第97話 白金の右手
短編も投稿し終わって100話までは一気に書き進める予定なり。
ノブサダが現場に到着したときそこには狂ったように剣を振るう少年と必死に避けながら少年へと言葉を投げかける少女の姿があった。また同じパーティメンバーであろう同年代の男は血を流し倒れ伏している。
なんだこの修羅場。
「お願い、正気に戻ってアフロっ!!」
「チェェェェェイィィィン。前からお前をぉぉぉぉぉ」
鉄兜の奥の表情は狂人のそれでありとても正気には見えない。口から涎とかいろんな液が垂れ流しである。
おっと解説している場合じゃない。どう考えてもやばい状況だ。
ガキィ
なんとかメイスで受け止めるも少女の腕力で少年の剣を凌ぐのは無理な話だった。徐々に押し切られる形で刃が体へと近づく。
「くうあ、もうだめっ」
諦めかけたその時、どこからか声が聞こえる。
「エアバインド!!!」
ノブサダから放たれた魔法は少年を捕らえその場に拘束した。少女のほうはメイスを取り落としその場にへたり込む。
「あー、なんかやばそうだったから介入したけど余計なお世話だったりする?」
緊張感のない声で話しかけるノブサダに安堵と警戒心が入り混じった顔を向ける少女。
「い、いえ、助かりました。ありがとうございます」
「それにしてもこれって一体どういった状況なんだろう。教えてくれるかい? っとそっちの倒れているの回復しながら聞かせてくれるか」
「あ、それならわたしが……」
「いいよいいよ。片手間だしね。ハイヒール!」
「えええええ、そんな。ハイヒールを詠唱破棄!?」
見る見るうちに倒れこんでいた少年の傷が塞がっていく。真っ青で今にも止まりそうだった呼吸も落ち着いたようだ。離れ業に驚いたけれども仲間が助かることに少女はほっと息をついた。
「こっちはこれで良しっと。君は怪我はないかい?」
「え、ええ大丈夫です。それでどうしてこんなことになったかなんですが私も原因が分からないんです」
「むむ?」
「あ、すいません。自己紹介がまだでした。私はハディン様に仕える神官のチェインと申します。倒れている戦士がブライトン、そこで拘束されているのが私たちのリーダーのアフロです。もう一人仲間がいるのですがはぐれてしまって……」
「ふむふむ、あ、俺はノブサダ。一応D級の冒険者だ」
名前を聞いた途端、少女の体がびくりと跳ねる。ノブサダを見る眼差しにもなんだか一際強く警戒の色が浮かんでいるようだ。
「えっ!? あの……その……いえ、なんでも」
「いや、いい。大体なにを思い浮かべたのか分かったから。本人に言われても納得しないだろうけどあの二つ名には俺だって迷惑を被ってるんだ。見境なく女性を見たら襲い掛かるようなやつだって思われちゃ敵わないってのに」
「その……すいません」
心底申し訳なさそうに少女、チェインは頭を垂れる。
「それでですね。いつも通り狩りをしながら階層を進めようとしていたのですが急に仲間の魔術師とはぐれてしまって探そうとした矢先にアフロがあんなことに。ブライトンは私を庇って斬られてしまってあとは無我夢中でした」
ふーむ。その消えた仲間ってのも気になるがとにかくこっちのアフロって少年か。
識別先生、ごしゅつじーん。
名前:アフロ・リェイ 性別:男 年齢:15 種族:普人族
クラス:剣士Lv18 状態:呪い
称号:なし
【スキル】
片手剣Lv3 両手剣Lv3 弓術Lv2 直感Lv2 回避Lv2 見切りLv1 身体強化Lv1 魔法抵抗Lv1 生活魔法
思いっきり関係者じゃねーか!
そしてなんだこの才能の塊!!
また呪いかよ!!!
立て続けの突っ込みは誰に向けていいものやら。
眉間を押さえ苦悩しているとアフロがびくりと体をゆする。
途端、手に持った剣の柄付近に埋め込まれていた宝石らしきものが輝きを増した。
バシン
なにぃ!?
ノブサダのかけたエアバインドが無残にかき消され再び狂った少年が野に放たれる。
「ちぃっ、まったくこいつら親子して人の魔法をほいほい破ってくれるよ!」
もはや諦めにも似た遠い目をしつつ身構えるノブサダ。
「ぶらああああああああ」
咆哮を上げ剣を振りかぶるアフロ。
そしてそのままノブサダへ向けて剣を振り下ろし……するりと流され床へと叩きつけられた。
すかさず肘で剣の腹を叩き飛ばしたのだがその手から剣が離れることはなく寧ろ脱臼しているようだ。
剣が手に張り付いている? 『呪われていて外す事ができない』ってやつか。
どうせなら色々と調べたほうがいいと思ったんだが仕方ないか。
「グラビトン!」
触れていた剣周辺に直接重力をかけてやる。いくら暴走しているからって脱臼した上にこいつならそうそう振り上げられないだろう。
「ちょいと痛い目を見るが今から呪いを解いてやる。歯ぁ食いしばれぇ!」
左手で振り上げないよう抑えながら詠唱を開始する。
「俺のこの掌が輝き光る! 呪いを砕けと唸って叫ぶ!」
ノブサダの右手に光が集っていく。やがて白金のように輝きながらその手は放たれた。
「外道照神霊魔光掌!!」
バシコーーーーン
放たれた掌はアフロの左頬を思い切り叩いた。左頬にはノブサダの右手の跡が光となってくっきりと残っている。そこから変化は起こった。
右手の跡からじわじわと侵食するように光が体を覆っていく。それが全身を包み込むとあれほど頑なに離さなかった剣がからりと床へ落ちた。正気を失い焦点があやふやだった瞳が意思が戻ったかのようにしっかりとノブサダをとらえている。
「打ったね、ママンにも打たれたことへぶあ」
バシコーン
「二度も打った!?」
「昔の偉い人は言いました。左の頬を打ったらすかさず右の頬も張れと」
「「一体誰が!!?」」
二人同時に突っ込みが入る。呼吸ぴったりだね、君たち。
とりあえず脱臼をはめ込んでヒールをかけておく。
あ、なんかラヴラヴな空間ができつつあるね。はいはい、ご馳走様。
それはさておき恐らく原因であろう剣を見定める。
宝剣コアマインダー
品質:特上級 封入魔力:3/68
名工アナハムによって作成された宝剣。埋め込まれた宝玉により使用者が害だと思われる魔法の効果を打ち消す。また、柄の長さが普通の剣の倍あり片手でも両手でも使える仕様になっているのも特徴。
天恵:【破魔】【軽化】
テムロさん、息子にいいもの持たせているなあ。
破魔の効果でエアバインドを打ち消したか。そいつで呪いが解けるかってのは謎だが使用者が害だと認識する必要があるところが問題か。
剣と柄の付け根にはめ込まれた宝石に異常はない。だが柄の下、装飾と思われし場所にあった青い宝石のようなものが砕けて砂と化していた。それ以外には変化なし。ってことはこいつが原因かね。残った砂を見てもただの砂でしかなかった。
「それにしても一体なにがどうなってるんだ? 気付いたらこの人に打たれていたんだけれども」
「記憶がないの? アフロ、あなたは呪われて正気を失いブライトンを斬ったのよ。その後は私を……その時、こちらのノブサダさんに助けていただいてあなたの解呪までしてくれたわ」
「ぼ、僕がブライトンを斬っただって!? それにチェインまでも!?」
頭を抱えるアフロ。兜がはずれその場にへたり込む。もさりとした髪があらわになっているんだが名は体を表すといいますかすごく……大きいです、ヘアーが。
どうでもいいかもしれないがアフロヘアーで深刻そうな顔しても緊張感の欠片もないよね。
「ええ、あなた体はなんともないの? どうしてこうなったか分からない?」
「覚えているのは剣を鞘から抜いた時だ。そうだ、思い出した。そこから頭一杯に声が響いたんだ。殺害せよって」
明らかに顔色が悪い。自分がしでかしたことを反芻し事の大きさを理解したのだろう。気付けば仲間を切り伏せており俺が通りかからなければ皆殺しにしていたかもしれないのだ。でも、聞き取りはこれからなんだ。
「この柄の下に着いていた宝石のようなものはどこから?」
「えっ? こ、これは魔術師のベルチカから貰ったんです。有名な占い師から買ったお守りだって」
いよっし、完全に黒か。
「4人とも! そこの柱の影に隠れている女の子を確保ぉ!」
「「「「さーいえっさーーー」」」」
ノブサダの合図とともに息を潜めていた三連娘とティノちゃんが一挙に飛び掛った。虚をつかれた為かさしたる抵抗もなく柱の影に隠れてこちらを窺っていた魔術師風の少女が捕らえられる。さっきからこっちを覗いていたのばればれなんだよね。伊達にスカウト修行をしていないのだ。
「なんで邪魔するのよ! 折角占い師様から頂いた宝玉まで砕いて!」
ノブサダは屈みながら地べたに押し付けられた少女へ向かって質問を投げかけた。
「占い師? そいつが君にこんなことを吹き込んだのか?」
「吹き込んだってなによ! 占い師様はアドバイスをくれただけ。私の恋はこの首飾りをつけてこの宝玉をかの人が愛用するなにかに添えつければ叶うって」
ふむ? そう言われると明らかにこの少女には不釣合いに見える大人びた首飾りが身につけられている。
リモートンの首飾り
品質:特上級 封入魔力:28/55
身につけた者の思考を術者の定めたとおりに誘導する呪いがかかった魔道具。あくまで思考誘導であるが抵抗に失敗したものは自分の意思で行っていると錯覚する。
OH、NO! お前も呪いか!
なんかすごい厄介ごとにしか思えん。まいったな、こりゃ。
「あー、とりあえず彼女も呪われてるっぽいんで解呪するわな」
んー、女の子をビンタするのは嫌だし影でこそこそ操っているのがいるっぽいし取りあえず呪詛返しでいいか。
「人を呪わば穴二つ。己が所業を悔やみ己が咎を思い知れ!」
手の平に魔力を集め詠唱をする。その使用魔力は4万ほど。辺りには濃厚な魔素が立ち込めていた。チェインやアフロもそれに気付いたのか何やら慌てているようだ。
「『因果応報』!」
魔法の発動を受けて手の平の先に黒い球体が現れた。
球体がふよふよと魔術師の少女へと近づくとその体から黒い靄のようなものが吸い出されていく。同様に首飾りからも吸い出されそれが出なくなる頃には首飾りはボロボロと砂と化して崩れ落ちた。
球体へ吸い込まれた呪いの中から少女のものではない、おそらく術者であろう魔力を判別し最後の仕上げ。いけっ! 忌まわしき呪いとともに!
フシュンと球体は消え去った。
これで上手くいけば呪詛返しは成功なんだがな。こんな犯罪ごとをしている輩であるからしてその対応もしているんだろうなとは思う。
魔法が効果を発揮したのか少女はキョトキョトと周囲を見回し自分のおかれている状況を確認している。
「あのー、重いんですけどー、助けてー」
おお、どうやら正気に戻ったようだ。




