閑話その8 とあるお店での一日
まったり閑話
「いらしゃいませー。えっ? はいはい、こちらは耐毒が付与された腕輪になります。材質は銀ですわ」
「これですか? 耐魅了が施された指輪になってます。恋人に浮気しないようにって贈られる方が多いみたいですよ?」
「おいおい、お客様よ。そいつは持ち出し禁止だよ。何? ガキが粋がるなって? それじゃあ表に出ようか。今の言葉を後悔させてやるからさ」
「あーい、5点で815マニーになりますよー。えっ? 割引して欲しいって? 仕方ないですねー、それじゃ800マニーぽっきりでどうでしょー。はい、はい、それじゃ今後ともよろしくですよー」
『ひきこもりのラミア』から屋号が変わり店舗も1.5倍ほどに広くなって新装開店した『和泉屋』。
『ひきこもりのラミア』時代から味付きポーションの本家本元ということもあり実績のある品質と良心的なお値段で冒険者の間でそれなりの人気を得ていた。そこにきて女性垂涎の化粧水や付与の施された装飾品などがそれなりの価格で手に入ると噂を呼び繁盛店の仲間入りを果たしている。
変身のスキルを習得した幼女組の4人がいなければセフィロトは仕事したくないでござるぅーと再び引きこもること請け合いなほどであった。
幼女組のほうでも役割分担が上手く成されておりガーナとティノが接客、オルテアが商品の補充と運搬、マーシュが会計をしていた。
大人はなにをしているのかと言うとセフィロトもディリットもせっせと商品の仕込みである。ディリットはいまだ変身のスキルを習得しておらず悪目立ちするのを避けるため裏方に徹しているしノブサダがいない時はセフィロトが最後の仕上げをしないと立ち行かないのだ。ちなみに素材のほうはノブサダが半年は戦えるほど仕上げてマジックリュックの中に入っている。
「ねぇ、ディリットぉ。ノブちゃんはどこへいったのかしらぁ」
「ノブサダ君ならマニワさんのお店へ頼んでいたものが出来たから受け取りにいったわよ」
この頃、ディリットも堅苦しい話し方をすてて崩したものになっていた。なんだかんだでこの二人馬が合うようである。
「あー、そういえば制服を手配したって言ってた様な気がするわぁ。どんなのかは聞いてなかったけれどもぉ」
「共同経営者なんだから聞いておかないと駄目じゃないの? ほら、しゃんとしないと。駄目な大人って目であの子達に見られちゃうわよ」
「あーいー。繁盛するのはいいんだけれども随分忙しくなっちゃったわねぇ」
「いいことじゃない。確かなお給料と健全な職場。働き手としてはこれ以上ない環境だと思うのだけれどどうなのかしら、雇い主様?」
「雇い主はノブちゃんですものぉ。妻は夫を立てるものなのよぉ」
「面倒なところを丸投げしているように見えるのだけれども……。ノブサダ君もあなたのそういうところ含めて許容しているようだからいいのだけれどもね」
「んふふう、いい旦那様でしょ?」
「はいはい、ご馳走様。あの子達が頑張って売ってるんですからあと100本は作らないとだめよ」
「ひぃん、ディリットの鬼ぃぃ」
『和泉屋』の開店時間は午前10時くらいから午後3時まで。それ以上はセフィロトが持たないし幼女組にも自由な時間をあげないとねというノブサダの方針からそうなっている。
その頃、『マニワの店』ではノブサダとマニワがなにやら密談を交わしている。
「ノブサダちゃん、これでどう? 希望通りのものができたと思うのだけれどもん」
そういうマニワの手には着物に前掛けが握られている。
「まぁぁぁぁべらす。完璧です、マニワさん」
王道ならばメイド服を着せるところなのだろうが『和泉屋』と屋号をつけたからには和服の制服にするのがノブサダの拘りである。これのために店内には冷房魔道具『冷魂石(魔力充填型)』を設置したのだ。これから夏だっていうのにこれがないと辛いからね。
これのために自腹で5万マニーを費やしたが後悔はない。予備としてミタマたちが着れるフリーサイズも完備である。
「それにしても作り甲斐があるものばっかりだわん。そうそう、がーだーべるとやTばっくはまだ出来上がってないのよ。どうしても今ある素材じゃ強度が足りないのよねん」
むぐう、それは残念。
「ほほう、これはこれは。久々に来てみたら随分と面白いものを作っているじゃないか、マニやん」
突然背後から声が掛かる。
驚き振り返ればそこには……いつかみたサングラスのあの方がおられましたとさ。
だからフットワークが!!
あ、店の外に立ち尽くすテムロさんがいる……。急なご訪問だったのだろうね。ちょっと疲れて見えるよ。
「あーらあ、クワちゃんじゃないのう。今日はどうしちゃったの?」
「はっはっは、ちょいと夫婦生活に刺激が欲しくなってね。君の所ならと思って来てみたら色々と面白いものが増えているものだ」
公爵様、赤裸々な告白は勘弁してください。あなた二児の父親でしょう。あ、でも跡継ぎはつくらないといけないのか?
「そこのノブサダちゃんが色々とアイデア出してくれちゃうものだから制作意欲に火がついちゃったのよう。奥様の腰周りに変化がないならすぐに手直ししたものを渡せるわよ」
「ほほう。ふむふむ。これなんか燃え上がりそうだね」
そう言って公爵様が手に取ったのは旧ナース服とセーラー服だった。おっさん、いい趣味してまんにゃあ。
マニワさんと公爵様が盛り上がっている間、俺はテムロさんに話しかけて事情を聞いていた。
なんでも以前ふらりと立ち寄って以来、意気投合したらしい。この店で扱っていたストッキングは公爵様とマニワさんの合作だとさ。マニワさんのサングラスはその時に公爵様から頂いたものだという。
あ、テムロさんは事情を知るものとしてここへ来る時は毎回強制的に連行されるそうだ。ご愁傷様です。
あ、一頻り話し終えたようだ。どうやらさっきの二着をお買い上げしたらしい。やっぱり買うのね。
「すまないね、気を使わせてしまったようだ。それにしてもノブサダ君は冒険者のみならず随分と多彩なようだ」
「そうよね。冒険者じゃなかったらうちで雇いたいくらいだもの」
マニワさん、確かに裁縫もできるけれども素人に毛が生えたくらいですよ。
「そうそう、娘がね。またあの化粧水が欲しいと言うもので今日はこっちまで出てきたんだよ。『おかげさまでお肌が潤って瑞々しい。これからも愛用させてもらうけれど新作が出たら是非教えて欲しい』と言付けを預かっている」
ご令嬢様よ、公爵様をいいように使いすぎな気がします。ああ、でもこのフットワークの軽すぎる親を見て育ったのなら奔放な娘さんの可能性は高いか。仮面令嬢もそうっぽいしな。
ふう、なんか避けよう避けようと思った人に会ってしまうのはそんな宿命なんだろうか。いや、悪い人じゃないんだけれどもね。なんか目を付けられているようでノブサダまいっちん。




