてなんとか起き上がっていた。獣幼女たちはそれの事で口々に感謝の言葉を言ってくるものだからむず痒い気持ちになってしまう。そんなに善いやつじゃないのだよ、俺は。
順番にキュアポイズンをかけていくと先ほどまでは衰弱状態だったが今では不健康となっておりあの頭が洩らしていた通り毒を扱われていたことを思い知った。今度こんなことがあったなら魔法総動員したほうがいいなとちょっと反省。俺は医者じゃないんだから診立てたところで信用ならんのだね。
素弱が解けると同時に体調も良くなったのか各々立ち上がり自分の体の調子を確認している。おお、毒さえ消えればそこまでできるか。逞しいな。
「ありがとうございます、ノブサダさん。まさかこいつらに毒が使われていたなんて思いもよりませんでした」
「たまたま総当りで魔法を使っただけだから気にしないでいいさ。これでアリナちゃんさえ回復すればみんな纏めてグラマダへ行けるかな? 少なくともこの街よりは暮らしやすいはずだ」
起き上がった三人の一人。一番ガタイのいい熊の獣人が右拳を肩へと当てて敬礼するが如く立っていた。
「ああ、ポポトから話は聞いている。俺達獣人は受けた恩と恨みは忘れない。俺はライマン。熊人族の戦士だ。命を救ってもらったこと、家族を救ってもらったこと、必ずこの借りは返す」
「僕はクリフ。馴鹿族の罠使いです。いやぁ、本当に死ぬかと思いましたよ。助けてくださってありがとうございます」
クリフ君はぽやーんとした感じのトナカイの獣人。頭に立派な角がある。罠使いか。一度だけ遭遇したがトラバサミばっかりくらった印象が強い。あれは痛かったな。
「ムライです。水魔術師をやっておるとです。まぁあまり魔力が多くないのでもっぱら後ろからの投石なんてしておるとです。ムライです。」
なんで二回自己紹介した?
狸人族のムライ君は非常に小柄だがこの仲間内では二番目に年上である。それと獣人は身体能力が高めなので魔力は少なめなようだ。そう考えるとフツノさんは結構な規格外なんだろうな。たぶん素の魔力量で今は2~300はいってるはずだもの。
「改めて自己紹介しておこうか。俺はノブサダ。グラマダからやってきたしがない冒険者だ。まぁ色々と話していないこともあるんだがそいつはおいおいってことで。とりあえず飯にしよう。まず君達には栄養を取って本調子になってもらわないとな」
そう言い放ちまず衣服を取り出し着替えてもらう。その間に飯の準備をしておこう。急にがっつりしたものってのも拙いからおかゆにほうれん草のおひたし、鶏と大根のあっさり煮、味噌汁と俺特製かつお梅ってところか。
複数の鍋を扱いぱっぱぱっぱと準備していたら全員が固唾を呑んで俺のほうというか鍋の中身を見つめていた。今までの生活からすれば我慢しろってほうが無理か。これでも齧って待ってなさいとクッキーを数枚預けてやれば物凄く感動している。そうか甘味はそれなりに貴重品だったっけか。グラマダじゃ比較的浅い階層で砂糖がドロップするから気にせずお菓子作っていたからすっかり忘れていたよ。
皿がないからおかゆと味噌汁だけよそってあとは大皿から食べてもらおう。どどんと盛り付けられたそれを目の前にあてがうと子供達の目が「食べていい? ねぇ食べていい?」と言わんばかりに輝いている。よしと言った途端にむさぼるように食べ始めてしまった。幼女たちも少し前にあれだけちゃんちゃん焼きを食べたにも関わらずその勢いは激しい。ほらほら、まだまだあるから落ち着いて食べなさい。それにしても若いからか獣人だからかなのか分からないが回復力が尋常じゃない。リポビタマDXの栄養素をあっさり吸収したようでかさかさだった肌はつやつやに、少し痩せこけて見えた体にはすでに肉付きよく見える。明らかに異常だと思うのだがこれが異世界クオリティなんだろうと無理矢理納得した。
「ポポト君。アリナちゃんのほうを治療するから君はこっちに来てくれるか?」
「ふ、ふぁい。いみゃいきまふ」
ポポトよ、お前もか。口いっぱいに頬張りながら残念そうな顔をしない。作り置きしてたのあげるから。
すでに日は落ち蝋燭の明かりが揺らめくバラック小屋。薄明かりに照らされたアリナちゃんは初めて見たときよりも随分と顔色が良くすでにベッドを背に起き上がっていた。すごいな、獣人の回復力とリポビタマDX。
ガラスのない窓から夜空を見上げていた彼女は俺達が入ってくるとはにかんだような笑顔を見せた。
「やぁ初めまして。調子はどうかな?」
おどけた調子で話しかける俺を訝しがることなく頭を下げ真っ直ぐに見つめてくる。
「私も皆も助けていただいてありがとうございます。私はアリナ。ノブサダ様に最大限の感謝を」
むむむ。随分と丁寧な挨拶だ……な? あれ、横のポポト君が噴出しそうになるのを必死に堪えている。あ、ぶはっと決壊した。
「止めてよ。アリナ姉ちゃん。俺を笑い殺す気?」
その途端、先ほどまでの淑女然とした雰囲気は霞のように消え去り薄暗い雰囲気には不釣合いな太陽のごとき笑顔が浮かぶ。
「いいじゃないか。あたしだって礼儀くらい知ってるんだよ。ああ、もう折角キリっとしてたのにさ。まぁこっちが本性なの、御免ね」
「気にしちゃいないさ。俺も堅苦しいのはそんなに得意じゃない。さてそれだけ元気があるなら治療するのに問題はないだろう」
念のためともう一本リポビタマDXを飲んでもらい患部へと魔法をかける。
「神聖なる光の下に彼の者のあるべき姿へ癒し補い戻さん、リジェネーション!」
まるで逆再生の映像のように徐々に足が再生されていく。あまり見てて気持ちのいいものじゃないがしっかりと状況を把握して集中しないといけないからつらい魔法である。アリナちゃんも脂汗を滲ませながら耐えている。こいつは治療を受けているものに結構な痛みをもたらすんだ。
魔力を放出しつつ踏ん張ること1時間。休みが入れられないってしんどいね。その甲斐あってかそこには綺麗に再生された右足があった。
感無量なのか思わずアリナちゃんとポポト君は抱き合って涙を流している。割り込むのも悪いのだがさっきからあっちで全員がニヨニヨ見つめているんだけど……。皆の視線に気付いた二人はバッと離れて顔を真っ赤にしていた。
「それと……その耳と尻尾はどうする? 治そうか?」
ビクンと反応してこっちを不安げに見つめるが大丈夫だよと彼が語りかけると小さくコクリと頷いた。
先ほど同様に耳と尻尾の付け根にリジェネーションをかけてやればそこには立派なけも耳が再生される。ッピンとたったその耳は犬のもの。初めての犬人族はおっさんではなく少女でした。よかったよかった。




