第134話 大きな虎
手続きを終え街の外へと出れば外壁の側に剣呑な雰囲気を醸し出す一団の姿があった。
あれが『マハル・マリーン』か。
傭兵と会うのは初めてだが確かに冒険者とは違う感じがするな。装備にしても魔物素材などではなく恐らく金属製が主なものだろうか。使い込まれた武器防具に歴戦の凄みを見て取れる。
「すまない、少々手間取って遅れた」
ローヴェルさんがそう話しかけたのは二人。恐らくあれが団長と副長だろう。何やら三人で話し込んでいる。
そして俺は言葉を失う。
そこには……。
そこには!!
ロリ体形だが胸部装甲がどいーんとしたまさにロリ巨乳な虎の獣人娘さんがいたからだ。
名前:アーサー・クーラ 性別:男 年齢:38 種族:普人族
クラス:ウォリアーLv31 状態:健康
称号:【歴戦の勇】
【スキル】
両手斧Lv5 片手斧Lv4 片手剣Lv3 身体強化Lv3 頑強Lv3 生活魔法
【クラススキル】
挑発 バーサーク
『ウォリアー』
戦士が幾多の戦場を渡り歩いてクラスアップした上位職。様々な武器を使いこなしどんな戦況からも生き残る術を常に追求し続けている。
名前:ティーナ・ガラファウ 性別:女 年齢:35 種族:王虎族
クラス:放浪騎士Lv29 状態:健康(先天性若年永代症)
称号:【薄幸の美熟女】
【スキル】
片手剣Lv5 盾術Lv5 受け流しLv4 身体強化Lv4 頑強Lv2 指揮Lv4 生活魔法
【クラススキル】
センチネル ガーディアン
『放浪騎士』
仕えるべき主を持たず戦場を渡り歩く騎士。名ばかりの騎士ではあるがその技術、指揮能力は勝るとも劣らない。
識別先生がお仕事なさった結果がこれら。
ふーむ、二人とも上位職か。傭兵団を纏め上げるならそれだけの実力はあるだろうな。それにしてもあのティーナって女性は騎士だったのか。そんな人物がなんでまた傭兵なんて率いているんだろう。気にはなるがあまり根掘り葉掘り聞くのもまずかろうて。
そういえば先天性若年永代症については識別先生が教えてくれた。なんでもある一定までの年齢まで達するとそこからは見た目がまったく成長しなくなる病気らしい。遺伝的な症状らしく魔法やなんかでは回復は現状不可能。見た目だけでスキルや筋肉は成長するようなので別段問題はない病なのだそうな。むしろ筋肉は老化しない分、鍛えれば鍛えるだけ強化されるらしい。その分、食事量とかも半端じゃないそうなんだがね。
いやまてよ。ってことはティーナって人はその一定の年齢であそこまでの胸部装甲を築いたというのか! なんて恐ろしい。
団長は……まあいいけれど副長は色々と盛りだくさんすぎて本当に驚きだ。
白髪と褐色とまではいかないが日焼けした肌。耳と尻尾も白いが黒い虎縞が入っている。これまた吊り目で金色の瞳に気の強そうな感じをうけた。それと口元にあるホクロがチャームポイントで強さの中に儚さも漂わせている。なにより目を引くのは頬に刻まれた深い傷跡だろう。身長は俺より10センチメートルほど低く140センチメートル前後。
黄土色の金属鎧と同色の盾を背負っている。金属鎧の上からなぜ巨乳と分かるのかといえば不審なほど盛り上がっているから。わざわざ鎧をあんなふうに加工するのはよほどの見栄か致し方なくだと思われる。武器は片手剣のようで随分と使い込まれているようだ。それにしても前述したようにロリ巨乳だが年齢を加味すればロリ巨乳虎BBAというなんとも長い肩書きになる。俺も中身は同い年なので人のことは言えんがな。
お、色々と考察しているうちに動きがあったようだ。
近衛騎士と傭兵隊のトップ2の話し合いが終わると各自配置に付き移動を開始する。
先頭は副長率いる傭兵団所属の馬車が2台、中央に公爵令嬢たちの乗る馬車と周囲に近衛騎士が駆る騎馬3頭、後方に団長率いる馬車2台。
うーむ、こういった移動は初だがあえて示威行為の如く大仰な行軍になるのかね。あ、ちなみに俺は公爵令嬢の馬車の御者席に座っている。シャニア嬢の手ほどきを受けて御者技術を学ぶのだ。エレノアさんはエト様に拉致されたので今頃は根掘り葉掘り色々と聞きだされているのかもしれない。
だめだ御者席に座るも暇で仕方が無い。一度、手綱を借りてみたりしたんだがなぜか馬が俺の言うことを聞くどころか怯えて停まってしまう事態になり早々に習うのが中断された。それからはもうお荷物同然である。切ない。
そういえば未だこの国について詳しくない俺のためにエレノアさんがカンペをくれてたんだっけか。復習がてら読み返してみるか。
タイクーン公国。
元々は中央のアレンティア王国の一地方であったがここを治めていたタイクーン公爵が政治的な対立から独立を宣言したことで生まれた国。タイクーン公爵は公王を名乗り以後現在までこの国のトップとなっている。
有力貴族として二つの公爵家が仕え以下の貴族もそれぞれに追従する形で国を支えているようだ。
ひとつは言わずと知れたアズベル公爵家。もうひとつがザヴィニア公爵家。
あれ? ドヌールさんの苗字と同じじゃないか。
ザヴィニア家当主は現役の宰相であり国きっての切れ者らしい。俺にとって目下の仮想敵であるわけだがな。
そんな公国の今のトップは若干9歳のアルティシナ公王。トップとはいえ未だ幼いため現状としては宰相が辣腕を振るっているらしい。
それと詳細はないがこの国の勇者召喚は成功し一人の少年が召喚されたようだ。グネの話でお隣のヤツフサが一緒に召喚されるはずなのだが行方が知れない。どうなったのか俺としては非常に気になるところである。
おっとカンペを読んでいたら結構な時間がたっていたようだ。相手をしなかった俺をシャニア嬢が恨みがましい目で見ているぞ。正直すまんかった。
出発して1時間、道中何事もなく進んでいる。そらそうだ、こんな規模の団体様に襲い掛かろうとする盗賊なんてそうそういないだろう。よっぽどな大所帯じゃないと対処不可能だよな。
どうせならタマちゃんも連れてきたかったな。
だが何かあったときのために和泉屋防衛の要として泣く泣く留守を頼んだのだよ。転移で帰ったらぷにぷにしよう。
それから時間がたち昼食の時間。馬たちも休憩を入れるということでここで行軍を停止。
傭兵団は慣れた手つきで準備をしている。
ん? 何やら困った顔をしているのが公爵家一団。……あ! 侍女を影武者として扱っているから食事の準備させることができないのか。まさかエト様にできるはずもないし近衛の面々もちょっと期待できそうにないか。料理に関するスキル一個も無かったもの。ならば仕方あるまい。俺が人数分準備しようかね。
「エレノアさん、こっちの分は俺が準備するから容器を出しておいて。公爵家の皆さんは苦手なものとかありますか?」
「出されたものは残さず食べる、それが公爵家の流儀ですわよ」
ふんすっと鼻息荒くドヤ顔を決めるエト様だが侍女の格好のままそれを言ったら変装の意味がないだろう。シャニア嬢はそれを見てくすくす笑っている。君も同類だからな!
さて、全員で……9人分か。さっと出来るものがいいな。よし、チャーハン作るよ!!
次元収納から特注の中華鍋を取り出す。これはおやっさん特製でなんと油をひかなくても焦げないという多重結合鉄蟻製なのだよ。
まずはテーブルをいつもの要領で石で作り上げる。
ボウッ
俺の目の前、何もない空間に火球が瞬時に現れた。
中華鍋を熱して片手で割った卵を投下。
予め炊いて保存しておいたご飯と刻み叉焼をずばっと投入し素早く鍋を振る。炎を潜ることで余分な油が飛びパリっと仕上がるのだ。尚、飛び散らないように風魔法で補助しているので派手にやっても安心。
叉焼には下味がつけてあるので仕上げは薄めに。塩と胡椒、お酒を数滴、それと焼き鳥でも使った年代物に仕上げたタレを少々。ミタマたちの食欲と格闘して日々鍛えられたタレの味に死角なし! ありえないくらい大量に作るものだから味わいの深さは折り紙つきなんだぜ。
最後に葱を加えてささっと炒めたら完成なり。
スープは出来合いでご勘弁。うちは大喰らいが多いから保存してある料理の量はどこぞのレストランにもひけをとらないんだ。
エレノアさんが準備しておいた容器にお玉を使ってほいほいと盛り付けていく。同様にスープも。今回はアサリと白菜のあっさりしたスープをチョイスしたのだぜ。
人数分作ったあとは女性ばかりということでデザートに果物の盛り合わせをおひとつ準備。はいよ、これでノブサダ特製お昼ご飯は出来上がりでござんす。
あれ? エレノアさん以外ポカンとしているけどどうした?
「旦那様、やっぱり調理にこれだけ魔法を使うのは普通有り得ませんからね。私は慣れていますけれどこれが普通の反応です」
あら、アナタと呼んでいたのに旦那様に変わっている。対外モードなのかしら。
んー、そう言われても使っているそばから魔力は回復しているのでどうせなら便利に使いたいじゃないですか。
「な、なななな、一体何種類の魔法を同時に使っていたんですの。私とて魔法学院で主席を争うほど研鑽を積んだというのに全ては感知できませんでしたわ」
ほほう、エト様は魔法学院ってのに通っていたのか。正直、グラマダ以外を知らないからな。もし機会があれば色々と話を聞きたいな。
「姉上、ほらそれよりも温かいうちに食べましょう。折角作ってもらったんですから」
「そ、そうですわね。それにしても初めて見る食べ物ですわ」
「お嬢、いえ、エトお待ちください。毒見がまだです。私が先に食べますから!」
うーん、立場ある人だから仕方ないとはいえちょっと切ない。まぁ、俺もエレノアさんももう食べ始めているけれどもね。あ、お嬢様風の侍女もこっそり食べ始めてる。
「ローヴェル殿、職務は分かりますが旦那様が女性に毒を盛るなどありえませんよ。男性には絶対ないとは断言できませんけれども」
至極御尤もなご意見ありがとう。さすがに俺のことを良く理解していらっしゃる。
「ああん、もう我慢できない。姉上が食べないなら私が先に食べてしまうよ。はくっ、こ、これは! 口に入れた瞬間、パラパラとご飯が解けていく。シンプルながら奥行きの深い味わいはあのタレのせいかな? お肉も噛めばすっと解ける柔らかさ。口の中が渾然一体となっているね。こっちのスープはあっさりとしていて口休めに最適、またご飯が欲しくなる」
シャニア嬢、あなたどこのグルメリポーターですかい。ローヴェルさん含め他の騎士たちも掻き込むように食べ始めた。エト様はそれらを見てからやっとスプーンをチャーハンへと伸ばす。
ぱくり
「あはああん、美味しいですわ。何ですのこれ。しかもただ美味しいだけでなくなんでか魔力まで回復していませんこと? あなた、これに一体何をいれたんですの」
「うーん、特に何かしたって訳じゃないんですけどね。あ、お米を炊く時やスープで使う水は全部俺が出した魔力水ってことくらいでしょうか」
「「「!!??」」」
思わず噴出しかける面々。俺何かへんなこと言ったか?
「正気ですの! 魔力が回復するほどの魔力水をたかだか料理に使うだなんて。お金がいくらあっても足りたものじゃないですわって今、自分で出したと仰いまして?」
びちびちびちと米粒が俺の顔に乱舞する。エト様よ、飲み込んでから喋りましょうね。
顔を拭き取りつつコクリと頷く。一部の人にはこれもご褒美なのだろうか?
「とんでもないですわ。これ程の量をあっさりと生産できるのならあなた自身が宝の山ですわよ? 好意で作ってもらってなんですけれどもあまり他人にこの話をしないほうがいいですわ。皆も今聞いた話は他言無用でしてよ」
『ハッ』
全員がエト様の一声に対して頷き畏まる。流石、公爵家の跡取り。こういった貫禄はそうそうだせるもんじゃないな。ちょっとポンコツ疑惑があったけれどグラマダもこれなら安泰だろう。
そして普通にウォタで出す水さえ魔力を回復するほどの代物になっていることを今更知った訳で。普段から使っているからまったく気づかなかったぞ。知られたのがエト様で良かったということか。
「そ、それと……」
ん? なんかもじもじしているけどどうしたんだ?
「おかわりくださるかしら。お肉増し増しで」
ぶはっ、台無しですよエト様。だがそういうの嫌いじゃないです。よござんしょ、お肉増し増し増しで作りましょ。
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