第140話 病魔
ことぶき、ぎっくり再発!
いたたたたた、ほあたぁ!
アンコール込みで五曲を熱唱したところでダークエルフさんはステージを降りた。
おや、何やらこっちへ来てますが。
「先ほどはお助けいただきありがとうございました」
ふわりと風のように優美にお辞儀をするダークエルフさん。なんとも鮮麗されたような動きに思わず息を呑んでしまった。
「いやいや、俺が勝手にやったことだから気にしないでくれ。それにしても最初に歌った曲は有名な歌なのかな?」
そう当初はそれを聞きたくて近づこうと思ったんだよね。
「あれは私たちダークエルフやエルフ、森人を祖とする種族に伝わる古の歌です」
ふうむ、そもそも演歌とか歌えるのになんであれをチョイスしたのかがおかしい。自意識過剰かもしれないが歌い始めにこっちの様子を見ていたようにも見えたんだけども。
「そ……」
それにしてもと口を開きかけた俺の唇にダークエルフさんの細い指が軽く押し付けられる。ウィンクをしながら内緒よといわんばかりの行動に俺は押し黙ってしまう。
「いやはや、おもてになりますな」
あ、ウトーサさん。すっかり忘れてました。
「それにしてもお嬢さん方。これからの予定は王都へ向かうのですかな?」
急な問いに首を傾げつつも気分を悪くした様子も無く答えるダークエルフさん。
「ええ、そのつもりでしたが」
「だったら悪いことは言わないからやめておいたほうがいい」
「「「え?」」」
思わず三人の声がはもる。まさに俺もこれから向かいますが一体なにがあるんですかね?
「ここ最近、王都では嘆かわしいことに亜人排斥の動きが活発だからです。あたら美しい珠玉を傷物にしたりされるのは本意ではありませんからね」
「そうなのですか。確かに噂で多少は聞いたことがありますがそれほどまでとは思いませんでした」
「勇者の召喚に成功してから動きが活発したのですよ。召喚の儀は亜人排斥派の中でも強硬派が主体で行ったようで無事召喚にこぎつけたことで発言力が増したようです。亜人の皆さんと仲良くしたい私としては非常に心苦しい昨今なのですよ。せめてもと近づかないように忠告して回るのが精一杯の抵抗でしょうか」
ふむう、王都はそんなところか。益々俺好みではないなぁ。というかウトーサさん随分と内情に詳しいね。ちょっとした好奇心から識別先生を発動しこっそり覗いてみる。
名前:ウトーサ・ノヴォー 性別:男 年齢:48 種族:普人族
クラス:政務官Lv44 商人Lv23 状態:健康
称号:【ご隠居】
【スキル】
交渉Lv6 経営Lv6 教育Lv5 算術Lv5 魔法耐性Lv4 毒耐性Lv4 礼儀作法 生活魔法
おおお、高レベルにまとまった内政官って感じだな。あれ、ノヴォーってたしかエレノアさんのカンペに書かれていたような気がする。実力派の上位貴族だったはず。
そうなってくるとこの出会いが仕組まれたもののようにも感じてきたがそれはそれこれはこれだ。俺は彼のことがなんとなく気に入ったし騙されるようなことは今のところ特に無いしな。もしダークエルフさんたちに危害が加わるようなら即座に対応するけども。
話している内容からしてそれはなさそうではあるが一応心に留めておこう。
「そうですか。それでは方向を変えてグラマダのほうへ向かってみようと思いますわ。ご忠告に感謝します」
「いえいえ、あなた方の旅路に幸運があることを」
それでその場はお開きになってしまった。あ、結局あの歌について詳しく聞けなかったな。
そんなこんなで部屋に戻る前にエレノアさんに一声かけようかと思い立ち女子会のほうを見やれば……あれ、エレノアさん俺のほうガン見してますな。口元膨らんでご立腹してます?
どうやらエレノアさんを放って置いてダークエルフさんをナンパしていると思われたらしい。いやいや、違うんですよ。確かにダークエルフさんは素敵ですが今回はあの歌に興味があっただけなんです。え? やっぱり大きいほうがいいのかって? どっちも好きですが? いあいあ、怒らないで。エレノアさんのも大好きですって。だったら今晩じっくりたっぷり証明しましょうか?
そういえばエレノアさんと話してて気付いた。せっかくのダークエルフさんだっていうのに名前を知らない。ウトーサさんは鑑定したのにね。識別マニアって訳でもないのだが微妙な違和感を感じる。まぁ、歌が気になりすぎて舞い上がっていたんだろうと結論づける。おおっと考え込んでいたらまたエレノアさんが頬を膨らませているよ、御免ね。
とまあこんな一幕があったりなかったり。そんなことをエト様とシャニア嬢にからかわれつつみんなで二階へと上っていった時、それがおこった。
カハッ
ぽたりぽたりと口を押さえる手のひらから鮮血が漏れ出る。
真っ白な顔になり立つこともままならないのは……エト様だった。壁に寄りかかるように倒れこみ吐血のせいか呼吸も不安定だ。タオルをあてがい血を拭き取り気道を確保する。
「姉上! しまった。こんな時に」
「落ち着いて。今すぐヒールを」
手に淡い光を燈した俺にシャニア嬢が首を振る。
「違うんだ。今魔法を使っても意味が無い。すぐ部屋に運ぼう。エレノアさん、至急エトルシャンを姉上の部屋へ呼んで欲しい」
こくりと頷きすぐさまタッと三階へと駆け上がっていく。
俺もエト様を抱え上げシャニア嬢の先導の下部屋へと連れ立っていく。予想以上に軽いその体に不安がよぎる。
ベッドへと寝かせ再度口元の血をふき取るもその息は荒く落ち着く様子も無い。そして薄っすらとだがエト様の体が明滅しているようにも見える。なんだこれは。
「シャニア様、これは?」
「詳しい話はエトルシャンが来てからでいいかな。ここしばらく調子が良かったから安心していたんだけれど……」
そうしているうちにダダダダと急ぎかけてくる音が複数近づいてくる。ノックすることも忘れローヴェルさんと影武者のエトルシャンさんが部屋へ駆け込んできた。
「申し訳ありませんお嬢様。エトルシャン、すぐに薬を」
エトルシャンさんが取り出した小袋からさらさらとなにやら黒い粉末が紙の上に出されそれをエト様に飲ませる。水とともにコクリと飲み込めばすぐに先ほどまでの荒い息が嘘のように静まり今ではすーすーと規則正しく息をしていた。それにあわせて俺がヒールをかけ吐血のほうも何とかなったはずだ。
それからしばし状況を見ていたのだが安定したのかエト様は小さな寝息を立てている。
その様子に全員がほーと息を吐き脱力する。いやはや大事が無くてよかった。それにしてもこれはどういった事なんだ。確か識別先生が見た限りでは病気持ちってことなんだが詳しく話して貰いたいな。
「さっきノブサダ君に聞かれたんだけれど姉上の病については二人にも聞いていて貰いたい」
「シャニア様、それは!」
「ローヴェル! この二人なら信用できる。いざというときに手を差し伸べてくれる人は多いほうがいい」
「はっ、差し出がましい真似をしました」
「いいんだ。姉上を案じてのことだもの。それでね……」
シャニア嬢の口から語られるエト様の病。
後天性魔素吸収不全症候群。
それが彼女の病につけられた名前らしい。というのも医者や神官もさじを投げるしかないまったく未知の病らしい。魔素はその人のとりこめる限界量までゆっくりと吸収されていくものなのだがエト様はとある事故によりその機能が上手く働かなくなり急に大量の魔素を取り込んでしまったりまったく取り込まなくなってしまうことがあるらしい。今回は急に取り込んでしまったため体が拒否反応を示し血管が破れ吐血してしまったということみたいだ。心臓とか脳の血管じゃなくて幸運だったと思う。あの状態だとヒールをかけてもうまく作用せず下手をすれば悪化する可能性もあったらしい。
先ほどの薬として服用した物は魂石を砕き粉上にしたもので魔素を大量に取り込んだ場合は黒い魂石を砕いたもので魔素を吸着させ押し流し安定させるようだ。逆に取り込まなくなった場合は虹や保有魔力の高いものを飲ませるらしい。いつなんどき起こることかは予測がつかないため彼女はいつ倒れるかわからないという恐怖に蝕まれながら生活していたという。それでも気丈に振舞うお嬢様をずっと支え続けますとエトルシャンさんは力強く言っていた。
エレノアさんはその話を聞いて少し涙目だ。付き合いがあったのなら当然だろうな。
俺は……俺はどうすべきか。とりあえず状況をしっかり把握するため識別先生にもう一度出張ってもらおうか。エト様のときは表示されなかったがティーナさんのときはしっかりと病名が出ていた。魔力を集中してしっかと病気のところに注視してみればなにかしら見て取れるんじゃないか?
今の俺はただのおっさんじゃない! やれるおっさんなのだ!!
瞑想。集中。一気呵成!
ノブサダアイは闘志力!!
目に炎のエフェクトがあがるんじゃってないくらい集中して見れば、見える、見えるぞ、私にも病気が見える!
『後天性魔素吸収不全症候群』
一時のうちに膨大な魔力に侵されることで魔素吸収機能に異常が起きる症例。高濃度の魔力水や食物を定期的に取り込み続けることで細胞に刺激を与え発作の頻度を下げることに成功した症例がある。『霊宝の雫』を摂取することで完治が見込まれる。
おおお、ありがとう識別先生。高濃度がどんなもんを指すのか知らないが症状は和らげることができるんだな。問題は『霊宝の雫』だがこればっかりは良く判らん。知っていそうな人を探すしかないだろう。公爵家の伝手を使えば少なからず情報を集められるだろうさ、たぶんだが。
てってれ~♪ スキル『一点突破』を習得しました。
「ノ、ノブサダ君、急に魔力を放出したりして一体どうしたんだい?」
おおう、思った以上に放出しておりましたか。こいつも改善点なんだよね。内部で練り上げ外部に漏れないようにするのが現在の課題だ。ってそんなことはどうでもいい。
「エト様の治療方法としては高濃度の魔力水や食べ物を定期的に取ることで発作の頻度を下げることができるようです。ただ完治させるには『霊宝の雫』という代物が必要なようですが」
「「「本当か!?」」」
三人の声がハモる。一気に顔近づけんといてつかぁさい。
「恐らく……ですが。あくまで俺の診立てですよ。高濃度ってのがどれくらいの濃度のものなのかも手探りになると思いますしどのくらいの期間摂取すればいいかというのも未知数です。そして『霊宝の雫』っていうのは名前しか分かりません」
「いやそれでもまったく希望の光が無かった先ほどまでとは雲泥の差だよ。どういった事でそれを知ったかというのは答えては貰えないのかな? いや、いいんだ。それとすまないがノブサダ君に頼みがある。今から魔力水を探すとしてもそこまでの時間と大量に仕入れるほど持ち合わせがないんだ。戻ったらしかと経費として払うのでこの旅の間だけでも君の力を借りれないだろうか」
心底申し訳なさそうにシャニア嬢は頭を下げる。本当、貴族とは思えないほど腰が低いな。そんな事言われちゃったら協力しないわけにはいかないでしょうが。しないという選択肢もないけどな。俺も彼女らのこと気に入っちゃってるもんよ。
「頭を上げてください。魔力水に関しては言い値で結構。タダでも構いませんよ。あれだけ気安い公爵令嬢様が笑ってすごせるようになるなら協力するのはやぶさかじゃないですから」
「……ありがとう、ノブサダ君」
ちょっとだけ涙声になりながら俯くシャニア嬢。
善は急げということで彼女たちに石の容器を取り出していくつかの段階に分けた濃魔力水を作り出して渡した。エト様の様子を見ながらどこまでなら濃い魔力水を飲んでも平気か試して貰うからだ。問題ないラインの魔力水をあとは増産するだけになる。ちなみにうちの嫁さん達は普段からそれなりの濃いのを料理に含めて飲んだり食べたりしているので身体的にそこまで影響があるとは考えていない。
それから本人も目を覚ますのだが大事を取って次の日までこの町で待機することになる。時間的な余裕はなくなるのだがエト様の体調が第一だからね。いざとなったら公爵家の面々だけでも俺の銀シャリ号でひとっ走りすれば送って行けるからなんとかなるだろう。




