第139話 黒の歌い手
だーくえるふさんって素敵だと思います。
助けた村人に見送られつつ村を後にして俺たちは王都への道をひた走る。
行程に余裕はあれど昨日のようなことが起こらないとも限らない。ちょいと緩んでいた緊張感をぴしりと張りなおして警戒を怠らないよう空間把握を広範囲に広げ……馬車の中で食材を仕込む。緊張感、さようなら。
ま、結局王都へあと二日ってとこまで順調に進んだわけですわい。
今は荷を降ろしてやっと宿でゆっくりしたところだ。明日の分の食材はきっちり仕込んであるし今日は宿自慢の料理に舌鼓を打ってまったりしようかね。
階下に降りていけば随分と賑々しい。傭兵団の連中も結構出来上がった様子で陽気に酒を飲んでいる。おいおい、ここについてまだ十数分しかたってないぞ。どんだけ仕上がるの早いんだよ。
って良く見ればエト様を中心に女性陣も酒場の一角で食事を取っている。いつもなら部屋へ運んでもらっていたはずなのだが……。恐らくシャニア嬢が言い出して乗せられたエト様がって感じなのだろうな。
そんな女子会に足を踏み入れることは流石に躊躇する。気配を殺しながらこっそりと隅っこの席へと腰を下ろしメニューを選別しよう。どれどれ……。
お品書き
・テヘロンのうにょんぺ
・スソモモのくらもし
・でんじまんステーキ
・くらしたのドンゴロ焼き
…………
うん、まったく分からん! なんぞこれ。幸いにしてこれ以外はどうやらまともなメニューのようだ。チキンステーキやらなんやらが下に並んでいる。それでもメニューの上位にこれらを載せるってことはこの宿でも自慢の一品なのだろうか。好奇心で頼んでみるかそれとも無難なメニューにするか。
20分後。
「お待たせしました~。テヘロンのうにょんぺ、スソモモのくらもし、でんじまんステーキ、くらしたのドンゴロ焼きと果実水でご注文の品は以上でよろしかったでしょうか。はい、それでは当店自慢の料理をお楽しみくださいませ~」
ずらっとテーブルに並べられた料理の数々。はい、好奇心が勝ち全部頼んでみました。酷いものだったらあとで自分で作って食べればいいだけだからね。それでも選択はいまのところ間違ってなかったように思える。鼻腔をくすぐるいい匂いが漂ってくるもの。
どれどれ、ぱくり。
はっ!
俺は一体どうした!? おや、なぜかすでに腹いっぱいだ。いつの間に全部食べてしまったのだろうか。
飛んでいた意識の中から必死に感覚を穿りかえす。おぼろげだがそれはいくつか浮かんできた。
テヘロンのうにょんぺはコリっとした食感が楽しい酢の物のようなもの。後で聞いたことだが山海月という魔物が食材らしい。スソモモのくらもしはこの辺に生息するウサギに似たスソモモという魔物のモモにあたる部分をじっくり煮込んだもの。くらもしってのが何か分からないが煮込み方なのかね?
でんじまんステーキというどこかの戦隊にも似た名前の食材はなんとカブの品種名で野菜のステーキだった。予想外だったがしゃくりと噛みあげた食感はなんとも言えずあふれ出る野菜汁が口の中一杯に広がる。とろける~ん。くらしたのドンゴロ焼きはスイーツだった。当初はクラシタというだけで肉の部位だと思いきやクランベリー、ラズベリー、シークァーサー、タコノキの頭文字をとって並べただけだったりする。それらを加工しクレープのように焼いたものがドンゴロ焼きというらしい。
そしてこれらは全部この宿の料理長が名づけたもので地方特有の方言とかではないようだ。独特すぎるセンスだよ、料理長。たしかに美味かったが自分で再現するのはきっと無理。それでもあのドンゴロ焼きに使われていた果物なんかは明日の朝にでも買い求めてみようか。収穫時期が無茶苦茶な気がするがここは異世界、突っ込まないことにしよう。
――かつて黒の虚空に創造主おりにけり
果実水でのどを潤しながらまったりしていると凛とした歌声が酒場の中に響き渡る。渡りの吟遊詩人だろうかフードを被った女性が中央に設置された小さなステージに立っていた。もう一人同様のフードを被った女性が竪琴を奏でながら追従して歌いだす。
――星の欠片を集めて鍛え巨大な星を創り上げたもう
――されどそこには荒れ果てた荒野ばかり
――創造主はそこに海を創りたもうた
――次いで木々を、清浄なる風を慈しむようにそっとおいていく
――空は青く澄み大地は緑で溢れん
――そして最後に創造主は我らの祖たる獣人、森人、地人、魔人などを生み出した
――産み出されしものたち楽園たる地上にて永きに渡る平穏を享受せり
――創造主、その様子に満足なりと代理となりし女神を産み出し時空の壁を越え旅立たん
――創造主よりこの世界を託されし女神。即ち獣人より見出されしルーティア、森人と地人の間に産まれし愛し子アメトリス、魔人の中でも大きくも優しき魔力を秘めしハディン、異世界より迷い込んだ可能性の塊の魂であるレベリット
――四柱の女神が見守る中その平穏は
ゴトン
「嬢ちゃん、そんな辛気臭い歌なんぞ歌ってないでこっちに来て酌でもしろよ。そんな歌で稼ぐよりよっぽど稼げるぜ」
乱暴に木製のジョッキを置き演奏と歌を中断させる愚か者発見。のっしのっしと歩み寄って吟遊詩人の娘さんに掴みかかろうとし……むんずと掴んだ手は俺の手だった。こっそり瞬間転移使いました、てへ。
「おや? 俺のお酌がいいんですか?」
「な、なんで野郎の酌がいるってんだ。いつの間に俺の前にいやがった」
「いやいや、ちょっと今の曲について後で話がしたいなと近づいただけですよ。とはいえ折角のご指名ですし俺がお酌しましょう。さあさあ、席について」
ぐるんと手首を返して逆に押さえつける。はっはっは、今の俺の身体能力を舐めてもらっちゃこまるな。りんごだって片手で潰せるのだぜ。ふんぬと酔っ払いを持ち上げて席に戻す。
「マスター、今いるお客全員に一杯ずつサービスしてやってくれ。俺の奢りだ」
おおおおおおおおおおお!
先ほどまでの剣呑な雰囲気はどこへやら。たかが一杯とはいえ周りは盛り上がり一気にこっちの味方になり調子こいていた酔っ払いに無言の圧力をかける始末。意図したとはいえお前ら現金だな。
「お嬢さん方、今度は景気のいい曲をお願いするよ」
酔っ払いが言わんとすることも分からんでもない。俺は気にならないが普人族が多い酒場で歌うにはちょいと曲の選択が間違っていたと思う。前にちらっとディリットさんが言っていたがあれがエルフで伝わる伝承になるのかね?
「ありがとうございます。それではヒノト皇国でいま流行っている曲を」
フードを外しその下から褐色の肌をあらわにさせた吟遊詩人はダークエルフだった。おおお、初めての生ダークエルフ。エルフと違って妖艶な雰囲気を醸し出し胸部装甲も突き出ていた。いや、きっと個人差なんだろうけどさ。一緒にフードをとっていた相方のエルフさんゴメンね。俺の視線はダークエルフさんに釘付けだったりします。
――惚れたはれたに命を賭けて
――探すはただの一人の君よ
――立てば芍薬座れば牡丹
――そんなあなたを夢見ています
――すぱんと頬をたたき上げ
――ア~アアア~ア~ 夢を追う 漢の旅路
そしてあらわになったその素顔から放たれた曲は……予想外のド演歌だった!
まさかダークエルフさんがコブシを利かせての大熱唱するとは夢にも思わんかったわい。エルフさんも竪琴ではなく三味線ぽい楽器を弾き始めたし。ファンタジーにソバットをかましたようなモンだよ。なんでもヒノト皇国で召喚された勇者が歌っていたものらしく瞬く間に広まってしまったそうだ。なにやってんのよ、ヒノトに呼ばれた勇者。まあ、ヒノト皇国なら日本っぽいし好まれる下地はあったのかもしれん。
久々に聞いた演歌は俺の心を潤した。酔っ払い連中も今度はお気に召したようで喝采を贈っている。
そして更なる追加曲に耳を傾けていると隣に腰を下ろす気配がする。
「いやはや先ほどの手際の良さ、感服しましたぞ」
恰幅の良い商人風の御仁がにこにこと人付き合いのよさそうな笑顔を浮かべて賛辞を贈る。
「それほどでもない。女性の、エルフさんたちの珠の肌に傷でもつけたらたまったもんじゃないからね」
「お、流石によく分かっていらっしゃる。黒く妖艶なダークエルフに真っ白い瑞々しさを誇るエルフ。神がつくりたもうた美の結晶でしょうとも。あれを傷つけるなんてとんでもない」
「全くだね。手に入れるため力でどうにかしようなどとは愚の骨頂でしかない」
「然り然り。いやあ、なんともあなたとは初めて会ったような気がしませんな。ああ、これは失礼を。私は王都でチリ雌鳥屋の商いをしており今では楽隠居をきめこんでおるウトーサと申します。以後お見知りおきを」
「これはこれはご丁寧に。俺はグラマダで和泉屋という錬金術店を営むノブサダというケチな若造です」
なんというか他人に思えないな。うん、地球にいたころの俺に似ているからかもしれない。それにしてもチリ雌鳥屋って何だろう? すごく気になるが言い出せない。
がっしりと握手を交わしそれからダークエルフさんの演歌をバックに亜人さん談義に華を咲かせた。




