第13話 超人マトゥダとカイル
西門にある衛兵の詰め所へ向かうと数名の衛兵が待機していた。カイルはどうやらいないようだ。
「すいませーん、冒険者登録済んだので仮登録証の払い戻しお願いしたいんですけど」
声をかけると……あれ? なんか一番偉そうなナイスミドルがこちらへ来る。
白髪がちらほらあるもじゃ毛のナイスミドルだが一番の特徴はあの盛り上がった筋肉。二の腕なんて俺の胴くらいあるぞ、あれ。他の衛兵が剣やら槍やらを持っている中、この人だけは素手だ。いや、腰にメリケンサックみたいなのがぶら下がっているか。
「ふむ、仮登録証の払い戻しとなると新人かな?」
「はい、今日この街に着いたばかりで先ほど登録を済ませました」
「ふむ、ちょっとまっとれ。おい、カイル! さぼっとらんと払い戻しの手続きをせんか」
筋肉ミドル氏(仮称)が詰め所の奥にいるであろうカイルに大声で指示を出す。少しして慌てながらカイルが走ってきた。
「勘弁してくださいよ、総隊長。俺、さっき休憩に入ったばかりじゃないですか」
「ばっかもん、四の五の言わずにやらんか! お前が冒険者の嬢ちゃんの尻を追いかけている間に長蛇の列ができていたことを少しも反省しとらんな」
「ぐおお、総隊長にまでばれてた……。とほほ、やるよ、やりますよぉ」
筋肉ミドル氏は総隊長なのか。あの威圧感のある見た目ならどう考えてもこの街の衛兵の総隊長なんだろうな。いかにも歴戦の勇って感じだもん。
「お、『風のしっぽ』の二人が連れていたひよっこか。どうやら無事登録できたようだな」
「おかげさまで。あと俺にはノブサダって名前があるんでひよっこはやめてほしいんだけど」
「はっはっは、そういや名前も聞いてなかったな。ノブサダねぇ、なんかヒノト皇国っぽい名前だな」
こやつめ、こっちみたまま書類処理しておる。なかなか器用だな。
「そういや『風のしっぽ』って二人のこと呼んでたけどそれって何?」
「は? お前知らないで一緒にいたのか?」
「ええ」
「『風のしっぽ』ってのはあの二人のパーティ名だ。あの若さでランクはDの将来有望な冒険者。どっちかというと戦闘能力よりも丁寧な依頼処理が評判を呼んでるらしいな。姉妹揃ってあの見た目だからギルドにゃファンクラブまであるらしいぞ」
確かに美人だがファンクラブまであるのか……さすがフツノさんとミタマ。っぱねぇっす。
「ほいよ、これで手続き完了だ。これが預かっていた銀貨な」
カイルから銀貨を受け取る。たしかに受領しました。
「それよりもお前さん、あの二人とはどういった関係なんだ?」
「えっ? ゴブリンから助けた命の恩人?」
「なるほど、お前さんが襲われていた所をあの二人が助けたのか」
「いや、逆だよ」
「逆?」
「俺が助けたの。ミタマが怪我してて劣勢だったところに助太刀したんだ」
「お前さんが!? またまた、嘘だろう、そんなに強そうにゃ見えんがなぁ」
むぐぐ、まったく信じちゃいない。く、悔しくなんかないんだからね!
「ならば、手合わせしてみるがいいじゃろう。のぅカイル?」
「げぇ、隊長!」
げぇ、関羽!
いつのまに居たんですか筋肉ミドル総隊長(仮称)。
「げぇとはなんだ、げぇとは。儂が見たところこの坊主はそれなりにできるぞ? お前が油断すればあっさり負けるほどにな」
「まじっすか!? むぐぐ、しかし俺にメリットが……」
「ならば儂の娘を一回だけ口説く権利をやろう」
「エレノアさんを!? やる、やりますとも!」
ちょ、総隊長ってばエレノアさんの親父さんなの!? 戦姫の父親ってことはものすごく強いんじゃ……。
恐る恐る目を凝らしてみる。ってか娘を口説く権利ってそんなもん簡単に許可しちゃだめでしょうに。
名前:マトゥダ 性別:男 種族:普人族
クラス:魔闘士 Lv75
称号:【戦拳】
【スキル】
拳術Lv7 身体能力Lv6 頑強Lv6 闘気Lv6 回避Lv4 危険察知Lv4 指揮Lv5
うおおおお、なんでこんなに強いんだ。桁が違うぞ、本当に。
しかし、戦拳に戦姫ってどんだけですか! この親あってあの娘ありってことか。カイルよ、お前さん、この親父さんがいる娘さんを口説けるのかね? うん、知り合ったばかりだが彼ならやりそうだ。
え? 俺? 今はまだ無理かな。せめて拳を受け切れるくらいにならないと喧嘩もできないよね。
「武器は剣でいいのか?」
「うん、それでいい」
「んじゃ、こっちの木剣から好きなの使いな」
何本も木剣が立てかけてある。うお、なんか血糊がついたのが一杯ある。どんだけハードなんだろう、衛兵の訓練。
適当に見ているとその中に一本だけ木刀を見つけた。懐かしいな! よし、こいつでいこう。
木刀『仏血斬』
品質:良 封入魔力:1/1
ヒノト皇国のとある温泉で売られている土産物。数々の荒くれ者をしばき倒してきた経歴から魔力を持つに至った。
なんとなく鑑定してみたが……なんだ、コレ。うわっ、よく見たらなんか黒ずんでるところがたくさんある。
「ほぅ、儂の木刀を使うか。なかなか見る目もあるの」
あなたのですか、そうですか。どんだけしばき倒したんですか!
「さぁ、やるか。手加減はしないぜ。なんせ、総隊長公認で口説きにいけるなんて奇跡に等しいからな」
「むう、なんか当て馬のような気もするけど俺も負けるつもりはないからね」
「二人ともやる気は十分のようじゃな」
カイルと向かい合い構える。
さっきまでのへらへらした感じは鳴りを潜めている。正眼に構えて相手を見据える。負けてエレノアさんを口説きにいかれるのもなんとなく癪なので気合入ってます。魔力纏を発動、出力強めでございます。
「ほう」
ぬ、総隊長は魔力纏に気づいたか。だが特に注意を受けるわけでもないので使っても構わないのだろう。
あれ? いつのまにやらギャラリーが俺らを囲んでるんだけど!?
衛兵! 仕事はいいのか! ってなにやら並んでる皆さんまでこちらへ注目していらっしゃる。見世物じゃないんですよ、そこの奥様。
「それでは……」
総隊長の声で周りはしんと静まる。
「はじめっ!」
「せいやぁぁぁぁぁ」
開始の合図と共にカイルが一気に切り込んでくる。
だが、それは俺も読んでいた。前に出ようとする気が強すぎるって。
タイミングを合わせて木刀で受け流す。
「のぉっとっとっと」
カイルがバランスを崩したところにヤクザキックを見舞う。
「ちょ! おまっ、ちぃぃぃ」
くっ避けたか。だがまだ俺のターンだ!
「チェストォォォォォ」
一気に飛び込んで上段から振り下ろす!
バランスを崩しながらもなんとか体勢を立て直しているところへの突撃。
これで決まるか!? と思ったところへ手痛い反撃を受ける。
「カウンタースラッシュ!」
カイルの一撃が俺の胴を横薙ぎにする。体勢を立て直していたから十全な威力でないがカウンターで喰らってしまう。いまのはウェポンスキルってやつか。
いったたたたた、魔力纏なかったら骨折してるぞ、ちくしょう。
「どうよ、もう降参しとけって」
「だが、断る!」
痛みを堪えながら息を整える。再度、体全体に魔力纏を行き渡らせていくうちにあることに気づいた。
木刀まで魔力が通っている?
そういった効能があるかしらないけど無駄になるもんじゃないし存分に魔力を喰らうがよいのです。
「どうした? こないならこっちからいくぞ?」
安っぽい挑発は気にしない。俺はカイルを見据えて上段に構える。
狙うは一瞬、タイミングを見逃すなよ、俺。
「ったく、こちとらさっさとエレノアさんとこに行きたいんだっつの。これで気絶しておけっ! アナザースラッシュ!!」
あいつも上段からの切り下ろしか! いや、違う! なんだ下段から切り上げに変化した!? どういう原理だよ!?
だが都合がいい。魔力をこめた木刀を一気に振り下ろした。狙いはカイルの持つ木剣。
バキィィィン
「なっ」
カイルが一瞬呆然とした表情を浮かべる。俺が木刀を叩き付けた木剣は粉微塵に砕け散っている。
その隙を逃さずに俺は宙を舞った。
「往生せいやぁぁぁぁぁぁぁ」
カイルに向かってドロップキックをぶちかます!!
「ぶべらあぁああぁあ」
変な声をあげながらカイルが転がっていった。あ、なんかぴくぴくいってる。
全開の魔力纏の防御力も攻撃のおまけになったか中々いい威力である。ふはは、悪は滅びた!
ゴツン!
思わずにやけた俺の頭に拳骨が振り下ろされる。
あまりの痛みに蹲ってしまう。
「やりすぎじゃ、ばかもん!」
どうやらマトゥダ総隊長の拳骨でした。そら痛いわ。
「カイルも油断しすぎじゃ。攻撃が大雑把に過ぎる。本日の勤務後に儂が直々に居残り特訓をしてやろう」
「ぐぉぉぉ、踏んだり蹴ったりとはこの事か」
総隊長、どう考えても今のがとどめです。
「坊主は荒削りだが光るものがあった。だが、実戦ならカイルのカウンターでやられていたやもしれん。一瞬の油断が死を招く、努々忘れるな」
「はっ、ありがとうございます! 総隊長!」
反射的に敬礼する俺がいる。
マトゥダ総隊長はなにやら上機嫌で詰め所へ戻っていった。ギャラリーも満足したのか散っていき、あとに残るは俺とカイル。あまりのしょぼくれ具合になんだかちょっとだけ気の毒になってきた。
「……その、何というか……どんまい」
「ぐふぅ、敗者に慰めかけんな」
まぁ、気持ちは分からんでもない。
「まぁいい、ノブサダだったっけか。エレノアさんを口説く権利は今回は譲ってやらぁ」
あ、立ち直った。回復はやいな。
「いや、俺は別に口説くつもりはないんだけど……」
「なに! あれだけの美人だぞ。口説かねば男じゃあるまいに」
「いやいやいや、カイルの基準で判断しないでほしい。俺は今日冒険者になったばかりだよ? そんな甲斐性はまだないから生活の基盤が安定するまでは色恋沙汰は二の次かな」
うん、おにゃのこやもふもふさんは憧れるがまずは生活が安定しないとな。俺は江戸っ子じゃないので宵越しの金はもたない主義じゃないのだ。
「お前、その歳で随分と枯れてるのな……」
ほっとけ、今は雌伏のときなのだ。
「今回は負けちまったが次は勝つからな。だからダンジョンなんかで勝手に死ぬんじゃねえぞ」
「そんな簡単に死ぬつもりはないよ。再戦は受けた。負けるつもりは毛頭ないけどね!」
ドヤ顔でお互い向かい合う。どちらが先か知れないけど二人ともぷっと吹き出した。
拳を小突き合わせた後、お互い向かうべきところへ歩き出した。
カイルか。かなり面白いやつだね。
さてと、思わぬ時間をくってしまったが今晩の寝床を確保しないとだな。
俺はギルドへ戻るべく駆け出した。