第10話 イノシシ行進曲
「ある~ひ♪ 森の中~♪」
相変わらず街道を進む、俺たち。
「熊さんを~♪ 鍋にした~♪」
フツノさんや、そりゃどんな歌ですかい。
しかし、この世界の人は良く歩くね。江戸時代の人が健脚で日に数十キロと歩いてたのは知ってるけどあんまりかわらないな。というか俺自身ここまで歩けていることに驚きだが。そういえば馬とかあんまりみないね。ここら辺は辺鄙なところだからかな。
「薪はこれくらいあればええかいな」
「あいあい、あとは休んでていいよ~」
本日のメニューは水餃子と蒸まんです。
ここで取り出しましたるは昨日のうちに準備しておいた餃子の皮と蒸まんの皮。ぶっちゃけうどんの生地の半分を加工しただけである。
中に入れる肉は干し肉を戻したもの。肉自体はそこまで美味しくはならないがダシの点と食感の変化を求めて投入。うんむ、そこそこである。水餃子はつるんといけちゃうように小ぶりに作ってある。逆に蒸まんは腹持ちがいいようにちょいと厚めに。明日には街につくしもっといい食材がほしいのぅ。水餃子のスープは残ったら明日の朝温め直して食べてもいいだろう。うん、残ったらだが……。
「もきゅもきゅ」
ええ、予想通りミタマが全て平らげましたとも。
フツノさんもいい食べっぷりである。この世界の女性ってこういうもん? まぁ美味しそうに食べてもらえるなら作った者として喜ぶべきことなんですがね。
満足のいく夕食も済んで野営に入る。とはいえ夜具もないから俺は地べたにごろんとよこになる。んー、なんでだろ。こうして地べたに横になっているとなんか懐かしいようなきがしてくる。ああ、子供の頃、夜中家を抜け出して星空をこうして眺めてたっけか。昔は無茶なこと結構してたよなぁ。そんなことを思い出しつつうとうとしてくる。やはりだいぶ疲れていたようだ。それじゃ、おや……す……み……。
ブルァァァァアァッァァァァァ
それは突然の爆音咆哮であった。
「うぉ、な、なんだ!?」
目を覚ました俺は慌てて身を起こし二人に確認する。
「ああ、目ぇ覚めたんやね。今起こそうと思ってたんや」
「……少し離れたところ。北に300メートルくらい。何か大きいのがいる」
「大きいの? 何か分かるの?」
ふるふる。ミタマは首を横に振る。
「そうか、さてフツノさんとしての判断は?」
「もち!! 逃げるで!」
俺にサムズアップするフツノさん。異存はまったくないんだけれど決断はやいね!
急いで出立する準備をする。すぐに出れるようにはしていたのである。軽装だしたいした荷物でもないしね。
慌しく旅立ち真っ暗な街道を転ばぬように気をつけつつもひた走る。
「……マズイかも、近づいてきてる。こっちへ一直線」
うっすらと夜が明ける頃、ミタマが呟いた。
「うちらを狙うてるってこと?」
「……わからない、でももうすぐかち合う。姉さん、どうする?」
「明らかに機動力がうちらより上やね。全力で逃げるのも手やけど逃げ切れるかは未知数……か」
考え込むフツノさん。
不謹慎だが美人は考え込んでも綺麗なんだね。うん、自重しろ、俺。命にかかわってくるんだ。
「迎え撃つしかあれへんか。うちが詠唱待機して正面で待ち構える。魔法発動を合図に二人はそんこの岩陰から不意打ちして仕留める方針で」
「了解」
「わかった」
ドドドドドドドドドドド
ガシャガシャガシャ
重量級のなにかが駆けて来るのがその音から分かるのだがガシャガシャいってるのは何だ?
岩陰に隠れているから確認もできない。フツノさんは大丈夫だろうか?
「発現せよ! フレイムウォール!!」
合図とばかりにフツノさんの魔法が発動する。駆けて行くなにかは突然現れた炎の壁に急激なブレーキをかけて止まろうとする。よし! 結構な隙ができたと思う。
ミタマが弓を引き絞る。俺は魔力纏を発動する。
ミタマが照準を合わせているところ俺も剣を構え一気に飛び出る。
正面からはフツノさんが追い討ちにとファイアアローを撃ち放つ。
駆けながら目を凝らして獲物の情報を鑑定すると……。
暴れ大イノシシ Lv14
HP:43/84 MP:0/0
状態:激昂
魔素の影響を受けて巨大化したイノシシ。魔物ではないがその危険度は折り紙つきである。
肉は高タンパクで味も良い。毛皮も防寒具として重宝される。
よく見れば大イノシシの足にはどこかの狩人あたりが仕掛けたであろうトラバサミが食い込んでいた。これの痛みで激昂し俺らがとばっちり受けたとみえる。
そんなイノシシへ接敵する間際、後ろのミタマの雰囲気が微妙に変わっている気がした。
「……ウェポンスキル『ピアシングアロー』……」
十分に引き絞られた弓から放たれた矢が俺を追い越しイ大ノシシへと襲い掛かる。
『突き抜ける矢』のとおり大イノシシを貫通するまではいかなかったがその表皮を抉り臀部へと突き立った。
ならばと、その矢傷に合わせて剣を突き立てる!
ドスッ!
一気に剣を押し込み更に切り裂いていく!
ブルァァァァァァァァァァ
痛みに暴れる大イノシシが俺へと向かって後ろ足を思い切り繰り出す。だが、今の俺は剣を突き立てているため避けることができなかった。
ドカァァァァ
「しまっ……グハッ」
大イノシシの蹄が俺の体を捉え俺は後方へと吹っ飛ばされた。臀部に刺さっていた鉄の剣がカランと落ちる。
その強烈な一撃は息をすることもままならないほどで俺の意識をばっさりと刈り取ろうとしていた。
だめだ! 諤諤と震える膝を押さえる。俺よ! 歯ぁ食いしばって意識を手放すな!
「ノブ君!?」
「ノブ!」
二人がこちらを見て悲痛な声をあげる。こっちを気にしたせいで大イノシシへの注意がそれたのか二人はいまいち攻め切れていない。くそっ、足手まといにはなりたくなかったんだけどな。
二人に聞こえないようにこっそり魔法を使う。
「……ヒール(小声)」
服の中に手を入れて光が漏れないようにする。黒い服で良かった。
よし、まだいけるな。
二人が大イノシシを相手に奮戦してるというのに俺だけ倒れてられるかっての。
手元に武器はない。けど、まだ魔法が残っている。
表皮が分厚いなら中身へぶち込めば!
真後ろのあの反撃は勘弁だが一気にいくぞ! 当方に反撃の用意あり! いざ参る!
痛む体を奮い立たせて大イノシシへと駆ける。
先ほどから大イノシシは二人を牽制するために後方へと下がり陣取っている。
すでに戦線離脱したものと見なされていたのか俺への注意はなかったようだ。
魔力纏に回す魔力を出来る限り強めて俺は大イノシシの傷口へと右手を突っ込む。生きている肉の生暖かい感触とぬるりとした血が手にまとわりつく。
ブルモァァァァァァァァァァ
意識外からの一撃に大イノシシは堪らず暴れだすがこのまま決めさせてもらう!
「くらえデカブツ。ウィンドアロー(小声)」
手を突っ込んだまま内部へウィンドアローを発動する。さっきのミタマのウェポンスキルを思い描いて放った風の矢は大イノシシの体内を貫いていく。
ブルァ…ァァァァァ……
ずるりと手を引き抜いたと同時に大イノシシは崩れ落ちた。風の矢が大イノシシの心臓あたりに着弾したようだ。
恐る恐る自分の手の状態を見てみると目立った怪我はない。どうやら厚く張った魔力纏のおかげだろう。
てれれてって……
おお、流石に格上相手だったからレベルが上がったか……。でも、だめだ。魔法と魔力纏に込めたMPがギリギリだったせいかもう意識を保つのが限界だ。
パタリと倒れ込み俺はそのまま意識を失った。




