第120話 和泉屋繁盛記その二
「昨日はお疲れ様でした。今日は飲んで食べて英気を養いましょう。かんぱーい」
「「「「「「「「「「かんぱーい」」」」」」」」」
本日は家族のみの食事会です。師匠は例の件でいろいろと立て込んでいるらしいので今回は欠席。何か包んでもらって届けようか。
氷でキンキンに冷えた果実水をぐいっと喉へと流し込む。ぷっはぁ、もはや夏だけに冷たい飲み物がうまい!
俺がささっと作り上げた氷は『炎の狛』にも大量に提供してある。やっぱり氷は結構貴重なようでストームさんに二度見しながら「いいのか!?」って驚かれたよ。いいんです、だから少しばかり羽目を外しても許してくださいね?
「っくあぁ、お仕事の後のお酒は最高ねぇ」
「せやな、頑張った後だけに美味さもひとしおってかんじやわ」
「まったくじゃ。酒無くして人生を語れようか」
「そうね。あ、このお酒おいしっ」
飲兵衛組に新加入! ディリットさん結構うわばみかもしれん。セフィさんと随分仲良くなっており飲み友達にまで昇格していた模様。酒癖悪くないといいな。ノブサダの切実なお願いです。
「……はくはくはくはく、はむっ」
「あー、ミタマ姉ちゃん。それあたしも狙ってたのにぃ」
「……オルテア、狙った獲物は即ヤらないとだめ」
「ほら、俺の分けてあげるから。ミタマも大人気ないことはやめなさい」
「ありがとっ、ノブにぃ!」
キリっとした顔でオルテアへ得意げに語っていたが俺が注意するとしょぼんと耳を垂らして落ち込むミタマ。ちょっとだけ非難の目で俺を見つめる。まったく、年下と張り合ってどうするさ。
「お姉ちゃんなんだから譲ってあげなさい。足りないなら追加を取るから、な?」
「……ごめんなさい」
「怒ってはいないさ。ほら、食べかすついてる」
ハンカチで口の周りに付いた食べかすを拭き取ると恥ずかしそうに身を捩る。
その最中、エレノアさんから熱烈な視線が送られている事に気付く。
「(いいないいないいな! 私もあどけない振りしてみればやってもらえるかしら。ああ、でもノブサダさんの前では格好いい大人の女性でありたいしっ!)」
なにやら苦悶しているご様子。そっとしておこうかとも思ったがエレノアさんとのスキンシップも随分とご無沙汰なのでちょっとはっちゃけてみようか。
「エレノアさん」
「はっ、はいい?」
箸で掴んだカルパッチョをそーっとエレノアさんの口元へと運ぶ。
「あーん」
えっえっえっ? っと驚いていたがやがて観念したのか頬を染めながらそっと口を開ける。そのまま俺の箸からカルパッチョを口に含むとはむはむと頬張った。
「あっ、ありがとうございましゅ、あう」
あ、噛んだ。
さっきのとあわせて羞恥が勝ったのか茹蛸のように真っ赤になっていた。ははっ、ついつい可愛いって思ってしまった。
つんつん
ん?
振り返ればミタマが口をあけてなにやら待っている。あー、はい、君もやって欲しいのだね。
同様にお口に運べばご満悦の表情でもぐもぐしている。
つんつんつんつんつんつんつんつん
んんん?
って全員!? なんでディリットさんも参加してますか!
君らは鳥の雛かっ! うん、もう全員にやらないと収まりが付かなかったのでやりましたさ。はっちゃけるのも状況次第と勉強になりました。その後、全員から口に食べ物押し込まれたからね!
そんな感じで和気藹々と恙無く食事会は進んだ。フツノさんが酔いつぶれた辺りでお開きとし白米号に乗せて家に帰る。お風呂に入るにも時間が時間なので皆にクリアをかけて就寝してもらったよ。
俺も床についたんだがなんか目が冴えて眠れない。
目が冴える理由も分かっている。いまだ話せていないグネとの約束のことだ。
俺自身が巻き込まれることには納得しているけれどもそれに皆を巻き込んでいいのかと頭を悩めてばっかりだ。まさか国を相手取る可能性があるとは思わなかったもんなぁ。
ふう、このままベッドに横になっていても眠れそうにないし夜風にでも当たってこようか。
広間のテラスに移動するとそこには先客がいた。
月明かりに照らされたセフィさんが腰掛けてグラス片手にまどろんでいた。
「あらぁ、ノブちゃんも眠れないの?」
「ちょっと目が冴えちゃってね」
「そう」
そう言ってセフィさんの向かいに腰を下ろした。
空には3つの月がゆらりと輝いている。なんでも赤い月は男神、青い月は女神、白い月は創造神の住みし場所って伝説があるらしい。ひょっとしたら駄女神はあそこからきてるのかねぇ。
「ねぇ、ノブちゃん?」
不意にセフィさんがこちらをじっと見つめているのに気付く。
「なにか悩み事でもあるのぉ? さっきから上の空よぉ」
女の勘は恐ろしい。男の考えることって分かりやすいのかね。
でも、そうかセフィさんはラミア族。もしかしたら魔王軍となんらかの関わりがあったかもしれない。相談……してみようか。
「ねぇ、セフィさん。ちょっとだけ……本当の姿になってくれないかな?」
俺の言葉に驚いたようだがすぐに「仕方ないわねぇ」と子供をあやすかのような母性を感じる笑みを浮かべる。
淡く青い光に包まれたかと思うと徐々にその姿を変えていく。
肌は青く染まり足は蛇のものとなって鱗に覆われる。束ねていた髪は解け腰のあたりまで伸びる。そして一番印象的なのは金色に輝く眼。瞳孔が人のものから爬虫類に近いものへと変わり俺を見つめていた。
だが不思議と恐ろしいと思うことはなく月の光に照らされたその姿は美しくまた愛しいと思えた。
「これが元の姿よぉ。やっぱり人からすれば怖いかしらぁ?」
「いや、綺麗だよ。今すぐ抱きしめたいくらいだ」
「うふふ、ありがと」
それからどれくらいたったか覚えていないがしばらくセフィさんを眺めていた。
そして静寂が支配していた空間を打ち破るかのように声に出す。
「セフィさん……いや、セフィロト・ネヴィア。あなたに大事な質問がある。グネ・イノ・セトラっていう名前を知っているかい?」
真剣な顔の俺が捻り出したその名前にセフィさんの表情を変えた。驚きに目を開きつつ普段見せないような真面目な顔を浮かべる。動揺しているのかじんわりと汗が浮かび動悸も激しくなっているのか息が荒い。
「ノブちゃん……どこでその名前を? あの人の名前は身近な者しか知らないはずなのに」
「知ってるってことはセフィさんもあいつの身近な人だったんだね」
「うっ……」
墓穴を掘った模様。セフィさんらしくてくすりと笑ってしまう。
「荒唐無稽な話かもしれない。俺自身どこまで信じていいものだか定かでもないんだけどね。それでもセフィさんに聞いて欲しいことがあるんだ」
それから俺がこの世界に呼ばれる際にあいつが干渉したこと。
あいつと俺が世界を隔てて出会った同じ存在であったこと。
そしてあいつに頼まれた特大の厄介事を順に説明していった。
「正直、まさか国相手に事を構える可能性があるとは思ってもいなかったけどね。あいつのいうことを信じるなら放っておけば俺の大切な人たちにも影響があるし俺としては必ずあいつの娘を助け出したいとは思うんだ」
そこで一旦言葉を区切りふうっと深呼吸をして己を落ち着かせる。
セフィさんは今までの話を一言一句聞き逃さないような気迫でこちらの話を聞いていた。
「でも、お尋ね者になるかもしれない俺に皆を付き合せてもいいのかっていうのに迷っている。皆のことを思うなら身を引くべ「はい、すとぉっぷ」、はい?」
「いい、ノブちゃん。確かに私達の事を考えてくれるのは嬉しいわぁ。でも、私達のこと侮っちゃだめなのよぅ」
ニっと口角を吊り上げ微笑むセフィさん。ちょっとだけ覗かせる伸びた八重歯がキラッと輝いたような気がした。
「ノブちゃんが大事って考えるように私達もあなたのことが大事なんだから。ね、みんな?」
セフィさんが俺の後ろに視線を送る。振り返ればそこには全員揃っていた。なんで気付かない、俺!
「ふふふーん、うちの新しい結界術でこーっそり進んできたんやで」
「……ノブ、水臭いの。私達がそれくらいで身を引くと思った?」
「そうじゃそうじゃ。もはや主殿と妾たちは一蓮托生ぞ」
「私だけ異世界から来たことなど知らなかったのが少しショックですけどもそのような事情でもノブサダさんと歩むことに変わりはないですからね」
あ、エレノアさんにはまだそこら辺話してなかったですっけ。真にすいません。
「ご主人様はわたくしのご主人なのですから思うようにわたくしを使ってくださればいいのですわ」
「だね、あたしは考えるの苦手だからノブ兄ぃに着いて行くだけだよ」
「あいあい、くかー」
三連娘もか。
「私もノブ兄ちゃんのお手伝いするよっ。ノブ兄ちゃんがいなきゃ今頃生きていたかすら分からないしねっ」
「この子がここまで入れ込むなら仕方が無いですね。けれど確実に勝算を上げてから事に当たってくださいよ? 要はバレなければ良いのですから」
エルフ親子まで。ディリットさんに至っては非常に理知的なご意見ありがとうございます。
ぽよぽよぽよーん
「俺っちのことも忘れちゃいけねぇぜぇ、若ぇの。ま、漢だったらでけぇ夢を掴まにゃあなぁ」
二人(?)も非常に乗り気である。
参ったなぁ。皆いい人すぎるよ。ちょっとだけうるるんと来ちゃったじゃないか。
「せやけどノブ君、何するにせよ指針はあるんやろか? 具体的にどうするかっていう目標があれへんと闇雲に進むことになるで??」
そのご意見は当然のことでございます。その点については俺も目標がありますよ。当初、こっちに来たときの目標と被っているから変更しなくても良かったのが救いだね。
「ああ、一応、目標はあるんだ。ドラゴンが来ようが国の軍隊が来ようが弾き返せるほどの街を作りたいと思っている。そして獣人だろうが亜人だろうが差別無く暮らせる場所にしたい。その為にもみんなの協力が不可欠だと思う。苦労をかけるかもしれないけれどどうか俺を支えて欲しい」
『任せてっ!』
綺麗な月明かりの元、和泉屋の心が一つにまとまった。
この日、ベッドの中で男泣きしちゃったのは内緒なんだぜ。




