第127話 和泉屋繁盛記その9
繁盛記のはずなのに暗い話ばっかり……。もうちょい、もうちょいだから!
というわけで本日は連投しますぞ。
「ぬぐう、なにをしておる! ジョリエンヌちゃん、一度戻るのじゃ」
その声に反応してバッっと身を翻してギルドマスターの元へ跳躍する幼女。
ち、何かするつもりか? せっかく弱めたというのに無駄にしてたまるかって。
「エアバインド三連」
三重のエアバインドがジョリエンヌ目掛けて発動される……が、射線上に身を乗り出したギルドマスターからパキパキパキンと何かが砕ける音がして邪魔される。一体何個魔道具持ってるんだよ!
「ほひ、ほひひ、テラーズ閣下からの賜り物をこんなところで使う羽目になるとは思わんかったわい。じゃがジェリエンヌちゃんの戦闘データをとるまたとない機会じゃ」
何処からか取り出したルビーよりも血のように真っ赤な宝石を取り出す。
ゾワッ
思わず背筋を悪寒が走る。直感があれをヤバいものだと判断ししきりに警鐘を鳴らしていた。じじいの腕を撃ち抜いてでも止めなきゃいけない。識別する間すら惜しいと即発動できる魔法で攻撃を加える。
「アイシクルブリット八連!」
放たれた八つの氷弾は真っ直ぐにギルドマスターへと向かうが着弾間際に在らぬ方向へと飛んでいってしまう。まだ防ぐ手立てがあるのかよ。ちぃ、脅迫という名の事情聴取のため生かして捕まえるべく威力を抑えていたのが裏目に出たか。
止めることが叶わなかったその手は赤い宝石ごとずぶりと幼女の胸へとさしたる抵抗も無くめり込んでいた。なんだあれは!? 一体どんなスキル使えばああなるんだ?
そしてすぐに変化は起きた。
幼女が獣のような叫び声を上げたかと思えばメルトストレングス全てが解除されたのが分かった。
見た目も大きく変化している。
瞳は真っ赤に爛々と輝いており白かった肌には多数の血管が傍目にも分かるほど浮き出ている。その一本一本は太いミミズを思わせるほどであり不気味なほど脈動していた。先ほどからハッハッハッハと呼吸も荒いがいくら地下とはいえそこまで冷えているわけでもないのになぜか息が白い。
「さあ! 全ての枷を外した。あやつを屠るのじゃぽあ」
え?
ギルドマスターが俺のことを指差そうとした瞬間、ポーンとその首が宙を舞った。次いで間欠泉の如く血飛沫が溢れ出す。幼女が左腕を軽く払っただけでギルドマスターの首が瞬断されたのだ。
正直、俺も何がなんだか分からない。推測でしかないが枷を外すと言っていたことから外しすぎて制御が利かなくなったんじゃないだろうか。つまりだ、制御不能の獣が次に見据えるターゲットといえば。
ギロリと紅い瞳からの視線が俺を射抜く。無表情のまま釣り上げられる口角は怖気を誘うには十分すぎるほどの雰囲気をかもし出していた。
やっぱり俺ですよねー。
あー、もう。ドつぼに足を踏み入れるどころか突き抜いているな、俺!
「地壁補強」
暴れて地下が崩れたりしたら元も子もないので周囲の壁面を強化する。
そうしているうちに……フッと幼女の姿が掻き消える。
やばいと思ったその時には瞬間的に横っ飛びしていた。
ザンッ
していたのだが左の太ももをザックリと切り裂かれる。10センチメートルほどの傷跡からは血が溢れ出し一呼吸おいてから鋭い痛みが俺を襲った。歯を食いしばりながらハイヒールを魔力纏に流し傷口を特に厚手に保護する。それにより傷口は押しとめられて血の出が鈍くなった。そしてそのままくっ付いていく。
無論、その間にも幼女の攻撃は止まらない。痛む脚を引きずりながらなんとか耐え凌ぐ。月猫で受け流すことも考えたがぽっきりいくのが関の山だと諦め、手の甲をアイアンハンドスマッシュの要領で分厚い鉄の塊で覆い何とか受け流していた。
その鉄の塊ですら抉り削られている現状だが幼女のほうもただではすまなかったようだ。暴走といわんばかりのその動きに体がついていかずそれを無理やり動かしているものだからすでに左肩が外れており右腕のほうも毛細血管が破裂しているように見える。浮き出る血管の周りから黒ずんで腫れ上がっているからだ。
このまま時間を稼げば凌げるか? そう思っていたのだが……見た、見てしまった。
『コ・ロ・シ・テ』
『タ・ス・ケ・テ』
幼女の唇がそう動いていたのを読唇術とか無いけれども識別先生によりなんでか翻訳されてしまい理解してしまった。ぐぬぬぬ、あああ、もう。女子供にはめっぽう優しいと定評のあるノブサダですからね、やるよ。やればいいんでしょ。
持続効果のあるマナポーションを飲み干し魔力を総動員してやってやろうでないの。長引かせるのはなしだ。まったく、尻を叩かれないとその気にならないのは俺の悪い癖だな。
意識を集中。攻撃は体の反応するままに受け流せ。
「エアバインド!」
宙吊りになりながらも残った右腕と脚力だけで無理やり拘束を外す。それを二度ほど繰り返し幼女の注意をそれだけに誘導する。
狙うのは着地地点。詠唱はなくても初歩の魔法だから問題ない。落ち着け。魔力は惜しげもなく注ぎ込め。ドクンドクン脈打つ心臓の鼓動だけがやたらと耳に障る。
再びフッと幼女の姿が掻き消えた。
ギイン
鉄片が弾けとび魔素となって消え去る。
駆け抜けていった幼女がスタっと着地した瞬間。
「アースバインド!」
床が瞬時に土くれと化し幼女の足を捉える。
たかが土だが足を引き抜こうとすればそのままくっついていく。そしてそれを俺は変化させる。
「ストーンバインド!」
幼女の足を捉えていた土はそのまま石へと変化し急に硬度を増した足かせにバランスを崩し転げてしまう。
「アイアンバインド!」
怒涛の三連変化でガッチガチに足を絡めとり倒れたままの幼女へエアバインドを繰り出し完全に自由を奪う。たかが拘束の魔法と思う無かれこの四つだけで現在の総魔力の半分も注ぎ込んだのだ。そうそう外れはせんのだよ。
次元収納から月猫を取り出し心臓の位置へとその切っ先を向ける。ギルドマスターが造り上げたという人造魔族。俺には安全に無力化する方法も人へと戻せるのかも分からない。己が無力さをかみ締めながら感情を押し殺す。
「ごめんな、命を奪うやり方でしか君を止められない。怨んでくれていいよ。『震刀・滅却』」
トスン
ほとんど手ごたえ無く切っ先は幼女の心臓へと吸い込まれていった。あの赤い宝石が何だったのか分からないが心臓へ埋め込まれているのならばこれで破壊できたはずだ。
それは正しく禍々しい気配を放っていた幼女からそれらは霧散し瞳は元のものへと戻った。
だが同時にゴフリと幼女が血を吐き出しその命は終焉へと向かっている。そんな彼女の口からか細いながらも確かにそう言っているのが聞き取れた。
「……アリ……ガ……トウ……」
そんな感謝の言葉を言われるようなことは何一つできてない。無力化し押さえ込んで開放するはずがこうなったのは俺の見通しの甘さのせいだろう。もしも最初から全力で押さえにかかっていれば。もしもギルドマスターから何とかしていれば。もしも、もしも、後悔が浮かんでは消えていく。
一頻り後悔した後、頬を両手で挟みこむように叩きつける。パーンと部屋の中に響くそれは俺の両頬を腫れ上がらせるが気持ちを切り替えるスイッチになる。
後悔はここまで。
元を断たねば仕方が無い。どんどん厄介ごとの深みに嵌っているがそれはもう棚上げしておく。造ったというならばそれに関する資料や施設があるはずだ。部屋の中に散らばっている資料や素材や資金を片っ端から次元収納へと突っ込んでいく。ギルドマスターの死体も廃棄入れにポイしておく。幼女の遺体はバンジロウと同じく丁寧に保管する。あとで一緒に弔ってやろう。
施設となると向かいの部屋か? かなり広い部屋でいくつかの動かない生命反応もあったところだ。
ギリィッ
唇を噛み締めすぎて血が滲む。
その光景はある程度予想はしていたが実際に見てみれば怒りと憎悪で心が一杯になる。
広い室内には所狭しと使い道の分からない機材が設置されており中でも目を引くのがホラー映画などにありきたりな特大の試験管のようなもの。その中には人の形を持たない肉の塊がいくつも並んでいた。未だ脈打つ肉の塊、その数27個。最後の特大試験管は空なので恐らくこれがあの幼女の入っていたものなのだろう。
またなにかのサンプルだろうか。既に活動していないがなにかの干からびた……ってこれ寄生粘菌じゃないか。色は灰色になっているがあれだけ巻きつかれたりしたから分かる。
つまりギルドマスターは例の件に直接か間接的に関わっていたのか。直接、聞き取り出来なかったのが惜しい。ま、生き残っても楽には死ねないと思うが。
こちらの部屋にもいくつかの経過報告らしきものが纏めてある。それらは根こそぎ奪いつつ問題はこの施設だな。これが知られれば捜査のメスが入ることは確実だろう。だが、その中に今回の騒動の黒幕の手のものがいないと断言できるだろうか。どこかしらに持っていかれそのまま研究が続けられる可能性がないとは言えないだろう。
とはいえ俺の手に余る機材でもある。
よし、埋めよう!
どうせ碌なもんじゃないわけだし俺がどうにかできるレベルはすでに振り切っている。資料は全て押収したし悲しい幼女を生み出すこんな施設など百害あって一利なしだ。アースウォールの要領で床を土と化しそのまま施設丸ごと大地へ埋め込んでいく。沈め沈め、やっていることは廃棄物の違法投棄のような気がしないでもないが地中深くに埋めたところで四方をストーンウォールで固めておいた。隔離された中で徐々に土に帰るといいな。ふう、やはり遠隔操作は多大な魔力を使う。疲労もかなりのものだ。徐々に回復してはいるものの既に総魔力の1割をきっている。こんなに減ったのは初めてだな。
今日は色々とありすぎて体力的にも精神的にもキツイ。あとはあの娘さんたちを逃がして俺も撤退するか……。




