第153話 救いと破滅
よく見てみてみたら再連載開始からもう9ヶ月たっていたんですなぁ。
しみじみする秋。
ああ、梨でも剥いて食べよう。
先日俺が入ったところよりも奥深いスラムの中。バラックというか何と言うか吹けば倒れそうな気もするボロ家に身を寄せ合うようにして子供達が住んでいた。そのうち何人かは寝込んだまま起き上がれない状態。俺の識別の魔眼では病気などではなく衰弱としかでてこない。
「皆でアリナの薬を買うため食費も削り身を削って稼ぎました。それが祟ってこんな事に……」
その肝心のアリナという子は走り来る馬車から他の子供を護ってそれに轢かれてしまった。右足が切断され他も打ち身で余命すら危ぶまれる状態だ。
『とりあえず何があるか分からないんでちょっと結界を張る。ポポト君は他の子を集めて動揺しないようにして』
「は、はい」
魔力を練り上げ以前バンジロー戦で張った人避けの効果を持つ結界を組み上げる。これで魔獣装備を外しても構わないな。これ着たままじゃ視界の問題で精密作業はできないんだものさ。
指輪に魔力を通して解除のキーワードを唱える。
――常着!
瞬時に魔獣装備が外れいつもの鉄蟻装備へと換装された。それを見てポポト君も子供たちも吃驚している。
「ふう、まずはこっちの3人からだね」
「あ、あの? ノーヴさんですよ……ね?」
「ああ、すまない。ノーヴっていうのは偽名なんだ。この姿のときはノブサダでお願いするよ。俺のほうでも色々と事情があってね」
「は、はい」
「それじゃこれをこの3人に飲ませてくれるかい。単純に栄養失調だと思うからまずこれからで。多少良くなったら軽い食事をとらせよう」
そう言って取り出したのはリポビタマDX。栄養豊富で即効性もあるからこういったときに摂取するにはもってこいなのだ。一応信用させるため同じものを俺が飲むことで毒なんかではないと証明してからポポト君に手渡す。
俺が飲んだことで憂いがなくなったのか起き上がるのもしんどそうな3人に飲ませていく。とりあえずこっちはこれで良し。次は例の子だな。
「それじゃポポト君。例のアリナって子のところへ」
「はい……」
立て付けの悪い扉を開いた先には粗末なベッドに寝かされている10代前半の少女がいた。その姿は痛々しく顔色も非常に悪い。状態は重体。何日か遅ければやばかったな。そして近づいて気付いたが彼女は獣人だった。両耳が千切れて髪に埋もれているが間違いなく。これが神殿に連れ込んでも法外な金額を要求される訳か。
まずは打ち身からだ。ハイヒールを使い丁寧に体中を癒していく。多少は落ち着きを取り戻してきたように見える。意識がなくとも痛みのためか眉間に皺がよっていたがそれが消えているので痛みのほうもなんとか治まってきているようだ。
「とりあえずこれで重体は回避されたはずだ。あとは意識が戻ったら彼らと同じように栄養をとらせて落ち着いてから足の再生に入るよ」
先ほどからずっと押し黙っていたポポト君はずっと泣いていた。諦めきれないがもはや……というところまできていたアリナちゃんがもう大丈夫だろうと言われたら感無量になってしまうか。
「ポポ兄ちゃん、お姉ちゃんたち治るの?」
「ああ、ああそうだよ。このノブサダさんが治してくれるんだ。みんなお礼を言わなきゃだめだよ」
「「「ノブサダさん、ありがとう(だにゃ)」」」
幼い子供には無理をさせられなかったのだろう。ポポト君の足元に集まっていた比較的元気な3人の獣人幼女が俺に向かって一斉に感謝を告げた。ははは、これだけでも魔法を使った甲斐はあるわな。一人だけ語尾が「にゃ」なのが気になるが。
そんじゃ次は彼だ。
「それじゃポポト君。そこに座ってくれるかい?」
「え? え? は、はい」
一体なにごとかとあたふたするも薄汚れた椅子に座る。
「こいつを外すけどいいかな。これから君の治療に入る」
その言葉を理解するまで少し間が空くも納得したのか慌ててターバンを外した。
さてここからは集中力の勝負だ。使う魔法はリジェネーション。タタカの火傷跡を治すのに使ったのだが瞬時には治らず結構な時間がかかった。ましてやポポト君の場合は頭皮の7割ほどと体のいたるところに傷跡が残っている。ドルヌコさんのところに連れて行くのに傷だらけじゃあの人が気にしすぎてしまうだろう。治せるものなら治してやるさ。
とりあえず残った髪の毛を剃っていいか許可を貰いソリソリすれば丸コ○くんになるポポト君。
深呼吸して魔力を練り上げつつ今髪のある場所を参考に頭皮などが完全に癒える姿をイメージする。両手で頭を包み込むように構えると詠唱とともに魔法を発動させた。
「神聖なる光の下に彼の者のあるべき姿へ癒し補い戻さん、リジェネーション!」
手の平から淡い柔らかな光が発せられる。その暖かな光はゲル状に固まっていた火傷跡を徐々に癒し元ある形へと戻していく。流石に髪の毛までは生え揃わないが毛根は復活するのだ。だが天然の禿には効かないのが仕様である。
魔法の発動を維持すること10分ほど。目立った火傷跡は無くなり坊主頭って感じにまで戻った。少し休憩を挟んだあとに体中の大きな傷跡を消していく。始めてから30分もたつ頃にはすっかり綺麗な状態へと戻りつつある。
「ふう、これでいいだろう。すまないけど髪の毛は生え揃うのは少しかかるよ」
ポポト君は自分の頭皮や体を何度も何度も触り感触を確かめる。信じられないとばかりに。そしてそれが現実だと分かると顔を伏せ静かに体を震わせていた。時折嗚咽が混じっている。ここはそっとしておこうと獣幼女たちを連れて部屋から出ておく。とりあえず彼女達も結構ガリガリなので栄養のあるもんでも食べさせておこうか。
しばらくしてポポト君が奥の部屋から出てくるころ、俺達はサケのちゃんちゃん焼きを頬張っていたりする。幼女たちにも大変好評でそれはもうリトルミタマ的な食欲を見せていた。その光景に彼も苦笑いするしかない。
「君の分もあるから食べてくれ。ちょいと俺は外にでてくるからさ。それと……ここにいる以外に仲間はいるかい?」
ちょっとだけ剣呑な雰囲気の俺に息を飲みつつもすぐに反応して答える。
「いえ、ここにいるだけです。あとは他のグループだったり無関係だったりします。基本俺達はどこにも属さずやっていたので」
「分かった。それじゃ俺が出た後はここから出ないようにしててくれ。夜には一度来るから」
「……はい」
それだけ言うと俺は外に出る。さてと少し掃除することになりそうかな。空間把握を頼りに駆け出しフッとその姿が消え去った。
◆◆◆
スラムの中でもそれなりに金や権力があるものだけが住める一画。ここにはマフィアやそれに順ずる者たちが軒を連ねていたりする。無論、表だってそうだとは公言しているわけではないが公然の秘密となっていた。
その中でも他と比べて頑丈なつくりの館のなかから罵声が飛び交っていた。
「バカヤロー! 高々金貨10枚巻き上げただけで帰ってきてどうする!」
「し、しかし頭。そいつは吹っかけた金額をぽんと払いやがったんですよ。払えないといったところを連れて来るつもりだったんです」
「阿呆が! 無い頭を使うからそうなるんだ! 馬鹿力しか能がねえんだからそいつを使っておきゃあいいものを……。いいか! あのガキの持つトレジャーハンターがあれば金貨の百枚や二百枚稼げらぁな。何のために他のガキどもに衰弱毒を仕込んだと思っていやがる。孤立させてうまいこと縛り付けるためだろうが」
子分を乗馬用の鞭で叩き息を荒くしながら怒鳴りつける頭。大人しく打たれている子分は苦痛に……いや、何も言うまい。恍惚的な表情を浮かべていたとは誰も知らないことだ。
「ふぅ、お前が無能なのは今更にはじまったことじゃねぇ。おい、お前ら仕事だ! 用心棒代分しっかりと働いてもらうぞ!」
やれやれ。予想通りっちゃ予想通りだな。どうやら無理矢理捕まえてどうにかしようという事らしい。ま、そんなことだとは思っていたんだけれどね。
俺は姿を隠して木の上にて一部始終を見ていた。そしてその態勢のまま手渡していた金貨10枚へと意識を集中する。
三途の川の渡し賃としちゃかなり多いが俺からの餞別だ。全員分賄えるくらいはあるだろうさ。こっちの世界で死んだら三途の川にいくのか知らないけども。
パチン
指を鳴らせばそれを合図にズドドドドドーンと重なるように大きな爆発音が鳴り響く。窓から爆風が一気に飛び出して木の上の俺を危うく吹き飛ばすところだった。
「へごはぁ!」
げっほげっほげっほげっほ
顔は煤だらけでドリ○もかくやといったところである。さらにメキメキメキと屋敷からなにかが崩れる音がしたと思えば屋根が直下に崩れ落ち惨憺たる有様となっていた。
予想以上の爆発に驚きだわ。慌てて空間迷彩を張りなおしながらそう思ったよ。
金貨10枚に仕込んだ『機人片塵爆雷』の威力は本当に予想外だった。多分だが金貨10枚それぞれ個別に仕込んだ『機人片塵爆雷』が相乗効果を起こしこんな大爆発になったんじゃないだろうか。この改変魔法、地面だけでなく物にまで仕掛けることが可能だと判明してから結構な実験を繰り返したのだが未だに威力が安定しない。ねずみ花火くらいのしょぼいものから今回のように連鎖大爆発を起こしたりと四苦八苦している。今回も10枚あればいくつかは十分な効果を出すだろうと見越しての運用だった。最悪は俺自身が手を出すつもりでいたし。
なんにせよこれでポポト君の周辺に憂いは無くなったかね。念のためと空間把握を発動すれば動く人影の反応はない。そしてそのまま空間転移でその場を後にするのだった。
第一の爆弾! ドーーーン




