第142話 王都IN
ようやくついたんだ。
グラマダにひけをとらないほどの堅牢な城壁に囲まれたこの国で最大の都市『王都タイクーン』。
国の祖である初代タイクーン公王が築き上げた王城『ジオンヌダルク城』は白い城壁が風光明媚なことで有名である。特に特筆すべき産業はなかったのだがの宰相の手腕により国内各所から集められた名産品を取り扱う巨大市場『ツキジオンヌ』が誘致されて以来莫大な金額が動いておりそれに伴う税収から国庫は随分と潤っているらしい。その規模たるや王都の四分の一を占めるとの事。思い切った公共事業だったようだがその結果はご覧の通り。これにより宰相は確固たる地位を固めたそうだ。ちなみに城と市場の名前の由来はジオンヌ初代公王から頂いたそうな。
そんなことをシャニア嬢から聞きながら入管待ちをしている。貴族ならすぐに入れる手続きができるんじゃないかと思われたが傭兵団のこともあり順番待ちに興じている次第だ。
結局絡まれたり衛兵に押しとめられることなく王都の中に入れたんだけどね。
王都にて一二を争う大きな宿に宿泊できることに驚く。この人数でと思ったのだが近習と俺達を含めた者だけで傭兵団は近くの宿で別個待機しているらしい。なんせ少人数の俺達だけで一泊合計金貨三枚にもなるらしい。三万マニーですよ、日本円換算すれば三十万円くらい。スイートルームってわけでないのにそれなもんだから吃驚だよ。いかに大金を持っていても金銭感覚は未だ小市民なのだと今更ながら実感する。安宿でも十分なんだよね、俺。
部屋割りはというとエト様たちは貴族用の部屋を使用する。近習用の部屋が完備されておりもはやどこぞの家と言っても過言ではない。俺達はと言えばエレノアさんとなぜかティーナさんが一緒の部屋である。
ウトーサさんの言っていた王都に纏わる話は本当なのだと今更ながら実感していた。一緒に行動していたティーナさんを見る目が非常に冷たいのである。特に若い世代の人間はまるで汚物を見るかのような視線を彼女に対して向けていた。話を聞いてみれば国主体で寺子屋のようなものが各所に建てられておりそこで学んだものはすべからくそういった教育を受けるらしい。まるで洗脳のようだな、おい。グラマダで起きた事件を思い出し指導者への嫌悪感からついつい眉をひそめてしまう。
そんな環境から気を廻したエト様はティーナさんを庇い同じ宿へと匿った。ついでに好奇心旺盛な彼女はあの人から様々な話が聞きたいのだと推測する。倒れた一件以来安静が義務付けられ侍女姿に戻ったエトルシャンさんが常に側へ控えている。エト様の性格では王都の中を遊びまわりたいのだろうがそれも出来ない状況のため彼女を引っ張り込んだのだろう。武闘祭の前に王城で謁見があるらしいのでそれまでに体調を整えてほしいものだ。
エト様の好意で匿ったとはいえ近習として扱うわけにもいかずやむなく俺達と同室となった訳だ。丁度いい、指揮を学ぶ時はエレノアさんも一緒に授業を受けてもらおうか。うまいこと覚えられれば彼女にとってもいいことだろう。
落ち着く暇も無く俺とエレノアさんはシャニア嬢と連れ立って闘技場へと赴いている。三日後から開催される武闘祭の受付のためである。
巨大なコロッセオのような会場はすでに人で溢れかえっていた。周囲には出店が立ち並び皆思い思いに客引きをしている。また対戦カードごとの賭け事も行われているようで今はどんな参加者がでるのか下馬評を広げ誰にかけるか思案顔の連中が屯っていた。
「グラマダの代表で参りましたエレノアです。こちらが参加表明になりますので手続きのほうよろしくお願いします」
そう言いつつアミラルさんと公爵様の印の入った書類を提出する。
それを確認していた受付担当の表情が曇った。慌てて部下を確認に走らせ待つこと数分。戻った部下から話を聞き恐縮した顔でこちらへ向き直る。
「申し訳ございません。此度の武闘祭におきましては参加資格があるのは男性のみとなっております。ただ今確認したところどうやら担当者の手違いによりグラマダへ送った書簡に不備があったようでその部分が記載されていなかったと思われます」
へこへこと頭を下げながらそう説明をする受付担当に絶句する一同。
「私どもの権限でそれを覆すことは出来かねますので此度の件に関しましては別な選手を用立てていただくしかない次第でして。まことに申し訳ございません」
とりあえずこの場にとどまっていても仕方ないと近くの茶店に移動する三人。色々と聞かれたくない話もあるしと個室を借り紅茶を飲みつつ気分を落ち着かせるようだ。参ったなといった表情で顔をしかめるシャニア嬢。普段は冷静なエレノアさんも随分とご立腹なのか眉間に皺を寄せている。
「まったく。ここに来てそんな不備が発覚するとはどうなっているんだか」
「困りましたね。このままだとグラマダは棄権扱いになってしまいます」
そう言いつつ二人とも俺のほうをチラチラと見ている。あーやっぱりそういった流れになりますかね。でも仮想敵の目の前で実力を披露するのも問題じゃないかと思ったあなた! 正解です、俺にとってそれが問題なのです。なのですが予め布石を打っておいたのがここで実を結ぶのですよ。
「分かりました。俺が出ます」
おおと声を上げようとした二人を制して言葉を続ける。
「ただし、俺にもちょっと都合がありましてこういった手段を取らせてもらいます」
――変身!
換装の指輪に魔力を込めそう頭の中で念じれば瞬時に俺の姿は魔獣装備一式を装備したものへと変わる。
『ちょっとした事情がありましてこの姿のときは冒険者【ノーヴ】として扱ってください。アミラルさん達にもご協力いただいて身分証のギルドカードも発行してもらっていますから』
フルフェイスのメットによりくぐもった声へ変化しておりこの声を聞いても俺だと判断できるのはそういないだろう。手に持つはダミーのギルドカードでそこにはグラマダ所属冒険者ノーヴとしっかり刻まれている。
なにやらシャニア嬢はふるふると震えているが予めこんなのを用意していたことへの不信感でもあるのだろうか。
「いい、いいね、これ。いいなぁ私も欲しいなぁ」
違った。仮面の令嬢は俺の装備一式をいたくお気に入りになったようだ。ぺたぺたと触りまくっている。特にフルフェイスのメットが気に入ったようでコンコンと叩いたり触ったりしている。頬ずりしようとしたところでエレノアさんに引っぺがされたが……。
「いや、すまない。興奮してしまったようだよ。姉上や皆には私のほうから説明するので是非ノブサダ君、いやノーヴ君に出場して欲しい。できることなら下らない工作をした連中に泡を吹かせたいので優勝してくれると嬉しいな」
あ、やっぱりそう感じてましたか。俺も迂遠な工作じゃないかとは思ってたんですよ。担当者を人身御供に切り捨てたんだろうけども姑息過ぎる。ここは一丁大暴れしてやりましょうかね。色々と隠すもんは隠すけども。
エレノアさんをそのまま宿へと帰しシャニア嬢と二人で再度受付へ戻る。お供の中から見繕ってきましたと言わんばかりにドヤ顔で受付担当へ参加を申し込んだ。
「はい、はい、確かにグラマダ代表として冒険者ノーヴ様の参加を受け付けます。三日後の昼前から予選が始まりますので遅れないようにご注意ください。こちらが参加証明の割符になりますので決して失くさない様にお願いしますね。この度は私どもの不手際でご迷惑をおかけしたことを再度お詫び申し上げます」
そう頭を下げ平謝りする担当。現場担当のあなた方が悪いわけじゃないんだけどもね。シャニア嬢もそう思っているようで気にしないで欲しいと手を振りその場をあとにした。
帰りに賭け場に寄って配布していた主だった参加者の名簿を貰いそれを見ながら宿へと戻る。
「まったく知らない連中ばかりだけれど結構な人数が参加するんですね」
「えっ? ノーヴ君はそんなに詳しくないのかい? 仕方ないなぁ私が説明しようじゃないか」
にこにこと笑みを浮かべながらそう言い放ったシャニア嬢の薀蓄はとどまる事を知らない。どうやら武芸、格闘に対して随分とお詳しいようだ。悪く言えばオタク並の知識を披露してくださる。
多種多様な選手が出場するようだが特に気をつけるように言われたのが4名。
まず南のオルタナ連邦国の商業都市ウィンヌダス有する魔法剣士アジマルド。20代の若手ながら剣と魔法を巧みに操り敵を寄せ付けない実力を秘めている。将来は将軍となることがほぼ確定しているという。
ヒノト皇国から参戦するトウゴウ公爵家次男ブリフ・トウゴウ。言わずと知れた剣豪の名家。剣の腕前だけなら歴代に引けをとらないらしい。少々性格に難があるらしいがそれに目を瞑ってでも代表とされたほどとか。まったく関係ないが名前は鰤夫とでも書くんだろうか?
北のオロシナ帝国からは『暴風』の異名を持つ二刀流の斧使いリョ・オウマ。仮に対戦するならば斧だけでなく体術にも注意するようにと忠告された。どうにも足癖が悪く蹴上げたり踵を落としたりと忙しないらしい。
最後が王都へ召喚された勇者アルス・モヨモト。名前を見た瞬間『は?』と思った俺は悪くない。きっと日本出身のDQNな親から名付けられたのだろう。でも今ではメシアとかエンジェルとかつけている親がいるらしいので標準的なのか? 子供の将来を考えれば少しは躊躇するものだと思うのだが間違っているだろうか。まあ、異世界に来たなら問題なくみえるのでこのアルス君からすれば幸せなのかもしれない。
能力に関してはまったくの未知数。王城にて情報制限がされているのかそこら辺の前評判がない。だが強いと評判らしく騎士団長、宮廷魔導師筆頭が直々に稽古をつけているらしい。少なくとも武器と魔法を駆使する相手に思える。名前と騎士団長が師ということから剣を使うのかと予想した。
大会のルールとしては予選は組ごとのバトルロイヤルで残った二名が本戦出場の資格を得る。本戦はトーナメント方式で観客の見守る中大々的にくじ引きをして順番が決まるらしい。
観客と隔てたところに防御結界が張られておりその内部でのダメージは身代わりの石柱と呼ばれる魔道具が肩代わりしてくれ輝く3つの魂石が光を失ったところで負けとなる。大ダメージを受ければ瞬時に3つ輝きを失うこともあるのでと注意をうけた。ポーションなどの使用は禁止。神聖魔法などは個人のスキルなのでOKという仕様。また盤上から弾かれ場外に落ちた際にも負けが確定する。ありがちなルールではあるが至極分かりやすいため突っ込みはやめておこう。
本当はこっそり忍び込むための魔獣装備一式だったんだけどもなぁとため息をつきつつの帰り足、不意に気になっていたことをシャニア嬢に質問した。
「そういえばまったく関係ない話なんですがあの高い塔のようなのってなんなんですかね?」
王城の脇にそびえるのは真っ白な塔。それも結構な高さがあり王城の天辺とほぼ同じ高さである。
「あれかい。あれは位の高いものが罪を犯したときに幽閉される『断罪の塔』って呼ばれているよ。とはいえ本当のところは私も知らないんだけれどね。まことしやかに噂されているから案外事実かもしれないよ」
へぇ、そうなのか。
ん? なんだろう。じっと塔のほうを見た瞬間、ふと誰かと目があったような気がした。まさかね。




