第111話 孤軍奮闘
ざざざざざざああ
どすん
「……うきゅう」
砂に流されるだけ流されボスンとどこかの開けた所へと投げ出されたミタマ。
辺りを見渡せばどうやら広場らしき場所、それもかなりの広さで天井も高い。明らかに先ほどまでの流砂洞とは異質の空間と存在にしり込みしそうになっている。
今、彼女の目の前には広大な空間の他に横たわる巨大な蟻の女王と思しき魔物が横たわっていた。
ギギギギギギギギギ
赤銅色の体色をしたその巨大な体躯は全長30メートルを優に超えている。そのすぐ傍にはおびただしい数の卵。それらを護るかのように数十匹の守護者がギチギチと顎を鳴らしてミタマを見ていた。
これは……アイアンアントの女王なのだろうか? だけどこんな巨大な固体は聞いたことがない。こんなのが居るのが知られているなら話題に上らないはずがないだろう。
「ギ、ギギ、柔ラカクテ美味ソウナ肉ガマタキタ。捕ラエテ喰ラオカ。卵ヲ産ミ付ケヨカ。柔ラカイ肉ニ産ミ付ケレバ良キ子ガ産マレル故ナァ」
ギチギチと耳障りな声を発する女王蟻。
喋った!? そんな、知性のある個体なの!?
知性を持った個体。従魔となったウズメは兎も角としてそのような報告があるのはオークキングやゴブリンエンペラーなど同族を率いる災害級の魔物だと聞いている。
怖い、怖いよ、ノブ。
ガタガタと体が小刻みに震える。明らかに異常な魔物に本能が警鐘を鳴らしているかのようだ。
「イ……ケ……」
女王蟻がそう促せば辺りに集っていた蟻の中でも一際目立つ蟻がミタマを目標に動き出す。メタリックに輝く体色をした蟻といぶした様な銀色の体色をした二匹。なにやら剣らしき武器すら帯刀しており他の蟻と比べ一回り大きく所々歪に尖っている。それが配下であろうアイアンアントを前面に押し出しザッザッザッと隊列を組んで進んでくる。
怖い……けど、死ねない!
どんなに無様でも絶対に生き残るんだ!
きっと、ノブなら助けに来てくれる!!
マジックポシェットからトレントの合成弓と強化された矢を取り出して引き絞る。
囲まれたら終わり。確実に数を減らさなきゃ駄目!
狙いを定め放つ。その矢は吸い込まれるようにアイアンアントの眉間へと突き立った。次々と狙い放たれる矢は確実にアイアンアントの数を減らしていく。
だが、蟻の集団はそれを意に介さず一定の速度で進んできた。ミタマは砂に足を取られながらも下がりつつ距離を保とうとする。
素早さが売りのミタマとこの砂のフィールドはこの上なく相性が悪かった。
その内、距離を詰められアイアンアントの魔法の射程内に入れば石の矢が次々と飛来する。バックステップや横っ飛びを混ぜながら巧みに回避するも体力はどんどん削れて行く。心臓もバクバクと激しく鼓動を打ち鳴らしている。それでも矢を放ち進軍してくる蟻のうち3分の1ほどが絶命していた。
だが……。
「……矢が、無くなった!?」
流される前、使った矢を回収したもののノブサダに修復を依頼してそのままだったのが地味に痛い。
トレントの合成弓をマジックポシェットへ仕舞い何かを取り出す。チラっと目配せし魔霊銀の短刀を確認、予備の短剣は腰のところに装着済み。
……よし、いくよ!
すうっと新鮮な空気を吸い込み……意を決したように踏み込んだ。
真後ろに。
それと同時に何かをアイアンアントの集団の真ん中へと投げ入れた。
カシャン
投げ入れられた陶器が割れ中に入っていた液体が撒き散らされる。それを意に介さずミタマを追い攻撃を放つアイアンアントたち。
それらを避けつつ更なる一手がミタマより投じられる。その手に握られているのは真っ赤な色をした魂石。錬金術師によって加工されたそれは野営などの火付けに用いられる『着火』の魔道具。本来ならライターほどの火が灯るだけのありふれた物。問題はそれを誰が加工したか。そう、ノブサダがいざと言うときのために限界ギリギリまで魔力をつぎ込んだ危険極まりない代物である。
それが今。油を被ったアイアンアントのど真ん中に投げ入れられた。
ドオオオオオン
爆弾のように弾け飛ぶ着火魂石。うねり激しい勢いで燃え盛る炎。次々にアイアンアントの体を伝いその範囲を広げている。
……はじめて使ったけれどなんて物を持たせてるの、ノブ!?
めらめらと燃える熱波があたりを覆う中、ミタマは隊列を乱したアイアンアントたちを一匹ずつ各個に撃破していく腹積もりのようだ。したんっと体中のばねを活かし飛び掛っては首のみを刎ね確実に葬っていく。一撃を入れればすぐに離脱。飛び跳ね、転がり、足場の悪さでも素早く動くため試行錯誤を繰り返すミタマ。
背後に回りこまれることもしばしばあったが忍び寄ったアイアンアントはどうっと倒れる。その首は掻き切られて絶命していた。
一閃されたのは尻尾に掴まれた予備の短剣。これもまたノブサダと組むようになってからの修練の賜物である。ノブサダが何気なく放った「こう、尻尾を使って攻撃できたら相手は驚くんじゃない?」という一言から器用に動かせるよう訓練を積み今では変則的な三刀流を振るえるまでになっていた。
ミタマは奮闘する。無論、多勢に無勢。無傷で済むものではなく体力もどんどん削れて行く。ノブサダから受け取っていたポーションやリポビタマアゲイン強化試作版を飲み干しながら戦闘を継続していた。
滝のような汗と生傷だらけの肌。残るはあの女王と異常な個体である二匹のみ。手持ちのポーションなども使い切りまさに満身創痍といったところだが彼女は決して諦めていない。心が折れぬように支えているのは必ず愛しいあの人と家族の下へと帰ろうとする執念。早くに母を、父を失った彼女にとってそれほどまでに家族と言うものは重いものだった。
「ギギギ、アノ子ラヲ屠ルトハ強キ肉ヨ。オ前カラ産マレル子ハサゾ強ウナルデアロウテ。我ガ力ヲ濃ク継ギシ子ヨ。四肢ハ好キニ喰ロウテ構ワヌ。胴ハ母ノ元ヘ持ッテ来ルノジャ」
ギギギギギギギギギ
指示を受けたメタリックに輝く体色をした蟻といぶした様な銀色の体色をした二匹。メタルアントとシルバーアントは即座に動き出す。未だ消えずに残っていた同胞の亡骸を踏み潰しながら二匹は迫る。
始めに振るわれたのはシルバーアントの持つ剣だった。
紙一重で避けつつも振るわれたその剣を見てミタマは驚愕する。
見間違えようはずがない。シルバーアントが手に持つのはミタマの恩人であるあの人の愛用していた魔剣だったのだから。
「……それを! どこで手に入れたぁぁぁぁ」
いつもは戦闘中でも冷静なミタマが吼えた。同時に振るわれる短刀。
だが、その一撃はメタルアントの持つ一対の大盾により受け止められている。
大盾で叩き出すように吹き飛ばすメタルアント。
弾き飛ばされたミタマはごろごろと砂場を転げていく。
砂にまみれつつ彼女は考える。
信じたくなかった、でも信じるしかなかった。あの剣もあの大盾も、尊敬したあの夫婦が使っていたものだとはっきりと分かる。あれがこいつらの手元にある以上、最悪の想像もあながち外れてはいないだろう。さっきあの女王蟻が言っていた言葉。それがあの人たちの身に降りかかったと判断するべきだと彼女の冷静な直感が訴えている。
「……仇は必ず取るから」
激昂しつつも息を整え冷徹に二匹の蟻を見据えるミタマ。後に『月夜の暗殺者』と呼ばれることになるひとりの獣人が覚醒しようとしていた。




