第107話 再挑戦の下準備
「こんにちはー、おやっさん。お土産持ってきましたよー」
バカンスから帰ってきた次の日のお昼前、俺は『焔の槌』へとやってきていた。ガタっと奥の扉が揺れたと思えば眠たげなおやっさんが頭を掻きつつ現れる。
「おう、ノブサダ。っと確か嫁さんと出かけたんだっけな」
おやっさんは料理をしないのですぐに食べれるようにしたマグロのステーキを丼で差し入れする。起き立ての様だがヘビー級の料理でも平気だろうか?
「おお、こりゃ美味そうだ。早速食べさせて貰おう」
俺謹製先割れスプーンを片手にガツガツと食べ進むおやっさんはガッツリ丼を食べすすめつつ話しかけてくる。びちびちと米飛んでますよ。
「そうだ例の物は出来上がってるぞ。ほれ、そこに立て掛けてある。どうだ?」
おおお! 例のミスリルを使った刀ですな。密かに楽しみにしてたんだよね。果てさておやっさんがどれだけ俺が伝えたうろ覚え刀鍛冶の技術を昇華しているのやら。
それは銀色に輝く刀身の脇差一振り。それと短剣サイズの両刃のものが二振り。無骨な拵えながらその刃の煌きは漢の心を引き付けてやまない。脇差だが今の俺なら片手でも振れそうだな。
霊銀の脇差
品質:高品質 封入魔力:9/9
ミスリルで作られた軽くて丈夫な魔力の通りも良い脇差。
霊銀の短刀
品質:高品質 封入魔力:8/8
ミスリルで作られた軽くて丈夫な魔力の通りも良い両刃の短刀。
「作ってみたらお前さん用とミタマの嬢ちゃん用のがうまい事間に合ったんでな。勝手な判断だったが良かったか?」
「流石おやっさん、ばっちりです」
「それでだな。お代の方なんだが金の代わりにちょいとお前さんの手を借りたい」
「珍しいですね。どうしました?」
「鍛冶ギルドから頼まれた依頼の品なんだがな。こいつらにジルーイ直伝の付与魔法をかけて欲しい。あいつに頼もうと思っていたんだがノブサダに全てを伝えましたからとやんわり断られたんだ」
なるほどね。まあ、それくらいならなんぼでもやりましょう。とはいえ俺ら以外に渡すものならそこまで魔力込めないほうがいいよな。やたら品質上がられても色々とまずいし。
「依頼主が依頼主だけに信頼できるやつにしか頼めんのだ」
「えーと、もしよろしければ依頼主ってお伺いしてもいいですかね?」
「ああ、構わん。公爵様直々に鍛冶ギルドへ依頼が舞い込んだのさ。作ってあるのは令嬢二人分の武器、防具だな。全部が俺の作ではないがあとは付与魔法をかけるだけになっている」
げ! 仮面の令嬢再び! 姉妹がいたのね。できるだけ接点を作らない様に気をつけていたんだがそうもいかないか。公爵ご本人にすら接触してしまったしな。
「ふむふむ。それで何を付与する予定なんです?」
「ああ、まずミスリルロッドに軽化と硬化、ミスリルレイピアに硬化と鋭化、ミスリルの胸当てに軽化と硬化だな。それとこっちの装飾品二つに耐呪と耐魅了を頼む。触媒のほうは支給されているからこいつを使ってくれ」
「先に俺達ので試してみますね。ミスリルの装備にどれだけ魔力を流して大丈夫なのか測りかねるので」
「そうか、すまんな。もし壊れちまったら俺が責任を持って修復してやろう」
OH、ありがとうおやっさん。付与魔法って決まりきった魔力を流せば一応は成功するのだが込める魔力が大きいほど耐性等の効果が増すんだよ。ちなみに皆に贈ったリングには俺が銀に込められるだけの魔力をぶち込んである。MP的に言えば総計で400くらいがシルバーリングの限度だった。限界点を超えた失敗作はパッキーンと甲高い音と共に砕け散ってしまったね。普通に考えたらありえない事らしいけど。
ミスリルの刀身へと魔力を這わせる。この感覚だと大きさも相まって少なくともシルバーリングの5倍は魔力が込められそうだ。色々と試した結果なのだが俺の魔力だけで付与した場合のみ全ての付与を抹消することができる。満たしていた水を排水するイメージでやったら上手くいった。なので今回は二種類に絞って極振りしてみようと思う。
まずは硬化。月猫と違って再生がない為、少しでも破損の確率を下げるために必須であろう。
次いで鋭化。どこまで効果が発揮されて鋭くなるのか俺も楽しみである。
先に鋭化をMP1,000を使って付与する。真綿が水を吸い込むようにすうっと吸い込まれていく魔力。うん、問題なく成功したようだ。
次に硬化だ。徐々に魔力を送るが予想外に淀みなく流れていく。1,300を超えた辺りでやばいと感じたためその場で切り上げた。
「おやっさん、ちょっとだけ試し切りしてもいいですか?」
「お、おう。初めてお前の作業を見たがジルーイと違ってなにやら重苦しく感じるな」
作業場には濃厚な魔素が漂っていることであろう。おやっさんがそういう風に感じるのも仕方がない。俺? 逆に調子がいいくらいなんだ。
「フッ!」
上段から袈裟懸けに切り裂く。10センチメートルの木がすうっとずれ落ちていく。うん、そんなに力を入れていたわけではないのだが予想以上に切れ味が上がっているこれなら鉄の鎧なども切れそうな予感がする。
「随分と腕があがったようだな。初めてここへきたときと比べたら雲泥の差だぞ」
おお、褒められた。多くの冒険者を見てきたおやっさんにそう言われると感慨深い。
先ほどと同様にミタマの短刀にも同じように付与を施していく。脇差よりも総量が下がり一本合計容量が1,800ほど。素早さが売りなので先の二種に軽化も加えた。
軽く振ってみたが使い心地は悪くない。これならミタマも喜んでくれることだろう。
さて問題のお嬢様方へ贈られる武具への付与だ。
ジルーイさんから聞いている通常の付与魔法に使われる魔力量は50ほど。そいつを複数つけるというだけで中堅冒険者が持つのに持て囃されるレベルらしい。今回は公爵令嬢が持つとあって質を高める分にはそこまで問題がないはずだがほどほどに抑えておこう。特に装飾品の身を守る術式はフルパワーでやっていいと思う。武器のほうは切れ味よりも敵の攻撃を受けたときに壊れないよう硬化に力を入れようか。防具は半々ってことで。
そうして出来た武具を見比べてみる。
魔霊銀の脇差
品質:遺産級 封入魔力:239/239
付与:【硬化】【鋭化】
魔霊銀へと変質した軽くて丈夫な魔力の通りも良い脇差。
魔霊銀の短刀
品質:遺産級 封入魔力:188/188
付与:【硬化】【鋭化】【軽化】
魔霊銀へと変質した軽くて丈夫な魔力の通りも良い両刃の短刀。
やーりすぅぎたーーーーー!
令嬢方に贈る分も自重したものの随分な変質をしてしまったようだ。一番力を入れていたアミュレットがこれである。
ミスリルアミュレット
品質:国宝級 封入魔力:88/88
付与:【耐魅了】【耐呪】
付与魔法が施されたミスリル製のアミュレット。
品質は粗悪→並→良→優→高品質→特上級→国宝級→遺産級→伝説級→神話級となる。
つまり元の素材が良ければ付与するだけでかなりのランクアップが果たせることが判明したわけだ。こりゃ人に知られたらあかんね。監禁コース間違いなしである。
アミュレット以外も漏れなく特上級となっておりこれなら王様とかに献上しても問題ないレベルであろう、たぶん。だってこれ見たときのおやっさんの顔たるや目が点っていうのをそのまま現したようなものだったもの。
「も、問題ないですよね?」
「あ、ああ。恐ろしいほど質が上がっているのは鑑定を持ってない俺ですらはっきりと分かる」
特上級やら国宝級になっていることは内緒にしておこう。仮面の令嬢にはばれそうだがおやっさんには無駄と知りつつも口止めはしておく。
「そういやそろそろ乱流砂が治まりそうって話だな。前に話していた通り鉄蟻素材の確保を頼む。恐らく他の同業者も挙って依頼を出すだろうからな」
お任せください、おやっさん。狩りつくすほどにヤっちまいましょう。




