閑話その18 ノブサダ草の根運動
両手棍の原産地はギニアではありまセン
本日も快晴。どうやら梅雨らしい時期は無い模様。北海道みたいな気候なのかね。俺の地元はがっつり梅雨があり湿気が多く不快指数はうなぎのぼりだったからすごし易くていいったらない。
そんな俺が今何をしているのかというととある一件依頼定期的に行っていたことをしに冒険者ギルドへと向かっているのだ。
「エレノアさん、お疲れ様です」
「はい、今日はどうされましたか?」
「いつものアレを頼みに来たんですよ」
「ああ、もうそんなにたっていましたか。ふふふ、皆と過ごし始めてから毎日楽しくて時間の過ぎるのが早く感じますね」
そう言って微笑むエレノアさんの笑顔に嘘偽りなし。そう感じてもらえるのなら俺も幸せ者である。おっといかんいかん。エレノアさんの笑顔にやられて肝心のアレをこなしていない。
手元に置かれた羊皮紙に書き込みながら事の始まりを思い返してみる。
とある一件というのはジャミトーの件だ。あの一件は本当に堪えたからね。
当時の俺は冒険者連中とあまり馴れ合うことはせずに町中のみんなと仲を深めることに力を入れていた。グラマダに来て日が浅いのでそれが間違っていたとは思わないが同業者との関係が希薄だったことは反省すべきだと思ったのだ。多少でも仲が良いのならばあの不正な依頼を受ける前に少しは疑問を抱いてもらえたりするんではなかろうか。まぁ、報酬がかなりの額だったらしいから転ぶやつはあっさり転ぶんだろうけどな。
元々ああいった荒くれ連中と付き合うことに苦手意識があったのも確かである。コンビニ勤務時代、傍若無人に振舞う現場作業員や駐車場を我が物顔で暴れまわる悪ガキ共、前後不覚になるまで酔った挙句手洗い場で吐き倒す酔っ払いなどを思い出してしまうからだ。
ある程度悪質になれば出入り禁止措置や警察に通報など手を打つことも出来るのだがそこまでは中々いくことはない。そしてそんな連中に本音を押し殺した作り笑いで接客してきた日々。接客業なら当たり前、良くあることだ。そうではあるのだがどんどん心は抑圧され胃潰瘍になって血を吐いたのは何度もある。
そんな抑圧された心はこちらの世界へ来たことで弾け飛び俺自身舞い上がっていたのは否めない。ついでに魔法やスキルといった今までに無い力をグネのおかげとはいえ手に入れてしまったしな。激しく暴走する前に師匠へと弟子入りできたのは紛れも無く行幸だと思うね。じゃなきゃ今の俺は無かっただろう。案外、あそこであっさりやられて酷い目にあっていたかもしれんな。
話がそれた。
そんな訳で重々反省した俺はいい機会だからと同業者と親交を深めようと考えたわけだ。
だが、今更肩を並べてってわけにもいかず色々と名前を売ってしまったらしい俺がいきなり声をかけても不審に思われることだろう。特に年がいってるほど受け入れるのには時間が掛かりそうだ。
無い頭を懸命に絞って考え付いたのがコレ。
冒険者ギルドへの依頼を俺が出すということ。
和泉屋立ち上げの時期に重なったのもあり丁度良かったというのもある。和泉屋として依頼する分には野獣だなんだの二つ名は関係ないもんね。……ないはずだ。
依頼するのは主に薬草の採取。現在だと栽培しているのと依頼で入手する薬草の比率は6:4くらいになった。今では俺が付与魔法を使うのでそれの触媒などの仕入れも冒険者経由で頼むようにしている。
効果は予想以上にでた。当初の予定とは違って冒険者同士の繋がりというよりは雇い主と雇用者の関係だけどもそれはそれでいいんじゃないかと今では思う。駆け出しから中級者あたりまでの若い連中を中心に結構な伝手ができたからね。
それと駆け出しの冒険者なら群生地を間引きするような感じで採取するよう初めから忠告できるし品質を維持したままもってこれる方法も教えてある。うまくいったならポーションなんかをおまけでつけてやれば満足そうに店を出て行く。彼らが独り立ちする頃には後続にそれらを引き継いでくれるといいんだがな。
ああ、それと依頼を通して人となりもある程度見れるし将来有望そうな面子をチェックできるのもいいよね。
その際たるものがアフロ君たちだろうか。
かつて低階層で一悶着あった彼らも今では触媒の入手など安心して依頼できるまでに成長している。時折、師匠に集中講義という名の特訓を受けているからというのもあるけれども。
彼らのパーティ4人とも以来の後に手料理を振舞って労ってあげるくらいには親しくなったよ。だから祭りのときに担ぎ手に誘えたっていうのもあるけれどね。
そういやアフロ君とあの二人の仲は進展したのかな?
どうやら俺の嫁さん達を見て自分もと思い始めたみたいなんでちょっとだけ俺も責任を感じていたりする。うちの場合は色々と巻き込み巻き込まれがあっての大所帯だからあまり参考にならないと思うぞ。僅かの罪悪感もあるし多少フォローはするけどもどうなるかはアフロ君次第だ。
ブライトン君は独り身であのパーティはしんどいのじゃないかと心配もしていたのだがどうやら違ったらしい。この間聞き出したのだが幼馴染の許婚がいるそうじゃないか。むう、少しだけ羨ましいと思ってしまったのは内緒だ。いいよね、可愛い女の子の幼馴染。俺にはもっさい男ばかりだったよ。
ま、二人ともしっかりと働いて早く迎えてあげたまえ。ご祝儀は奮発しようじゃないか。
おっとっと、また話が逸れた。
というわけで始めた当初は月二回ほどだったのだが今では週一回複数個の依頼を出すほどになっている。和泉屋としての経営は今のところ順調に右肩上がりなので全然問題は無い。むしろ、自分たちで採取にいく手間が省けた為、最近では空いた時間を利用して三連娘+ティノやレコ、わかもとサンのレベルアップにダンジョンに潜ったりしていた。特にマーシュが喜んでいたな。やはり訓練だけでは物足りなかったのだろう。嬉々として暴れまわっていたよ。
何かあっても大丈夫なように鍛えるといった名目で連れ出したのだが彼女たちの士気は予想以上に高かった。みんなも自分たちの帰る家として和泉屋を大事に思ってくれているようだ。そのうち異魂伝心で契約できるようになるかもね。そしたら奴隷ともおさらばだから喜んでくれるかな?
それにしてもあの子らも随分と強くなったもんだ。特に連携が巧みだな。今度アフロ君たちと模擬戦やってみるのも面白いかもしれない。
そんな中、ちょっと変わった出来事もあった。
珍しいことにセフィさんが手合わせしたいと申し出てきたのである。
それを快諾し二人きりで訓練場で向かい合っていた。彼女の得物は三つ又の槍。某海の神様が持っていそうなあれである。
それにしてもずっと引き篭もっていたのにいきなり動いて平気なんだろうか? そんなことを考えていたらセフィさんが一気に距離を詰めて穂先を俺へと突きこんで来た。
慌てて回避すれば突き出された槍は俺の頬を掠めていた。危ない、そして手加減なしだな。引き篭もりが出せる突きの速度じゃないぞ、これ。
「手加減なしですか、セフィさん」
「うふふぅ、折角二人きりなのに考え事してちゃ駄目なのよぉ。さぁ、やりあいましょ♪」
セフィさんや。槍を持ったら人格変わってませんかね?
もしかして戦闘種族的なあれなのでせうか。おっととそんなこと考えている暇は無いな。最初から月猫で相手をしてほしいって言うからちょっと引っかかっていたんだ。勿論『有揉不断』は使っているが万が一が無いように逆刃に持っている。それでも荒くれ連中を相手取るならまだしも奥さん相手にやりづらいったらないね。
一時間後、俺は傷だらけになりながら息も荒くへたり込んだ。うーむ、相手を一切傷つけないように戦うってのがこんなに難しいとは思わなかった。いつもなら魔法使ってはい終了ってのが多かったからな。相手は長物を使ってくるし今まで相対したことの無いような変わった戦い方だったし随分と翻弄されたよ。槍だけに直線的な突きがメインだと思っていたらなぜか曲線を描くように変化してさばき難くてしょうがない。あれは武技かなんかなのかね。
セフィさんの持っているクラスなどから想定すれば暗殺のようなスタイルがメインなのだろうし今回は魔法も全く使っていない。正面からやりあうってだけでも彼女からすれば制限を課しているようなものなんだろう。少しは強くなったつもりだったんだがまだまだ先は長いようである。
「それにしても……なんで急に模擬戦を?」
ヒールをかけつつ一番気になっていたことをセフィさんに訊ねてみる。すると顔を伏せてなにやら言いづらそうに両手の人差し指を合わせていじっていた。やがて意を決したのかぼそりと呟く。
「あの、そのねぇ。……実は最近胴回りがきつくなっちゃってぇ。どうせだからノブちゃんと一緒にやろうかなーって」
その呟きに思わず笑みがこぼれる。別段深刻でもなく和泉屋は平和だということであるから。いや、セフィさんからすれば深刻なのかもしれないけれど。
「もうっ、笑わないのぉ」
「ははっ、ごめんごめん。それじゃ今度は魔法ありでやりましょうか。俺も今度は刀を使わずにこっちでやりますから」
手甲を握り締めてパンと手にあててみせる。それを見たセフィさんもにんまりと笑みをこぼした。
「うふふ、ノブちゃんもやるきねぇ。今度は私も素に戻って本気でいくわよぉ」
変身とを解きラミアとしての姿へと戻る。先ほどまでと違って更に隙が無い。これが本当の戦闘スタイルか。物理的に尻尾も使ってくるだろう。
だがこちらもただではやられませんぞ。刀を使うより格闘のほうが防御するには慣れていますからな。うん、対師匠や対エレノアさんで嫌というほど叩き込まれておるのですよ。
俺の防御と魔法技術がセフィさんにどれほど通じるのかしっかりと検証させてもらいます。
いざっ!
「ノブサダさん? 書類は書き終わりましたか?」
不意にかけられた声に我にかえる。
おっと余計なことまで思い出していたら結構時間がたっていた。物思いにふけっても依頼書はしっかり書き上げていた俺を褒めてつかわす。よくやった、俺。ありがとう、俺。
「それじゃこれをお願いします」
エレノアさんは俺から書類を受け取ると内容に誤りが無いか目を通しやがてその顔をあげた。
「薬草採取、触媒採取を複数件。確かに依頼を受領いたしました。今日はこれで終わりですか?」
「そうですね。フツノさんたちは三連娘を引き連れてダンジョンへ行っていますから俺は今回留守番です。薬品の納品も終わったし……おお、本当に今日はこれで終わりだ」
結構立て込んでいたのだが珍しくぽっかり空いたな。うーむ、なにも予定が無いから急に空いたりするとどうしたもんかと戸惑ってしまう。
「私も今日は定時あがりなのでたまには二人で外食なんてどうでしょうか?」
お、いいね。エレノアさんだけは通い妻なので他の面々に比べるとどうしてもスキンシップが減るのでここらでイチャコラしてもバチは当たらないだろう。
「いいですね。そういえばこの間、目抜き通りに新しい店ができたみたいです。あそこにでも行ってみますか?」
そう言うと満面の笑みで頷いてくれた。こういうのも新鮮でいいね!




