ハウレスの炎 街を守る少女と炎の魔女の戦い
あれは何年前のことだろう。そのとき私はまだ10歳ほどだった。
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「あなたがいると仕事しにくいの。恨みはないけど消えてちょうだい」
肩まで伸びたワインレッドの髪の魔女がにっこりと笑う。
縦フリルのついた赤いカットソーに黒いラテンのショートスカート。
年は私より6,7くらい上。
魔女の胸にあるペンダントは何の紋章だっただろうか。
紅色の魔女の指先に赤い炎が灯る。
真夜中のプラハの旧市街広場が赤々と照らされる。
私はその眩しさに一瞬、目を細めた。
黄金の天文時計が取り付けられた時計塔が浮かび上がる。
魔女の炎が向かってくる。
――その程度、私の障壁は破れない。
「かみさま……」
首から下げた銀製のユリのペンダントに祈りを込め真っ直ぐに魔女に向けて歩く。
5枚の花弁には5色のガーネットが埋め込まれている。
オレンジ――対土
ブルー――対水
レッド――対火
グリーン――対風
クリア――対物
全部ここで採れたもの。
地の加護を受けている。
ここでならどんな魔術も通さない。
炎弾は障壁に触れた途端に火の粉を散らして消えていく。
「へえ。堅いじゃん」
とても自信に満ちた人だ。
魔女が跳ぶ。
建物の屋根に着地し炎弾を撃ち出す。
全て障壁で防ぐ。
一瞬炎に視界を遮られた。
――いない。
見渡す。
隠れた。
見つからない。
それなら、――魔眼で街を見下ろす。
昔ここをプラハと名づけたリブシェという女の人がいた。
リブシェはあらゆるものを見る透視の力と未来を見る力を持っていた。
どうしてか私にはリブシェと同じ透視の力が備わっていた。
――見つけた。後ろだ。
振り向き、時計塔の回廊にいる魔女を見上げる。
途端、炎が向かってくる。
――そのくらいならどうしたって私の障壁は破れない。
炎弾は無視。
プラハの伝承が綴られた本を召喚する。
ページを捲る。
伝承再現の魔術。
「でんしょう、さいげん。ブルンツヴィークの魔剣」
現れた大剣を右手で握る。
貧しい人を助けるため。
恵まれない人を助けるため。
プラハに仇なす人を倒すため。
どれかに一つにでも当てはまれば始まりの王ブルンツヴィークの魔剣は敵の首を跳ね飛ばす。
「あら、その剣……。プラハの魔法剣? へえ」
魔剣を構える。
「もしかして近接戦闘とかしちゃうタイプだったの? 意外ね」
魔女が笑う。
「いいの持ってるじゃん、それ頂戴よ」
――渡すわけない。これはプラハを守護する大切なものなんだから。ここからは反撃。
別のページを開き魔力を込める。
「いくよ。イェフダ・レーヴ・ベン・ベザレル。ゴーレム、しょうかん」
神様がアダムを作ったように、プラハの神父イェフダ・レーヴ・ベン・ベザレルは土くれからゴーレムを作った。
伝承を再現する。
土くれが現れ練り上げられ人の形に変わっていく。
本を消失させ魔剣を両手で握りゴーレムの左肩に乗る。
70メートルの時計塔と同じ高さまで成長させる。
魔女の燃えるような紅い瞳と目が合った。
驚いたように目を見開いている。
「すご……。本気でいかないとやられちゃうね」
ゴーレムの腕を塔まで伸ばさせ、その上を走る。
飛んでくる炎で目の前が炎色に染まる。
でも無視。
障壁が全て防いでくれる。
「く……止まらない。私が追い込まれてる!? このっ!」
魔女が首にかけたペンダントを強く握る。
血がにじむ。
その血がペンダントに吸い込まれていく。
血を媒体にした魔術。
――でも何だって防ぎきる。
「――――ハウレス! 来なさい!」
魔女の横に紅い炎の豹が現れた。
周りの温度が上がる。
肌を焼くような熱さ。
――召喚魔術だ。
豹は獲物を前にしたような仕草。
途端にゴーレムの腕を疾走してくる。
豹が踏みつけた部分が溶岩みたいに溶けていく。
――速い。
ドンという衝撃に襲われた。
バランスを崩してしまいゴーレムの腕から落ちてしまいそうになる。
ゴーレムの右手を制御し飛び乗る。
体当たりの衝撃を障壁で打ち消しきれなかった。
「ハウレス? ランクは……あくま……? ほんものの? つよい」
――豹から感じられる魔力は桁違いだ。
「う、うそ……ハウレスの炎でもノーダメージ!?
く、――――でもゴーレムには効いてるわね」
魔女が手のひらを斜め下に向けた。
30センチメートルくらいの炎弾が現れる。
――――どこを狙って。
撃ち出された2発がゴーレムの両膝を撃ち抜いた。
――しまった。
膝が溶けゴーレムの体勢が崩れる。
――でもまだ間に合う。
ゴーレムの手を時計台の回廊まで伸ばす。
回廊に飛び移り目の前の魔女に向かって魔剣を横に振るう。
障壁を切り裂く感触。
魔剣の重さに体が引っ張られる。
その勢いを利用して一回転。
視界が回る。
赤が視界の端に入ったところでもう一度剣を振るう。
紅いドレスの切れ端がひらひらと落ちた。
「あっぶな。フラフラのくせに!」
前のめりになりそうな衝撃に襲われた。
後ろから炎の豹が噛み付いてきていた。
左手を地面につけ、振り向きざまに魔剣を下から斜め上に斬り上げる。
刃が豹の首を捉えた。
頭と胴体が離れ豹はめらめらと燃えながら消えていく。
「か、還された……。この……化け物!」
魔女が翻し時計塔を飛び降りた。
――逃がさない。
魔眼、発動――。
魔女は地面に着地する直前だった。
――間に合う。ゴーレムはまだ消えてない。
ゴーレムの右拳を振り上げさせ魔女の真上に振り降ろす。
地面を叩きつける轟音。
土煙が舞う。
同時に、炎の柱が勢いよく立ち上がった。
拳が溶かされてしまっていた。
走る魔女の後ろ姿を眺める。
追うか追わないか少し迷ってそのまま逃すことにした。
追ってもきっと捕まえられない。
「……つかれた」
魔術を解いて魔剣とゴーレムを消す。
ようやく剣の重みから解放された。
仕事がしにくいって言っていたけれどあの魔女は何をしに来たんだろう。
何か悪いことをしようとしているのかな。
明日、協会に報告しないと。