第150話 くじ引きにいい思い出がない
雲ひとつない快晴。大勢の観客がざわざわと開始を待っている。
闘技場にある四つに分かれていた試合場はどうやって動かしたのかは不明だがひとつに纏まっていた。そしてその上には予選を勝ち抜き出揃った三十二名が試合場へと整列している。屈強な戦士、異国風の剣士、数は少ないが魔術師らしきものもいる。
『壇上に揃い踏みしたるは見事予選を勝ち抜いた三十二名。名高い歴戦の勇から無名の新人まで多種多様な面々が出揃いました。彼らは一体どのような戦いぶりを見せてくれるのでしょうか? 明日からの本戦が今から楽しみです』
そしてひとりひとり紹介を兼ねながら並び順にトーナメントのくじを引き始めていた。先ほどから気になっていたのだがなぜ俺は順番が最後なんだろうね。予選勝ち抜いた順でもなくこちらへ着いたのも早めだったわけで態々最後に回される意味が分からない。ただの嫌がらせであれば性格悪いにもほどがあるな。
そんなことを考えながら壇上にてただ順番を待つだけ。
シャニア嬢の言っていた強豪の面子は全員本戦まで残っている。勇者アルス君はどうやら32枠。試合のトリを務めるようだ。そういや俺ここに並んでいても最後ってことは結局くじ引く必要ないよね。あ、無駄に疲れてきた。
ブリフ・トウゴウは3枠、アジマルドは7枠、リョ・オウマが16枠。非常に不本意ながら嫌な予感がひしひしする。これって最後に1枠か2枠あたりが残るパターンじゃない? 勝ち抜いても強豪総当りとかいう嫌がらせ。あー、現実になりそうで気が重いったらないわ。
あ、2枠が埋まった。あれは俺と同じ組だったあのターバンを巻いた少年か。今日もほとんど肌を出さない格好でここに臨んでいる。選手紹介によればポルポトって名前らしい。俺からすれば色々な意味でかなり危険な名前だ。やはり得物は弓。腰には短剣が見える。戦闘スタイルは過去のミタマに近いのかな? 今の彼女は完全にアサシンスタイルだもんねぇ。
んで。
最後は俺の番。ええ、予想通りでしたよ。
『最後はグラマダよりの代表【ノーヴ】。経歴など全くの不明。謎多き選手です。得物は両手棍。予選では足を払っては顎を蹴上げるという容赦の無い戦い方で次々と相手を黙らせてきました。残った彼は必然的に1枠に踊りこむことになります。本戦第一試合、ポルポト選手との熱い戦いが期待されますね』
少々、解説にトゲがあるような気がするのですがいかがなもんでしょうか。正直に言えばかなりうんざりしています。
そんなこんなで本日はこのまま解散。明日の本戦に向けて試合場の最終セッティングをするらしい。例のダメージ肩代わりするアレですな。エト様たちはこれからお茶会のち夜は舞踏会だそうだ。やっぱり貴族のやることはそう変わらないらしい。護衛はエレノアさんたちでやるからいいそうなので俺はまた手持ち無沙汰になった訳で。今度は武器防具の店を回りつつスラムのほうにでも行って見ますかね。
というわけでヤツフサを伴なってお散歩がてら歩いて向かっております。はっはっはっはっ、と息も荒くご機嫌で俺の横を歩くヤツフサ。尻尾が常に左右に揺れておりご機嫌度の高さを窺わせるなぁ。
『むっはぁ、オヤビンとの散歩も久々でござんす。それにこんなに人通りのあるところをあっしひとりじゃ出歩けやしませんし一体なにがあるか楽しみで仕方ありやせんよ』
こっちにきてから出会った犬といえばダンジョンの魔犬、依頼で請け負った貴族のペットのオルトロス、この間の駄犬たちくらいだからな。強くなければ生き残れないこの世界、こんな小柄で愛くるしいのは自然と淘汰されていったのかもしれない。そういえば犬型の獣人にはまだ会った事が無い。いつか会えるのかとちょっとだけ楽しみだったりする。主にもふもふ具合が。できればおっさんじゃないことを切に願うが。
そしてやってきたのはツキジオンヌ……ではなくそこから外れた一軒の鍛冶屋の前。こちらに来る前、おやっさんに駄目元で聞いていたことがある。王都のほうで誰か信用の出来る優秀な鍛冶屋を知らないかと。『心当たりはあるにはあるんだが色々と難があるが良いか? それと頼みがある』と一軒の鍛冶屋を紹介された。一応紹介状も書いてもらったがあんまり役にはたたんぞと念押しされていたりする。おやっさんにそこまで言わせるほどの難ってなどんなもんなんだろう?
では早速とその店『鈍器混具』へ足を踏み入れ……戻りパタンと扉を閉めた。
…………
………………
あれ? おかしいな。今中にいたのってゴリラ? いや、獣人とかならまだ分かるんだが。完全なゴリラがいたような気がしたのだけど。
再び扉を開ける。
やはり店の中には真っ黒な毛むくじゃらの巨体が鎮座している。巨体に似合わぬ円らな瞳が俺の姿を見据えていた。振り向いたら前掛けをしているのが見える。良かった裸の生ゴリラではないらしい。ええい間々よ。このまま硬直していても始まらない。意を決して店の中に踏み込んだ。
踏み込んで分かった事がある。鍛冶屋に並べられた品々に刃物は無く全て鈍器、もしくは鎧など身を守る防具ばかり。そういった拘りが難なんだろうか?
「すいません。店主のクランキーさんはご在宅でしょうか?」
「ウホッ、さっきから出たり入ったり忙しないと思ったが客かね。儂がクランキーじゃが何用かの」
あ、やっぱりそうでしたか。改めてみてみればやはりゴリラ。まごうと無くゴリラにしか見えない。人よりではない。種族名はコング族。まんまである。クラスアップしていったら最終的にはキングなコング族になるんだろうか。
「グラマダのマウリオさんに王都で一番信用できる鍛冶屋を紹介してもらったらこちらが良いと聞きましてお伺いしてみました」
「ウホッホウ。あの若造がのぉ。お前さんの着ている防具はあやつが拵えたもんかの?」
「ええ、アイアンアントの甲殻を使って作成してもらいました」
「ふむぅ、儂が最後に会ったときは随分と腕に溺れて危ういと思ったがこれを見る限りその心配はないようじゃ。結構な年月があやつを変えたということじゃろうな」
今着ているのはグラマダについてすぐおやっさんから貰った鉄蟻の防具である。あれから補修を繰り返しつつ大事に使っている。それを見つめるクランキーさんの目は随分と優しい目つきだ。
「して儂の店に何をお探しかな? 見たら分かると思うが儂の店では刃物を扱わん。防具ならまだしも武器として冒険者にはあまり向かんかもしれんがの」
「目的のひとつは今ので果たしました。マウリオさんはクランキーさんに今作っているのはこういうものだというのを伝えたかったそうです」
「そうかそうか。若いものの成長を知るのは年寄りの楽しみのひとつじゃて」
「それと予備の防具を持ち合わせていなかったので見繕いに来ました」
うん、実のところ予備と潜入用にと考えていた魔獣装備一式はノーヴへの変装のために使うこととなってしまった。出来れば何かあったときの為に予備となる装備が欲しい。なんせ俺の魔工じゃ鎧を加工するにはまだ技術が足りない。
「ウホウ、今装備しておるような軽鎧から胸当てくらいがいいのかの? それと手甲や脛当てもか。頭部はどうするんじゃ?」
「鉢金というか金属を裏側に貼り付けたバンダナのようなもってありますかね?」
「ふうむ、ちょっと待っておれ」
奥へと引っ込みなにらやごそごそと漁っている。それを待つ間、ヤツフサ用の何かを物色するか。犬用の装備ってなんだろ? 首輪とかに付与魔法つけるとかくらいしか思い浮かばないな。ここらへんも相談してみようかね。
お? 随分と厳重に飾ってあるのは……えーっと、『ゴールデンハンマー』。魔鉄鋼を金で包み込み固定化の付与魔法を施した逸品? シーフのスキル『トレジャーハンター』と同じ効果を持つ天恵【ハンマーチャンス】の能力を備える。ただし重い。只でさえ重量のある魔鉄鋼が天恵の【超重化】で並々ならぬ重さとなっている? 誰が買うのさこんなもの。
他にも装備だけを砕くという『大胆ハンマー』とか空飛ぶ鉄球が突いた『ジェットモーニングスター』など珍品が目白押し。ちょっとだけ『大胆ハンマー』を買おうか迷ったのは内緒である。珍品逸品色々あるのだが値段も目が飛び出るほどだ。『大胆ハンマー』がなんと驚きの980,000マニー! 流石に趣味で買うには値が張りすぎる。
「ウッホッホ、待たせたのう。買い取ったはいいが誰も使えんかったものと昔ちょっとばかりやんちゃだったことに作ったのがこれらじゃ。見たところお前さんは随分と魔力保有量が高いようじゃし使えると思うんじゃがな」
そこに出されたのは青白い胸当てと紺色の手甲、脛当てのセット。
双皇の鎧
品質:粗悪 封入魔力:0/169
付与:『反射』『気配遮断』
かつて双皇と呼ばれた剣魔が愛用した防具一式のうちの鎧部分。封じられていた魔力は拡散し本来の能力は僅かたりとも発動できない状態。
天恵:【??】
紺倶の手甲、脛当て
品質:高品質 封入魔力:38/40
クランキー作の防具。加工しにくいことで有名な蒼砦亀の甲羅を力技で加工した品。加工しにくい分驚異的な硬度を有する。
こりゃまた何ともいえない鎧ですこと。手足のほうは特に魔法効果などはないが非常に硬そうである。どうしたもんか。魔力を通してみたいがそれだと状態が元に戻って値上がりしちゃうかも? まぁ戻るかも分からないんだけどさ。値段次第だが両方買ってしまおうか。あ、鉢金は無かった。仕方ないのであとで自作しようかな。
「ちなみにお値段はいかほどで?」
「そうさな。状態もそんなに良くないからの。30万マニーでどうじゃ?」
「買いましょう! それとこのヤツフサの使える装備ってないですかね?」
「ウッホッホ、即決かの。それとその子犬用の装備とな。それだとこいつくらいかの。ペット用の装備はあるにはあるがサイズが違いすぎるから使えんわい。こいつなら大して値が張る訳ではないからおまけでかまわんよ」
手渡されたのは赤い首輪。微弱な『頑強』が付与されているようだ。装備したものの皮膚がもつ防御力を上げてくれるらしい。早速ヤツフサにつけてやれば結構気に入ったのかふりふりする尻尾が激しさを増している。
『オヤビンからの褒賞でござんす! 大切にするでござんすよ!』
そんなヤツフサを温かく見守りつつ精算を済ませマジックリュックに放り込むと見せかけつつ次元収納へ突っ込んだ。
買い物のついでに少しクランキーさんと世間話をしていたのだがその中で獣人というかゴリラまんまなその風貌と冒険者のなかでもその防具の品質の良さから支持されているため亜人排斥の中でもあえて放置されていると本人から伺った。なんというか都合のいいことだけは放置する普人族の勝手な政策にイラっとしたのは余談である。
それからスラムをぶらついてみたのだがスリやチンピラに絡まれたくらいでたいした成果は出なかったよ。絡んだ奴らはどうしたかって? カースでアレを使い物にならないようにして路地裏にポイしてきました。
ウホッ、イイコング!




