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新説・のぶさん異世界記  作者: ことぶきわたる
第七章 レェェェェッツ、王都インッ!!
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第145話 戦うパン屋。

ジャ○おぢさんではないんです。

 


 シャニア嬢と宿へと戻ればエレノアさんが出迎えてくれた。首尾よく登録が済んだことを伝えると安堵した表情を浮かべていた。どうやら他の人の参加にも手が廻されていることを危惧していたらしい。


 そんな俺達の様子を見てシャニア嬢は気を利かせたのか自分達は部屋に詰めているから二人は王都見物にでも行って来たらいいんじゃないかと提案してくる。ローヴェルさん含めた近衛騎士とティーナさんもいるしこの宿の警備も万全だと強行に勧めてくるものだから勢いに負けてお言葉に甘えてしまった。


 二人連れ立って宿を出てどこにいこうかと相談してみるとどうやら行きたい所があるらしい。奇遇だね、俺も一箇所確実に行ってみたい所があるんだ。エレノアさんと一緒にね。

 どうせだからと合わせて言ってみませんかとエレノアさんが言うものだからせーので目的地を言ってみた。


「「マザー・パン・ガード」」


 ふはっ、やっぱり同じところだったね。お互いに顔を見合わせてくすりと笑いあう。


 マザー・パン・ガードは師匠の五番目の弟子であるシボック夫妻が営むパン屋である。名前の由来はシボックさんの奥様であるセシリーナさんが『あなたがいない時でもこのパンで店を守って見せますから』と堅い樫パンを握り締めて決意を表したことかららしい。

 店の名物のひとつである樫パンはそのままだと鉄の剣と打ち合えるほど堅いって話だ。どうやって食うのかと問われればスープの中で煮込んで食べるらしい。煮込んでやっとクルトンみたいにサクサク食べれるんだとさ。さらに腐りにくく迷宮探索や遠出の保存食に人気みたいだね。


 一度行った事があるというエレノアさんの記憶を頼りに店を探していくと宿から随分と離れた民家の立ち並ぶ区画の商店街にその店はあった。

 童話にでも出てくるようなこじんまりとした可愛げのある店構え。中を覗いて見れば所狭しと並べられたパンをひっきりなしに訪れるおばちゃんや子供が次々購入していく。予想以上の繁盛店のようだ。売り子2人が額に汗を浮かべながら一生懸命お客さんの対応をしている。お、奥から焼きあがったパンを補充している20代の男性がシボックさんだろうか? そういえば奥さんは今妊娠中らしいから表にはでてこないっぽいね。


 邪魔するのも悪いので斜向かいの茶店で少し時間を潰しながら眺めていた。お、このチーズタルト結構美味しい。今度作ってみようかな。


 客足が落ち着いたところで店内に入ればパンも大分目減りしており完売しているのがちらほら見受けられる。


「いらっしゃいませー。申し訳ありません、本日はここにあるだけになってしまいます」


 おおっと材料切れかあるだけしかないのか。ま、仕方ない。エト様たちへの土産も含めいくつか購入しようか。


「こちら合計で250マニーになります。店内でお召し上がりですか?」


「いや、持ち帰りなんで詰めてもらえるかな? それと店長がいたらお会いしたいんだけれども。グラマダからエレノアが来たと伝えてもらえないかな」


 小銭入れを取り出し支払いながら店員さんに確認をとってもらう。アポなしなんだが大丈夫かな?


「店長のお知り合いですか。ただ今確認してきますので少々お待ちください」


 奥へと引っ込んだ売り子さん。さほど時間も経たずに奥からたたたっと戻ってくる。


「ちょっと今手が離せない状況でして奥の自宅のほうへ通すように言付かりました。セシリーナさんがいらっしゃいますのでそちらでお待ちいただけますか?」


「ええ、ありがとうございます」


 案内されるままスタッフルームの奥の扉を開ければそこはよくある造りの個人宅。

 そしてゆったりとした服に身を包み腰掛けていた女性がこちらをみて目を輝かせる。


「まぁエレノアさん。お久しぶりね」


「ああ、そのままで。お久しぶりですセシリーナさん。お腹の子供に障りますので無理に動いちゃ駄目ですよ」


「ふふふ、あなたも心配性ね。シボックもすぐに同じように言うのよ」


 すぐに立ち上がろうとしたところをエレノアさんが制して思い留まらせる。彼女が兄弟子シボックさんの奥さんか。ゆるふわの長い金髪に目鼻立ちの整った貴族然とした凛々しい顔。透き通った声をしていて耳に響くね。それと随分と大きなお腹は何ヶ月目になるのだろう。時折さすりながらいとおしげに見つめていた。


「それでそちらの方はどなた? もしかしてエレノアさんの良い人かしら??」


「は、はい。私達の旦那様でノブサダさんです」


「初めまして。グラマダで錬金術店を営みつつ冒険者業をしているノブサダと申します」


「これはご丁寧に。私はセシリーナ・アノウ。よろしくお願いしますね。それにしても随分若い子を捕まえたのね、エレノアさん。それに私達・・っていうのはいったい?」


 それからしばらく俺と出会ってからの経緯等を冗談を交えつつ話した。やはり動きを制限されていた妊婦さんは話し相手がいることに盛り上がったのか絶えず質問や相槌を混ぜ込んでくる。


「なるほどね。複数娶るなんて私には理解できないけれどもエレノアさんが十分幸せそうなのは分かったわ。ノブサダさん、彼女は私にとっても妹のように思っている人ですから何かあったら……分かっていますね?」


「モチロンデストモ!」


 反射的に声が裏返ってしまった。キリシュナさんといいうちの女性陣は保護者っぽい人の情が厚いやね。おっと、そう言えば土産を用意していたのに渡すのを忘れていたよ。


「そうだ、これうちの商品なんですがお土産用に持ってきたのを忘れていました。どうぞ使ってください」


 そう言いながら化粧水詰め合わせとポーション、栄養剤詰め合わせを次元収納から引っ張り出す。折角だからと売り子さん二人分の化粧水もプレゼントだ。


「あら、あの子達の分まであるのね、ありがとう。気の利く男性なのね。ね、シボック」


 そうセシリーナさんが言った事で振り向きつつ身構えれば男性がすうっと立っていた。全く気配を感じなかったぞ!? 空間把握を切ってはいたけれどこんなに近づかれても気づかないとはなんたる失態。


「少し気づくのが遅かったけれどその後の反応は合格点かな。初めまして、ノブサダ君。俺が戦拳が五番弟子シボック・アノウだ、よろしくな。それにしても時空間魔法も使いこなすのか。随分と多芸のようだ」


 先ほどの緊張感はどこへやら好青年の笑みを浮かべ手を差し出してくる。警戒しつつもその手をとりがっしりと握手をした。うーむ、パン屋の手じゃないぞ、これ。絶対鍛錬は欠かしていないな。


「戦拳が十番弟子、ノブサダです。未だ若輩者ですがよろしくお願いします」


「よろしくお願いされよう。よし! 早速ひとつ手合わせしようか!!」


 ちょ! いきなりかい。言ったときにはもう先ほどまで着けていたエプロンなどは脱ぎ去っている。そこには鍛え上げられた肉体が自己主張していた。こんなのパン屋じゃない! いや、むしろ樫パンを焼くにはこの筋力が必要なのか!?


「シボック。片付けなんかはどうしたのかしら」


 セシリーナさんの目が笑っていない。シボックさんはそれを見て目が泳いでいる。これだけで夫婦の力関係がはっきりと分かる。男は尻にしかれるほうが夫婦仲はうまくいくっていうよね。俺の場合はそのまま揉みだすけれどな!


「ああ、リーズに頼んできた。セシリーナ、ちょっとだけ、ちょっとだけだから。滅多に無い機会なんだからさ」


「仕方ないわねぇ。ノブサダさん、申し訳ないけれどうちの人に付き合ってもらっていいかしら?」


 やれやれと肩をすくめ目を輝かせた旦那の行動を許容してしまう奥様。手合わせは別段苦ではないんだがどうにも戦闘狂の気があるよね、師匠の弟子って。俺も? いやいやそこまでではない、たぶん。



 裏庭は随分と広いようで十分に動き回れるほど。王都にこれだけ広い土地って簡単に持てるものなのかって思ったのだがシボックさんは随分と優秀な冒険者だったようで現金一括で買えるほど稼いでいたようだ。


「得物はなんにする? 好きなものを使っていいぞ」


「ああ、自前のがあるので大丈夫です」


 次元収納から取り出した木刀は以前師匠から貰った血塗られし木刀『仏血斬』。木刀ながら妖刀のような雰囲気すら醸し出し始めた逸品である。


「うお、懐かしいな。それ師匠の持っていたやつだろう。俺もよくそれで叩きのめされたもんだ。それじゃ準備が出来たら始めようか。最初はそっちから打ち込んできていいぞ」


 小太刀くらいの長さの木剣を両手に持ったシボックさんは自然体のままにこやかにそう言い放った。特に構えは見せていないのだがどこに打っても即座に対応されそうな嫌な予感しかしない。攻めあぐねていても始まらないので打ち込みますがね!



 ◆◆◆



 カンカンカンカン


 木の剣同士が激しく打ち合う音が裏庭に響く。

 シボックたちが打ち合い稽古を始めてすでに30分ほどが経過していた。パン屋の仕事に不満があるわけではないのだろうけれどやはり体を動かすことが延いては戦うことが好きなのは相変わらずのようだとセシリーナはゆったりとソファに腰掛ながら思う。隣に腰掛けているエレノアもきっと同様なのでしょうね。二人が戦う様の一挙一動を見逃すまいと真剣な眼差しで見つめているわ。


 私自身も戦うことは厭わないし元々冒険者でもあったから戦闘技能も有している。それでもやはり痛みを伴うことだしああも嬉々として打ち合うことは自分にはできないでしょうね。それだけに少しだけ羨ましくもあるが無いものねだりをしても仕方が無い。夫が楽しそうに剣を振るう様を眺めているだけでも十分だわ。


 それにしてもと思う。シボックも今は一介のパン屋とはいえ稽古は欠かさないしA級まで駆け上がった元冒険者。そんな彼とこれだけ長い時間激しく打ち合えるとはマトゥダ師の弟子を名乗ることを許されたノブサダという少年も伊達ではないということらしい。


 え? 彼、空中を駆けてない? 明らかにおかしな軌道で剣を振るったわよね? 始めこそ正統派な剣術のような動きをしていたものの今では完全に予測不可能な剣筋になっている。失念していた。やはりあのお方の弟子である以上常識から外れた戦闘を行うことは当然だった。私からすれば普通のシボックもサイレントキラーやらスカルソードデビルなんておかしな二つ名を付けられていた時期があったし。同類……なのかしらね。この子もそうなっちゃうのかしらと少しだけ不安がよぎりつつお腹を撫でた。


 そうこうしているうちに打ち合いは更に激化。風切り音がどんどん大きく鋭くなっている気がするわ。シボックったら目の色変えて攻め込んでいない? ああ! あれは不味いわ!



「なんとぉおおぐはああ」



 ふう、危なかったわ。シボックの側頭部にクリーンヒットしたけれど気にしないようにしましょう。あの人ったら威力がありすぎて使うのを制限していたはずのウェポンスキルを使おうとするんだもの。またお隣の奥さんに謝罪しなければいけないところだったじゃない。思わず樫パンを投げつけてしまったわ。まだまだ私の投擲の腕は落ちてないわね。


 紆余曲折ありつつ終了したのは1時間ほどしてから。軽く流すだけだからとはどの口が言っていたのかと問いただしたいわ。


 夕飯を一緒にと思ったのだけれど彼女らは護衛任務も帯びているらしくそのまま宿へと帰っていった。そういえば武闘祭には出るのかしらね。シボックに話を聞いた限りでは伸びしろがどれだけあるか分からないんだそうだ。もし出るのならばかなりいい所までいくんじゃないかという予想のようね。この時期は店としても稼ぎ時だし応援に行くのは無理そうだけれど出場するならば頑張って欲しいと思う。グラマダへ戻る前にもう一度挨拶に伺うと言っていたので楽しみにしておこうかしら。

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