第114話 あいつとの再会
100話以上跨いであいつと再会の巻。
見渡す限り真っ白な世界。
意識を取り戻した俺がいたのはそんなところだった。
あれ? さっきまでダンジョンの9Fにいたよね? ここは誰? 私はどこ??
「おーい、そろそろいいかい?」
素っ裸で混乱している俺の背後から声が掛かる。
むお? 振り向けばそこには見慣れた顔、俺を成長させたような見上げるほどの大きな男がいた。最も俺の背が低いのもあるが……。
「……もしかしてグネか?」
「正解! よく分かったね」
元西の魔王グネ・イノ・セトラ。こっちの世界の俺と同一の存在。胡散臭さ爆発だが不思議と憎めないやつ。こっちにきて始めに会ったきりだがいくらか回復したのかね?
「そらまあ毎朝顔を洗うときに見る面だしなぁ。それにしてもなんでそんなに背が高いんだよ。俺はこんな様なのに」
「いや、だから第三次成長がね? ま、まあ、そのうちってことで」
言葉尻があやふやで怪しすぎるがまあいい、話が進まないので続きを促す。
「それにしても久し振りだね。でも、こんなに早く再会するとは完全に予想外だったよ」
「なんでまたそんな予想外なんだ?」
「んー、同調のスキルは僕の魔力の回復と君の魔力の器がある一定量まで達しないと発動しない予定だったんだよね。常人ではありえなさすぎる魔力量とそれに伴なう僕の回復が進んだ結果だね。『同調』スキルは文字通り僕と君が同調して力を増すっていうスキルなんだけれどもさ」
あー、ちょいと記憶があやふやではあるがさっきの戦闘がそうなんだろうな。なんでか魔力纏や月猫の詳しい扱い方を理解していたし。
「時折見る夢は僕の記憶の断片でね。これらが見えるってことはこれから君へと頼む事の準備ができてきたってことなんだよね」
「そういえば言ってたな。何も言わずに送り出されたからすっかり忘れていたよ」
「それについてはごめん。いきなり言っても君を追い詰めるだけだと思ったから。まだ時間はあるけれどそろそろ内容だけでも伝えておいたほうがいい時期が来たっぽいよ」
そう言ったグネが片手を掲げると真っ白だった周囲になにやらスクリーンのように景色が映し出される。
「夢やフラッシュバックに出てきた少女。あれは僕の娘なんだ。このまま時が進んでしまえばあの子はいずれこの世界に災厄をもたらすことになる」
それはどこかの城の前。広場か?
その広場の中央には断頭台が設置されておりそれを中心に溢れんばかりの人が詰め掛けていた。
断頭台に繋がれているのは見せられていたイメージよりも大人びた少女。だがあの幼子の面影が見受けられることから成長したあの子だと分かる。
周囲に集まった民衆が口々に少女へ罵声を浴びせる。中には石を投げつける者もいてその石は少女の額へと当たる。じわりと滲む血。だが少女の瞳に生気は無く全てに絶望したと言わんばかりの表情がピクリとも動くことは無かった。
やがて執行官の男が朗々と口上を述べる。それは魔王の娘を罵り貶める言葉。この少女がなにをしたというのか。そんな怒りを感じていると執行官が手を振り下ろした。
それを合図として脇に控えていた大男が断頭台の刃を支える縄を切り落とす。
ゴトン
あっという間に刃は落ち鈍い音とともに少女の首が落ちた。
そこから変化は劇的に起こる。
少女の頭と体が黒い粒子のようなものとなり周囲一面にぶわっと霧散したのだ。
慌てふためく民衆。
その黒い粒子は民衆の体へと吸い込まれるように入っていった。
するとどうしたことか皆々が頭を抱えて苦しみだす。
次に顔を上げたとき、その瞳は血走り狂気に染まっていた。目に映るすべてのものが憎い。互いに見つめるものを壊し砕きへし折りたい衝動に駆られる。
あるものは隣人へナイフを突きたて。
あるものは手当たり次第に建物を破壊する。
あるものは己の腹へと包丁を何度も突き刺し。
あるものは自らの手を砕きながら肉塊となってぴくりともしない隣人を殴り続ける。
そしてそれらに殺され動かなくなった死体も黒い粒子となり霧散していく。動物も……植物も……すべてが等しく滅せられていく。
それらが延々と繰り返されやがて生物そのものが存在しない荒野へと変わっていった。
「これが……あの子が持ってしまった固有スキル『悪酷の伝播』のもたらす未来なんだ。今のイメージは僕の妻が持っていた未来予知で予測してくれた未来。僕も生きている間、これを覆す為に色々と動いたんだけれどもね。結果、僕は殺されてしまいあの子のスキルは発現してしまった。そう、発現する為のトリガーが僕の死だったんだよ」
飄々と話しているがその表情は冴えない。色々と手を尽くしたが結局未来予知通りに少女のスキルは発現してしまったのだからだろう。
「回避する為、あの子が僕の死に触れないよう自らを封印してもらったけれど親子の絆のせいか感知してしまったんだ。こうなれば後はあの子を断頭台から救い出し保護しないといけないだろう。でも僕は死んでいるから何も出来ない。そのために君に助力を請うべくあの召喚に干渉したんだ」
「なるほどね」
「それで……助力を頼めるかい? あの子のスキルが発動すればこの世界の生きとし生けるもの全てが死滅する可能性すらあるんだ」
「俺にもこの世界で護りたい人たちができている。やらなきゃ皆に危害が及ぶっていうのならやるしかないだろう」
グネは心底ほっとしたように破顔する。
「ありがとう。恐らくだけれどこの先、中央のアレンティア王国の首都であれは起こるはずだよ。でもいつ起こるかまでは分からないんだ。君に僕が介入したことによって確実に事象はずれているからね。君自身の行く末もすでに変わっている」
「俺の?」
「うん、託せる者を探すため未来予知の中から餞別していたときにたまたま発見したのがこれです」
再びスクリーンに何かが映し出される。
そこには生気のない目、小汚い格好、げっそりとやつれた俺がいた。元々の俺だな。メタボ気味だったのが随分と細くなっちゃいるけども。
そんな俺が地下牢のような場所に監禁され延々と魔道具を作らされている。首には奴隷の首輪が嵌められていた。
むぐう、あんまりな仕打ちだ。
「君の異世界人のクラスの魔力の伸びはやっぱり異常でね。僕が手を入れたその肉体にまで及ばずとも素のままでかなりの魔力量を保有していたのさ。そして一番最悪なのがそれだけ魔力量があるにもかかわらず君は戦いに関する有用なスキルを何一つ会得できなかったらしい。それ故、その膨大な魔力量を使っての魔道具作成のために王城で監禁されていたみたいなんだ」
「王城ってことは俺を呼び出したのはどこぞの国の中枢の人間なのか?」
「そう、この国。タイクーン公国宰相ディレン・ザヴィニアこそ君を呼び出した張本人だね。いやあの状態になる前も見たけど酷いもんだよ? 訓練途中で戦闘用のスキルが無いって分かったときからの手のひら返しは……。君のほかにもう一人勇者候補がいたんだけども扱いの差が雲泥だったからね」
「碌でもない連中だってことは理解した。王都に行くようなことがあれば十分に注意するよ」
行くなら変装でもしていこうかね。今現在なにかされたわけじゃないがそういう腹積もりのある連中だから先んじて色々と手を打つってのもありか。
「さっきも言ったけどいつあれが起こるのかっていう正確な日時は分からないんだ。でも、あの子が封印から解かれ目覚めたならば僕が感知できる。それまでに最低でも勇者集団からあの子と逃げ出せるくらいの強さが必要だよ。それとできるなら匿えるほどの政治的な発言力や資金力、権力があれば尚いいかな?」
どんどん要求が跳ね上がってないか? それに相手が勇者”集団”ってなんだよ。聞いてないんだが……。
「ああ、うん。何が言いたいのかはその表情で分かる。僕も鬼じゃないからちゃんと手を打っておいたことがあるんだよ」
グネの話でノブサダのためにいくつか打っておいた手があるという。詳しい話を聞けば今すぐどうにかできる案件はないが確実に力にはなる話だな。いくらか今後の展望が開けた気がする。
そのひとつがこれだ。
先ほどのスクリーンにこの世界の地図らしきものが浮かび上がる。
「これ、この大陸の地図ね。君が降り立ったあの森がここ。ここから北にしばらく進んだ先のこのあたり。小高い丘の他にはなにもないところなんだけれども1年後くらいにダンジョンがぽこりんと生成されます。そこを制覇して手に入れてしまえば色々とできると思うんだよね」
「いやいやいや、手に入れるって簡単に言われてもどうすればいいんだ?」
「君は『獣使い』のクラスを持っているよね。実はこれ秘伝とされているんだけれどもダンジョン制圧後、ダンジョンコアと従魔を融合させるとその制御は主人の思うままになるのさ。ダンジョンを従える、これはかなりの戦力になるんじゃないかな?」
たしかにその通り。どこまで影響を及ぼせるか分からないが自己鍛錬は思うがまま。欲しい資源を落とす魔物も思い通りに出せるとしたら? アドバンテージは計り知れないと思う。
それにしても獣使いってそこまで有能なクラスだったのか。
ただ……従魔を融合っていうのはちょっと考えさせられる。現在いる俺の従魔を失うというのは心情的に辛い。タマちゃんとウズメがいなくなるというのは嫌だ。わかもとサンがダンジョンの主になる……色んな意味で怖いがな。
「グラマダの為政者たる現公爵もクラスは獣使いだからね。これが出来るっていうのはそうそう知られた話じゃないんだ。僕もたまたま知ったことなんだよ」
あのフットワークが軽いおっさんもそうなのか。意外なクラスだったんだな。
それからいくつか疑問に思っていたことも聞いてみた。
俺のスキルで解放と表示されるのは元々グネが所持していたものらしい。戦闘用のスキルを持っていなかった俺の体にグネ成分を注入し融合して生まれたのが今のこの肉体だということだ。グネは刀術と時空間魔法を得意としておりそれが受け継がれたんだという。他の魔法関連はグネの才能と俺の才能が融合した際に生成された副産物になっている。えらい性能の良い副産物だ。ありがとうありがとう。
それと月猫はグネの愛刀だったものをあそこに封じていたらしい。こいつもグネの打っていた手の一つらしいんだが俺が先んじて入手しちゃったんだよね。まあ、結果オーライってことにしておこう。今回、グネと同調したことで月猫の使い方もなんとなく分かったことだし。説明文にある使い手の望むままに形を変えるっていうのは文字通り使い手の力を喰らい自在に刃を形成するらしい。俺の武技、魔刃絶刀と相性がいいかもしれんね。
そしていつしかグネの体が薄く透けはじめた。
「ごめん、そろそろ時間みたいだ。同調したことで随分と力を使ってしまったみたいだよ。また回復したらこうやって会えるかもね」
「そうか。随分とお高い要求を突きつけられたが……まあやるだけやってみるさ」
「ははは、それだけ君には期待しているってことさ。僕の尻拭いをさせるようで申し訳ないんだけれどもね。頼むよ、どうにかあの子を幸せにして欲しい」
「何処までできるか分からないけれど力を尽くすよ。こう見えてもお前さんには感謝しているからな」
「……ありがとう。本当にありがとう。それじゃあおやすみ、また会おう」
グネが希薄になっていくほど俺の意識が遠のく。どうやらそろそろ覚醒するらしい。
はてさて問題は山積みですなー。まぁ、一つずつ片付けていくしかないか。




