第144話 ゆうしゃたちのじじょう 後編
おお、やつふさよ。まきこまれてしまうとはなさけない。
僕がこの世界へと招かれてすでに2ヶ月が経過した。その間ずっと訓練訓練、そしてこの世界の常識についての座学。
正直ブラック企業も目じゃない待遇なのかもしれないけれど僕はそういった所に就職したことが無いわけで比べることはできない。それでももやしっ子だった僕がメキメキと力をつけていくのは快感と言っても差し支えないと思う。
騎士団長直々の訓練は片手剣と小型の盾を使って始められた。当初はあまりのへっぴり腰に騎士達の間で嘲笑が絶えないという始末。笑ったやつらの顔は忘れない。成長したら真っ先に叩きのめしてやるんだ、ふふはは。
中々芽が出なかったけれどそれが劇的に変わったのは洗礼っていうのを受けてから。
魔法の訓練をする上でも生活魔法から始めたほうが感覚を掴みやすいということで王都で最大の神殿である武と戦の神アーレンを祭った神殿へと案内され厳かな雰囲気の広間にて洗礼を行われた。元々神なんて信じていない僕だけども少しでも強くなるためならその神にでも祈ろう。
『異世界から招かれし選ばれた魂よ。我が名はアーレン。武と戦を司りし神なり。魔を払い人々を先導する役目を持ちし汝に我が加護を授けよう』
ずしりと重く圧し掛かるような威厳ある声が脳内に響く。それと同時に何かが僕の中を満たしていった。ぐっとこぶしを握り今なら何でも出来そうな万能感に浸る。同時にそれを押し殺し今はまだ雌伏のときだと自分自身を納得させた。
それから毎日が楽しかった。一振り一振り自分が成長していくのが分かる。どうやらあの加護で成長力アップみたいな効果が自分の体に宿ったみたい。それに毎日キリシアから差し出されるポーションのようなものを飲めばその日の疲れは全く無くなる。飲むたびに気分は高揚した。成分は知らないけれどどうにも興奮が収まらずにその場にいたキリシアの手をとりそのままベッドへと倒れこんだ。さしたる抵抗もなしに抱かれた彼女はそうなることを望んでいたんだろう。君の期待に応えれるようにどんどん強くなるさ。
日に日に強くなるのを実感しつついつあいつらへ嘲笑した報いを受けさせてやろうかとほくそ笑むのが日課になりつつあった。ふふうふ、楽しみだなぁ。
そして今ではあの騎士連中は簡単に叩き伏せられるようになった。思ったよりも強くないんですねって言った時のやつらの顔ったらなかったよ。写メがとれたら永久保存したいくらいだったね。
それに魔法。僕に適正があった火魔法は宮廷魔導師もかくやという成長速度らしい。威力や構成力は彼ら以上だろう。やはり燃焼の原理などを理解しイメージが固まりやすいのが原因かな。青い炎を出して見せたときの彼らの顔ったらなかったね。最大出力で放ってやればあいつらの維持している防御結界にひびが入るという結果。20人からで維持していたものが傷物になったことで随分とうろたえていたっけ。
現時点で僕の片手剣、盾、火魔法はレベル4になっていた。無機質な女の声で脳内に響いてくる声を信じればだけれども。
勇者級と言われるのはレベル8なので丁度半分。道のりは長いなぁ。そんな事を考えていたら明後日から一ヶ月ほどダンジョンに潜って魔物相手の実施訓練になるらしい。スキルのレベルが上がったから次は勇者のクラスレベルを上げるんだね。まずは定番のスライムなのかな? それともゴブリン? 楽しみだなぁ。加減なしでヤれるんだもの。ふふ、ふふふふふ。
◆◆◆
あっしの名はヤツフサ。しがない柴犬の雌でござんす。
得体の知れない球体に触れられたと思いきや気づいたときには何やらオヤビンと同じ種族の連中がわやわやと騒ぐ喧騒の中。あっしは気がふれてしまったんですかい?
そうこうしているうちになにやらゴテゴテした雌があっしの脇にいた小僧へと話しかけておりやす。あ、今こっちをちらりと見やしたね。なんとも嫌な目つきでござんす。あれはあっしの尻尾へ泥玉を投げつける幼少の小悪魔がみせた嫌なものを見る目つきとそっくりでござんすな。
そして何やらぼそぼそとでかいのと陰気そうなのに話しかければあっしの体はそれらにひょいと抱え上げられなされるがままどこかへ連れて行かれているんでござんす。
陰気そうなのはわしりとあっしを抱えており身動きがとれないまま建物の中をでて木々のおい立つ場所へと連れ去られてしまいやした。
人気も無いような場所でぽいっと投げられたあっしはそこでギラリと光を反射する得物を見上げておりやした。さも面倒臭そうに振り上げるでかいの。陰気そうなほうは渋々といった感じでこれまた得物を抜きあっしへと今にも振りおろさんとしてるでござんすよ。
あっしはまだ死ぬ訳にはいきやせん。
来る前、あの球体が放った言葉が真実ならばこっちにはあっしのオヤビンがいるはずでござんすから。
足腰の弱い家主様に代わって時折あっしの散歩をしてくれたオヤビン。
途中のコンビニで好物のビーフジャーキーをくれたオヤビン。
風邪に倒れたと家主様から相談を受けて医者まで運んでくれたオヤビン。
あっしはそのご恩を一つも返していないんでござんす。
故に兄さんらにここで屠られる訳にはいきやせん。
反抗するあっしの心は腹の奥からくる熱いなにかを目覚めさせやした。なぜか分かる繰り出し方に戸惑いつつも前足にそれを乗せワォンと一薙ぎしてやります。すると驚き桃の木山椒の木。兄さんらの足元を掬う様に風が一薙ぎして呼応するかのように地面がずぞぞぞぞと動き出したと思えばずっぽりと頭から突き刺さっているではありやせんか。こいつはあっしがやったんですかね。使い方は分かってもこうなるとはびっくりでござんすよ。
―― 兄さん方に恨みはありやせんがあっしもまだ死ぬわけにはいかない身でして。願わくば死んだことにしていただけるとありがたいこってす。しからば御免なすって――
地面に突き刺さっていらっしゃいやすので聞こえてはいないと思いつつもそうワォンと告げてその場を後にしやした。
なんせあっしにはオヤビンを探すという使命があるんでござんす。
御前に参上すればオヤビンはまた撫でてくれるでござんすかねぇ。オヤビンの手には不思議なほどの魅力が詰まっているんでさぁ。
おっと思い出しただけでおしっこ漏れそうになったでござんす。
さ、まずは情報を集めないといけやせん。どれ近場にいる御仁たちを探し出してここらの状況を把握するとしやしょうか。待っててくだせぇ、オヤビン。一の子分であるあっしが今お側に参りやすからね!
柴犬のヤツフサ(♀)。
飼い主であるご隠居が無類の侠客映画好きだったためにいつのまにかそれが染み付いてしまった残念なわんちゃん。つぶらな瞳とふわふわの尻尾がチャームポイント。彼女の旅路は始まったばかり。はてさてオヤビンに会える日はいつになるのか!?
現時点で判明しているステータス
名前:アルス・モヨモト (茂世本 在主) 性別:男 年齢:16 種族:異世界人
クラス:勇者Lv1 状態:???
称号:【異世界からの勇者】
【スキル】
片手剣Lv4 盾術Lv4 火魔法Lv4 身体強化Lv2 生活魔法
【固有スキル】
アーレンの加護 ?????
名前:ヤツフサ 性別:雌 年齢:1 種族:柴犬
クラス:異世界犬Lv1 状態:高揚
称号:【巻き込まれた侠客犬】
【スキル】
風の爪Lv1 大地の牙Lv1 念話Lv1 鋭敏嗅覚Lv1
【固有スキル】
魔王の導き(隠蔽)




