第138話 血まみれの魔獣
にゃっはー、なんとなしに筆が進んだので二発目ですにゃん。
ブキイイイイイイイ
「があっ」
迫るオークに吹き飛ばされ小屋の壁へとしたたかに打ち付けられる男。装いから言って駆けだしの冒険者か村の自警団のものだろうか。
共に戦っていたはずの同年代の女性と一回り上の壮年の男が慌てて男へと駆け寄った。
ギキイイイイ
だが無防備に走りよる二人に無常にもゴブリンの追撃が襲い掛かる。
ザクリと女性の太ももに錆だらけの短剣が突き立つ。痛みを堪えながらゴブリンの顔を蹴上げ距離をとった。
気絶した男の下までたどり着いたはいいが太ももに受けた傷は彼女にとって体力を大きく奪っている。必然的に残る壮年の男がその場を支えるのだが明らかに多勢に無勢であった。目の前には20匹以上の魔物がにじり寄るように距離を詰めてきている。例え死するともこの小屋へは一歩も踏み入れさせぬと手にした大剣を構え魔物を見据えた。死を覚悟した男を嘲笑うかのように囲む魔物の数は一匹また一匹と数を増やしている。
そして空気が変わる。
来るか! そう身構えた壮年の男は魔物の注意がこちらを向いていないことに気づく。
ポーン
迫り来る魔物よりずっと後方からなにかが跳ね上がった。
一つ、二つとその数を増しながら段々とこちらに近づいてきているように見える。一体何が起こっているのだろうか。男たちは理解が追いつかずかといってその場を離れることも出来ずにただ身構え立っていることしかできない。
「……てけ、……置いて……」
何か聞こえる。男の声が何かが起きているほうからこちらへ近づいてきているような気がした。声が響くたびまるで吸い寄せられるように魔物がそちらへと向かっていく。まるで男たちに興味を失ったかのように。
「首置いてけ! 素材置いてけ! 魂石置いてけ! 死んだ魔物だけが良い魔物だあああ」
魔物の血に塗れ酷い台詞を吐きつつ中央を切り結んでくる小柄な人影が見える。手に持つ刃が振るわれるたびにぽーんぽーんと首が飛んで行く。さっきから跳ね上がっているのは魔物の首か!?
ぐるりと囲む魔物をものともせず悪鬼羅刹のようにスパンスパンと首を跳ね飛ばし手向かってくる。前に出て道を塞ごうとするもその歩みを止めることは無い。そしてその背後からなにやら砂塵も近づいている。
自分の近場にいた魔物たちもその異常事態に気づいたのか一気に慌しくその場を離れようとしていた。だが、それは叶うことがなかった。小柄な男が何かつぶやいたと思えば魔物たちはその場から身動き一つ取れなくなっていたのだ。そしてそれらを冷酷に一匹ずつ仕留めていく。
やがてその場に動いている魔物の姿は無く皆物言わぬ屍となっていた。
壮年の男は信じられなかった。血みどろになっている小柄な男は少年と言って良い年齢にしか見えずそれが魔物たちをあっさりと仕留めてしまったことを。
「あー、くそ。ダンジョンと違って返り血とか酷いな。クリア!」
生活魔法であるクリアを唱えれば瞬時に付着していた血や汚れが落ちる。クリアってそんなに広範囲にかけれるものなのか? 汚れが落ちてみれば装備や髪、目も全て真っ黒な少年がそこにいた。それだけに手に持つ薄緑に輝くミスリル製であろう剣が一際輝いて見える。彼は神の御使いか悪魔の手先か。助けられたのだろうが不意にそんなことを考えてしまった。
「大丈夫ですか? ここ以外に人が避難している場所はありますか? それと怪我人なんかは?」
「い、いや、村の殆どの人間はここに集まっている。中の者はほぼ無傷のはずだ。助けに感謝する」
「ならば大丈夫かな。逃げ出したのはあいつらに任せておこう。人が作った飯を食い散らかしてるんだからこんなときくらい役に立ってもらわないとな」
なにやら思案顔でブツブツ言っているがどうやらこちらに害意はないようで一安心する。
「っと、そちらのお嬢さんたちは怪我してるんですか。ちょっと見せて下さい」
少年が屈み込み短剣を引き抜けばぐうっとうめく声が聞こえ血が吹き出てくる。
「錆びた短剣か。破傷風の恐れもあるな。念のため【カビデストロイヤー】をつけてっと。ハイヒール、おまけにキュアシック」
手のひらに淡い光が集まり彼女の傷口を照らし出せばその傷はあっという間に塞がっていく。したたかに身体を打ちつけた彼のほうは気絶しているが打撲だけですんでいるようだ。同様に神聖魔法をかけて傷を癒していく少年。壮年の男もそれなりに長く生きているが神聖魔法をこれだけ操る彼が神官などにはどうしても見えない。彼は一体何者なのだろうかと頭をよぎるが首を振って気にしないようにした。彼は今この場でまさに我々を助けてくれたのだ。深く詮索するのはやめようと。
治療を終えた少年は立ち上がると再び剣を持ち魔物の死体へと近づいた。
「どれ、他の面子が来る前に解体を済ませてしまいましょうかね。『解体刃処』」
少年が手にした剣の刀身が陽炎のように揺らぐ。そのままトスと魔物の死体へ刃を突き立て引き抜けば今度は死体が揺らいで見え瞬時に魂石、骨、肉と綺麗に解体されていた。男は自分の目がおかしくなったのかと瞬きし目をこするも結果は変わらない。寧ろ少年が次々と突き立てては引き抜く作業をする端からそれらが増産されていた。そしてそれをひょいと持ち上げれば皆どこかへと消えていく。詮索すまいと誓ったばかりなのだがその未知なる光景にただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
◆◆◆
『解体刃処』の使い勝手を試したがこれは楽でいいな。しかもダンジョンの中と違ってオークのゴールデンボールは100%手に入っている。直にそこに現物があるからだろうか。カグラさんには外のオークのあれは潰さないように言っておかなくちゃだな。
どれこんなもんかね。あらかた素材などを回収した俺は村の外まで魔物を追いかけていった傭兵団にちょっとだけ嘆息する。
今回襲撃してきた魔物はオーク、ゴブリン、コボルトなどからなる雑多な連中であった。先導する魔物、いわゆる上級に進化したものが引き連れていたのかということもない。
どうにも突発的なもののような感じだ。先ほど救援した壮年の男性の話では森の中から急に集団で現れ襲い掛かってきたという。
空間把握をもって索敵するも森には特に変わった形跡はみられない。なんとも言いようが無い状況だな。
此度の襲撃で逃げ切れなかった何人かの村人が物言わぬ死体で発見された。それでもこれだけ生き残れたのは皆様のおかげでございますと感謝されたのだがやり切れない思いは拭えない。俺は随分と強欲なのだろう。
予定では通り過ぎるはずだった村なのだが今日はここに留まる事になった。片付けや補修などの手助けをするとエト様が判断されたからである。
因みに護衛の際に倒された魔物などの素材は倒したものの総取りなのだがオークのアレを除いた価値のありそうなものは村への復興資金として役立てて貰うように全部渡しておいた。お金に困窮しているわけでもないし誰かが言っていた『しない善よりする偽善』のほうがいいと俺も思うからだ。
そんな俺は補修を終えた連中などへ振舞う炊き出しを担当していたりする。結局やっていることはおさんどんなのだね。
今宵のメニューはオークの肉で作った肉じゃがとすいとんである。あったまるし腹に溜まるだろうと選択した。
オークの肉と聞いてはじめは俺も眉をしかめたのだがルイヴィ豚には及ばないけれど結構上等な豚肉と変わらぬ味をだしてくれる食材である。かなりの量を確保できたので大喰らいの傭兵団がいても十二分に賄えるのだよ。
村人は温かい汁を飲み涙を流している者もいた。空腹を埋め生き残ったことを漸く実感したのだろう。弱ければ死ぬ、本当に命の軽い世界だよなと再び嘆息をつくのであった。




