第152話 吐露
タイトルを変換して一番目に出てきたのはトロ。
中トロ食べたいでござる。
『一回戦の勝者はグラマダ所属ノーヴゥゥゥ!! ポルポトの攻撃を寄せ付けず完封勝利です』
アナウンスが勝利を告げ会場内は歓声に包まれる。
そんな中、試合場の俺は倒れこんできていたポルポトを地面に寝かしてとりあえず雄曼酸棍を回収する。引き抜くと魔力による干渉が解除され隆起していた敷石は力を無くしたのか崩れ落ちる。あとの処理はお任せしよう。ちょっとだけ罪悪感があるけども。
そうこうしているうちにポルポトは医療班に担架で運ばれていった。一応医療班は配備されているようで死なない限りは勝者も敗者もある程度の治療は受けれるって話だ。ま、寝て起きれば回復するはずだし大丈夫だろう。次の試合も気になるし本来なら情報収集のために見るべきなんだろうけど詳細はエレノアさんに聞くことにして俺も治療室に行こうと思う。なんとなくだがこの機会を逃すと不味い気がする。
少しだけ迷いつつ治療室と銘打った部屋へと辿り着いた。というか随分と騒がしい気がするのだが?
「借金の払いは今日までだ。逃げようなんて気は起こすなよ? お前の周りのガキどもはいつでもどうとでもできるんだからなぁ。勝ちに全額賭けていたようだが当てが外れたな。」
おおっと修羅場チックですよ。直感を信じて良かった。さて、いきなり出て行くのもあれなんでタイミングを見計らいましょうか。会話から裏事情を知れれば尚良し。
「くそっ、何処までも汚い。そもそもお前が言い出したくせに」
「ふん! 金を稼ぐのに綺麗も汚いも言ってられねぇのさ。どんなに汚れていようが金は金だ。用意できなかったお前が悪い」
「分かった。もうどうしようもない。俺のことは好きにすればいい。だからあいつらには手を出さないでくれ」
「へへっ、殊勝なこった。これからお前は奴隷となりダンジョンへと絶えず潜ることになる。精々死ぬまで俺らのために戦利品を重ねてくれや」
ギリリと音が聞こえそうなほどポルポトは歯を噛み締めている。
「ちくしょう、アリナ、みんな。すまない……」
おっとこれ以上静観するのはやばいな。ここらで出張りますか。
『あー、すまないがちょっといいかな。そこのポルポト君に用があるんだが』
フルフェイスの妖しげな男が話しかけてくることに一瞬ビクっとするも地元の金貸しっぽい男はメンチをきってくる。
「あ゛あ゛ん? なんだテメェは?」
「あんたは! なんだよ、敗者を笑いに来たのか!」
『そんな趣味の悪いことはしないさ。俺が依頼で探している人物がどうやら君らしくてね。連れて行かれると困るんだよ』
「困るもなにも借金が払えないってんだから今日からコイツはうちの奴隷だぜ」
『いくらだ?』
「ああん?」
『彼の借金はいくらだと聞いている』
俺の問いに対してしばし考え込んだあと借金取りはこう答えた。
「10万マニーだ」
「なっ!? 俺が借りたのは1万マニーだろう!」
心底驚いているポルポト。
闇金か! 恐らくこの借金取りは最初から彼を奴隷にするつもりで貸したんだろうな。
「利子に決まってんだろう。お前が待ってくれと言うから期間も延ばしてやった。こっちだって慈善事業やってるんじゃねえんだからな」
つかつかと歩み寄り治療室に簡易に設置された机へともにゃもにゃしながら金貨を10枚、トンと重ねて置く。ちょっとだけキィィィンと甲高い音がしたのは二人とも気付いていないようだ。
『これでいいか?』
「あ、おおお、おう、問題ねぇ」
『証文は?』
「なんだそら? 金さえ払ってもらえりゃ用はねぇ。じゃあな!」
置かれた金貨を誰にも渡さぬよう懐へ押し込んだ借金取りはそそくさとその場を後にした。残ったのは俺とポポルト。彼は警戒心むき出しである。
「あんた一体何のつもりだ? あんたも俺のトレジャーハンターが目当てなのかよ!」
へ? どういうことだ? 俺も持っているけれどもさ。
『さっきも言ったとおり依頼での探し人が君らしいからだが? トレジャーハンターが目当てってのは何なんだ?』
ポポルトは警戒心はあるがコレに関して素直に答えてくれた。俺は知らなかったんだがトレジャーハンターは割とレアなクラススキルだったらしい。シーフに就いたものが習得できる確率はおよそ3割。これをレベル10に上がった際に習得できるか否かで行く末が変わってしまうとも言われているようだ。上級職もトレジャーハンター持ちならスカウトからマスターシーフへ進める可能性があるがトレジャーハンターが無い場合はローグ、バンデット、凶賊などあまり印象のよろしくない職にしか進めないようだ。そういえばジャミトーの件で出会ったギャザンが凶賊だったな。そう考えると俺とミタマ、ひとつのパーティに二人もトレジャーハンター持ちがいるなんてえらい贅沢な話って訳だ。
「その辺を何にも知らなかった頃、習得したのを知られてしまってからいくつかのパーティを渡り歩いたんだが下手こいてこの様さ。詳しくは聞かないでくれ。思い出したくも無い」
『ふむ。トレジャーハンターについては関係ない。さっきも言ったとおり探し人ってだけだからな。もう立てるようなら外の喫茶店で話がしたい』
「分かったよ。あの金を出してもらってそのまま消える訳にもいかない。だがこの格好じゃ……」
予想通り結構義理堅いようだ。多少は恩義に感じて交渉がうまくいけばいいけどな。っと彼の格好は随分とズタボロだったな。ダミーのマジックポーチから俺の着替えと頭に巻く布を出して手渡す。
『多少サイズは違うかもしれないが返さなくていいからこいつを使ってくれ』
「いいのか?」
手渡された真新しい上下に遠慮しがちに聞いてきた。『ああ』と頷けばいそいそと着替え始める。
そして俺は絶望感で一杯になる。
少々丈が短かったようで上も下も軽くつんつるてんになっている。10歳に負ける身長に絶望した!
気を取り直して二人連れ立ち先達てシャニア嬢たちと行った喫茶店へいくとしよう。個室があるのは知ってるからね。
見た目怪しい二人が連れ立って喫茶店に入ったときは胡散臭げに見られたけれども個室料金と飲み物代を先払いしてそそくさと個室に入ってしまおう。こっそりと消音の結界を張っておくのを忘れずにっと。
席に着いたと同時に頼んでおいた果実水も届いた。正面に向き合い取り合えずと果実水をすすれば彼もゆっくりと飲み始める。因みに兜の下部が開閉式になっておりそこからストローっぽいのですすっているのだ。
「あ、ああ。懐かしい……な」
ぽそりと呟くポルポト。
『さて話というのはだ。試合のアナウンスで聞いたかもしれないが俺はグラマダから来た。そこで知り合った雑貨屋の店主に王都に来るにあたってあることを依頼されていたんだ。元妻によって引き離された息子の行方が知りたいとね』
目の前のポルポトからゴクリと唾を飲み込む音がする。先ほどから呼吸も少しだけ荒い。もしかしたらなんらかのトラウマになっているのかもしれない。それでも俺は語りかける。
『店主の名はドルヌコ。そして息子の名前はポポト。つまり君のことだ』
「違う! 俺はポルポト。ポポトなんて名前じゃない!」
『違わないさ。その首元にある七つの黒子。ドルヌコさんと同じ髪の色。予めスラムに住んでいて冒険者となっている情報も仕入れてある』
「俺に親父なんていない! 他の女にうつつを抜かし店も俺も捨てていった男なんて知らない!」
ん? どうやらなにか齟齬があるようだ。まぁきっと母親がなにか吹き込んだのだろうけども。都合の悪いことは全部ドルヌコさんに押し付けたか?
『俺が聞いた話と調べてもらった結果とは違うな。ドルヌコさんは元妻に騙され着の身着のままで店を追い出された。その後、立ち直ってから何度かグラマダから手紙を出していたそうなんだが届いていなかったかい?』
俺の言う言葉を一つずつ噛み砕くように呟く。その表情は暗く驚愕に包まれている。父親に対する恨みつらみを糧に生き抜いてきたんだろうか。
「例えあなたの言っていることが真実だったとしても! なんで、なんで今更! 俺がどんな想いで生き延びてきたかっ! スラムの皆がいなければのたれ死んでいたさ。もっとはやく来てくれていたらアリナはあんな怪我をしなくて済んだかもしれないのに! ライマンやクリフ、ムライたちだってもう動けないほど衰弱してるんだ! 俺を捨てたくせになんで今更来るんだよ!!」
支離滅裂になりつつあるが落ち着くのを待とう。改めて彼の姿を見る。10歳には見えない歳不相応な老け具合。ずっと無理してきたんだろう。消化できない感情の発露から当り散らしているだけなんだろうから受け止めよう。
10分後、全て言い切ったとばかりにはぁはぁと息を荒げたあとへたりと椅子に座り込んだ。
『すまない。君の事情を考えず早急に話を進めたことを謝罪する』
「い、いえ。すいません。俺もついカッとなってしまって」
幾分落ち着いたのだろう。いつの間にか敬語で話すようになっているし。
『とにかく信じられないかもしれないがドルヌコさんは君を捨てた訳じゃないんだ。あの人も立ち直るまでかなりかかったみたいでね。それでも君の事を忘れることができなかった。幼い君が描いたであろう絵を未だに飾って持っているくらいだからね』
「父さん……」
『出していた手紙は届いていなかった?』
「ええ」
『そうか。すれ違っていたようだね。それでだ、もし君さえ良ければグラマダまでこないか?』
一瞬悩むもふるふると首を振り否定するポポト君。
「なす術無く追い出されて当ても無く彷徨っていたところをスラムの子供達に救われました。それから身を寄せ合って生きてきた家族です。皆を差し置いてこの街を出るなんて考えられません」
ふむう。そういう事か。さっき出てきた名前が彼の言う子供達なのだろう。
『スラムの子供達も一緒ならどうだろう? ドルヌコさんもあっちで店を構えているし俺のほうで雇うっていうことも可能だ。住む場所もなんとかなると思うのだが』
それもまた首を振り否定される。
「申し出はありがたいのですが何人かはもう衰弱で動ける身じゃないんです。長旅に耐えられるとは到底思えません」
『神殿の治療院には診せたのかい?』
「蓄え等あるわけもなく先ほど肩代わりしてもらった借金をもってしても薬を買うので精一杯でした。それでも精々が痛みを和らげるくらいの効果しかないのです。それに……。」
ふむ。魔法を使うまではしてくれないのか。それになにか診せられない訳もありそうだが。というか1万マニー払っても薬だけとは暴利すぎないか?
ここはおっさんが手を貸しましょうかね。
『もし良ければその子達がいるところまで俺を連れて行ってくれるかな? もしかしたらなんとかできるかもしれない』
「本当ですか!! もし皆を治してくれるのなら俺はなんだってやります。お願いします! お願いしますぅ!」
土下座する勢いで頼み込もうとするポポト君。なんとなくその姿を自分に重ねてしまうわ。ミタマ達になにかあってそれを助ける方法があるのなら何でもしてしまうかもしれない。




