閑話その12 和泉家の人々 ミタマ編
残りの面子はまた今度。
次回は本編のほうを更新するですたい。
「……ふっ、はっ」
ギイン、カイン
振るう刃が相手の両腕へと交差する。
ガラアアアアン
取り落とした金棒が無常にも転がっていく。
「くっ、すぐに拾わねば……」
ピトッ
その隙に首筋へと刃が当てられた。
「いつの間にっ!? 参った、降参じゃミタマよ」
「……ふうっ」
ここはノブサダが突貫で増設した訓練所。周囲の壁は一枚の石で出来ておりそうそう崩れることは無い。その頑丈さもありカグラやガーナなど派手に暴れるタイプの皆には好評である。
そして今はミタマとカグラの両名が実戦形式の戦闘訓練を行っていた。
武器は普段使いのもの。スキルや魔法も解禁。救護班としてタマちゃんかフツノ、ノブサダが同席することが条件だが。
多少傷を負ったところへタマちゃんがふわりと着地してそれを癒す。
「すまぬな、タマちゃん。それにしてもミタマのうごきは随分と見違えるものとなったのぅ。妾もその動きに翻弄されっぱなしじゃ」
先達てのマザーアントの一件以来、ミタマは己の研鑽に努めていた。ノブサダが間に合わなければあえなく蹂躙されていたという悔しさ、そして直後に倒れたノブサダを抱きかかえ己の無力感を嫌と言うほど味わった結果だろう。
「……ん。でもまだまだ。もっと強くならないとね」
「しかし、あまり入れ込みすぎるでないぞ? 強さに固執する余り修羅の道を歩む者は多い故にな」
「……ありがと。でも、きっと大丈夫。そうなったらノブやみんながきっと止めてくれるって信じてるから」
屈託の無い笑顔でそう答えるミタマ。それを見たカグラはやれやれと肩をすくめて見せた。
「自信満々に他力本願をするでない。ほれ、汗を流して朝食にしようぞ」
「……ん。おなかすいたー」
ミタマは誰よりも寝起きが悪かった。その分、睡眠時でも危険察知が働き瞬時に起きるのだが。
そんな彼女が朝錬に精を出している。
もっと速く動けたなら傷を負うことなく倒せた。もっと体力があれば速度を落とすことは無かった。何よりちゃんと罠があることに気付いていればノブサダを巻き込むこともなかった。
ノブサダはそのおかげで9Fに巣食うとんでもない化物を見つけることが出来た。そう言っていたがミタマは彼女なりに思い悩んでいたのだ。
強さへの渇望。日々、強くなっていく愛しき人のためにも。
はくはくはくはく
そんなシリアスな考えはどこへいったのやら。ミタマは夢中になって朝食を頬張っている。
考えるときは大いに悩み。それ以外ではそれを気にしない。
そんな彼女のポジティブさが顕著に現れている。
彼女の趣味は寝ること、動くこと、そして食べること。実にシンプルである。
だがシンプル故に食に対する思いは深い。
村を追われ冒険者として独り立ちするも姉と二人で稼ぐには地力が足りず簡単な依頼しかこなせなかった。宿代を捻出することができずに野宿することもしばしばあった。フツノが野草やキノコを探してくる中、ミタマは野鳥や獣を射止めてくる。一番辛かったのはそれらが出来ない冬。なんとか宿代を捻出するも水だけで生活していた期間もある。
それらに比べると今の生活は夢のようだ。
美味しい食事に暖かい寝床、頼れる仲間に愛する人もいる。
時々、そんな生活が夢だったんじゃないかと夜中に起きてしまうことがある。そういうときは決まってフツノかノブサダが彼女の頭を優しく撫でていた。
頑張ろう。
素直にそう思える自分がいた。
ノブサダの思いも聞いた。あの夢はもう自分の夢でもある。
昼から久々の自由行動。
なにをしようか考えていたがとりあえず街に繰り出そうかと思う。
思った以上に稼ぎは大きく手元に残るお小遣いも結構ある。武器防具のメンテナンスはノブサダがパーティ資金から一括で『焔の槌』へと依頼するので問題はない。あれば使ってしまう質なので心置きなく使える金額を所持しているだけのほうが気楽なミタマだった。
賑々しい繁華街をぶらついたところで不意に声をかけられる。
「おう! ミタマちゃんじゃねえの。どうだい? 焼きたてのトリ串は!?」
「……買います!」
即決である。
もも、カワ、つくねと一本ずつさくっと購入し幸せそうに頬張る。
「はっはっは、相変わらず美味そうに食ってくれるなあ。こいつはオマケだ持っていきな」
「……ありがとう!」
ミタマは繁華街のお得意様であり特に出店の人たちに大人気だ。
彼女が足を止めそれはそれは幸せそうに頬張る姿を見てついついそこの品物を購入するお客さんが多いからである。まさに招き猫といったところであろうか。
「ミタマちゃん、こっちの揚げ串もどうだい!?」
「あらあら、こっちのグラマダ焼きも食べてっておくれな!」
それからも行く先々で食べ歩くミタマ。
その顔は至福を絵に描いたようなものとなっている。
ちなみにこれだけ食べても彼女の体型はほとんど変わらない。姉であるフツノが解せぬと悩んでいたこともあるくらいだ。
けぷっ
流石に大食漢のミタマも屋台を20件もはしごすればおなか一杯である。
さてどうしようか。まだまだ時間はある。ふらふらと歩きながらそう思った時、不意に目に入ったのは『マニワの店』。
そうだ! 料理が駄目ならなにか身につけられるものでも作ってみよう。
昨晩、ノブサダに手料理を作り笑顔で美味しかったと言ってもらった直後。部屋へと戻れば顔色が悪そうに横になっている姿を目撃してしまった。音も立てずにすっと離れたけれど無理させていたことにショックを隠しきれない。
彼は優しいからきっと気にしないでと言うだろうけどちゃんとしたお礼をしないと私の気がすまない。
「……ごめんくださいな」
「あらあら、子猫ちゃんじゃないの。今日はどうしたのノブサダちゃんのお使いかしら?」
相変わらずくねくねしている店主である。
悪い人ではないし色々とおまけしてくれるので嫌いではない。むしろ変な目で見ない分好きなほうだ。
「……違う。ノブへ何か作ってあげたいの。手縫いで簡単にできそうなのってある?」
「あらら、それは大変ね。女の子なら好きな子に手作りのものをあげたいのって分かるわ。私の漢女心にもビンビンきちゃう」
そう言ったマニワさんは何やら適当に見繕ってきた。
「簡単に使えるものならワンポイントの刺繍をしたタオルなんかどうかしら。それと普段身につけるものならおパンツもよさげよ。ノブサダちゃんが好んで身につけるのは白、紺、青、黒なんかが多いわよ」
ふむふむ、そういえば寝てるときそんな下着ばかりだったと思い返す。
―よし! パンツにしよう!
「……買う!」
「あら即決ね。それじゃサービスで簡単な作り方を書いてあげるわね。これは本来なら内緒だから覚えたら焼き捨ててちょうだいね」
コクリと頷く。ポーチから代金にちょっと色をつけた金額を出す。
恩には恩を仇には仇を。それがミタマのモットーである。
「ふふ、いいのよ。これは恋する乙女への小さなお手伝いなんだから。って子猫ちゃんはもうお嫁さんだったわね。ま、女の子はいつまでも乙女だから問題なしよ。失敗は成功への道しるべだから諦めないようにね。多めに材料は入れておいたわん」
「……ありがとう」
包装された布地と裁縫セット、そしてチップの分を纏めて渡してくるマニワに漢気を感じるミタマであった。
夕刻が迫るころ、部屋へと戻ったミタマは荷物の封を開け早速作業に入る。
ちくちくちくちく
マニワが予め切り分けてくれていたパーツをおっかなびっくり縫い合わせていく。
ちくちくぷつちくちくちく
途中己の指へと針を刺しながらもちまちま作業を進める。
魔物を追い詰めるときよりも真剣に集中しているミタマ。
夕食の誘いも食べてきたからいいと断るほど。
和泉家にちょっとした激震が走ったことは言うに難くない。
そしていくつもの失敗作を作り上げながら2日後。
「……できた!」
それは完成した。
ちょっと歪だが猫の刺繍が入ったトランクスもどきのパンツ。ゴムが無いので紐で縛って止めるタイプである。
コンコン
「開いてるよー」
ガチャリ
「……ノブ、今ちょっといい?」
「お、ミタマ。どうしたんだい?」
おずおずと後ろ手に隠していた包みを差し出す。
「……この間の料理。うまくいったつもりだったけれど酷い目にあわせちゃったよね。だから、お詫びにこれを作ってたの。貰ってくれる?」
「これは……良く出来ているね」
「……マニワさんに教えてもらったの。えへへ、ノブにそういってもらえると自信がつくね」
はにかむその笑顔にノブサダはキュンとした。
それからどうなったのか。それは皆さんの想像にお任せするとしよう。
敢えて言うならノブサダがそのパンツを穿いたのは朝起きてからだということだ。
そしてこの日からノブサダは猫の刺繍が入ったトランクスもどきのパンツを愛用することになる。
ノブサダはこれを穿き続け、ボロボロになった際には次元収納に特別な区画を設けて保管していたという。




